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95 Vol. 63 No.10 1.はじめに-非在来型資源の時代 石油や天然ガスは通常は坑井から自噴し,圧力の低下 した油層ではポンプによる採油で生産する。一般に,こ のような方法で採取できる石油・天然ガスを在来型 (conventional)資源と呼び,それ以外の採取方法を使 わなくてはならないものを非在来型(unconventional) 資源と呼んでいる。在来型資源に比べて非在来型資源は, より高度な技術が適用されることからこれを開発する事 業者は限られ,採取コストも高くなる。その資源量は在 来型にほぼ匹敵すると見られるものの,期待できる生産 量は限定的であった。 しかし2000年代に入って石油価格が高騰を始め,こ れにより従来開発が後回しとなっていた非在来型資源で も開発事業が採算に乗る例が多くなった。さらに,これ まで営々と積み上げて来た石油・ガス開発に関する様々 の技術の中でも,特に水平坑井掘削と多段階水圧破砕の 技術が飛躍的に進歩し,低浸透層から石油・ガスを経済 的に採取する方法が確立した。開発技術の進歩と油価の 高騰により,非在来型資源につきものであった「技術と コストの壁」は低くなり,在来型との違いは小さくなっ ている。経済性と技術の両面で,非在来型資源が開発対 象となる環境が整ってきた。 以下,非在来型資源に関して石油系では重質油・ビ チューメン,オイルシェール(油母頁岩),タイトオイ ル(シェールオイル)を,次いで天然ガス系ではタイト サンドガス,シェールガス,炭層メタンガス(CBM: Coal Bed Methane)に関して,それぞれの最近の動 向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり 方を展望する。 8.非在来型化石燃料の現状と展望 873 Current Situation and Future Prospect of Unconventional Fossil Fuels 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 本 村 眞 澄 Masumi MOTOMURA (Japan Oil, Gas and Metals National Corporation:JOGMEC) 原稿受付 平成24年8月20日 図1 世界の主要な非在来型石油・天然ガス資源の分布状況

610 8.非在来型化石燃料の現状と展望...向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり 方を展望する。8.非在来型化石燃料の現状と展望

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8.非在来型化石燃料の現状と展望(本村 眞澄)

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Vol. 63 No.10

1.はじめに-非在来型資源の時代

石油や天然ガスは通常は坑井から自噴し,圧力の低下

した油層ではポンプによる採油で生産する。一般に,こ

のような方法で採取できる石油・天然ガスを在来型

(conventional)資源と呼び,それ以外の採取方法を使

わなくてはならないものを非在来型(unconventional)

資源と呼んでいる。在来型資源に比べて非在来型資源は,

より高度な技術が適用されることからこれを開発する事

業者は限られ,採取コストも高くなる。その資源量は在

来型にほぼ匹敵すると見られるものの,期待できる生産

量は限定的であった。

しかし2000年代に入って石油価格が高騰を始め,こ

れにより従来開発が後回しとなっていた非在来型資源で

も開発事業が採算に乗る例が多くなった。さらに,これ

まで営々と積み上げて来た石油・ガス開発に関する様々

の技術の中でも,特に水平坑井掘削と多段階水圧破砕の

技術が飛躍的に進歩し,低浸透層から石油・ガスを経済

的に採取する方法が確立した。開発技術の進歩と油価の

高騰により,非在来型資源につきものであった「技術と

コストの壁」は低くなり,在来型との違いは小さくなっ

ている。経済性と技術の両面で,非在来型資源が開発対

象となる環境が整ってきた。

以下,非在来型資源に関して石油系では重質油・ビ

チューメン,オイルシェール(油母頁岩),タイトオイ

ル(シェールオイル)を,次いで天然ガス系ではタイト

サンドガス,シェールガス,炭層メタンガス(CBM:

Coal Bed Methane)に関して,それぞれの最近の動

向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり

方を展望する。

8.非在来型化石燃料の現状と展望

873

Current Situation and Future Prospect of Unconventional Fossil Fuels

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 本 村 眞 澄* 

*Masumi MOTOMURA(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation:JOGMEC)原稿受付 平成24年8月20日

図1 世界の主要な非在来型石油・天然ガス資源の分布状況

Page 2: 610 8.非在来型化石燃料の現状と展望...向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり 方を展望する。8.非在来型化石燃料の現状と展望

火 力 原 子 力 発 電

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Oct. 2012

今後,資源量の増加により需要逼迫懸念は遠ざかり,

米国では既にガス価格が下がり,雇用の増大と相俟って

経済への好影響が報じられている。油価についても

2010年代後半での下落が予想されるようになった

(Maugri,2012)。また,国際的には,重質油ではカナ

ダ,ベネズエラ,シェールガス・タイトオイルでは米国

が中心となることから,西半球の比重が高まり,世界的

にも中東依存度の低下が見られるであろう。これはエネ

ルギー安全保障の立場からも,より安定に寄与するもの

と見られる。非在来型資源の利用が活発化することは,

日本のエネルギー安全保障にとっても,状況が有利に展

開するということである。

これら注目される非在来型資源鉱床の分布する地域を

図1に示す。以下に,これらの非在来型資源のタイプと

主要な鉱床の場所に関して記す。

2.石油系非在来型資源

2.1非在来型資源の種類・埋蔵量・生産コスト

在来型の石油資源量は,USGS(2000)で発表され

たスタディでは約3兆バレルとされたが,IEA(2011a)

によれば,増進回収法(EOR),大水深,北極圏なども

含めて約3.9兆バレルにまで拡大してきている(図2)。

そして,非在来型では重質油・ビチューメン(超粘性油)

で,3.5兆バレル,オイルシェールが1.7兆バレルあると

評価している。即ち石油非在来型資源は在来型に匹敵す

る資源量を有している。これらは,「原始埋蔵量」(地下

の総資源量で回収率を考慮しない)ではなく,技術的に

回収可能な率(回収率)を掛けた「可採埋蔵量」である。

回収率は在来型資源で30~50%,非在来型で5~10%

程度である。

同図の縦軸は2008年時点でのバレル当たりの生産コ

ストを示したものであるが,重質油・ビチューメンが

$40~$80,オイルシェールが$50~$100となってい

る。1バレル当たり$100前後となっている現状の油価

を前提とすると,これらのうちでも比較的安いコストで

生産できる鉱床は既に経済性があると言える。同図にあ

るGTL(Gas to Liquid),CTL(Coal to Liquid),

BTL(Bio to Liquid)は採取方法ではなく化学的手法

であることから,本稿では除外する。

2.2重質油・ビチューメン

通常重質油はAPI(米国石油協会)による比重で10°

~20°のもの,ビチューメン(超重質油)は10°以下の

ものを指す。最も主要な分布域は,カナダとベネズエラ

である。

2.2.1 カナダのオイルサンド

カナダのオイルサンドは,カナダのアルバータ州の北

東部の8万㎢に及ぶ範囲に広がっており,原始埋蔵量で

1.7~2.5兆バレル,確認可採埋蔵量で1,700億バレルに

達すると言われる。在来型石油資源を含めるとカナダ全

体で確認可採埋蔵量1,752億バレル(BP,2012),そ

の可採年数はオイルサンドだけでは280年に達する。

オイルサンドの砂粒子をみると,表面を水分が覆い,

その周りを重質油が取り囲んだ状態となっている。これ

らオイルサンドから採取された液体は,API比重6°~

12°の超重質油に分類され,一般的に「ビチューメン」

と呼ばれ,通常原油と異なり流動しない。このビチュー

メンの回収方法は,大きく分けて二通りある。

まず,1960年代に浅い層を対象に始まったのが露天

掘り(Mining)で,表土を剥いで,大型のショベルで

オイルサンドを採掘し,その後砂分と油分を分離してビ

チューメンを取り出す。通常,2トンのオイルサンド採

掘に対して約1バレルのビチューメンが採取される。た

だし,この方法は,広大な土地を森林伐採し開発するこ

とから地表環境への影響も甚大なため,野生生物の生態

系などを含めて採掘後の地表復元が求められる。

二つ目は,露天掘りのできない比較的深いオイルサン

ド層から,ビチューメンを採取する油層内(In-Situ)

回収法で,基本的には油層内を流動しないビチューメン

に熱を加えて流動性を高め,地上に引き上げる方法で

ある。中でも80年代後半に始まったSAGD(Steam

Assisted Gravity Drainage)法により商業化への道が

開けた。SAGD法は,2本の水平坑井を上下5mの間

874

[出典]IEA(2011a)

図2  石油系在来型および非在来型資源の種類・埋蔵量・生産コスト

Page 3: 610 8.非在来型化石燃料の現状と展望...向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり 方を展望する。8.非在来型化石燃料の現状と展望

8.非在来型化石燃料の現状と展望(本村 眞澄)

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Vol. 63 No.10

隔をおいて,水平区間で約1,000m掘削し,上位の水平

井には高温高圧の水蒸気を圧入し,下位の水平井で蒸気

の加熱で流動性を得たビチューメンを受け止めて,連続

的に生産するものである。これが現在,オイルサンド生

産量の約半分を占める。

採取されたビチューメンは,出荷にあたっては,主に,

コンデンセートなどの希釈剤を混入したり,軽質化処理

して合成原油として流動性を高めた上で,近くの製油所

や米国の製油所までパイプラインで送り出される。

ビチューメン生産量は2012年の見込みで日量約170

万バレルと大きな量に達している。今後も開発中や計画

中のプロジェクトが次々に生産段階に移行し,2020年

までの認可済み事業だけでも日量270万バレルに達する

と見込まれる。

2.2.2 オリノコ超重質油

オリノコ超重質油は,ベネズエラ東部の東ベネズエラ

堆積盆地,オリノコ川北岸の約5万㎢の広大なオリノコ

ベルトと呼ばれる地域に帯状に分布している。

オリノコ超重質油の資源量については,原始埋蔵量で

1兆2,000億バレルあり,そのうち技術的に採取可能な

量として回収率約10%を適用して1,242億バレルに達す

ると推定されている。これがベネズエラの可採埋蔵量に

組み入れられ,在来型原油の埋蔵量870億バレルと合わ

せて2,112億バレルと言われていたが(BP,2011),

今年になり埋蔵量は2,965億バレルまで引き上げられ,

サウジアラビアの2,654億バレルを抜いて世界一の石油

資源国となった(BP,2012)。これは恐らく,回収技

術の進歩から回収率を10%以上に引き上げたためと思

われる。

オリノコ超重質油は,熱帯サバンナ地域の地下600~

1,000mの深度に鉱床が発達しており,粘性が1,200~

3,000cPと通常原油よりかなり高いが,高温の地下油

層内では流動化可能な状態である。そのため,カナダの

オイルサンドとは異なり,人為的に熱を加えずに地下よ

り回収できる(本稿冒頭の定義に照らすと在来型という

ことになるが,生産後には改質過程が控えており,非在

来型と見なす)。ポンピングにより地表に汲み上げられ

たオリノコ超重質油は,比重がAPI比重8~10度と極

めて重い上,硫黄分,重金属を多量に含んでいるので,

通常の製油所では精製できない。そのため,ナフサで希

釈してパイプラインでカリブ海岸のJoseに輸送後,改

質し,軽質化,脱硫,脱重金属化され,合成原油として

マーケットに出されている。現在,4プロジェクト合計

で合成原油約60万バレル/日が生産可能となっている。

2.2.3 統計上の扱い

非在来型資源に関しては,石油専門誌Oil and Gas

Journalは2002年から確認可採埋蔵量にカナダのオイ

ルサンドの埋蔵量約1,700億バレルを一気に,2008年

からベネズエラのビチューメンを徐々に計上し始めた。

BP統計では,2009年末評価から,ベネズエラのビ

チューメン941億バレルを算入し,カナダのオイルサン

ドに関しては,やはり2009年末評価で271億バレルを

入れたが,2011年末評価でこれを一気に1,431億バレ

ルにまで増加した。これにより,全世界での在来型と非

在来型のうち,重質油・ビチューメンを合計した量の可

採 年 数 は,BP統 計 で は54.2年 と な っ て い る(BP,

2012)。

ちなみに,石油の確認可採埋蔵量とは既に発見されて,

謂わば在庫に計上されている量のことであり,可採年数

というのは,新規の油田発見が全くないと仮定した場合

に,その在庫を取り潰すまでの年数のことである。しか

し石油企業は日々,新規油田の発見努力をしており,在

庫を一部取り崩すと同時に新規発見の埋蔵量を追加で計

上している。これを置換え(replacement)と称し,置

換え率が100%であれば,在庫は一定水準で保たれ,可

採年数は1年が経過しても同じ値が維持される。実際に

は置換え率は100%を超えており,ここ数十年で可採年

数を約30年から50年を超えるまで引き上げられて来

た。

2.3オイルシェール

オイルシェールとは,地中に埋もれた生物死骸などの

有機物が,石油や天然ガスに化学変化する前のケロジェ

ン(油母)と呼ばれる高分子有機物となったまま地中浅

い深度の頁岩に含有されているもので,油母頁岩とも言

う。この頁岩にケロジェンが4%以上含まれる場合を一

般的にオイルシェールと言っている。ケロジェンに流動

性は基本的にない。

オイルシェールを乾留して石油を得ることは1837年

にフランスで開始されたが,その後に在来型の石油産業

が興隆して駆逐された。オイルシェールが脚光を浴びた

のは1970年代の石油危機以降であり,米国や豪州での

オイルシェール採掘・乾留事業に着手したが,その後

1980年代半ばの石油価格暴落により,殆どが採算割れ

ととなり中止された。

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Oct. 2012

現時点では,世界のオイルシェール商業生産量は,エ

ストニア,中国の遼寧省撫順などの極小規模なもののみ

で世界でほぼゼロに近いが,2004年以降の石油価格高

騰によって再び世界的にオイルシェールの本格商業生産

の気運が高まってきた。世界最大のオイルシェール資源

が存在するとされている米国では,ワイオミング,ユタ,

コロラドのロッキー山脈地域に良好なオイルシェール鉱

床があり,その中でワイオミング州中心に存在するグ

リーンリバー鉱床に現在関心が集まっている。

2.4タイトオイル(シェールオイル)

タイトオイルあるいはシェールオイルと言われている

のは,石油根源岩中に賦存する石油のことである。石油

根源岩が熟成すると石油・ガスが生成され,これによる

体積膨張に伴う圧力の上昇により石油・ガスが排出され

る。しかし,すべてが排出される訳ではなく,かなりの

量が依然として石油根源岩内に留まっていると見られ

る。

日本では秋田地域で石油根源岩となっている女川層の

硬質頁岩層に多くの油兆が観察される。そして根源岩か

ら直接原油を採取する方法はないか世界各地で長い間模

索が続けられてきた。後述するシェールガス開発の成功

に触発されて一部の石油根源岩において水平掘りを行

い,多段階の水圧破砕を実施すると,ガスではなくて原

油が出ることが分かった。

これが注目される理由は,通常の在来型・非在来型石

油資源が根源岩からの移動を経て集積した石油であるの

に対して,タイトオイルは根源岩そのものに留め置かれ

た石油であり,地質構造の制約を受けることなく根源岩

の面的な広がりの中に石油の賦存が期待できることであ

る。このため,その期待できる資源量は膨大なものとな

る。

最初に開発に成功したのは,米国のノースダコタ州か

らカナダに広がるWilliston盆地のデボン系Bakken層

で,平均10%程度の有機物含有量を有する良好な根源

岩である。1951年に最初の出油が確認されたが,試行

錯誤の末,今日の「シェールガス」開発技術,即ち水平

坑井,多段階水圧破砕の技術を適用することにより,米

国における主要な産油層となった。2012年の生産量は

日量57万バレルで,アラスカを抜き,米国の石油生産

の7%を担っている。

現在,次に期待されているのが,ロシアの西シベリア

にあるジュラ系のBazhenov層である。同層の開発の

試みは30年近く繰り返されてきたが,ロシア技術の下

であり,十分な成果を挙げられなかった。ロシアは,米

国の技術を導入することとし,最大の国営石油Rosneft

は,昨年ExxonMobilと提携して同層を開発することで

合意した。試掘は2013年になされる。Bakken層と

Bazhenov層の諸元を表1に示す。Bazhenov層はそも

そも世界有数の石油地帯である西シベリア堆積盆地の油

田群に対して石油を供給してきた実績のある石油根源岩

であり,根源岩の分布域がBakken層の2倍の100万㎢

もあること,その期待埋蔵量も1ケタないし2ケタ大き

いこと,西シベリア自体が大規模な石油生産地としての

確固たる歴史を有し,石油積出しに掛かる輸送インフラ

(石油パイプライン)が完備していて商業化が容易なこ

と,などからBakken層よりもさらに好条件を有して

いる。

Bakken層 Bazhenov層堆積盆地 Williston(米国,カナダ) 西シベリア(ロシア)地質時代 デボン紀末期~石炭紀初期 ジュラ紀末~白亜紀初期岩  種 深海頁岩,ドロマイト 深海珪質・石灰質頁岩厚  さ 2~20m 20~50m広  さ 52万㎢ 100万㎢深  度 2,000m 2,750m~2,950m(Salym油田での例)孔 隙 率 平均5% 平均6.1%

有機物含有量 平均10%,最大40% 平均5.1%,最大20%原油の性状 42° API 39° API~42° API硫 黄 分 ― 0.08%~0.48%熟成時期 ― 白亜紀末~暁新世に石油生成

期待埋蔵量 最大240億バレル,1.85兆cf 7,300億~1兆2,410億バレル生 産 量 日量45.8万バレル(2010年) 日量8,000バレル(2011年)

表1 タイトオイル層の代表格であるBakken層とBazhenov層の比較

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3.非在来型天然ガス

3.1天然ガスの時代

IEA(2011b)は2011年6月,「天然ガスの黄金時代

到来か?」と題するレポートを発表し,世界の天然ガス

生産が年率にして2%の伸びを示し,2008年の生産量

が3.1兆㎥で1次エネルギーのシェアが21%であるのに

対して,2035年には5.1兆㎥と62%も増大し,そのシェ

アも25%に拡大するとした。さらに,米国の天然ガス

生産において非在来型ガスが既に60%のシェアを占め

るなど,非在来型ガスの伸びが顕著で,世界的にも天然

ガス資源の可採年数が120年であるが,非在来型を含め

ると250年になるとした(表2参照)。特に,非在来型天然

ガスの代表格としてシェールガス開発において見られた

水平坑井と多段階水圧破砕技術の重要性が強調された。

この中で,天然ガス資源量に関して,在来型に加え,

非在来型のガス資源,即ちタイトガス,シェールガス,

炭層メタン(CBM:Coal Bed Methane)に関しても

現在の技術と価格水準で採取可能な量の推計を行ってい

る(表2)。それぞれの非在来型ガス資源の鉱床の成立

する場所を図3に概念的に示す。

これらの非在来型の天然ガス資源は米国において開発

技術が生まれ,商業化まで漕ぎ着けたものであるが,そ

の伏線は1980年に適用された超過利潤税法にある非在

来型天然ガス開発に対する税優遇措置(第29項)まで

遡る。これにより,非在来型資源の開発が政策的に促進

された。同法は1992年に廃止となったが,技術的には

離陸状況にあり,その後の自律的な発展につながった。

3.2タイトサンドガス

タイトサンドガス(あるいはタイトガス)とは,浸透

率が0.1md以下の低浸透性砂岩層(一部に石灰岩)に

賦存するガスのことで,貯留層に対して水圧破砕(フラ

クチャリング)や酸処理を施してガスを生産させる。

1980年代から始まった米国での非在来型ガス開発では

生産量の8割~7割をずっと占めて来た。北米での埋蔵

量は,在来型,非在来型を合わせたガス資源の12%に

当たる16兆㎥で(565兆立法フィート,以下cf)であ

る(表2)。ただし,現状では比較的容易に採取できる

ようになって来ており,特段非在来型として区別する必

要がなくなったことから,2010年からは米国エネル

ギー省(DOE)の統計では,タイトサンドガスは在来

型のカテゴリーに入れられている。

3.3シェールガス

シェールガスは浸透率が0.001md以下の頁岩中に賦

存する天然ガスで,タイトオイルと基本的には同様の賦

存状況であり,同様の技術が適用される。頁岩中のガス

の存在は200年以上前から知られ,1920年代からは細々

と生産されて,生産技術の試行錯誤が続いたが,これが

「シェールガス革命」と言われ今日のような爆発的なブー

(単位:兆㎥)

在来型 Tight Gas Shale Gas CBM 石炭ガス旧ソ連・東欧 136 11 83

中  東 116 9 14 アジア大洋州 33 20 51 12

北  米 45 16 55 21 中 南 米 23 15 35 アフリカ 28 9 29

OECD欧州 22 16 合  計 404 84 204 118 146 可採年数 126 26 64 37 46

図3  炭層メタンガス(Coalbed Methane),タイトサンドガス,シェールガス(図中ではGas-rich shaleと表記)鉱床のそれぞれの形成場所

[出典]米国地質調査所(USGS)

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表2 在来型および非在来型の資源量

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Oct. 2012

ムになった背景には,米国における水平坑井掘削と多段

階水圧破砕という生産技術の確立がある(図4)。一方で,

水圧破砕に用いる液体が生成したフラクチャーを通じて

地表近くに達するといった例が報告され,環境問題が取

り沙汰されたことがあるが,極めて稀なケースと思われ

る。ただし,フランスとブルガリアでは水圧破砕技術の

適用が依然として禁止されている。

シェールガスの主要な生産地とは有力な根源岩の分布

する地域であり,米国では根源岩の名称で呼ばれる。ア

パラチア地域のMarcellus層,テキサス州のBarnett層

とEagle Ford層,ルイジアナ州のHaynesville層など

が主な鉱床である。

シェールガスが注目される理由は,その大きな埋蔵量

にある。現状では,その生産量はタイトサンドガスや

CBMよりは小さいものの,2035年までのEIAの予測で

見ると,シェールガスは米国での生産量の30%を占め

るようになる(図5)。北米では,埋蔵量的にも在来型

を上回り,全体の40%を占める55兆㎥(1,940兆cf)

という規模である。

全世界では,シェールガスの推定埋蔵量は204兆㎥

(7,204兆cf)で,在来型の約半分に達する(表2参照)。

現在,世界のシェールガス探鉱では,アルゼンチンのネ

ウケン(Neuquen)盆地で成功しており,中国の四川盆

地でも探鉱中である。ただし,米国は地質条件が優れて

いるだけでなく,技術サービス会社による優れた技術サ

ポート体制が完備し,発達したパイプライン網があるな

ど,商業化に適した条件が整っている。これに対して,他

国における開発条件は遥かに劣後しているのが実態であ

り,ポーランドでは開発から撤退する企業も出始めるな

ど,直ちに米国並みの成果を期待するのは性急であろう。

3.4炭層メタンガス(CBM:CoalBedMethane)

石炭はもともとは植物の堆積体で,地下の熱で分解さ

れることにより,メタンが生成される。メタンは石炭組

織の微細な孔隙の表面に吸着されているが,これが圧力

差のある時,炭理(クリート)と言われる天然の亀裂を

通って遊離する。実際に取り出すには,天然ガス開発と

同じ方式で井戸を掘削し,地層水とともに生産する。即

ち,炭田のあるすべての地域が炭層メタンガスの産地と

なり得る。生産性の良いCBM層は,浸透性が1~10

mdの範囲内にある。

石炭は資源の中でも偏在する傾向が少ないが,CMB

開発に着手している地域は極限られている。まず,米国

のBlack Worrier盆地,San Juan盆地(図1)で技術

開発の先鞭が付けられ,次いで豪州でも商業化が進んだ。

ロシアのクズネツ炭田,ウクライナのドンバス炭田等で

もCBM開発が試みられている。

CBMは,その賦存状態は通常の天然ガスとは異なり

非在来型資源と呼ばれるが,化学的にはメタンに他なら

ず,通常のガスと同じように利用できる。特に豪州では

CBMをさらにLNG化して輸出するGladstone LNGが

始動している。インドネシアでも同様の動きがある。

表2のIEAによる埋蔵量推計を見ると,現状では旧ソ

連,アジア大洋州,北米に限られているが,開発対象が

拡大するにつれ,世界全体で在来型天然ガスに匹敵する

規模まで拡大する可能性がある。

3.5IEAによる最新の天然ガスの資源量

IEAよれば在来型ガスの究極可採資源量合計は404

兆㎥(1京4,267兆cf)で,ロシア,イラン,カタール,

図4  シェールガスに対する水平坑井と水圧破砕の概念図(Leggett, 2012)

図5  EIA(2010)による2035年までの米国での天然ガス生産予測(シェールガスは30%近くに達する)

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8.非在来型化石燃料の現状と展望(本村 眞澄)

101

Vol. 63 No.10

トルクメニスタン等に大きく偏在している(IEA,

2011b)。今日圧倒的な資源量が推定されているのが

シェールガスで,在来型の半分の204兆㎥(7,204兆

cf)あり,しかもこれにはロシアや中東地域の推計は殆

ど入っていない(表2)。一方,CBMはロシア,ウクラ

イナに圧倒的な資源量を推定しているが,開発事業は緒

に就いたばかりである。先行しているのは米国で,今後イ

ンドおよびインドネシアで活発化する見通しである。タ

イトガスは,開発が40年以上先行している北米および

アジア太平洋地域に多く見られる。これらの合計は810

兆㎥(2京8,605兆cf)となり,確認可採埋蔵量にさらに

推定・予想埋蔵量を含めた究極可採資源量を現在の年間

生産量で割った広義の可採年数は合計253年となる。

さらに,炭田地下での炭層のガス化事業は,現状では

ウズベキスタンでしか商業的には行われていないが,世

界全体では146兆㎥(5,156兆cf)が見込まれる。これ

も数に入れると,さらに46年が追加され,天然ガスの

可採年数は約300年となる。

4.まとめ-21世紀も続く炭化水素の時代

図6は,21世紀のエネルギー供給の未来図に関して,

これまでの資源量に関する予測を織り込んで表示したも

のである。エネルギー需要の全体量の予測はEdwards

(2001)を用いた。これは21世紀の間,推測される人

口動態に基づいて推測されたものである。エネルギー供

給量の内訳に関しては,石油は非在来型も含むIEA

(2011c)における予測を,天然ガスはIEA(2011b)

の予測を,石炭等はEdwards(2001)の従来どおりの

予測をもとにプロットした。そして,21世紀後半にお

いて化石エネルギーおよび水力,原子力で賄いきれない

部分を,再生可能エネルギーが賄うという仮定の下に,

作成したものである。

図6に見るごとく,21世紀のほぼ全期間にわたって

炭化水素資源がエネルギーの太宗を占めると予想され

る。炭化水素の時代は,21世紀を通じて持続するので

ある。石油に関しては,IEA(2011c)の予測が2035年

までであり,依然として増加基調を示していることから

石油生産のピークは2035年よりも後の事象となる。図

6では,最も悲観的な予測として,2035年をピークとし

ているが,「ピークオイル」がこれよりも後ろ倒しになる

可能性はある。ただし,環境制約から石油の消費がさら

に大きく伸びることは予想しがたい。横這いないしピー

クを呈し,天然ガスへシフトして行くものと思われる。

重質油は,IEA(2011b)では石油全体の1割程度と

予測されており,図6もこれを示しているが,これは環

境制約等を考慮してのものであり,環境技術の進展如何

では,更なる嵩上げも当然ありうる。非在来型の石油と

して重質油の貢献はより大きくなる可能性がある。

天然ガスに関しては,IEA(2011b)の「天然ガスの黄

金時代」のレポートによったが,当然,非在来型天然ガスの

飛躍的な伸びが貢献している。これ自体が中東やロシアを

含んでおらず,生産量の更なる上乗せは当然期待できる。

この図で明らかなことは,石油・天然ガスなどの炭化

水素の時代は21世紀通じて,エネルギーの太宗であり

続けることである。そしてこのような展開には,非在来

型の石油・天然ガスの商業化が大きく寄与している。

(注)Edwards(2001)をもとにIEA(2011,a,b)を加えて筆者改編図6 21世紀の資源予測

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Page 8: 610 8.非在来型化石燃料の現状と展望...向を纏めるとともに,21世紀のエネルギー資源のあり 方を展望する。8.非在来型化石燃料の現状と展望

火 力 原 子 力 発 電

102

Oct. 2012

参 考 文 献

(1)BP(2011), BP Statistical Review of World

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(2)BP(2012), BP Statistical Review of World

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(4)EIA(2010), Annual Energy Outlook, 2010

(5)IEA(2011a):Medium Term Oil and Gas

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(7)IEA(2011c), World Energy Outlook 2011

(9)Maugri, Leonardo(2012), Oil:The Next

Revolution, Geopolitics of Energy Project, Belfer

Center for Science and International Affairs,

Discussion Paper #2012-10

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本論文は下記の雑誌から許可を得て転載させていただきました。(社)火力原子力発電技術協会「火力原子力発電」2012年10月発行 No.673 Vol.63 p.95~p.102本村真澄著「非在来型化石燃料の現状と展望」