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1 資本移動の動学モデル (テキスト第8) 1.異時点間の予算制約 2.マクロ経済学のミクロ的基礎付け (1)恒常所得仮説 (2)時間選好率 3.消費の決定:資本移動の利益①:消費の平準化 異時点間の消費の決定=オイラー方程式 4.生産の決定:資本移動の利益②:投資の効率化 異時点間の生産の決定 5.2国・2期間モデルの消費・生産・経常収支の決定 6.資本移動の理論と現実

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Ⅷ 資本移動の動学モデル (テキスト第8章)

1.異時点間の予算制約 2.マクロ経済学のミクロ的基礎付け (1)恒常所得仮説 (2)時間選好率 3.消費の決定:資本移動の利益①:消費の平準化 異時点間の消費の決定=オイラー方程式 4.生産の決定:資本移動の利益②:投資の効率化 異時点間の生産の決定 5.2国・2期間モデルの消費・生産・経常収支の決定 6.資本移動の理論と現実

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異時点間貿易モデル 一般に金融とは、黒字主体と赤字主体が資金を融通しあう貸借関係を意味する。 国際金融も、 支出よりも所得の方が多い経常収支の黒字国(Y-C=CA>0)と、 所得よりも支出の方が多い経常収支の赤字国(Y-C=-CA<0)が、 資本を輸出入しあう国際貸借関係を意味する(静学的な考え方)。 また、現在時点で貸した(借りた)資金は、将来時点で返済を受ける(返済を行なう)ことを

伴うので、貸借関係は、異なる時点での取引である。 すなわち、自国が外国に貸出しを行なうという国際金融取引は、 自国:現在は消費以上の生産(Y1-C1=CA1>0)を行い、 経常収支の黒字分を外国に貸し出し、将来にその返済((1+r)CA1)を受け、 将来は生産以上の消費(Y2-C2=-CA2<0)が可能となる 外国:現在は生産以上の消費(Y1-C1=-CA1<0)を行ない、 経常収支の赤字分を自国から借り入れ、将来にその返済((1+r)CA1)を行うことで、 将来は生産以下しか消費(Y2-C2=-CA2<0)できない という異時点間の取引である(動学的な考え方) 。 一種類の財を、現在(第1期)と将来(第2期)の2期間で、生産・消費の決定を行なう異時点

間貿易モデル(動学的最適化モデル)

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1.異時点間の予算制約 仮 定

現在(第1期)と将来(第2期)の2期間モデルを考える。 ①内需は消費(C)だけを考え、投資や政府支出はゼロ。 ②外需を意味する経常収支(CA)は、貿易収支と所得収

支だけを考え、経常移転収支は無視。また所得収支は、対外純資産(F)に対する利子の受払いだけ。

③小国開放経済を考え、経常収支の黒字(赤字)は世界利子率(r)で貸借が可能。

④第1期の期首には過去から引き継いだ対外純資産はなく(F1=0)、第2期の期末に全ての対外純資産を使い尽くす(対外純負債を完済する)とする(F3=0)

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4

2期間モデルの予算制約

endowment endowment

1

1 3

( ), 0, 0

t t tCA F F CA FF F

+= − = ∆

= =ただし   

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仮定④より、

F1=0 (第1期首に対外純資産は存在しない)

F3=0 (第2期末に対外純資産は存在しない)

だから、2期間モデルでは、第1期末のみに対外純資産F2が存在し、

第1期と第2期の経常収支の間には、次の関係がある。

(1)

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予算制約線と経常収支

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7

世界利子率=5% (r=0.05)

第1期の産出量=64、第2期の産出量=105:点1(Y1,Y2)=(64,105) (事例)第1期に天災などの実物ショックがあって産出量が落ち込み、第2期に生産が回復。

(事例)途上国は、現在は産出量の水準が低いが、将来は産出量が増加。

このとき、産出量の現在価値は164(64+105/1.05)となる。したがって、消費の現在価値も164となる消費の組み合わせならば、(1)式の予算制約を満たす。

数 値 例

このような消費の組み合わせは無限に存在。

・国際間で資金の貸借が不可能な閉鎖経済の場合

⇒消費の組み合わせも点1(Y1,Y2)=(C1,C2)=(64,105)に限定。

・国際間で資金の貸借が可能な開放経済の場合

⇒例えば第1期の消費も第2期の消費も84となる点2 (C1,C2)=(84,84)を選択。

この場合、消費の現在価値は164(84+84/1.05)だから(1)式の予算制約を満たす。

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第1期に生産を上回る消費の超過分-20(C1-Y1=64-84)の貿易収支赤字を計上し(-CA1=-TB1=20)、それを外国からの借入れで賄い、

第2期に消費を上回る生産の超過分21(Y1-C1=105-84)の貿易収支黒字を計上し(TB2=1.05×TB1=21)、それによって借入れを返済。 問題は、

閉鎖経済の場合の消費の組み合わせである点1(68,105)

開放経済の場合の消費の組み合わせである点2(84,84)

とを比較すると、どちらの方が望ましい消費の組み合わせであるか?

一般的には、無数に存在する予算制約線上の消費の組み合わせのうち、どの組み合わせを選択するのが最適であるか(効用が最大化されるか)という問題

直感的には、生産の短期的な変動(ボラティリティ)に関わりなく、消費の平準化(consumption soothing)が達成されるような組み合わせが望ましかもしれない。

そして、それを達成させるような制度的枠組み、つまり開放経済体制(究極的には資本移動に全く制限のない金融のグローバル化)が望ましいかもしれない。

こうした望ましさを厳密に評価するために、マクロ経済学のミクロ的基礎付け(micro-foundation of macroeconomics)が必要となる。一般には、動学的確率的一般均衡モデル(Dynamic Stochastic General Equilibrium model : DSGEモデル)という。

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代表的経済主体の効用関数 一国経済 (小国経済)を構成する代表的個人は、各期の消費Cに依存する生涯効用Uを最大化する。 2つの仮定 (1)各期の効用関数は右上がりで、かつ「厳密に凹」(strictly concave) (限界効用の逓減) (2)β:主観的割引率(subjective discount rate) ρ:時間選好率(rate of time preference)

1 21( ) ( ), , 0 1 (2)

1U u C u Cβ β β

ρ= + =

+    < <    

'( ) 0, ''( ) 0u C u C>   <

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10

2.マクロ経済学のミクロ的基礎付け (1)恒常所得仮説

・効用関数が、上に凸の形状(凹関数)である(限界効用の逓減)という仮定 =この国の代表的個人がリスク回避的であること。 ・リスク回避的な個人の消費関数とは? ・静学的な消費関数:現在の消費は、現在の所得に依存するというケインズ型の消費関数、例えば、 C=cY+C0 このような効用関数を考えるのが妥当とする仮説は絶対的所得仮説。 ・動学的な消費関数:現在の消費は、現在から将来に渡って得られることが見込まれる生涯所得に依存すると仮定するフリードマンの恒常所得仮説(permanent income hypothesis)、ないしはそれに類するモディアーニのライフサイクル仮説(life-cycle hypothesis) 。

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恒常所得仮説と消費の平準化

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2.マクロ経済学のミクロ的基礎付け (2)時間選好率

1 2

1( ) ( ) , 0 1

1U u C u Cβ β β

ρ= + =

+  ただし、   < <

将来の消費から得られる効用を主観的割引率βで割り引いているということは、現在より将来の効用を低く評価しているということ

βが小さい ⇒将来の効用に対するウェイトが小さい=将来の効用を大きく割り引く ⇒将来消費することに効用を感じず、現在消費することに効用を感じる ⇒貧しい国の代表的個人

βが大きい ⇒将来の効用に対するウェイトが大きい=将来の効用をあまり割り引かない ⇒現在消費することに効用を感じず、将来消費することに効用を感じる ⇒豊かな国の代表的個人

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時間選好率ρの意味 時間選好:同じ財を同じ量だけ消費するのであれば、現在消費することを、将来消費することより選好する消費者の傾向。

時間選好率:将来の消費から得られる効用に対して、現在の消費から得られる効用を選択する度合い。

ρが高い値:現在の消費から得られる効用を選択する度合いが大きい ρが低い値:将来の消費から得られる効用を選択する度合いが大きい 1万円を現在消費することをあきらめ、それを貯蓄し、将来消費できる金額が同じ1万円ならば、消費者は1万円を現在消費することを選好する。 1年後に消費できる金額が1万500円なって、消費者が1万円を現在消費することをあきらめるならば、

「時間選好率」 ρ=0.05 「主観的割引率」β=1/(1+ρ)=1/(1+0.05)=0.99 現在消費と将来消費の「限界代替率」1+ρ=1/β=1.05 ρが大きい値(βは小さい値)の場合: 現在の消費を高く評価する(less patient=せっかちな)貧しい国の代表的個人 ⇒1年後に返済される金額が1万1000円にならないと、現在の消費をあきらめることはない。この場合、 ρ= 0.1と高い値 [β=1/(1+0.1)=0.91と低い値] 。 ρが小さい値(βは大きい)の場合: 将来の消費を高く評価する(more patient=忍耐強い)豊かな国の代表的個人 ⇒1年後に返済される金額が1万300円であっても、現在の消費をあきらめるであろう。この場合、 ρ= 0.03と低い値 [β=1/(1+0.03)=0.99と高い値]。

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14 C2

C1

u(C1)

u(C2)

βu(C2)

u(C2)

0<β<1

各期の効用関数 u(C)

C2

C1

生涯効用(異時点間の無差別曲線)

1 2( ) ( )U u C u Cβ= +

1 1'( )MU u C=

u(C1)

2 2'( )MU u Cβ=

2C C=

1C C=

2 1 1

1 2 2

1 2

'( )'( )

1 1

dC MU u CMRSdC MU u C

C C C MRS

β

ρβ

= − = =

= = ⇒ = = + 

2C C=

1C C=

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15

効用関数の接線の傾き:限界効用(marginal utility: MU)

無差別曲線の接線の傾き:現在消費と将来消費の限界代替率(marginal rate of substitution: MRS)

0lim ( ) 'C

u duMU

C dCu C

∆ →

∆= =

∆=

1 0

2 2 1 1

1 1 2 2

lim'( )'( )C

C dC

C dC

MU u CMRS

MU u Cβ∆ →

∆= =

∆= =

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1+ρ* 1+ρ

時間選好率と無差別曲線の形状

C1

C2

U

U*

・現在消費(C1)と将来消費(C2)が等しい45度線上のE点で、時間選好率ρの異なる2つの無差別曲線。 ・無差別曲線UにおけるE点でのρの方が、無差別曲線U*におけるE点でのρ*よりも小さい。 ρ<ρ*

前者(ρ)は、現在消費よりも将来消費を高く評価する「豊かな人・国」

後者(ρ*)は、将来消費よりも現在消費を高く評価する「貧しい人・国」

2C C=

1C C=

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3.消費の決定:資本移動の利益①:消費の平準化 異時点間の消費決定=オイラー方程式

以下の最適化問題を解く (2)式よりC2を解いて、(1)式に代入 生涯効用Uを最大化する1階の条件(f.o.c.)は、

1 2

2 21 1

max ( ) ( ) (1)

. . (2)1 1

U u C u CC Ys t C Y

r r

β= +

+ = ++ +

      

       

[ ]1 1 1 2( ) (1 )( )U u C u r Y C Yβ= + + − +  

[ ]1 1 1 2 1 21

( ) (1 )( ) '( ) (1 ) '( ) 0u C u r Y C Y u C r u CC

β β∂ + + − + + = ∂

= -

1 2'( ) (1 ) '( ) (3)u C r u Cβ∴ = + オ   イ 程式   ラー方

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18

条件付き最大化問題の解き方 (ラグランジュ乗数法)

λをラグランジュ乗数として、次のラグランジュ関数Lを作る。

2 21 2 1 1

1 1 11

2 2 22

1 2

( ) ( )1 1

'( ) 0 '( )

'( ) 0 (1 ) '(

'( ) (1 ) '( )

)1

(3)

C YL u C u C C Yr r

LL u C u CCLL u C

u C r u C

r u CC r

β λ

λ λ

λ

β

β λ β

= + + + − − + + ∂

= = + = ∴ = −∂∂

= = + = ∴

= +

= − +∂ +

      

    

               

1 1 2

2 21 1

max ( ) ( ) (1)

. . (2)1 1

U u C u CC Ys t C Y

r r

β= +

+ = ++ +

      

       

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19

オイラー方程式の解釈 オイラー方程式[動学的最適化の条件式 ](3)式 を変形すると、(4)式になる。 第1期(現在)の第2期(将来)に対する限界代替率(MRS) =現在消費で測った将来消費の相対価格 (1)式と(2)式の制約条件付き最適化問題を解くと、オイラー方程式の条件(限界代替率が相対価格に等しい)を満たすように、現在消費(C1)と将来消費(C2)の組み合わせが決定されなければならないという命題が導出された。 ⇒初級のミクロ経済学で学ぶように、個人の効用を最大化する消費の組み合わせは、「限界代替率=価格比」で決定されるという命題とパラレル

1

2

(4'( ) 1'( )

)u C ru Cβ

= +       

1 2'( ) (1 ) '( ) (3)u C r u Cβ= +         

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20

消費の最適化と資本移動

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21

現在(第1期)において、 ・A国:産出量(Y1

A)以下の消費(C1A)

⇒その差額は経常収支黒字(CA1=Y1A-C1

A) ・B国:産出量(Y1

B)以上の消費(C1B)

⇒その差額は経常収支赤字(-CA1=C1B-Y1

B) ・国際貸借が可能(資本移動に制限がない)ならば、A国からB国へ貸出し(資本移動)が行われることによって、両国において望ましい消費が実現される。 将来(第2期)において、 ・A国は産出量(Y2

A) 以上の消費(C2A)

⇒その差額は経常収支赤字(-CA2= C2A-Y2

A) ・B国は産出量(Y2

B)以下の消費(C2B)

⇒その差額は経常収支黒字(CA2= Y2B-C2

B) ・国際貸借が可能(資本移動に制限がない)ならば、両国の経常収支不均衡は、第1期におけるA国からB国への貸出しに対する返済(B国からA国への資本移動) CA2=(1+r)CA1によって均衡が達成され、両国において望ましい消費が実現される。

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4.生産の決定:資本移動の利益②:投資の効率化 異時点間の生産および消費の決定

家計による消費の決定を考察=消費財の生産は与件⇒企業による生産の決定

生産(Y)は資本ストック(K)によって行われ、資本の限界生産力(marginal product of capital: MPK)が逓減する生産関数を仮定。

投資(I=ΔK) は貯蓄(S)よりも変動が大きい。重要なことは、開放経済(資本移動)を考慮に入れると、一国経済は国内貯蓄によって賄うことができない国内投資も、対外借入れによって賄うことができるということ、つまり「経常収支は貯蓄と投資の差額に等しい」ということである。

①’ 内需として、消費(C)と投資(I)を考え、簡単化のため政府支出はゼロ。 ⑤投資を行わなければ、毎期Q=Q1=Q2だけの生産が行われる(初期賦存量)。 ⑥第1期の期首には過去から引き継いだ資本ストックはなく(K1=0)、第1期にI1だけの投資を行えば、資本ストックはK2になる(I1= K2)。第2期には投資は行われず、第2期の期末に全ての資本ストックを使い尽くす(K3=0)

2 1 1 1( ) ( ) '( ) 0, ''( ) 0f K f I f I f I=    >   <

( ) '( ) 0, ''( ) 0Y f K f K f K=    >   < (5)

(6)

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1.全く投資を行わなかった場合、毎期80だけの生産が行われるとし、それは初期賦存量を示す点0(Q1,Q2)=(80,80)で表される。 2.ここで、現在16の投資を行うと、将来の産出量が25増加して105になる。つまり、第1期の産出量Q1=80のうち、消費財の産出Y1=64として、投資財の産出I1=16として

使用する。このように、投資を決定することによって、各期の消費財の生産は点1(Y1,Y2)=(64,105)と決定されるのである。 3.さらに、現在と将来の消費を点2 (C1,C2)=(84,84)としよう。世界利子率が5%(r=0.05)であるとすると、 ・第1期に消費財の生産を上回る消費の超過分-20(C1-Y1=64-84)の経常収支赤字を計上し(-CA1=20)、それを外国からの借入れで賄い、 ・第2期に消費を上回る生産の超過分21(Y1-C1=105-84)の経常収支黒字を計上し(CA2=1.05×CA1=21)、それによって借入れを返済する。

数 値 例

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2 期間モデルの予算制約(投資がある場合)

endowment endowment

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25

投資の決定と経常収支

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予算制約式 F1=0(第1期首に対外純資産は存在しない)、およびF3=0(第2期末に対外純資産は存在しない)とすると、2期間モデルでは、第1期末のみに対外純資産F2が存在する。ここで、第1と第2期の経常収支の間には、次の関係がある。

(7)

(2)

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27

利潤極大化による投資の決定=生産の決定

(7)式の右辺のうち、初期産出量Q1、Q2および金利rは所与なので、企業が操作できる変数は投資I1だけである。ここで、右辺第1項のf(I1)/(1+r)は、投資による収益の現在価値を表し、第2項のI1は投資コストを意味する。したがって、右辺第3項は、この投資から得られる利潤を表す。したがって、

を最大化する投資が最適な投資水準となる。あるいは、

と置くと、f(I1)は投資によって得られる第2期の収益、(1+r)は第2期に支払う投資コストの元利合計であり、πはこの投資から得られる利潤を第2期から表したものとなる。これを求めるには、(8)式(あるいは(8)’式)をI1で微分してゼロと置けばよい

11

( )

1

f

r

II

+Π = −

1 1( ) (1 )f rI Iπ − +=

11

1 1

'( ), '( ) (1 ) 0

11 0 ( )f

f rr

II

I Id dd d

π− + =

+

Π= − = =あるいは  

1'( ) 1f rI = +∴資本(投資)の限界生産力=1+利子率

(8)

(8)’

(9)

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28

5.2国・2間モデルにおける消費・生産・経常収支の決定 資本移動が存在しない閉鎖経済のケース

A国:現在の生産(Y1)に比較優位を持つ国であり、かつ現在の消費(C1)に対する選好が低い国(豊かな国) 。したがって、相対的に国内利子率(rA)は低く、時間選好率(ρA)も低い。

B国:将来の生産(Y2)に比較優位を持つ国であり、かつ現在の消費(C1)に対する選好が高い国(貧しい国) 。したがって、相対的に国内利子率(rB)は高く、時間選好率(ρB)も高い。

1 1A A A AMPK r MRSρ= + = + =

1 1B B B BMPK r MRSρ= + = + =

資本移動が存在しない閉鎖経済のケースでは、A国は点1において、B国は点4において生産と消費の均衡点が決定され、 主観的な時間選好率(ρ)=客観的な市場利子率(r) という条件が満たされる。

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29

資本移動が存在する開放経済のケース

世界利子率rが、rA<r<rBの範囲にあり、自国も外国も「小国」で、国際利子率rで国際貸借が可能なように、資本移動が開始

・A国:第1期にY1A-C1

A=CA1Aだけの経常収支黒字を計上し、第2期にY2

A-C2A=-

CA2Aだけの経常収支赤字を計上する。

・B国:第1期にY1B-C1

B=-CA1Bだけの経常収支赤字を計上し、第2期にY2

B-C2B=CA2

B

だけの経常収支黒字を計上する。 ・世界にA国とB国だけが存在する2国モデルでは、両期間において、 CA1

A=-CA1B , -CA2

A = CA2B

が成立しなければならない(各期において両国の資本移動の大きさが同じ)。 ・また現在と将来の2期間モデルでは、両国において、 (1+r)CA1

A=-CA2A , -(1+r)CA1

B= CA2B

が成立しなければならない(両国において、国際貸借は世界利子率を付けて返済されなければならない)。したがって、両国の異時点間貿易の三角形(図において青部分の三角形)は合同になる。

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消費および投資の最適化と資本移動

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世界金利の決定

(8-11)式より、 2国モデルでは、2期間の経常収支に関して

が満たされなければならない。また、投資が存在する第1期においては、両国で

という貯蓄投資バランスが成立する。したがって、

が世界全体(2国全体)で成立する。

1 1 2 20, 0A B A BCA CA CA CA+ = + = 

Q Y I C CA I C S CA S I= + = + + = + ∴ = − 

1 1 1 1 1 1 1 1( ) ( ) 0A A B B A B A BS I S I S S I I− + − = + = + あるいは、

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世界金利の決定

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6.資本移動の理論と現実 (1)フェルドシュタイン=ホリオカのパズル

Feldstein, M. and C. Horioka,(1980), “Domestic Saving and International Capital Flows”, EJ, 90

一国の投資は、一国全体の貯蓄と海外からの資本流入を原資 – 自国の貯蓄不足は、海外からの資本流入によって賄うことができきる – 資本移動が完全に自由であれば、貯蓄は世界全体でプールされ、各国の

投資は世界全体の貯蓄により賄われるので、国内貯蓄と国内投資の間は無相関のはず

しかし、F=Hの研究によると、OECD諸国の国内貯蓄と国内投資に明確な正の相関関係が存在(F=Hパズル⇒ホームバイアス)

– 投資率(I/Y)を被説明変数、貯蓄率(S/Y)を説明変数とする回帰式「(I/Y)i=α+β(S/Y)i+εi」を推計した結果、投資率に対する貯蓄率の係数

βは0.89とほぼ1に近い値。 – 近年では、投資率に対する貯蓄率の係数の値は大きく1を下回っており、

ホームバイアスが低下してきている。 – 今日では、国内貯蓄と国内投資の相関分析は、資本移動の自由化の程

度をテストする一つの手法として定着(F=Hのテスト)

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(2)ルーカスの逆説 Lucas, R. (1990), “Why Doesn't Capital Flow from Rich to Poor Countries?,” AER, 80 (2)

現在の生産に比較優位を持つ国(資本の限界生産性が低く、国内金利が低い豊かな国)から、

将来の生産に比較優位を持つ国(資本の限界生産性が高く、国内金利が高い豊かな国)へ、資本移動が起こるはず

産出量をY、資本をK、労働をLとすると、規模に関して収穫一定の生産関数は、 ここで、y=Y/L(一人当たり所得)、k=K/L(資本・労働比率)である。 すなわち、一人当たり生産高yは、資本・労働比率kが大きくなるほど、大きくなり、 資本の限界生産力f’(k)は、資本・労働比率kが大きくなるほど、小さくなる。 貧しい国は、一人当たり生産高yが低く、資本・労働比率kも小さいので、資本の限界生産力f’(k)は大きいはずである。したがって、資本の限界生産力の低い貧しい国へ、資本は流入するはずである。 実際にはそういうことは起っていない(例えば中国から米国への資本移動?)。 「なぜ資本は豊かな国から貧しい国へ移動しないのか」という問題 ⇒ルーカスの逆説(⇒レオンチェフの逆説)

( , ) ( ) '( ) 0, ''( ) 0Y F K L y f k f k f k= ⇒ =  ただし、 >   <

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ルーカスの逆説 • ルーカス自身は、「人的資本」(human capital)を考慮に入れることで、この逆説に答えうると考えた。ここで、hを一人当たり人的資本とし、生産関数を以下のように表す。

• • ここで、k=K/hLは能率単位で測った資本・労働比率。 • この場合、一人当たり生産高yの高い豊かな国の方が、人的資本の蓄積hが高いため、能率単位で測った資本・労働比率kが低く、資本の限界生産力f’(k)が高い場

合もあり得る。この場合、資本は豊かな国へ流入する。この解釈は、「レオンティエフの逆説」に対するレオンティエフ自身の解釈とパラレルである(*)

(*)ヘクシャー=オリーン・モデルでは労働の同質性が仮定されているが、実際に

は労働は異質である。例えば、アメリカの労働生産性は諸外国に比べてはるかに高い。レオンティエフ自身は、この労働生産性の単位で測定すれば、アメリカは相対的に労働稀少国ではなく労働豊富国であり、アメリカはむしろ熟練労働集約財に比較優位を持っているという解釈をした。

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( , )( , ) ( ,1) ( )Y F K hL KY F K hL y F h f k hL L hL

= ⇒ = = = =

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(3)資本移動のプロシクリカリティ

実体経済が不況に陥っている場合には、資本流入が発生し、好況にある場合には資本流出が発生。

– 資本移動は実物ショックを緩和ないしは相殺するように作用。 – つまり、実体経済に対してカウンターシクリカリティ(counter-cyclicality; 景

気循環抑制効果)⇒消費の平準化(consumption smoothing) – “Save for a rainy day. Make bay while the sun shines.” (まさかの時のた

めに貯えよ。日が照っているうちに干草を作れ[好機を逸するな])

現実の資本移動は、好況のとき資本流入、不況のとき資本流出 – 実体経済を平準化するより、景気循環を増幅し、加熱と崩壊(boom and

bust) 。 – この問題は、資本移動のプロシクリカリティ(pro-cyclicality; 景気循環増幅

効果) 。 – “When it rains, it pours” (雨が降れば土砂降り)

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(4)法外な特権 (対外ストックとしてのIIPを考慮)

しかし実際には、評価効果(KG)が大きいので、

理論的には、予算制約式は、

したがって、実際の予算制約は、

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金利効果 対外総資産をA、対外総負債をL、対外純資産(NFA)をFとすると、NFAは、

F A L= −だから、世界利子率をr*とすると、所得収支は、

* *( )r F r A L= −となる。したがって、F=A-L<0である純債務国(例えば米国)の所得収支はマイナス(r*F<0)はずであるが、実際の米国の所得収支はプラスである。

対外総資産から受け取る利子率をrA、対外総負債に対して支払う利子率をrLとすると、米国の所得収支は、

( ) ( ) 0A L A L A A Lr A r L r L F r L r F r r L− = + − = + − >

米国の対外純資産はマイナス(F<0)なので、第1項はマイナスであり、これを上回って第2項がプラスであるためには、

rA>rL、かつ Lが十分に大きいこと

が必要である。

ただし、Lが大きくなりすぎて、 rA>rLとなると、所得収支はマイナスに転じる。

- ++

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経常収支と対外純資産(1995年-2010年)

-6%

-5%

-4%

-3%

-2%

-1%

0%

1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

-30%

-25%

-20%

-15%

-10%

-5%

0%

経常収支(対GDP比) 対外純資産(対GDP比)

経常収支(対GDP比) 対外純資産(対GDP比)

悪化

改善

Source:BEA

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米国のキャピタルゲインとインカム・ゲイン(1995年-2010年)

-6%

-4%

-2%

0%

2%

4%

6%

8%

10%

1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

対GDP比

キャピタル・ゲイン インカム・ゲイン(所得収支)

Source:BEA

評価効果

金利効果