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第8章 QCD
8.1 カラー力の性質
8.1.1 チャーモニウム
第 7章ではクォークモデルがハドロンのスペクトル、質量や磁気能率などの性質を良く再現することを見た。こ
こでは、u,d,s以外のクォーク、特に第4のチャームクォークに着目し、比較的近距離 (r . 10−13cm)でのクォーク
間に働く力の性質を眺めてみよう。クォークに働く力の源は3色のカラーであり、SU(3)ゲージ対称性に従う。し
かし、正確に求めることは、グルーオンの相互作用が非線形であることから、数学的に難しく定量的な議論のでき
る現象は限られている。特に自由なクォークが存在しないと言う”閉じこめ”は、現象的には良く確立されているも
のの数学的に厳密な証明はまだ存在しない。特別な理由がない限りゲージ粒子は質量ゼロを持ち近距離ではクーロ
ン力になるので、類似のQED現象例えば、クォークと反クォークの束縛状態 (cc =チャーモニウム、bb =ボトモニウム)と電子と陽電子の束縛状態ポジトロニウムとの比較によりカラー力の手掛かりが得られる。ポジトロニウ
ムは水素原子と同じレベル構造をしているが、換算質量が元の粒子のほぼ 1/2となるためエネルギー間隔 ∆Eは約
2倍であり、対の質量が同じなので微細構造 (LS力)と超微細構造 (SS力)は同程度である。qqの複合粒子、特に
電気的に中性の 1−メソンおよびその崩壊先の状態は e−e+反応で直接生成できるので性質がよく調べられている。
8.1.2 クォークに働くポテンシャル
図 8.1:チャーモニウムとポジトロニウムのレベル比較
第 8章 QCD 2
J/ψ, ϒの場合は同じ量子数で主量子数 nの違う励起状態が幾つかあり、励起状態からの崩壊モードを調べるこ
とにより近傍のスペクトルを構築することができる。図 8.1に J/ψ近傍のエネルギーレベルを掲げるが、これはポジトロニウムのレベルと酷似しているので、この一連のレベルをチャーモニウムと呼ぶ。ポジトロニウムは純
粋なクーロン力で結びついているが、チャーモニウムのレベルは少し違い、
V(r) = −43
αs
r+kr (8.1)
と言う形のポテンシャルにスピン軌道結合力 (LS力)やスピンスピン (ss)結合力を加えれば良く再現できる。因子
4/3はカラー交換因子であり,αsはQEDにおける α = e2/(4π)に対応するカラー結合定数である。第2項がもしrの大きいところまで存在するならば、閉じこめ力を与える。なぜならば、クォークを観測するためには無限遠の
距離に引き離さなければならないが、そのためには無限大のエネルギーを必要とするので実際上不可能となるか
らである。
V(r) = krと言うことは、クォーク同士が張力一定のゴム紐で結ばれていることを示す。したがって kを弦定数
と呼ぶ。1.3GeV∼ 9mπであるから、10−13cm離れたクォーク間には πメソン 9個分くらいのエネルギーが詰まっ
ていることになる。つまりある程度クォークが離れるとクォークを結ぶ線上には莫大なエネルギーが蓄えられる
ことを意味する。真空中ではハイゼンベルグの不確定性原理によりクォーク対が現れては消える過程を繰り返し
ている。たまたまこの線上で発生したクォーク反クォーク対が元のクォークと一重項を作れば対の間に働く力よ
りは元のクォークに引っ張られる力の方が強くなりこの対を引き離すので紐がちぎれる。真空からクォーク対を
拾い出しハドロンを作る方がクォークのままで引き離すよりエネルギー的に遙かに得をするのである。すなわち、
クォークをつなぐ紐は無限に長くなる代わりにバラバラにちぎれて沢山のハドロン対を作り出す。これをクォーク
のハドロン化と言う。実際、e−e+ → qq反応や、ν +q→ µ +qの深非弾性散乱でクォークのあるべきところには
常に沢山のハドロン、クォークの方向に集中したハドロンジェットが観測される。現在自由なクォークを単独には
取り出せない (クォークの閉じこめ)と信じられているのはこうした理由による。
8.1.3 αsの大きさ
rが小さければ (r . 1/mπ ∼ 10−13cm)、第1項が優勢である。クーロン力によるエネルギーレベル (水素の準位)
は良く知られていて
En = −α2
me
n2 n = 1,2, · · · (8.2)
である。n=1と 2のエネルギー差は、ポジトロニウムの場合、換算質量me→me/2を入れて約 5.1eVとなる。チャー
モニウムの場合、∆E ≅ 600MeV, α → (4/3)αs, me → mc/2とする。ここで、mc ≅ 3700/2 MeVである。なぜなら
ば ψ′(3686)は幅が狭いのに ψ′′(3770) → DD, (D = D±,D0は cクォークを含む最軽量のチャームメソン)は崩壊
幅が 25MeVと大きく本来の強い相互作用で崩壊することすなわちこの二つのレベルの間で質量がmcの2倍を越
えることを示すからである。数値 (me ≅ 0.5 MeV, α ∼ 1/137)を入れると αs ≅ 1.0となる。この数値は第 2項の
閉じこめ力を無視した粗い近似であるが、大体の目安にはなる。エネルギースケールが 1億倍も違うのに全く同
じ規則が当てはまることは興味深い。これがクォークの間にクーロン力と類似のしかし 100倍も強い力*1) が作用
していることの最初の証拠であった。
8.1.4 閉じこめとレッジェ軌跡
レッジェ軌跡とはスピン以外は同じ量子数を持つ一連の素粒子群が存在し、J ∝ m2の軌跡の上に乗る事実を指
す (図 8.3参照)。V(r) = krの時はそうなることを示そう。今、V(r) = krnとしクォークの質量は無視する。2個の
* 1) QCDでは、結合定数 αsは関与する運動量遷移 Q2 の関数であり ∼ 1/ logQ2 のように変化する。高エネルギーで結合定数が小さくなる現象を漸近自由と言う (後述)。W 質量 (80GeV)付近で αs = 0.112である。
第 8章 QCD 3
図 8.2:種々のポテンシャルとチャーモニウムレベルの
比較: クーロン力に線形ポテンシャルを組み合わせ
た V(r) = −43
αs
r+krにスピン軌道結合力を導入すれ
ばチャーモニウムレベルを再現する。
図 8.3:レッジェ軌跡: スピン以外の量子数は同じ粒
子群が J ∝ m2の軌跡に乗り、かつ全ての軌跡の傾き
がほぼ 1GeV−2となる。
クォークが引き合って回転運動しているとすると、クォーク系の質量すなわち全エネルギー H、全角運動量 Jは半
古典的に考えて
H = p+krn, J = rp (8.3)
軌道は Hが最小になるところで安定するから
∂H∂r
= 0 → J = nkn+1 (8.4)
を (8.3)に入れると
H ∝ Jn
n+1 → J ∝ Mn+1
n (8.5)
レッジェ軌跡を再現するには n = 1でなければならない。n=1の場合については
J =M2
4k=
(Mc2)2
4kh̄c(8.6)
レッジェ軌跡の勾配は図 8.3から ∼ 1GeV−2なので
k = 0.25GeV2/(h̄c) ≅ 1.3GeV/10−13cm (8.7)
となり、この力の強さは 150トンである。2個のクォークを 1cm引き離すには ∼ 1013GeV∼ 1.5トンmの仕事量
となる。これだけのエネルギーを1個のクォークに注ぎ込むことは不可能である。
8.2 カラー力の定式化
8.2.1 歴史的概観
南部は1965年、クォークが3色のカラー荷を持ち、カラー荷が強い力の場を作ると提案した。カラーがSU(3)*2) ゲー
ジ対称性を持てば 8個のゲージ粒子 (グルーオン)が存在し、ハドロンはグルーオン交換によるクォーク複合体と* 2) カラー SU(3)は、クォークモデルにおける異種クォーク (u,d,s)間の香りの SU(3)とは別物であることに注意。南部のモデルは整数電荷のクォークがカラーを持ち9種類存在するとしたので、分数電荷のクォークが3色のカラー荷を持つという今日の QCDと若干違うが、それ以外は QCDの持つべき基本的特徴を全て備えていた。
第 8章 QCD 4
して再現できる (Quantum Chromo-Dynamics=QCD、量子色力学)。特にメソンであれバリオンであれ、カラー 1重
項のとき強い引力が働きそれ以外の時は斥力となることは、観測事実に整合する錨像を与える。核力が πメソンを交換してアイソスピン交換力を生じるように。カラーグルーオンを交換してカラー交換力を生じるという想定
の下に築いたハドロンの質量スペクトルや磁気能率は実験値をかなり正確に再現する。この場合クォークの質量
値はハドロン質量のほぼ 1/3でハドロン内でほぼ静止しており、束縛エネルギーを無視する非相対論近似が良い。
一方、電子やニュートリノによる深非弾性散乱 (1969)によれば、クォークはほぼ質量値がゼロで核子内でほぼ
光速で自由に飛び回っていると言う相対論的錨像で良く再現できる。奇妙で不可解な振る舞いは、ほぼ光速でか
つ自由に飛び回っているにもかかわらず、クォ-クは外に飛び出してこないことである。
この相矛盾するクォークの振る舞いに翻弄され理論的にどう整合させるか混乱を極めていた。この困難を解決
したのが、ポリッツァー・グロス・ウィルチェックの漸近自由 (asymptotic)発見 (1973)である。漸近自由とは電磁
気の誘電効果に似た現象であるが、至近距離 (r << 1/mπ)で、力が弱くなり、遠距離で力が強くなる (反遮蔽効果)
現象を言う。それまで知られていた場の量子理論QEDでは、誘電効果により電荷の大きさが距離が大きくなると
共に弱くなる遮蔽効果をきちんと説明できたのであり、これは場の量子論に共通であると考えられていた。この
考えが非アーベルゲージ理論 (SU(2),SU(3)等 U(1)以外の対称性に従うゲージ理論、演算の積が交換しない)では
成り立たず、漸近自由が成立することが判ったのである。
漸近自由の発見により QCDがクォーク間の力学を記述する数学的枠組みとして急速に認識された。1974年に
はチャーモニウムの発見があり、その振る舞い (閉じこめのポテンシャルがある)は、漸近自由と整合するもので
あった。さらに、高エネルギー大角度散乱 (深非弾性散乱)では、クォークは漸近自由により自由に振る舞い、グ
ルーオン放出吸収を摂動として計算できる。深非弾性散乱の QCD補正をした予言が実験で見事に再現されたこ
と、電子とニュートリノ深非弾性散乱の比較により、クォークが予言通りのスピン 1/2、分数電荷を持つことが判
り QCDはクォーク力学の数学的枠組みとして認知された (1979)。
8.2.2 QCD:カラー SU(3)ゲージ理論
3色 (R,G,B=赤、緑、青)の色荷を持つクォークの従う方程式は、SU(3)対称性を持つラグランジアン
L = ψ(γµ i∂µ −m)ψ、 ψ =
R
G
B
(8.8a)
δL = 0 f or ψ → ψ′ = exp
(−igθi λi
2
)ψ (8.8b)
から導ける。ゲージ化するには微分を共変微分
∂µ → Dµ = ∂µ + igWkµ(x)
λk
2(8.9)
で置き換えればよい。SU(3)変換では独立な位相が 32−1 = 8個あるので、位相調節役のゲージ場Wkµ(x)(グルー
オン)も 8成分を必要し、ユニターリースピン空間での8成分ベクトルとなる。ψは SU(3)ユニタリースピン空間
でスピノールであり、ψ(x)λkψ(x)は 8成分ベクトルとして変換するので上式は SU(3)不変である。色荷により生じ
る色電磁場を F iµ ν で表し、色電磁場 (グルーオン場)のラグランジアンおよび運動方程式を証明なしに下に掲げる。
F iµ ν = ∂µWi
ν −∂νWiµ −g fi jkW j
µWkν (8.10a)
あるいはユニタリー空間ベクトルとして表して
Fµ ν = ∂µW ν −∂ν W µ −gW µ ×W ν (8.10b)
第 8章 QCD 5
と表せば、
LQCD = LDirac +Lgluon = ψ(γµ iD µ −m)ψ− 14
Fµ ν ·Fµ ν (8.10c)
∇µFµ ν ≡ (∂µ −gW µ×)Fµ ν = gj ν = gψγν λλλ2
ψ (8.10d)
∇µFνλ +∇ν Fλµ +∇λFµν = 0 (8.10e)
(8.10f)
これらの方程式はグルーオン場に関し非線型である。これは、SU(N),N ≥ 2の変換では構造関数 Fkが非可換であ
り、2回続けての変換は順序を変えると別の変換になることに原因がある。このような群を非可換群もしくは非
アーベル群と言う。
グルーオン場のゲージ変換は、
ψ′D′µψ′ = ψU−1D′
µUψ = ψDµψ (8.11)
より導けて
W′µ ·
λλλ2
= UW µ ·λλλ2
U−1− ig
U∂µU−1 (8.12)
ここで Uを微小変換として 2次以上の項を省略すると
W′µ = W µ +θθθθθθθθθ×W µ +∂µθθθθθθθθθ+ · · · (8.13)
この式は電磁場のゲージ変換式 (Aµ → Aµ +e∂µθ(x))と比較すると、第2項が余分に存在する。第2項はグルーオン場自身が回転することを示す。SU(3)変換を施される対象、すなわち SU(3)変換で回転を受ける場が色荷を持
ち、グルーオン場を生み出す源になるのであるから、この式はグルーオン場自身も色荷を持ちグルーオン場の源
になること、つまりグルーオン場が自己相互作用を持つことを示している。これがグルーオン場の運動方程式が
非線型になる理由である。U(1)対称性ではベクトル積は自動的にゼロになるから上のグルーオン場の式はマクスウェル方程式の拡張になっている。この非線形性のため非アーベルゲージ場はアーベル場 (電磁場)にない種々の
特徴を生み出す。
8.2.3 カラー交換力
アイソスピン独立な核力相互作用を
−LπN = gNΨ(τττ ·πππ
2
)Ψ =
gN√2
[p̄nπ+ + n̄pπ− +
pp−nn√2
π0]
(8.14)
と書いたのと同じ形式で、クォーク・グルーオン相互作用を書き直すと
−LQCD = gsΨ(
λλλ ·W2
)Ψ
= − gs√2
[RGg1 +GRg2−
RR−GG√2
g3 +RBg4 +BRg5 +GBg6 +BGg7−RR+GG−2BB√
6
] (8.15)
g1 =−W1 + iW2√
2, g2 =
−W1− iW2√2
, g3 = W3 (8.16a)
g4 =−W4 + iW5√
2, g5 =
−W4− iW5√2
, g6 =−W6 + iW7√
2, g7 =
−W6− iW7√2
(8.16b)
g8 = W8 (8.16c)
第 8章 QCD 6
と書き表せる。gi(i = 1∼ 8)は再定義されたグルーオン場である。時空の関数としてはベクトルであるが、ここではカラー指標のみ表示した。式 (8.15)は、例えば g1はカラー Gを Rに変える作用を持つことを示す。
図 8.4:メソンカラー 1重項 M = (RR+ GG+ BB)/√
3に働くカラー交換力の強さ。ここでは、BBに働く力のみ
示す。
例題: メソン 1重項に働く力の強さをを求めてみよう。
メソンのカラー 1重項は RR+GG+BB√3
と表されるので、まずBBに働く力のみを考える。BBは終状態としてBB,RR,GG
の 3通りが可能であることを考えると、考えるべき過程は 3種類存在する (図 8.4)。
BB間の力は (図 8.4(a))、片方の Bがグルーオンを放出して自らは再び Bになり、このグルーオンが他の Bに吸
収される。(8.15)の中で、BBと結合するのは g8のみであるので、結合力の強さは
(g′
)(− 2√
6
)×
(−g′
)(− 2√
6
)= −2
3g′2 = −1
3g2
s, g′ ≡ gs√2
(8.17)
ただし、グルーオンはベクトルであるので、反粒子との結合は符号が変わることを考慮した。次に図 8.4(b)は、
B→ Rで g4が放出され B→ Rでは g5として放出されるが、これは同じグルーオンを時間の順序を逆さにして見
ただけであるので寄与は (g′
)(1)×
(−g′
)(1) = −g′2 (8.18)
図 8.4(c)は g6,g7の交換であるが、図 8.4(b)と同じ寄与を与える。結局全部を加えると
−g′2[(
2√6
)×
(2√6
)+(1)× (1)+(1)× (1)
]= −8
3g′2 = −4
3g2
s (8.19)
となり、BB間には引力が働くことが判る。
同様にしてRR,GGに働く力も全てBBに働く力と同じであることが判る。全体では3者の平均であるから、(8.19)
の値は変わらない。電子と陽子の間に働くクーロン力ポテンシャルが、Vem= −αrと表されるように、メソン1重
項の qq対に働くグルーオン交換力は
VQCD = −43
αs
r, αs =
g2s
4π(8.20)
と表される。
演習問題 8.2.1 2体 qq間に働く力の強さを、対称ペア (6)と反対称ペア (3∗)について求め、対称ペアでは斥力、反
対称ペアでは引力になることを示せ。(答→下の表を参照)
もう少し一般的に、qq間の力がどうなるかを見よう。グルーオンはカラーを持つから、クォーク間に働く力
はカラー交換力である。従ってクォーク間に働く力は、前章のアイソスピン交換力に習えば、
VQCD ∼ 12
λλλ1 ·λλλ2 = (T1 +T2)2−T12−T2
2, T2 =(
λλλ2
)2
=8
∑i=1
(λi
2
)2
(8.21)
第 8章 QCD 7
3体力は 2体力の組み合わせと考えると、
VQCD ∼ λλλ1 ·λλλ2 +(1→ 2→ 3)cyclic (8.22)
T2は、SU(2)の全スピンに対応する量で、保存量である。各多重項について、上記カラー交換力の強さと符号を表
表 8.1:クォーク間の力
配位 (p,q) T2 力の強さ
[ ]内は多重度を表す。
q [3] (1,0) 4/3 –
qq [1] (0,0) 0 -4/3
qq [8] (1,1) 3 +1/6
qq [3∗] (0,1) 4/3 -2/3
qq [6] (2,0) 10/3 +1/3
qqq [1] (0,0) 0 -2
qqq [8] (1,1) 3 -1/2
qqq [10] (3,0) 6 +1
に掲げる*3) 。qqq全体でカラー1重項を作る場合は、qqは 3∗ に属さねばならない。次式が示すように、カラー
1重項は 3∗⊕3から作られるからである。
qqq= (qq)q = (3⊗3)⊗3 = (3∗A ⊕6S)⊗3 = 1A ⊕8MA ⊕8MS ⊕10S (8.24)
表の与える結合力は一個のグルーオン交換のみの値であり、非可換ゲージ理論の重要な要素であるグルーオン間
の結合や高次の項など全てを無視した不完全なものであるが、カラー1重項に強い引力が働くことを示しており、
観測されたハドロンは全てカラー1重項という経験則と論理的に話が合う。
8.3 漸近自由
図 8.5: QEDにおける真空偏極効果 (a)観測される電荷 (b)トリー近似の電荷 (c)(d)真空偏極効果
* 3) 証明は省略するが、補助パラメター (p,q)を使って、多重度 N と T2 は次のように表される。
N =(p+1)(q+1)(p+q+2)
2T2 =
(p2 + pq+q2)3
+(p+q) (8.23)
第 8章 QCD 8
真空は何もない無の空間ではなく、ハイゼンベルグの不確定性原理により粒子・反粒子対を間断なく生成消滅
させている。従って電荷が存在すればその電場によりこれら電荷を持つ粒子・反粒子の対が偏極する (真空偏極)。
この効果は場の量子論では図 8.5のようなファイマン図で表される。QEDの場合、真空による偏極効果で電荷は
運動量遷移 Q2の小さいところ、すなわち無限遠距離で測定した電荷量に比べ、Q2の大きいところ (至近距離)で
は電荷が大きくなることが確かめられている。
図 8.6: QCDにおける偏極効果 (a)観測される色荷の大きさ (b)トリー近似の色荷 (c)フェルミオン対の真空偏極効
果 (d)横波グルーオンによる偏極 (e)縦波グルーオンによる偏極効果。(c)(d)は通常の誘電効果を与えるが、(e)は
反誘電効果を与える。全体で (e)の効果が強いと漸近自由が現れる。
QCD (より一般的には非アーベルゲージ場)には、グルーオンもまた力の場を生成する非線型効果がある。つま
りグルーオン対の偏極効果をも考慮しないといけない (図 8.6(d)(e))。このうち横偏極グルーオンはフェルミオン偏
極と同じく遮蔽効果を引き起こすが、縦偏極グルーオンは横偏極の場と符号が異なり反遮蔽効果を生み出す。場
の量子論を使って計算すると、トリー近似の QCD結合定数 α0 =g2
4π(µ2)は、2次の高次効果 (図 8.6(c)(d)(e))ま
でを含めることにより*4) 、値が Q2に依存する実効結合定数 αs(Q2)になり、その表式は次式で与えられる。
αs(Q2) =α0
1+α0β04π log
(Q2
µ2
) =4π
β0 log(
Q2
Λ2
) (8.25a)
β0 = −(
23
nf +5−16
)(8.25b)
µ2は、結合定数の測定地点のQ2を表すので α0 = αs(µ2)である。QEDでは µ2 = m2e ∼ 0、すなわち測定点は無限
遠地点であるが、QCDでは閉じこめのため測定点を決められず、µは未定定数である。そこで次式により Q2,µ2
の値によらない定数を導入する。式 (8.25)から
1αs(Q2)
− β0
4πlogQ2 =
1αs(µ2)
− β0
4πlogµ2 =定数≡−β0
4πlogQ2 (8.26)
によってΛを定義すれば式 (8.25)第 3式を得る。ΛはQCDの基本定数であり、大体 200MeV程度の値を持つ。漸近
自由が成り立ちQCDで摂動計算の許される領域はQ≫ Λで与えられる。経験的にはQ≥ 1GeVで漸近自由*5) が
成り立つ。
β0表式の第一項はフェルミオン対による偏極効果であり、nf は関与するフェルミオン種数 (香りの数)である。
QEDではこの項のみが利く。第2項が横偏極グルーオン、第3項が縦偏極グルーオンの寄与を表す。香りの数が
16を越えない限り縦偏極グルーオンの寄与が勝り β0は正になる。すなわち結合定数はQ2の減少関数でありこれ
を漸近自由というのである。QEDの場合は (8.25)第 2式で µ= me, β0 = −2/3となって、結合定数はQ2の増加関
数となる。図 8.7は漸近自由が実験的に正しいことを示す。
漸近自由の発見により上に述べたクォークの相反する性質や閉じこめの機能が理解できるようになった。閉じこ* 4) より正確には繰り込み群方程式を解いて* 5) 漸近自由の本来の意味は、結合定数が Q2 の減少関数であることを指すが、Q2 が十分大きくて結合定数が十分小さくなり、摂動計算が可能になる場合も漸近自由と言う。
第 8章 QCD 9
図 8.7:漸近自由の実験的証拠:αs(µ)の µ(本文ではQ)依存性。線はデータの平均中央値と±1σの幅。データは左から順に τ崩壊、深非弾性散乱、ϒ崩壊、25GeVにおける e−e+反応率、TORISTANにおけるジェット事象解析、
Zの崩壊幅、TEVATRONでの 135GeVと 189GeVにおけるジェット事象解析。
めの厳密な証明はまだできていない。これを行うためには非摂動的計算法が必要であり数学的に困難である。実
験的理論的な状況証拠は多数存在し、多くの人が受け入れる定説となっている。
8.4 クォークの紐モデル
図 8.8:左図 (a)磁束は超伝導体の中に入り込めない。 (b)第2種超伝導体では、超伝導体の一部に磁場が入り込
める。 右図 a)源 (クォーク)に近いところでは、カラー電気線は四方に広がりクーロン力となる。 (b) rが大き
くなると電束は絞り込まれ、電束密度は rによらない一定値をとる。
こうした閉じこめの物理的イメージを明らかにするため第二種超伝導体を考察する。超伝導体では温度と磁
場がある臨海値 T < Tc, B < Bcより低くなると、磁場は超伝導体の中に入り込めない (マイスナー効果)。すなわ
ち、超伝導体は完全反磁性体である。B > Bcでは超電導状態が壊れる。第2種超伝導体では、BC1 < B < Bc2で超
伝導体を一部壊し、そこに磁束が入り込めて、超伝導体を磁束が貫く (図 8.8左図 (b))。ここでは磁束が広がらず
磁気力線は束になって磁力は一定のまま伝わる。
ベクトルゲージ場を仲介とする力には電気力と磁気力に対応する力がある。電荷から流れ出た電気力線が四方に
広がることにより、電気力の強さが∼ 1/r2で減少し、クーロン力となる。QCDの場合、クォークと反クォークの
間に8種のグルーオンを交換することによる8種のカラー (電気)力線が生じる。カラー荷の源 (クォーク)に近い
所ではカラー力線は4方に広がるのでやはりクーロン力を生じる (図 8.8右図 (a))。しかし、真空が完全反誘電体
となっていれば、電気力線が入り込むことを許さない。第2種超伝導体が磁束を絞り込むように、カラー電気力
線を絞り込むと考えられる (図 8.8右図 (b))。このクォークから流れ出た電気力線が束になって全て反クォークに
吸収されれば、電束密度は距離によらず一定である。すなわちV(r) ∝ r の閉じこめ力が生じる。