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-1- 「インターネット事業と私的検閲」 2014.9.20 宍戸常寿(東京大学) はじめに 問題状況 PRISM の暴露 ・「忘れられる権利」をめぐる動向 EU裁判所判決(2014.5.13)、京都地判平成 2687、「リスト化されない権利」 Google の検索サービスをめぐる批判 憲法と電気通信事業法 ・憲法:表現の自由・知る権利、検閲の禁止・通信の秘密(21 条)、営業の自由(22 条) 私人間における間接適用 ・憲法上の「検閲」概念 公権力・思想内容の審査・発表の禁止・網羅性(最大判昭和 591212機能的「検閲」概念、萎縮効果論 ・電気通信事業法:検閲の禁止(3 条)、通信の秘密(4 条) →検閲禁止は通信の秘密の保護に事実上吸収されている ・「人が通信を利用して社会的生活を営むに際し,通信の内容が逐一吟味されるもの とすると,これら通信による情報伝達の萎縮効果をもたらし,自由な表現活動ない し情報の流通が阻害されることになる」(大阪地判平成 1677・「公然性を有する通信」の表現内容には通信の秘密の保護が及ばない →事業者が約款等に基づき発信を防止する措置を採ることは検閲に該当しない ・閲覧の遮断:通信の秘密の侵害/正当化の判断枠組みで検討 児童ポルノのブロッキング(安心ネットづくり促進協議会報告書(2010)) →現状は厳格に限定 ・送信防止措置に対する免責(プロ責法 3 2 項) 「インターネット事業と私的検閲」 ・インターネット事業の多様性 ・接続サービス、メールサービス、ホスティングサービス、コンテンツサービス GoogleYahoo!FacebookTwitterLINEAmazon ~中小事業者 ・インターネット上の検閲の射程 ・インターネット事業者によらない社会的検閲・自己検閲の問題 ・アーキテクチャによる行為可能性の縮減、選好の形成・誘導の問題 ・インターネット事業者による「私的」検閲 ・「代理人を介した表現規制」→憲法上の検閲禁止法理 ・私人に対する削除の義務づけ→プロ責法ガイドライン、最終的には司法の判断 ・「自主的」な削除→電気通信4団体のガイドライン、それを超える削除 →この局面をいかに統制するか?

インターネット事業と私的検閲

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Page 1: インターネット事業と私的検閲

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「インターネット事業と私的検閲」

2014.9.20

宍戸常寿(東京大学)

1 はじめに

2 問題状況

・PRISM の暴露

・「忘れられる権利」をめぐる動向

EU裁判所判決(2014.5.13)、京都地判平成 26・8・7、「リスト化されない権利」

・Google の検索サービスをめぐる批判

3 憲法と電気通信事業法

・憲法:表現の自由・知る権利、検閲の禁止・通信の秘密(21 条)、営業の自由(22 条)

私人間における間接適用

・憲法上の「検閲」概念

公権力・思想内容の審査・発表の禁止・網羅性(最大判昭和 59・12・12)

機能的「検閲」概念、萎縮効果論

・電気通信事業法:検閲の禁止(3 条)、通信の秘密(4 条)

→検閲禁止は通信の秘密の保護に事実上吸収されている

・「人が通信を利用して社会的生活を営むに際し,通信の内容が逐一吟味されるもの

とすると,これら通信による情報伝達の萎縮効果をもたらし,自由な表現活動ない

し情報の流通が阻害されることになる」(大阪地判平成 16・7・7)

・「公然性を有する通信」の表現内容には通信の秘密の保護が及ばない

→事業者が約款等に基づき発信を防止する措置を採ることは検閲に該当しない

・閲覧の遮断:通信の秘密の侵害/正当化の判断枠組みで検討

児童ポルノのブロッキング(安心ネットづくり促進協議会報告書(2010))

→現状は厳格に限定

・送信防止措置に対する免責(プロ責法 3 条 2 項)

4 「インターネット事業と私的検閲」

・インターネット事業の多様性

・接続サービス、メールサービス、ホスティングサービス、コンテンツサービス

・Google、Yahoo!、Facebook、Twitter、LINE、Amazon ~中小事業者

・インターネット上の検閲の射程

・インターネット事業者によらない社会的検閲・自己検閲の問題

・アーキテクチャによる行為可能性の縮減、選好の形成・誘導の問題

・インターネット事業者による「私的」検閲

・「代理人を介した表現規制」→憲法上の検閲禁止法理

・私人に対する削除の義務づけ→プロ責法ガイドライン、最終的には司法の判断

・「自主的」な削除→電気通信4団体のガイドライン、それを超える削除

→この局面をいかに統制するか?

Page 2: インターネット事業と私的検閲

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5 ステイト・アクション法理の検討

・ステイト・アクション法理

連邦裁判所の裁判において、コモン・ロー上の外で、私人の行為を州の行為と同視

して憲法を適用するための法理

①公権力が私人の私的行為にきわめて重要な程度にまでかかわり合いになった場合

②私人が国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使している場合

→日本の学説は、直接的な活用に否定的

・インターネット事業者の「ステイト・アクション」?

①利用者の利益を過剰に制限するおそれ、②裁判所の役割の限界、

③具体的な権利侵害の内容、④「国家」を超える事業者

・レッシグのステイト・アクション法理批判

・ドイツの議論…国家の生存配慮(Daseinversorge)、保障国家(Gewährleistungsstaat)

「公共体の基本秩序」としての憲法=個人の尊重と民主主義の前提の確保

・憲法上の検閲禁止の直接適用?

→立法・行政を含む、文脈に応じた、多様な権利・利益の調整が必要

6 若干の考察

・曽我部「情報法」論文

・公権力/情報媒介者/一般利用者の三面構造

・①アーキテクチャの規制、②約款等による規制、③媒介者による規制と共同規制

・基準の公表・判断の客観化…業界団体の役割と実効性・中立性・独立性の確保

・各サービスの具体的機能

・表現媒介者(美術館・通信社・図書館・コンビニ等)をめぐる法理

・フォーラム/ニュース配信サービス(東京地判平成 23・6・15)/積極的運営

→競争法・消費者法等の間接的規制による事業者・サービスの多元性の維持

・独占的サービス…「公共の福祉に基づく権利」の担い手として見るべきでは

→ガバナンス、説明責任、苦情処理等の整備が求められるのではないか?

・グローバルな対応の必要

7 おわりに

総務省「今後の ICT 分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム報告

書」(2010)における「むすびにかえて」

以上

【参考文献】 海野敦史「『通信に対する検閲』の可能性を踏まえた検閲禁止の法理の再

評価」InfoCom Review63 号(2014)/岡村久道編『インターネットの法律問題』(新日本法

規、2013)/大屋雄裕『自由とは何か』(ちくま新書、2007)/木下智史『人権総論の再

検討』(日本評論社、2007)/宍戸常寿「私人間効力論の現在と未来」『講座人権論の再定

位3 人権の射程』(法律文化社、2010)/同「通信の秘密に関する覚書」高橋古稀『現

代立憲主義の諸相 下巻』(有斐閣、2013)/曽我部真裕「『情報法』の成立可能性」『現

代法の動態1 法の生成/創設』(岩波書店、2014)/成原慧「代理人を介した表現規制

とその変容」マス・コミュニケーション研究 80 号(2012)/レッシグ、ローレンス(山

形浩生訳)『CODE VERSION 2.0』(翔泳社、2007)