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生活経済学研究 Vol.49(2019.3) 27 〔論 文〕 An Expansionist Theory における 有職母親のMultiple Roleの要因の検討 Investigation of Multiple Role Factor in Employed Mothers Using Expansionist Theory 佐野 潤子 ** Abstract In this study, I examine whether the multiple roles of Japanese working mothers influence their job satisfaction through the use of expansionist theory. The Survey of Work–Life Balance2011was completed by 73 full-time employed mothers and 112 part-time employed mothers between the ages of 27 and 38 years old, after which structural equation modeling analyses were conducted on the data. It was found that the multiple roles of both the full-time and part-time employed mothers increased their job satisfaction. For the full-time employed mothers, annual income was the crucial factor that increased their multiple-role satisfaction; other influencing factors were equal opportunity at workplaces and the time spent by husband on childcare, with the workplace being a regulating factor for both multiple-role satisfaction and job satisfaction. Contrary to expectations, however, the higher the degree of her husbands educational background or the higher the understanding of her husbands job, the lower the full-time employed mothers job satisfaction. For the part-time employed mothers, the most important factor that increased their multiple-role satisfaction was the time spent by husband on childcare; other factors that increased their job satisfaction were multiple- role satisfaction and time flexibility. Overall, the multiple-role factors that increased job satisfaction were the husbands childcare time, the employed mothersincome, and the equal opportunity experienced at their work places. As the employed mothers had similar marriage situations and high work rigidity, it was concluded that their husbands needed to be equally involved in housework and childcare and should seek to better understand the working mothers work, and that equal opportunity needed to be enhanced in the workplace. key words: expansionist theory(拡大役割理論)、multiple-role(多重役割)、job satisfaction(仕事満 足感) * 本稿は文部科学省科学技術試験研究委託事業「近未来の課題解決を目指した実証的社会科学推進事業」お茶 の水女子大学プロジェクト『ジェンダー・格差センシティヴな働き方と生活の調和』(20082012)において収 集されたものである。研究代表者の石井クンツ昌子先生(家族班)、永瀬伸子先生(労働班)、研究員に御礼申 し上げます。また査読下さり、多くの貴重なコメントを下さいました査読ご担当の先生方にもご指導の御礼を 申し上げます。 ** Junko, Sano、お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所特任講師・慶應義塾大学ファイナンシャル ジェロントロジー研究センター客員研究員、Project Lecturer of Ochanomizu University Institute for Global LeadershipProject Researcher of Keio University Financial Gerontology Center, 2-1-1 Otsuka Bunkyo-ku , Tokyo 112-8610 Japan

An Expansionist Theory における 有職母親のMultiple Roleの要因 …

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生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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〔論 文〕

An Expansionist Theory における

有職母親のMultiple Roleの要因の検討*

Investigation of Multiple Role Factor in Employed Mothers Using Expansionist Theory

佐野 潤子**

Abstract

In this study, I examine whether the multiple roles of Japanese working mothers influence their job satisfaction through the use of expansionist theory. The Survey of Work–Life Balance(2011)was completed by 73 full-time employed mothers and 112 part-time employed mothers between the ages of 27 and 38 years old, after which structural equation modeling analyses were conducted on the data. It was found that the multiple roles of both the full-time and part-time employed mothers increased their job satisfaction. For the full-time employed mothers, annual income was the crucial factor that increased their multiple-role satisfaction; other influencing factors were equal opportunity at workplaces and the time spent by husband on childcare, with the workplace being a regulating factor for both multiple-role satisfaction and job satisfaction. Contrary to expectations, however, the higher the degree of her husband’s educational background or the higher the understanding of her husband’s job, the lower the full-time employed mother’s job satisfaction. For the part-time employed mothers, the most important factor that increased their multiple-role satisfaction was the time spent by husband on childcare; other factors that increased their job satisfaction were multiple-role satisfaction and time flexibility. Overall, the multiple-role factors that increased job satisfaction were the husband’s childcare time, the employed mothers’ income, and the equal opportunity experienced at their work places. As the employed mothers had similar marriage situations and high work rigidity, it was concluded that their husbands needed to be equally involved in housework and childcare and should seek to better understand the working mothers work, and that equal opportunity needed to be enhanced in the workplace.

key words: expansionist theory(拡大役割理論)、multiple-role(多重役割)、job satisfaction(仕事満

足感)

* 本稿は文部科学省科学技術試験研究委託事業「近未来の課題解決を目指した実証的社会科学推進事業」お茶

の水女子大学プロジェクト『ジェンダー・格差センシティヴな働き方と生活の調和』(2008-2012)において収

集されたものである。研究代表者の石井クンツ昌子先生(家族班)、永瀬伸子先生(労働班)、研究員に御礼申

し上げます。また査読下さり、多くの貴重なコメントを下さいました査読ご担当の先生方にもご指導の御礼を

申し上げます。** Junko, Sano、お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所特任講師・慶應義塾大学ファイナンシャル

ジェロントロジー研究センター客員研究員、Project Lecturer of Ochanomizu University Institute for Global Leadership・Project Researcher of Keio University Financial Gerontology Center, 2-1-1 Otsuka Bunkyo-ku , Tokyo 112-8610 Japan

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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1.はじめに

従来「多重役割」(Multiple Role)と言われていた、「母親でもあり、仕事人でもある」という意

識はネガティブな意味合いで言われていたが、近年になるほどポジティブな役割を果たすという研

究も出ている(例えば Roxburgh1999, Barnett & Hyde 2001)。日本の有職の母親にも Multiple Role が

仕事満足感に影響を与えるのだろうか。本研究では仕事満足感を仕事の「やりがい」があることの

みならず、専門性を活かしていること、正社員以外の働き方や就労中断した後の復職なども含めた

キャリア形成に満足していることを仕事満足感として定義する。

本研究ではこれまで仕事満足感の要因として、賃金や職位、働きやすさなどの職場要因に加え、

意識要因、すなわち Multiple Role に着目し、これまでの「多重役割」からむしろ「複数役割満足

感」と呼ぶべきポジティブな側面が日本の有職の母親に適用するのか検討し、考察する。と同時に

ポジティブな Multiple Role1 の規定要因になるものは何かを探る。すなわち有職母親の「複数役割

満足感」の要因は何か、主に職場要因、意識要因、家族要因を検討する。

2.先行研究日本よりも一足先に共働きが多くなってきた 1970 年代の米国の研究では、女性が家庭も仕事と

いう、複数の役割(Multiple Role)を担うことを「多重役割」とし、「多重役割」を担うことが精

神的・肉体的なストレスを招き、健康や人間関係に悪い影響を及ぼすという説が有力であった。し

かし、1980 年代以降の研究によると、逆に、外で仕事をしている母親の方が、生活満足感(well-being)が高い結果が主流になった。Roxburgh(1999)は、カナダ・トロント市内の調査結果から、

むしろ家事や子育て責任を担う有職の母親の方が、父親や、子どものいない女性よりも仕事満足感

が高いことを示した。理由として複数の役割を持つ母親にとって、収入があることが家庭内での効

用(Well-being)を高めていること、また、職場が自分や家族の状況を考慮し、親の役割も十分果

たせているという実感があるからである。また、これまでの固定的な性別役割分業観よりも、その

時の状況により、男女の役割が変わり、また男女とも職場の役割よりも、親役割を重視するように

なってきたこと、女性の収入が増え、皆が共働きの長所に気づいたことなども大きい(Barnett, 2001)。その後も、Sumra and Schillaci(2015)はいくつもの役割を持つ ‟superwoman”はそうではない女

性と比較しても生活満足感が下がったり、過度なストレスを抱えていることはなかったと示してい

る。これは拡大役割理論(An Expansionist Theory)となり、男性も女性も、子育てしながら仕事を

持つことは、精神的に良いことであり、人はこのようなバランスが取れていることで成功感を感じ

るという。その理由としては、何か問題が起きたときに、複数の役割を持つこと(multiple-role holders)が緩衝剤のような役割をしてくれること、共働きにより世帯収入が増えること、ネット

ワークが広がり社会的サポートを受けやすいこと、片方の世界で失敗することをもう一つの世界で

成功体験に活かせることなどが挙げられている。

なぜ、1980 年代前半以前は、外で仕事を持ち、家事・育児の役割をこなすことが女性にとって、

苦痛(distress)であった(例えば Hockshild 1989)のに、1990 年代以降は複数役割満足感に変化す

るのであろう。松浦・白波瀬(2002)によれば、1980 年代の米国女性労働における最も大きな変

化として、3 歳未満の幼い子どもを持ちながらも就労を継続する者の増加があげられるという。米

1 本研究では Multiple Role のポジティブな側面から検討するため、以下では「複数役割満足感」と記す。

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国の場合は、Becker(1964)の人的資本理論から、女性の高学歴化が女性の就労継続、キャリア形

成に積極的な効果をもたらしたことを説明している。近年の研究から Kaplan & Schulhofer-Wohl(2018)は、長期的に振り返ると就労に伴う痛みや疲労が大きい職業が減少傾向にあること、特に

女性労働参加も増加し、女性の就労はより幸福で意味のあるものに変化してきたことを示してい

る。

また、夫の家事・育児参加が進んだことも考えられる。Gerson(2016)は、1990 年代から 2000年代で、家族が外の就労も、家事・育児のケア労働も様々な形で対処し、やがて母親の就労が増

え、父親の家庭生活の関わりがより増えたことを指摘する。佐野(2017)も、就労継続している母

親の語りから、夫の妻の仕事の理解、協力が妻の就労継続の後押しになっているとしている。妻の

Multiple Role の意味が異なってきたのは、夫の家事・育児の分担が増えてきたことが背景にあるの

ではないかと推測する。西岡・山内(2017)は先行研究のサーベイから夫の家事や育児の遂行頻度

の影響は出生や、妻の仕事と家庭の役割葛藤にまで及ぶと示している。一方で、1990 年代後半に

は,雇用者世帯において専業主婦世帯数を共働き世帯数が上回り、政策的にも男性も家事・育児に

積極的に参加することが目指されてきたが、現実にはなかなか進まない現状もある。日本の場合、

女性の職場進出がそのまま男性の家事育児労働を導くものではないことは、すでに 1980 年代に、

「夫は仕事、妻は家事・育児と仕事」というように、 妻が働くことには反対はしないが、家事は妻

の役割とする新・性別役割分業体制といわれる状況が指摘された(久保 2017)。仕事満足感に関する研究の蓄積も多く、子どものいる女性労働者の仕事のやりがい感を規定する

要因は入社以来の仕事内容・処遇、職場環境の認識(例えば高橋 2007)といった職場要因や、男

性正社員に対する調査結果からではあるが、「上司や仲間との関係」、「昇進のチャンスの有無」な

ど仕事の属性に対する主観的評価も働くことの満足度を規定する重要な要因である(太田 2013、p.36)。橘木(2011)は歴史的に女性の労働を振り返り、現在、女性の教育水準が高まるとともに、

労働者としての資質も高まり、収入を得るという目的以外の、すなわち仕事満足感を働くことの根

拠として重視する人が増加していると指摘する。

3.本研究の分析枠組みと調査方法先行研究より、仕事満足感の要因として、拡大役割理論(An Expansionist Theory)を援用し、

Multiple Role が日本の有職の母親の仕事満足感を高めているのか、低めているのか検証する。高め

ている場合、従来の「多重役割」から「複数役割満足感」というポジティブな概念として捉えるこ

とができるのか。また、これまでの先行研究から仕事満足感を高める要因である職場要因、夫の家

事・育児参加を含めた家族要因も仕事満足感の要因になるのか検討する(図 1)。

3.1 データ

本研究で使用するデータは文部科学省科学技術試験研究委託事業「近未来の課題解決を目指した

実証的社会科学推進事業」お茶の水女子大学プロジェクト『ジェンダー・格差センシティヴな働き

方と生活の調和』(2008 - 2012)において収集されたものである(代表者 永瀬伸子)。本研究で

は女性を対象にした質問紙調査データを許可を得て用いている。また本調査はお茶の水女子大学の

倫理審査を受けている。

3.2 対象者

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今回の調査では、仕事と家庭の選択が行われることが多いであろう 26 歳から 38 歳までの女性を

調査対象とした。日本全国を代表するランダムサンプルにするために、200 地点を選び住民基本台

帳から層化 2 段抽出法を用いて 2750 名を抽出した。対象者に未婚者用調査票及び既婚者用調査票

を 2011 年 2 月に郵送し、回答を得た。有効回収数は未婚者 328 名、既婚者(離婚、死別を含む)

589 名、計 917 名、有効回収率は 33.3%である。質問紙調査票は、前出の研究プロジェクトにおい

て企画と作成を行い、実査は社団法人中央調査社(東京都)に委託した。

本研究で用いる調査対象者の基本属性を表1に示す。本研究では、調査回答者の既婚者 589 名の

うち、現在子どもをもつ女性、かつ調査時点で正規雇用の 73 名、非正規雇用 112 名を抽出した。

調査対象者を正規雇用者と非正規雇用者と分けることにより、特に正規雇用者の数が少なくなって

しまったが、職場要因や、意識要因は正規労働者と非正規労働者とでは異なることからあえて分け

て分析する。

4.変数の概要と分析方法4.1 従属変数  

従属変数は現在の仕事満足感である。「仕事満足感」として以下の質問項目から合成変数を作成

した。「あなたは現在、仕事にやりがいがある」、「専門性を活かしている」、「あなたはこれまでの

キャリア形成(仕事経験)に満足している」に対して、1 点「そう思う」、2 点「まあそう思う」、3点「どちらともいえない」、4 点「あまりそう思わない」、5 点「そう思わない」を反転させ、肯定

的な回答が高得点になるようにした。最低が 5 点で、最高点が 15 点である。クロンバックのα係

数は 0.715 である。

4.2 媒介変数

(1)意識要因の変数「複数役割満足感」と「性別役割分業観」

拡大役割理論(An Expansionist Theory)の、男性も女性も、子育てしながら仕事を持つことは、

精神的に良いこと、人はバランスが取れていることが、成功感を感じるということを表す変数であ

る。複数の役割を持つこと(multiple-role holders)に合致している質問項目として、「仕事でも家庭

でも責任があることによって、自分がよりバランスのとれた人間でいることができる」という設問

図1 有職母親の仕事満足感の概念モデル

3

代で、家族が外の就労も、家事・育児のケア労働も様々な形で対処し、やがて母親の就労が増え、

父親の家庭生活の関わりがより増えたことを指摘する。佐野(2017)も、就労継続している母親の

語りから、夫の妻の仕事の理解、協力が妻の就労継続の後押しになっているとしている。妻の

Multiple Role の意味が異なってきたのは、夫の家事・育児の分担が増えてきたことが背景にあるの

ではないかと推測する。西岡・山内(2017)は先行研究のサーベイから夫の家事や育児の遂行頻度

の影響は出生や、妻の仕事と家庭の役割葛藤にまで及ぶと示している。一方で、1990 年代後半には,

雇用者世帯において専業主婦世帯数を共働き世帯数が上回り、政策的にも男性も家事・育児に積極

的に参加することが目指されてきたが、現実にはなかなか進まない現状もある。日本の場合、女性

の職場進出がそのまま男性の家事育児労働を導くものではないことは、すでに 1980 年代に、「夫は

仕事、妻は家事・育児と仕事」というように、 妻が働くことには反対はしないが、家事は妻の役割

とする新・性別役割分業体制といわれる状況が指摘された(久保 2017)。 仕事満足感に関する研究の蓄積も多く、子どものいる女性労働者の仕事のやりがい感を規定する

要因は入社以来の仕事内容・処遇、職場環境の認識(例えば高橋 2007)といった職場要因や、男性

正社員に対する調査結果からではあるが、「上司や仲間との関係」、「昇進のチャンスの有無」など仕

事の属性に対する主観的評価も働くことの満足度を規定する重要な要因である(太田 2013、p.36)。橘木(2011)は歴史的に女性の労働を振り返り、現在、女性の教育水準が高まるとともに、労働者

としての資質も高まり、収入を得るという目的以外の、すなわち仕事満足感を働くことの根拠とし

て重視する人が増加していると指摘する。

3. 本研究の分析枠組みと調査方法

先行研究より、仕事満足感の要因として、拡大役割理論(An Expansionist Theory)を援用し、Multiple Role が日本の有職の母親の仕事満足感を高めているのか、低めているのか検証する。 高めている場合、従来の「多重役割」から「複数役割満足感」というポジティブな概念として捉え

ることができるのか。また、これまでの先行研究から仕事満足感を高める要因である職場要因、夫

の家事・育児参加を含めた家族要因も仕事満足感の要因になるのか検討する(図 1)。

図1 有職母親の仕事満足感の概念モデル

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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を選んだ。「そう思う」1 点、「まあそう思う」2 点、「どちらともいえない」3 点、「あまりそう思

わない」4 点、「そう思わない」5 点の点数を反転させて、高得点であるほど複数役割満足感が高い

とした。

本研究の使用する変数である「性別役割分業観」は、点数が高いほど、これまでの伝統的性別役

割分業観にとらわれない意識、男女平等意識、リベラルな男女役割意識が高いことを示している。

「子どもが 3 歳くらいまでは、母親は仕事を持たず、育児に専念すべきである」と、「経済的に家族

を支えることは夫の役割である」、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」の回答、1.そう

思う、2. まあそう思う、3. どちらともいえない、4. あまりそう思わない、5. そう思わない、をその

まま点数化し、この 3 つの質問項目と、「女性も自分の収入と仕事を持つことは重要である」とい

う回答は、「そう思う」を 5 点になるように、点数を反転し、合計 4 つの変数を足し合わせて合成

変数とし、「性別役割分業観」とした。クロンバックのα係数は 0.732 であった。性別役割分業観

と女性の就労に関して、原・肥和野(1990)は(常時)被雇用者の方が自営業、パート、専業主婦

よりも伝統意識を持たないことを示した。女性の就業行動を規定する要因について岩間(2008)は

これまでの伝統的性別役割分業観によって、女性が結婚や出産、子育てにといったライフイベント

とともに家族から「ケア役割」として期待され高学歴の女性であっても就労継続は難しいという。

以上から平等的性別役割分業観が高いほど、複数役割満足感が高まり、仕事満足感も高いと考え

る。

(2)職場要因の変数 時間の融通性と機会均等職場

この変数は先行研究より、職場要因の 2 つの変数として抽出した。変数「時間の融通性」は「時

間の融通のきく仕事である」を「そう思う」5 点から「そう思わない」1 点とした。「機会均等職

場」は男女で機会均等に仕事をしている職場であるかに着眼しているので、質問項目は「同期ぐら

いの男性正社員とほぼ同じ仕事をしている」の回答の点数を反転させて、「そう思う」5 点、「まあ

そう思う」4 点、「どちらともいえない」3 点、「あまりそう思わない」2 点、「そう思わない」1 点

とした。

また、女性にも教育訓練の機会が均等であるかをたずねる質問である「女性の教育訓練に力を入

れている職場である」の回答は、「そう思う」5 点から「そう思わない」1 点の 5 件法である。最後

に、女性管理職の育成があるかを知るための質問「女性にリーダーシップを期待している職場であ

る」の回答も、上記の通り、「そう思う」5 点から「そう思わない」1 点とした。この 3 つの質問項

目を合成変数にし、「機会均等職場」とした。点数が高いほど、回答者が、自分の職場は機会均等

の職場である、と考えていることを示す。多くの先行研究のように、例えば勤め先にファミリーフ

レンドリー制度があるごとに 1 点、2 点と点数化した客観的な指標ではない。回答者からみて、自

分の職場はどうかという主観的な回答である。クロンバックのα係数は 0.693 であった。

武石(2008)、黒沢・原(2010)などが指摘するように、職場で仕事経験の機会均等が就労継続

につながっている。また、奥津(2009)は女性の職業行動はその時代の社会的条件と家族等の周囲

の他者との関わり方に大きく影響されるとし、その結果、正規か非正規かではなく、女性労働者の

ライフサイクルの中でその時の生活実態に見合った労働時間等の就業条件が結婚・育児期後の再就

職者に意思決定させる有力な要因であったという。つまり母親であれば、再就職する場合、正社員

にこだわらず、労働時間や通勤時間の短さや職場の拘束性の低さがより重要な条件となっていた。

以上の先行研究から職場の労働時間の融通性が高いほど、また機会均等の職場であるほど複数役割

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満足感が高まり、仕事満足感も高くなると仮説を立てた。 

(3)家族要因の変数「夫の理解」「夫家事(時間)」「夫育児(時間)」

先行研究でも家庭生活の影響については夫の家事・育児の参加、祖父母などの親族ネットワーク

の利用ができる環境であると、女性の就労継続が助長されるという(安河内 2008、石井 2013 な

ど)。本研究ではさらに家族要因の変数として、「夫の理解」を入れた。「配偶者はあなたが仕事を

することについてどのように思っていますか」という問いに、「夫はあなたが仕事をすることに賛

成である」を 5 点から「夫はあなたが仕事をすることに反対である」2 点まで 5 件法の回答とした。

「夫家事(時間)」、「夫育児(時間)」は、配偶者が平日の「現在、家事をするおおよその時間」と、

「現在、育児をするおおよその時間」をそれぞれ集計した。家族要因の変数はいずれも妻が夫につ

いて回答しているものであり、夫本人に聞いているものではない。

4.3 分析方法

分析は記統統計と相関分析とパス解析によって行った。パス解析は概念モデルと仮説に基づいて

作成した分析モデルを用いて分析した。パス解析では欠損値を平均値で置き換えている。欠損値を

平均値で置き換える際には、置き換える前の平均値と置き換えた後の平均値との間に有意差がない

ことを確認した。使用ソフトは SPSS Ver.25 と AMOS Ver.25 である。 

5.結果5.1 記述統計

表 1 に分析に使用した変数の記述統計をまとめた。t 検定によって、正規労働者と非正規労働者

の差を検討した。調査対象者 185 名のうち、正規労働者 73 名、非正規労働者 112 名を、二群に分

けて比較した結果、有意に差が出た変数は「教育年数」、「年収」、「夫年齢」、「夫教育年数」、「時間

の融通性」、「機会均等職場」、「性別役割分業観」、「夫の協力の見込み」であった。そのうち、非正

規労働者の平均値が高かったのは「時間の融通性」と、「性別役割分業観」であった。

年齢は非正規の母親が 34.49 歳、正規の母親 33.89 歳、夫はそれぞれ 37.08 歳、35.40 歳で、非正

規の夫の方がやや年齢が上である。厚生労働省『平成 28 年働く女性の実情』から、全国平均は女

性非正規労働者 44.3 歳、正規労働者は 39.5 歳、男性非正規労働者は 48.7 歳、正規労働者は 42.2 歳

であり、夫婦の年齢差に関しては全国平均とほぼ同じであるといえよう。

学歴は正規の場合で 13.80 年、非正規の場合は 13.78 年とほぼ同じであった。最終学歴が平均で

みると高卒以上、専門学校、短期大学、高等専門学校卒業未満になる年数である。夫の場合は正規

労働者の妻の夫が 14.74 年、妻が非正規労働者の場合、13.80 年であった。2016 年の学校種類別の

男女の進学率を見ると、高等学校等及び専門学校(専門課程)への進学率は、女子の方が高くなっ

ているが、大学(学部)への進学率は、女子 48.2%、男子 55.6%と男子の方が 7.4%ポイント高い

(内閣府 2018『男女共同参画白書』)。

年収中央値は正規で約 282 万円、非正規で 102 万円であった。国税庁(2018)「民間給与実態統

計調査」によると、女性の正規労働者の年間平均収入は 367 万円、非正規労働者は 147 万円であっ

た。調査対象者は年齢の上限を 39 歳にしていたこともあり、全国平均と比較するとやや低めに

なっている。調査対象者の夫の年収は、妻が正規労働者の夫は 489 万円、非正規の妻の場合、夫の

年収は 441 万円であった。これも全国の男性正規労働者の平均年収は 539 万円、非正規労働者は

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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225 万円からやや低い金額であった。

末子年齢は非正規労働者の方が 1 歳年上の 5.56 歳、正規労働者は 4.56 歳であった。時間の融通

性は非正規労働者の方が正規労働者よりも点数が高い。職場の機会均等は正規労働者の方が有意に

高い結果になっている。

夫が妻が仕事をすることを認めているかは、妻が非正規労働者よりも、正規労働者が高い。そし

て、家事時間、育児時間であるが、妻が正規労働者の場合、平日 1 日当たり夫の家事時間は 28 分、

育児時間 1 時間 8 分、非正規労働者の場合、夫の家事時間は 24 分、育児時間 43 分であった。妻の

就業形態に関わらず、夫の家事時間は 1 日 30 分もなく、夫の育児時間は妻が正規労働の場合、1時間をようやく超える結果であった。内閣府 2018 年「平成 28 年社会生活基本調査」の結果から共

働き家庭の夫の 1 日平均家事時間は 36 分、育児時間は 48 分、合計 1 時間 24 分であった。

このような状況ではあるが、複数役割満足感は正規労働者の方が非正規労働者よりも高く 3.37点であった。仕事満足感はわずかに正規労働者が高く 9.88 点であった。

表1 各変数の記述統計(非正規労働者N=112,正規労働者N=73)

7

就業形態に関わらず、夫の家事時間は 1 日 30 分もなく、夫の育児時間は妻が正規労働の場合、1 時

間をようやく超える結果であった。内閣府 2018 年「平成 28 年社会生活基本調査」の結果から共働

き家庭の夫の 1 日平均家事時間は 36 分、育児時間は 48 分、合計 1 時間 24 分であった。 このような状況ではあるが、複数役割満足感は正規労働者の方が非正規労働者よりも高く 3.37 点

であった。仕事満足感はわずかに正規労働者が高く 9.88 点であった。

表1 各変数の記述統計(非正規労働者 N=112,正規労働者 N=73)

平均値 最小値 最大値 標準偏差 平均値 最小値 最大値 標準偏差年齢 34.49 27.00 39.00 3.19 33.89 27.00 38.00 2.78

教育年数** 13.78 9.00 18.00 1.60 13.80 12.00 18.00 1.98

年収中央値*** 102.36 0.00 450.00 83.23 281.89 0.00 650.00 131.35

夫年齢*** 37.08 26.00 55.00 5.03 35.40 28.00 46.00 3.94

夫教育年数** 13.80 9.00 18.00 1.98 14.77 9.00 18.00 1.99

夫年収中央値 441.05 0.00 1350.00 197.43 489.32 225.00 1350.00 235.01

末子年齢 5.56 0.00 15.00 3.35 4.56 0.00 15.00 3.60

時間の融通性*** 3.87 1.00 5.00 1.26 3.17 1.00 5.00 1.37

機会平等職場*** 9.91 3.00 15.00 3.03 11.12 3.00 15.00 3.19

性別役割分業観*** 13.21 4.00 20.00 2.94 11.83 4.00 20.00 3.11

夫の妻の仕事に賛成** 3.37 1.00 5.00 2.94 3.87 1.00 5.00 1.24

家事時間(時間) 0.40 0.00 10.00 1.30 0.47 0.00 3.00 0.65

育児時間(時間) 0.77 0.00 5.00 1.07 1.14 0.00 6.00 1.38

複数役割満足感 3.30 1.00 5.00 1.09 3.37 1.00 5.00 1.20

仕事満足感 9.84 3.00 15.00 2.73 9.88 3.00 15.00 2.55

非正規労働N=112 正規労働N=73

5.2 相関分析

仕事満足感の要因を探るパス解析で使用する変数間の相関について有意水準に達した結果を次に

述べる(表 2)。 人的資本理論の通り、夫は高学歴であるほど、年収が高いという正の相関がみられた。また、妻

の収入が高いほど、夫も高収入であることから、妻の年収と夫の年収の弱い正の相関が示された。

以上の点から、近年橘木・迫田(2013)や筒井(2016)などが指摘するような「同類婚」の傾向が

本調査結果からもうかがえる。同類婚は女性が高学歴化して共働き社会化が進むと、傾向が強化さ

れると言われている(筒井 2016)。本研究の調査対象者は同類婚の傾向がみられた。 また機会均等職場と妻の複数役割満足感も弱い正の相関があり、職場要因と複数役割満足感の正

の相関が確認できた。一方で、意識要因としては、性別役割分業観は点数が高いほど、平等意識が

高くなる変数なのだが、妻の教育年数と妻の年収と夫の教育年数の 3 つの変数と負の相関になって

いた。末子年齢とは正の相関であった。言い換えれば、高学歴であるほど、自身の年収が高いほど、

また夫も高学歴であるほど、性別役割分業観に保守的である傾向と言える。そして末子の年齢が高

いほど、平等志向が高まっている。 従属変数の仕事満足感に正の相関があった変数は職場の機会均等と、夫の育児時間、そして複数

役割満足感であった。夫の家事時間については夫の育児時間と正の相関があり、夫が家事をする時

間が長いほど、育児の時間も長いことがわかった。

5.2 相関分析

仕事満足感の要因を探るパス解析で使用する変数間の相関について有意水準に達した結果を次に

述べる(表 2)。人的資本理論の通り、夫は高学歴であるほど、年収が高いという正の相関がみられた。また、妻

の収入が高いほど、夫も高収入であることから、妻の年収と夫の年収の弱い正の相関が示された。

以上の点から、近年橘木・迫田(2013)や筒井(2016)などが指摘するような「同類婚」の傾向が

本調査結果からもうかがえる。同類婚は女性が高学歴化して共働き社会化が進むと、傾向が強化さ

れると言われている(筒井 2016)。本研究の調査対象者は同類婚の傾向がみられた。

また機会均等職場と妻の複数役割満足感も弱い正の相関があり、職場要因と複数役割満足感の正

の相関が確認できた。一方で、意識要因としては、性別役割分業観は点数が高いほど、平等意識が

高くなる変数なのだが、妻の教育年数と妻の年収と夫の教育年数の 3 つの変数と負の相関になって

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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いた。末子年齢とは正の相関であった。言い換えれば、高学歴であるほど、自身の年収が高いほ

ど、また夫も高学歴であるほど、性別役割分業観に保守的である傾向と言える。そして末子の年齢

が高いほど、平等志向が高まっている。

従属変数の仕事満足感に正の相関があった変数は職場の機会均等と、夫の育児時間、そして複数

役割満足感であった。夫の家事時間については夫の育児時間と正の相関があり、夫が家事をする時

間が長いほど、育児の時間も長いことがわかった。

表2 変数間の相関(N=185)

8

表2 変数間の相関(N=185)

年齢 教育年数 年収中央値 夫年齢 夫教育年数 夫年収中央値 末子年齢 時間融通性 機会平等職場 性別役割分業観夫の妻の仕事に賛成 夫家事時間 夫育児時間 複数役割満足感 仕事満足感

年齢 1教育年数 -0.154 1年収中央値 -0.016 0.171* 1夫年齢 0.574** -0.149* -0.057 1夫教育年数 0.106 0.393** 0.234** 0.003 1夫年収中央値 0.361** 0.180* 0.164* 0.238** 0.335** 1末子年齢 0.445** -.280** -0.088 0.351** -.169* 0.131 1時間融通性 -0.071 -0.114 -0.214** 0.136 -0.038 0.127 0.043 1機会平等職場 0.053 0.099 0.171* -0.081 0.031 0.029 -0.04 -0.082 1性別役割分業観 0.119 -0.322** -.210** 0.115 -0.146* -0.11 0.251** 0.016 -0.099 1夫の妻の仕事に賛成 -0.158* 0.11 0.141 -0.109 0.093 -0.057 -0.062 -0.055 0.067 -0.124 1夫家事時間 0.013 0.083 0.038 -0.031 -0.006 0.002 0.01 0.04 -0.025 -0.062 0.071 1夫育児時間 -0.126 0.033 0.160* -0.101 -0.046 -0.144 -0.170* -0.101 -0.01 0.008 0.048 0.283** 1複数役割満足感 0.047 0.125 0.053 0.004 0.152* 0.204** -0.001 0.118 0.163* -0.117 0.116 -0.074 0.004 1仕事満足感 0.028 0.029 0.052 0.093 -0.056 0.008 -0.031 0.099 0.256** -0.011 0.036 -0.007 0.163* 0.322** 1 *. 相関係数は 5% 水準で有意 (両側) **. 相関係数は 1% 水準で有意 (両側) ***. 相関係数は 0. 1% 水準で有意 (両側)

5.3 パス解析

母親であることと、仕事人であること(Multiple Role)は仕事満足感を高めるという An Expansionist Theory が、日本の有職の母親にも該当するのかを検証する。また、複数役割満足感

(Multiple Role)の要因は何かを探るのがパス解析の目的である。パス解析(path analysis)は、仮

定された因果体系の中の変数の効果を実際のデータに基づいて推定するための分析手法である

(Bohrnstedt and Knoke=海野・中村、2010)。パス解析では、独立変数と従属変数の間に媒介変数を

設けることができる。本研究では仕事満足感を高めるには何が影響を及ぼしているだろうか、とい

う問いに対して、先行研究を参考に本人と夫の属性の独立変数を設定しているが、職場要因、本人

の意識要因、家族要因を媒介した因果関係を明らかにすることが可能である。先行研究と研究概念

図をもとに設定した仮説が質問紙調査から得られたデータに合致しているかどうかをパスの有意

性をもって確認する。図 2 と図 3 に有職母親の分析モデルに従って分析を行った結果を示した。図

中の数字は分析した結果であり、5%以上の有意水準に達したパス係数として標準化係数を表記し

た。パス係数が高いほど、因果性が強いことを示している。 今回の調査対象者は、非正規労働者が 112 人、正規労働者は 73 人であった。パス解析する場合、

特に正規労働者の人数が少ないため、正規労働者のモデル適合値もやや悪い。本研究は正規労働者

の結果はこれに留意しなくてならない。本分析で得た GFI が非正規は 0.979、AGFI が 0.886 、正規

は GFI が 0.951、AGFI は 0.734 であった(図 2、3)。またもう一つの代表的指標である RMSEA は

非正規は 0.000、正規は 0.060 であった。非正規の分析モデルの適合度は概ね妥当であると判断し

た。 さらに、本研究の調査対象者はすでに市場労働と家事育児を行っている有業の母親に限定されて

おり、両立できない母親は労働市場から退出していることから、サンプルセレクションバイアスが

生じていることも考えられる。そこで、既婚有業で、子どもを持たない女性(77 名)で、末子年齢、

夫の育児時時間、複数役割満足感の変数を除いた、仕事満足感が従属変数になるモデルでパス解析

を行った。モデル適合値は GFI が 0.972 、AGFI が 0.886、RMSEA が 0.040 であった。子どものい

ない既婚有業女性の仕事満足感の要因モデルの適合値の方がやや下がってはいるため、本研究の推

5.3 パス解析

母親であることと、仕事人であること(Multiple Role)は仕事満足感を高めるという An Expansionist Theory が、日本の有職の母親にも該当するのかを検証する。また、複数役割満足感

(Multiple Role)の要因は何かを探るのがパス解析の目的である。パス解析(path analysis)は、仮

定された因果体系の中の変数の効果を実際のデータに基づいて推定するための分析手法である

(Bohrnstedt and Knoke= 海野・中村、2010)。パス解析では、独立変数と従属変数の間に媒介変数を

設けることができる。本研究では仕事満足感を高めるには何が影響を及ぼしているだろうか、とい

う問いに対して、先行研究を参考に本人と夫の属性の独立変数を設定しているが、職場要因、本人

の意識要因、家族要因を媒介した因果関係を明らかにすることが可能である。先行研究と研究概念

図をもとに設定した仮説が質問紙調査から得られたデータに合致しているかどうかをパスの有意性

をもって確認する。図 2 と図 3 に有職母親の分析モデルに従って分析を行った結果を示した。図中

の数字は分析した結果であり、5%以上の有意水準に達したパス係数として標準化係数を表記した。

パス係数が高いほど、因果性が強いことを示している。 今回の調査対象者は、非正規労働者が 112 人、正規労働者は 73 人であった。パス解析する場合、

特に正規労働者の人数が少ないため、正規労働者のモデル適合値もやや悪い。本研究は正規労働者

の結果はこれに留意しなくてならない。本分析で得た GFI が非正規は 0.979、AGFI が 0.886 、正規

は GFI が 0.951、AGFI は 0.734 であった(図 2、3)。またもう一つの代表的指標である RMSEA は

非正規は 0.000、正規は 0.060 であった。非正規の分析モデルの適合度は概ね妥当であると判断し

た。

さらに、本研究の調査対象者はすでに市場労働と家事育児を行っている有業の母親に限定されて

おり、両立できない母親は労働市場から退出していることから、サンプルセレクションバイアスが

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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生じていることも考えられる。そこで、既婚有業で、子どもを持たない女性(77 名)で、末子年

齢、夫の育児時時間、複数役割満足感の変数を除いた、仕事満足感が従属変数になるモデルでパス

解析を行った。モデル適合値は GFI が 0.972、AGFI が 0.886、RMSEA が 0.040 であった。子ども

のいない既婚有業女性の仕事満足感の要因モデルの適合値の方がやや下がってはいるため、本研究

の推計結果を解釈する際、一定の留保が必要である 2。図 2 と 3 にパス解析の全体結果を図示し、有

意の関係がある場合のみ実線を引いた。

まず非正規労働者も正規労働者の場合も、「複数役割満足感」が「仕事満足感」を高めていた

(0.286***、0298**)。非正規であろうと正規であろうと、有職の母親は子育てをしつつ仕事を持つ

ことに満足であるほど、仕事満足感が高まっていた。非正規の場合は、仕事満足感を高める要因と

して、職場の「時間の融通性」があることであった。反対に正規労働者の場合は、記述統計の結果

からも正規労働者の平均が 3.87 であるのに対し、正規労働者は 3.17 で有意に低いことから、正規

労働の労働時間の硬直性が高いことがうかがえる。勤務形態の硬直性が低いほど、働きやすいとい

うことであろうか。

一方、正規労働者の場合は、仕事満足感を高める要因は「機会均等職場」であった(0.352***)。その他は「夫年齢」(0.341**)と、「夫の育児時間」(0.236*)であった。「夫の育児時間」が長いほ

ど、仕事満足感が高まっていた(0.236*)。「夫教育年数」が長いほど(- 0.369***)、「夫の理解」

があるほど(- 0.201*)、仕事満足感は低くなっていた。同類婚の傾向があることから、夫の学歴

が高いことや、夫が妻の仕事に理解がある方が妻の仕事満足感が高まると仮説を立てていたが反対

の結果であった。しかも正規労働者の場合のみである。この点については解釈できない謎である。

その他「複数役割満足感」を高める要因は、正規労働者の場合は「年収」であった(0.193*)。職

場要因や、意識要因は複数役割満足感に影響を与えていなかった。

非正規と正規の違いについて補足すると、非正規の場合は、仕事満足感、複数役割満足感の要因

がそれぞれ一つしかなく、先行研究から仮説に基づく他の要因は影響を与えていなかった。夫の年

齢(0.248*)と、夫の年収が高いほど(0.236*)、職場の時間の融通性が高まっていた。また高学歴

であるほど、従来の性別役割分業観が高い結果であった(- 0.254*)。正規の場合は、仕事満足感、

複数役割満足感の要因が多く、注目すべき点は調査対象者の学歴が高いほど、夫の妻の仕事への理

解が高い(0.279*)が、調査対象者の年収が高いほど、夫の妻の仕事への理解は低くなっている

(- 0.214 *)。また調査対象者の年収が高いほど、夫の家事時間、育児時間は長くなっていた

(0.025** 、0.193*)。次に「仕事満足感」を高める「複数役割満足感」の要因は何かを見る。非正規の場合は、「夫の

育児時間」であった(0.202*)。上記のように正規労働者の場合は、「夫の育児時間」が妻の「複数

役割満足感」を介さず、直接妻の「仕事満足感」を高めていた。ここで一つ留意したいことは、仕

事満足感の項目である。t 検定では有意な差はなかったが、正規労働者と非正規労働者で果たして

仕事満足感の違いはないのであろうか。本研究では、仕事満足感を、「仕事にやりがいがある」、

「専門性を活かしている」、「これまでのキャリア形成に満足」の項目を合成変数として計ったが、

正規労働者と非正規労働者での「仕事のやりがい」は例えば社会活動をしている、客に喜んでも

らっている、仕事で評価されているなどあり、両者の仕事のやりがいの差異は少ないのではないか

2 有業既婚女性で子どもを持つ、持たないによる変数の比較の t 検定の結果は、仕事満足感には有意な差はなく、

有意に差があった変数は本人の年齢(***)、本人の年収(***)、本人の教育年数(***)、夫の教育年数(***)、時間の融通性(*)であった。

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

36

と考える。しかし、「専門性を活かしている」、「これまでのキャリア形成に満足」では、正規労働

者と非正規労働者にとって、それぞれ意味合いが多少異なることは考えられる。正規労働者にとっ

て、専門性を活かすことは、就労継続の結果、仕事の技能や知識の蓄積が労働者の強みになってい

ることがある同様にキャリア形成に満足していることは、昇進や昇格のことを指すのみならず、仕

事と余暇や家事育児に対する選好の異なる個々の女性が持つ理想や希望のキャリアと現実のキャリ

アとの一致性の有無を指しているかもしれない。例えば子育てなどでしばらく無職であった後の、

何らかの専門性を活かした非正規労働者であったり、無職であったが非正規労働者として働き始

め、専門性を新たに身に付けていると考えれば、キャリア形成に満足と考えることもあろう。先に

も述べたが、女性が出産や子育てで仕事を一時中断していたが、再び労働市場に参入する場合、橘

木(2006)によれば自ら望んでパートタイマーになる場合が 61.6%と多い。つまり正規労働者と非

正規労働者とでは「仕事満足感」に効果を持つ経路が異なることが考えられ、Gerson(2019)の共

働きの夫婦で仕事と家事、育児をシェアしている場合、絆が強いという指摘のように、夫の育児の

サポートが正規労働者では直接的に妻の就労継続や、昇進、キャリア形成に役立っているのであろ

う。一方、非正規労働者は、昇進やキャリア形成というよりは、妻が仕事も家庭の仕事も両立でき

ているという満足感に影響を与えるのではないかと考える。筒美(2014)は有配偶者女性の労働時

間に伴う家事頻度の減少幅は有配偶男性の家事頻度の増加幅よりも大きく、女性にとっての就労と

家庭生活の質の維持がトレードオフになっていることを明らかにしている。非正規労働者の女性は

この家庭生活の質の維持を重視していることも考えられる。

その他「複数役割満足感」を高める要因は、正規労働者の場合は「年収」であった(0.193*)。職場要因や、意識要因は複数役割満足感に影響を与えていなかった。

図2 有職母親(非正規労働)のパス解析結果

10

事育児に対する選好の異なる個々の女性が持つ理想や希望のキャリアと現実のキャリアとの一致性

の有無を指しているかもしれない。例えば子育てなどでしばらく無職であった後の、何らかの専門

性を活かした非正規労働者であったり、無職であったが非正規労働者として働き始め、専門性を新

たに身に付けていると考えれば、キャリア形成に満足と考えることもあろう。先にも述べたが、女

性が出産や子育てで仕事を一時中断していたが、再び労働市場に参入する場合、橘木(2006)によ

れば自ら望んでパートタイマーになる場合が 61.6%と多い。つまり正規労働者と非正規労働者とで

は「仕事満足感」に効果を持つ経路が異なることが考えられ、Gerson(2019)の共働きの夫婦で仕事

と家事、育児をシェアしている場合、絆が強いという指摘のように、夫の育児のサポートが正規労

働者では直接的に妻の就労継続や、昇進、キャリア形成に役立っているのであろう。一方、非正規

労働者は、昇進やキャリア形成というよりは、妻が仕事も家庭の仕事も両立できているという満足

感に影響を与えるのではないかと考える。筒美(2014) は有配偶者女性の労働時間に伴う家事頻度の

減少幅は有配偶男性の家事頻度の増加幅よりも大きく、女性にとっての就労と家庭生活の質の維持

がトレードオフになっていることを明らかにしている。非正規労働者の女性はこの家庭生活の質の

維持を重視していることも考えられる。 その他「複数役割満足感」を高める要因は、正規労働者の場合は「年収」であった(0.193*)。職

場要因や、意識要因は複数役割満足感に影響を与えていなかった。

図2 有職母親(非正規労働)のパス解析結果

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

37

6.まとめと考察本研究の目的、An Expansionist Theory は日本の有職の母親の場合も適用した。これは正規労働者

も非正規労働も同じ結果であった。Multiple Role は仕事も家庭も「多重役割」であったが、むしろ

「複数役割満足感」として、親であることと、仕事人であることに充実感があり、結果、仕事満足

感を高めていた。

一方で、異なる点は、正規労働者の場合、複数役割満足感を高める要因は妻の年収のみであっ

た。仕事満足感を高める要因は、複数役割満足感と、機会均等職場と夫の育児時間であり、妻の職

場要因が妻の複数役割満足感と仕事満足感の規定要因になっていた。しかし予想に反して夫の学歴

が高いほど、あるいは夫の妻の仕事の理解が高いほど妻の仕事満足感が低くなっていた。

非正規労働者の場合は、複数役割満足感を高める要因は夫の育児時間のみであり、仕事満足感を

高める要因は、複数役割満足感と時間の融通性であった。この点になぜ予想に反して正規労働者の

場合、夫の妻の仕事への理解と夫の教育年数が妻の仕事満足感にマイナスの効果を持っているのか

のヒントがあるのではないか。非正規労働の妻は家庭を中心にしており、仕事も時間の融通性の高

い非正規の働き方を選択している傾向があると考える。家庭の仕事を中心に考えているので、さほ

ど期待していなかった夫の育児参加が少しでもあれば、複数役割満足感を高めることになる。一方

で、正規労働者の妻は、相関分析でも示したように、夫と同じような学歴、年収の同類婚の傾向が

あり、正社員であるため労働時間の融通性は低く、より夫に対等に家事・育児の協力と、妻の仕事

への理解を求める傾向があると考える。つまり正規労働者である妻は、夫に要求する妻の仕事への

理解と、家事・育児の協力の基準が高いため、妻の満足する基準に達しない夫の理解と協力は逆に

仕事満足感を低くしていると解釈はできないだろうか。

以前に比べて男性の家事・育児参加は進んでおり、「育メンブーム」は様々なところで見受けら

れている(石井クンツ 2013)。しかし、夫の理解や協力はあくまで妻の非正規労働の枠内での複数

図3 有職母親(正規労働)のパス解析結果

11

図3 有職母親(正規労働)のパス解析結果

6. まとめと考察

本研究の目的、An Expansionist Theory は日本の有職の母親の場合も適用した。これは正規労働者

も非正規労働も同じ結果であった。Multiple Role は仕事も家庭も「多重役割」であったが、むしろ

「複数役割満足感」として、親であることと、仕事人であることに充実感があり、結果、仕事満足

感を高めていた。 一方で、異なる点は、正規労働者の場合、複数役割満足感を高める要因は妻の年収のみであった。

仕事満足感を高める要因は、複数役割満足感と、機会均等職場と夫の育児時間であり、妻の職場要

因が妻の複数役割満足感と仕事満足感の規定要因になっていた。しかし予想に反して夫の学歴が高

いほど、あるいは夫の妻の仕事の理解が高いほど妻の仕事満足感が低くなっていた。 非正規労働者の場合は、複数役割満足感を高める要因は夫の育児時間のみであり、仕事満足感を

高める要因は、複数役割満足感と時間の融通性であった。この点になぜ予想に反して正規労働者の

場合、夫の妻の仕事への理解と夫の教育年数が妻の仕事満足感にマイナスの効果を持っているのか

のヒントがあるのではないか。非正規労働の妻は家庭を中心にしており、仕事も時間の融通性の高

い非正規の働き方を選択している傾向があると考える。家庭の仕事を中心に考えているので、さほ

ど期待していなかった夫の育児参加が少しでもあれば、複数役割満足感を高めることになる。一方

で、正規労働者の妻は、相関分析でも示したように、夫と同じような学歴、年収の同類婚の傾向が

あり、正社員であるため労働時間の融通性は低く、より夫に対等に家事・育児の協力と、妻の仕事

への理解を求める傾向があると考える。つまり正規労働者である妻は、夫に要求する妻の仕事への

生活経済学研究 Vol.49(2019.3)

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役割満足感と仕事満足感を高めるまでは達していても、正規労働の妻の複数役割満足感や仕事満足

感を高めるまではまだ達していないということなのだろうか。この点は国や会社の制度が整いつつ

あるも、依然日本の女性の就労継続が困難である現状の要因の一つかどうか、さらに慎重に検討し

なくてはならないと考える。本研究では妻が夫の行動時間や態度を回答しているので、夫本人が回

答する調査も考えなくてならない。

また年収が高いことや機会均等職場であることが複数役割満足感と仕事満足感を高めることは、

これはもはや議論が尽くされているようではあるが、働く女性が自身の職場は男女機会均等である

と実感することは正規労働者の場合は仕事満足感を高めていることから、職場での男女機会均等の

制度の充実と、実証の積み重ねが重要であろう。

最後に今後の課題を述べる。本研究は、解析に使用する母親の条件を、現在子どもを持ち、かつ

正規雇用または非正規雇用されている既婚女性に絞ったため、有職母親の人数が少なく、特に調査

時点で正規労働者である母親の人数が少なかった。今後は正規労働者である有職母親のサンプル数

を増やし、さらに検証しなくてはならない。

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