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2 498‒12539 血球の個体発生 個体の発生過程で最初の造血は,胎生 25 日頃より胚外の卵黄囊の壁内で起こる.この時期に産 生される赤血球は脱核せず,グロビン遺伝子も成体型のものとは異なり,この造血を一次造血と呼 ぶ.一次造血に続いて成体型の造血(二次造血)の起源となる真の造血幹細胞(hematopoietic stem cell HSC)が大動脈臓側中胚葉(paraaortic splanchnopleural mesoderm PSp)領域で発生する. PSp 領域は後に AGM 領域(aortagonadsmesonephros,大動脈‒生殖巣‒中腎の発生する胚領域) と呼ばれる組織に発達する.HSC はその後肝臓へ移動し,妊娠 40 日頃から肝臓で赤血球,白血球, 血小板の 3 系統の造血が開始され,妊娠 36 カ月では主要な造血器となる.妊娠後期に HSC は骨 髄へ移動し,出生以降の造血は骨髄で行われる.出生直後はほとんどすべての骨髄で造血が行われ るが,造血巣は次第に体幹部(胸骨,脊椎骨,骨盤など)の骨髄に限局する(図 1—1). 造血機構における階層性 生体内のすべての血液細胞は HSC に由来し,血球の発生過程には階層性(hierarchy)が存在する 図 1—21HSC の段階から分化が選択されると自己複製能を持たない多能性前駆細胞(multipoten- tial progenitor MPP)が産生され,MPP はやがて各血球系列のなかでの増殖・成熟が運命づけられ た(commitment された)前駆細胞となり,分化過程を逆行することはない.前駆細胞は高い増殖 能を有し,その後の成熟過程で増殖能が低下していく. 1 2 A 血球の産生・崩壊とその調節 1 2 0 20 40 60 80 100 (%) 3 4 5 卵黄囊 骨髄 P=Sp⇒AGM 頸骨 椎骨 胸骨 肋骨 大腿骨 胎生期月数 生後年数 出生前 出生後 6 7 8 9 10 20 30 40 50 60 70 胎生期から出生後の造血部位の変遷 1—1

A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

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Page 1: A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

● 2 498‒12539

血球の個体発生

 個体の発生過程で最初の造血は,胎生 25日頃より胚外の卵黄囊の壁内で起こる.この時期に産生される赤血球は脱核せず,グロビン遺伝子も成体型のものとは異なり,この造血を一次造血と呼ぶ.一次造血に続いて成体型の造血(二次造血)の起源となる真の造血幹細胞(hematopoietic stem

cell:HSC)が大動脈臓側中胚葉(paraaortic splanchnopleural mesoderm: P‒Sp)領域で発生する.P‒Sp領域は後に AGM領域(aorta‒gonads‒mesonephros,大動脈‒生殖巣‒中腎の発生する胚領域)と呼ばれる組織に発達する.HSCはその後肝臓へ移動し,妊娠 40日頃から肝臓で赤血球,白血球,血小板の 3系統の造血が開始され,妊娠 3~6カ月では主要な造血器となる.妊娠後期に HSCは骨髄へ移動し,出生以降の造血は骨髄で行われる.出生直後はほとんどすべての骨髄で造血が行われるが,造血巣は次第に体幹部(胸骨,脊椎骨,骨盤など)の骨髄に限局する(図 1—1).

造血機構における階層性

 生体内のすべての血液細胞は HSCに由来し,血球の発生過程には階層性(hierarchy)が存在する(図1—2)1).HSCの段階から分化が選択されると自己複製能を持たない多能性前駆細胞(multipoten-

tial progenitor:MPP)が産生され,MPPはやがて各血球系列のなかでの増殖・成熟が運命づけられた(commitmentされた)前駆細胞となり,分化過程を逆行することはない.前駆細胞は高い増殖能を有し,その後の成熟過程で増殖能が低下していく.

1

2

A 血球の産生・崩壊とその調節

1 20

20

40

60

80

100(%)

3 4 5

卵黄囊 骨髄

P=Sp⇒AGM脾

頸骨

椎骨

胸骨

肋骨大腿骨

胎生期月数 生後年数

出生前 出生後

6 7 8 9 10 20 30 40 50 60 70出生

細胞密度

       胎生期から出生後の造血部位の変遷図 1—1

Page 2: A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

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A●血球の産生・崩壊とその調節

498‒12539

造血幹細胞

a.特性と機能

 HSCは自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自己複製能によって HSC集団を維持し,多分化能によって各種血球を産生する.通常の造血状態では,HSCのほとんどは細胞周期の休止(G0)期にあり,4~5%のみが増殖期(S/G2/M期)に入っている.エネルギー代謝も低く維持されている.また,色素や薬物の排出ポンプ Bcrp‒1/ABCG2を強く発現し,DNA染色性色素 Hoechst33342による染色で蛍光強度の低い side populationと呼ばれる分画に含まれる.

b.骨髄微小環境による制御

 ヒトの HSCは,臨床的には CD34陽性細胞として算定される.HSCは通常状態では骨髄内に存在し末梢血中にはほとんど存在しない(CD34陽性細胞の比率:骨髄 1%,末梢血 0.01%).HSCの骨髄へのホーミングには HSC上の接着分子α4,β1インテグリンや,支持細胞であるストローマ細胞が分泌するケモカイン SDF‒1と HSC上の受容体 CXCR‒4が必須である.一方,HSCは大量化学療法後の骨髄抑制の回復期や G‒CSF(granulocyte‒colony stimulating factor)投与により末梢血中に

3

赤血球

血小板

マクロファージ

好中球

単球

pro NK

pro T

pro B

CLP

CMP

MPPshort-termHSC

long-termHSC

GMP

MEP

MegKP

EryP

樹状細胞

好酸球

好塩基球

NK細胞

T細胞

B細胞

       血液細胞の発生過程図 1—2

Page 3: A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

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第 1章●造血システム

498‒12539

流入する.また,臍帯血中にも高頻度(0.3%)に存在する. HSCの特性の維持と機能にはストローマ細胞と細胞外マトリックスからなる骨髄微小環境との相互作用が必要である(図 1—3).ニッチ(niche)は生物学的適所を意味する言葉であり,HSCのニッチには骨梁表面に存在する骨芽細胞ニッチと血管内皮細胞を含む血管ニッチの 2つがある.HSCの増殖・生存にはこれらのストローマ細胞から産生される SCF(stem cell factor),TPO(throm-

bopoietin),IL‒3(interleukin‒3),IL‒6,FLT3L(FLT3 ligand)などの造血因子が深く関わる.また,インターフェロン‒α(IFN‒α)の短期刺激は HSCを細胞周期に導入する.一方,ストローマ細胞から産生されるアンジオポエチン‒1(Ang‒1)は HSC上の受容体 Tie2を介して接着因子 N‒カドヘリンの発現を上昇させる.その結果,HSCと細胞外マトリックスのフィブロネクチンとの接着が増強し,HSCは細胞周期の休止期に維持される.TGF‒β1やMIP‒1αも HSCの増殖を抑制する.HSC

が細胞分裂する場合,自己と同じ HSCまたは前駆細胞を 2個産生する場合(対称分裂)と HSCと前駆細胞を 1個ずつ産生する場合(非対称分裂)がある.ストローマ細胞上の Notchリガンド,Sonic Hedgehog(SHH)やWntなどの可溶性蛋白,TGF‒βファミリー分子 BMP‒4は HSCの自己複製を促進するが,自己複製 vs分化の制御機構は明らかではない.

造血制御機構

a.造血因子と細胞内シグナル伝達

 造血因子は,インターロイキン,IFN,コロニー刺激因子(CSF),SCF,EPO(erythropoietin),TPOなど 40種以上ある.血液細胞の発生過程では,これらがそれぞれの系統,成熟段階に応じて適切に作用することが必要である(図 1—4).このなかで顆粒球系細胞の発生には G‒CSF,赤芽球系細胞では EPO,巨核球系細胞では TPOが最も重要である.EPOは腎尿細管周囲の細胞によって

4

休止期遊離

ニッチ細胞

細胞分裂

対称 /非対称分裂

造血幹細胞外的制御

内的制御

転写制御 GATA-2, c-Myb HOXB4, Bmi-1 など細胞周期制御 p21WAF1/CIP1

 p16INK4A, p18INK4C など

Notch シグナルWnt シグナルShhシグナル

接着分子 細胞外マトリックス

SCF, TPO, IL-3,IL-6, FL, TGF-β1Ang-1 など

       ニッチにおける造血幹細胞の運命制御図 1—3

Page 4: A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

●5

A●血球の産生・崩壊とその調節

498‒12539

産生され,貧血になると産生が増加する.TPOは血小板数に左右されず一定量産生され,血小板や骨髄巨核球上の TPO受容体に結合し分解される.この結果,血清中 TPO濃度は血小板減少症では高値,血小板増多症では低値となり,血小板産生のホメオスタシスが維持されている. 造血因子受容体はキナーゼ型と非キナーゼ型に大別される.キナーゼ型受容体はチロシンキナーゼ(TK)型とセリンスレオニンキナーゼ(ST)型に分類され,SCF受容体 c‒Kitや FLT3など多くの増殖因子受容体は TK型であり,ST型受容体の代表は TGF‒βRである.非キナーゼ型受容体では,TPO受容体(R)c‒Mplのようにホモダイマーを形成するものと,IL‒3Rのようにヘテロダイマーを形成するものがある(図 1—5). TK型受容体は自身が有する TK活性によって,サイトカイン受容体 c‒Mpl,IL‒3Rは Jakファミリー TKによって,下流の PI3Kや small G蛋白 Ras,転写因子 STAT(STAT1‒6)を活性化する.Ras,PI3‒K,STATのシグナルは,各々増殖・生存シグナルを伝達する.一方,増殖抑制因子である IFN‒γは STAT1,TGF‒β1は転写因子 Smadを介して増殖抑制シグナルを伝達する. 造血因子が造血細胞の分化の方向性を決めるのかについては,2つのモデルがある.1つは決定に関わるという instructive(deterministic)modelで,もう 1つは,系統決定に関わらず,受容体を発現する細胞の生存を支持するのみという stocastic(permissive)modelである.これまでの研究の多くは後者を支持するが,それを否定する報告もある.

BFU-E pro B

MEP GMP

CMP CLP

HSCIL-3, G-CSF,TPO, EPO,SCF

SCG-CSF

IL-6TPOFLT3 ligand

IL-5IL-3GM-CSF

IL-3GM-CSFM-CSF

TPOEPOSCFIL-3GM-CSF

IL-3GM-CSF

EPOSCF

EPO

IL-3GM-CSF

G-CSFIL-4IL-5IL-6

IL-6

IL-2IL-6IL-7

IL-3

IL-2

SCF

自己複製自己複製

分化 分化

HSC

CFU-Meg

CFU-GM

CFU-Eo

CFU-Baso

CFU-Mast

T/NKprogenitor

pre BCFU-MCFU-GCFU-Epro T

pre T

NKprogenitor

赤血球

巨核球

血小板

好中球 単球

マクロファージ

好酸球 好塩基球 肥満細胞

形質細胞

B細胞

T細胞 NK細胞

       血液細胞の発生に関わる造血因子図 1—4

Page 5: A 血球の産生・崩壊とその調節3 A 血球の産生・崩壊とその調節 498‒12539 造血幹細胞 a.特性と機能 HSC は自己複製(self‒renewal)能と多分化能(multipotentiality)を有し,個体が生存する間,自

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第 1章●造血システム

498‒12539

b.転写制御

 転写因子とは核内で特定の塩基配列に結合し,遺伝子発現を制御する分子である.HSCの発生・維持には,c‒Mybや GATA‒2が必須である(図 1—6).また,形態形成に関わるホメオボックス遺伝子群に属する HOXB4やポリコーム遺伝子群に属しクロマチン構造を修飾する Bmi‒1は,HSCの自己複製に関わる.一方,HSCから各系統の血球の発生・分化には系統特異的転写因子が量的・時間的に適切に機能することが必要である.GATA‒1は赤巨核球系細胞,PU.1は顆粒球・単球・マクロファージ系,リンパ系細胞の発生に必須であり,CEBPAと CEBPEは顆粒球系細胞の分化に必須である.また,Ikarosはリンパ球の発生,E2A,EBF,Pax5は B細胞球,GATA‒3は T細胞球の発生に必須である.これらの転写因子は遺伝子発現を制御するのみでなく,相反する系統を支配する転写因子と結合し,相互に機能を抑制しあう(PU.1←→GATA‒1,EKLF←→Fli,Gfi‒1←→PU.1).このため,HSCや MPPなどの多分化能を有する細胞において片方の転写因子が優勢になると,一気にその系統への分化が進む.

血球の発生

a.骨髄系白血球

 MPPから産生される骨髄系共通前駆細胞(common myeloid progenitor:CMP)は顆粒球/単球前

5

DoksSHP2

PI3K

細胞増殖

細胞生存

遺伝子発現

kinase domainα

β

SCFR(c-Kit)M-CSFR(c-Fms)PDGFRIGF-1RFlk2/Flt3Flk1Flk4Tie-2

TPO-R(c-Mpl)EPO-RG-CSF-R

IL-2~7, 9RIL-11~13, 15RGM-CSFRLIFROSMRGM-CSFR

チロシンキナーゼ型受容体 非キナーゼ型受容体

Jak family tyrosinekinases

p85

p21Raf

MAPK JNK

STATs P

STATs P

STATs P

p110 Grb2 SOSVav

Gabs

Shc

RasGDPGTP

Akt

Bad IKK FKHR GSK3caspase-9

AP-1

       造血因子受容体からの細胞内シグナル伝達図 1—5