11
3.1 原子のはじき出しとカスケード損傷 3.1.1.はじめに DT 核融合炉においては中性子が発生するエネルギーの 担体であって,熱エネルギーのようにすぐには使えない. 14.1 MeV という高エネルギーの中性子の運動エネルギー を如何に変換して使えるようにするかが,エネルギー機器 としての核融合炉の役割である.したがって多くの場面で 中性子と核融合炉を構成する機器の材料との相互作用が起 きる. DT 核融合炉材料の照射効果の特徴は,中性子のエネル ギーが高いことに由来する高エネルギーカスケード損傷で あること,種々の核変換効果(He,H などのガス原子生成 と合金化)があること,材料によっては中性子以外にも他 の放射線効果を考えなければならないことが挙げられる. ここではこの内,原子のはじき出しとカスケード損傷につ いて述べる.ここでは対象を金属材料に限定することと し,放射線については高エネルギー中性子照射を主体とす ることにする. 3.1.2 原子のはじき出しの基本過程 DT 核融合反応で発生する粒子は 14.1 MeV の中性子と 3.5 MeV のアルファ粒子であるが,後者は荷電粒子である ため磁場によって曲げられ,燃料粒子(重水素,三重水素) と衝突してこれらに運動エネルギーを与え,いわゆるアル ファ加熱が起きる.一方,中性子は炉壁を通過し,ブラン ケット部でトリチウムを生成するとともに,その高い運動 エネルギーが熱エネルギーに変換される.1回の核融合反 応で消費されるトリチウムを上回る量のトリチウムが生成 する必要があり,このためブランケット部にはトリチウム 増倍材が使われる.一部の中性子は後方散乱によってプラ ズマ部に戻され,したがってプラズマに直接対向する炉壁 部(第一壁)の中性子スペクトルは 14.1 MeV の単色ではな くなり,炉設計に依存した14.1 MeVに上限値をもつ幅広い スペクトルを持つことになる.具体的に核融合炉材料の照 射損傷を考える場合には材料の置かれた位置の中性子スペ クトルを知る必要がある. さて,原子のはじき出しの最も基本的な過程を図1使って説明しよう.材料に入射する質量 " ! ,エネルギー ! ! の粒子を考え,一方入射粒子の標的となる材料は質量 " " の原子からなる単体とし,単位体積中に # 個の原子が 含まれるものとする.当面は結晶性は考えない *1 入射粒子と標的原子が遭遇すると種々の現象が起こる が,まずは単純な弾性衝突を考え,衝突によってエネル ギー ! #が標的原子に渡されるとする.(添字 p は primary 講座 核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥 石野 1) ,蔵 元 英 一 2) ,曽 根 田 直 樹 3) 1,3) 電力中央研究所, 2) 九州大学 (原稿受付:2008年4月14日) まず,原子が高エネルギー粒子にはじき出される際の基礎過程とカスケード損傷について説明する.次 に,照射によって形成された点欠陥の集合・消滅過程やバイアス効果の説明をした後に,照射損傷でよく用いら れる原子のはじき出しの指標となる dpa について説明する. Keywords: vacancies, SIA (self-interstitial-atom), radiation-induced defects, cascade damage, bias effect, displacements per atom (dpa) *1 結晶性を考える場合は,原子がはじき出されるとその位置が空格子点(#)となり,一方はじき出された原子は結晶格子間に はまり込んで格子間原子(")となる.つまり#"の1:1の対ができる.これをフレンケル対(Frenkel pair)と呼ぶ. Radiation Damage on Fusion Reactor Materials 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects ISHINO Shiori,KURAMOTO Eiichi and SONEDA Naoki J.PlasmaFusionRes.Vol.84,No.5(2008)258‐268 図1 照射損傷計算の基本的考え方.一次はじき出し原子の生成 とカスケード過程の2つに分けて考える[1]. !2008 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 258

3.原子のはじき出しと照射欠陥...ギー が標的原子に渡されるとする.(添字pはprimary 講座核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥

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Page 1: 3.原子のはじき出しと照射欠陥...ギー が標的原子に渡されるとする.(添字pはprimary 講座核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥

3.1 原子のはじき出しとカスケード損傷3.1.1. はじめに

DT核融合炉においては中性子が発生するエネルギーの

担体であって,熱エネルギーのようにすぐには使えない.

14.1 MeVという高エネルギーの中性子の運動エネルギー

を如何に変換して使えるようにするかが,エネルギー機器

としての核融合炉の役割である.したがって多くの場面で

中性子と核融合炉を構成する機器の材料との相互作用が起

きる.

DT核融合炉材料の照射効果の特徴は,中性子のエネル

ギーが高いことに由来する高エネルギーカスケード損傷で

あること,種々の核変換効果(He,Hなどのガス原子生成

と合金化)があること,材料によっては中性子以外にも他

の放射線効果を考えなければならないことが挙げられる.

ここではこの内,原子のはじき出しとカスケード損傷につ

いて述べる.ここでは対象を金属材料に限定することと

し,放射線については高エネルギー中性子照射を主体とす

ることにする.

3.1.2 原子のはじき出しの基本過程

DT核融合反応で発生する粒子は 14.1 MeVの中性子と

3.5 MeVのアルファ粒子であるが,後者は荷電粒子である

ため磁場によって曲げられ,燃料粒子(重水素,三重水素)

と衝突してこれらに運動エネルギーを与え,いわゆるアル

ファ加熱が起きる.一方,中性子は炉壁を通過し,ブラン

ケット部でトリチウムを生成するとともに,その高い運動

エネルギーが熱エネルギーに変換される.1回の核融合反

応で消費されるトリチウムを上回る量のトリチウムが生成

する必要があり,このためブランケット部にはトリチウム

増倍材が使われる.一部の中性子は後方散乱によってプラ

ズマ部に戻され,したがってプラズマに直接対向する炉壁

部(第一壁)の中性子スペクトルは 14.1 MeVの単色ではな

くなり,炉設計に依存した14.1 MeVに上限値をもつ幅広い

スペクトルを持つことになる.具体的に核融合炉材料の照

射損傷を考える場合には材料の置かれた位置の中性子スペ

クトルを知る必要がある.

さて,原子のはじき出しの最も基本的な過程を図1を

使って説明しよう.材料に入射する質量��,エネルギー

��の粒子を考え,一方入射粒子の標的となる材料は質量

��の原子からなる単体とし,単位体積中に�個の原子が

含まれるものとする.当面は結晶性は考えない*1.

入射粒子と標的原子が遭遇すると種々の現象が起こる

が,まずは単純な弾性衝突を考え,衝突によってエネル

ギー��が標的原子に渡されるとする.(添字pは primary

講座 核融合炉構造材料の照射損傷

3.原子のはじき出しと照射欠陥

石野 栞1),蔵元英一2),曽根田直樹3)1,3)電力中央研究所,2)九州大学

(原稿受付:2008年4月14日)

まず,原子が高エネルギー粒子にはじき出される際の基礎過程とカスケード損傷について説明する.次に,照射によって形成された点欠陥の集合・消滅過程やバイアス効果の説明をした後に,照射損傷でよく用いられる原子のはじき出しの指標となる dpa について説明する.

Keywords:vacancies, SIA (self-interstitial-atom), radiation-induced defects, cascade damage, bias effect, displacements per atom (dpa)

*1 結晶性を考える場合は,原子がはじき出されるとその位置が空格子点(�)となり,一方はじき出された原子は結晶格子間にはまり込んで格子間原子(�)となる.つまり�と�の1:1の対ができる.これをフレンケル対(Frenkel pair)と呼ぶ.

Radiation Damage on Fusion Reactor Materials 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects

ISHINO Shiori,KURAMOTO Eiichi and SONEDA Naoki

J. Plasma Fusion Res. Vol.84, No.5 (2008)258‐268

図1 照射損傷計算の基本的考え方.一次はじき出し原子の生成とカスケード過程の2つに分けて考える[1].

�2008 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

258

Page 2: 3.原子のはじき出しと照射欠陥...ギー が標的原子に渡されるとする.(添字pはprimary 講座核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥

つまり入射粒子が引き起こすことを意味している.)このよ

うなイベントが起きる頻度は入射粒子のフラックス�,標

的原子密度�と,弾性衝突の起こしやすさを表す弾性散乱

断面積��に比例する.もう少し細かく見てみると,一口に

弾性衝突といっても,正面衝突のように大きなエネルギー

を渡す場合から,“かすめ”衝突のようにほとんどエネル

ギーを渡さないものまであるので,標的原子に��から

������の範囲のエネルギーをわたすような弾性衝突微分

断面積����������を知る必要がある.全弾性散乱断面積

は��の全範囲にわたる積分をとって

������������������ (1)

と表される.弾性散乱については後でもう少し詳しく説明

する.

はじめ静止していた標的原子はエネルギーを受け取って

もすぐに元の位置を離れて運動を始めるわけではない.固

体のような凝集体ではまわりの原子との間の力のバランス

でポテンシャルエネルギーの極小位置に静定しているの

で,これを振り切って静止位置を離れて運動を始めるため

には,最低限必要なエネルギー以上のエネルギーを受け取

る必要がある.このエネルギーをはじき出しエネルギー

(Displacement energy)と呼び��と表す.��は実際は定

数ではなく結晶方位や温度に依存するが,ここではひとま

ず物質ごとに定まる一つの値とする.さらに単純化して,

・�������ならばはじき出しは起こらない.

・�����ならば(100%)はじき出しが起きる.

と仮定する.エネルギー��を受け取ったときのはじき出し

確率(Ejection probability)�����が��に対して鋭い階段

関数と仮定していることになるが,実際には上述の結晶方

位依存性や温度依存性によって鈍った形になると考えられ

ている.しかし実用上は実効的な��の平均値をとること

ではじき出しの評価が行われている.

��の大きさはどの程度であろうか.固体中の原子はまわ

りの原子と結合して安定状態を保っているので,その位置

からはじき出されるには結合を断ち切らなければならない

であろう.固体中では原子間結合エネルギーは結合あたり

数 eVであるので,その数倍のエネルギーが与えられる必

要がある.結合エネルギーは準静的に結合を切るエネル

ギーであるが実際的にははじき出し過程は断熱的であるか

らもっと高いエネルギーが必要であってもおかしくない.

金属などでは典型的には~25 eV程度とされているが,物

質や方位によって大きな幅がある.例えば純鉄では単結晶

の容易はじき出し方向[100]の近傍では 20 eV以下ではじ

き出しが起きるが,多結晶体では約 25 eVとなり,実用金

属・合金ではさらに高い値となる.後に述べるNRT標準

モデルでは鉄,ニッケル合金に対して 40 eVという値が用

いられる.

エネルギー��(���)を受け取って静止位置からはじき

出された原子を一次はじき出し原子(Primary knock on

atom)と呼び,PKA(または PKO)と略称で呼ばれること

が多い.質量��,エネルギー��の入射粒子に対してPKA

のエネルギースペクトルがどうなるかは重要である.これ

は上述の断面積とも関係している.入射粒子を1MeVの中

性子とし,等方的弾性散乱を考えると,標的原子が受取る

最大のエネルギー����は,標的原子の質量を��として

��������������������� (2)

となるので,���1 MeV,���1(amu),���50(amu)と

すると,�����80 keV となる.M2=50(amu)と言う値は

核融合構造材料として馴染み深いバナジウムや鉄の原子質

量にほぼ相当することから代表的に選んだ.等方散乱では

平均の��は�������40 keV となるので,平均の PKA

エネルギーははじき出しエネルギー��に比べてはるかに

大きい.そこで PKAは標的物質の他の原子と衝突して相

手をはじき出すに十分なエネルギーを持っていると言え

る.このようにして二次,三次‐‐‐と次々とはじき出しの連

鎖が起きる.この衝突連鎖を衝突カスケード(Collision cas-

cade)または単にカスケードと呼ぶ.カスケードの中で動

き回る粒子は衝突で運動エネルギーを受け取った原子で,

他の原子との衝突断面積が大きいので平均自由行程が短

い,つまり物質中を長距離動くことができない.PKAがで

きるとそのまわりの小さい空間に密集して大量のはじき出

しが起きることになる.これがカスケード欠陥の特徴であ

る.エネルギー��のPKAから最終的に何個のはじき出し

が起こるかは��の値により,その値を�����と表してはじ

き出し損傷関数と呼ぶ.

PKAについては最大値と(等方散乱の場合の)平均値を

述べたが,具体的,定量的に考える場合にはPKAのエネル

ギースペクトルを知る必要がある.これがどのようになる

かは個々の核的過程によるが,最も簡単に(1)式で述べた

弾性散乱過程について説明しよう.PKAに��から

������の範囲のエネルギーを渡す微分散乱断面積を

����������と書いたが,言い換えると,ともかく弾性散乱

が起こったとして,その頻度は全散乱断面積������で表

されるが,その中で PKAに与えるエネルギーが��から

������の範囲にある確率を��������と表すと,微分散

乱断面積は

���������������������������� (3)

と書くこともできる.��������は規格化されたPKAエネルギー

スペクトル関数と解釈できる(つまり,��������������).

後に dpa の計算の章で述べられるが,上に説明してきた諸

量:

標的物質に関する量:�,��,�����

入射粒子に関する量:��,��,�

核的過程に関する量:�����:(���������,��������など)

から,標的物質の原子のはじき出し量��を求めることが

できる.ここで,�は中性子のフラックスである.標的原子

数�に対して��個のはじき出しが生じたとして,����

が1よりも十分小さければこれは生成はじき出し濃度の意

味をもつが,核融合炉や高速増殖炉の炉心構造材などでは

この比は1よりも大きくなり得る.この場合,この比は標

的原子1個あたり何回はじき出しが起こったかを意味する

ことになり,これを dpa(displacements per atom)と呼ぶ.

Lecture Note 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects S. Ishino et al.

259

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核融合炉原型炉などでは第一壁構造材は少なくとも 100

dpa を超える照射に耐える必要があるとされている.

3.1.3 一次はじき出し過程

(1)はじめに

上述のように原子のはじき出しは入射放射線が最初に標

的原子をはじき出すことから始まる.その様子は入射粒子

の種類やエネルギーによって変わるが詳細は教科書等

[1,2]に譲るとしてここでは核融合炉に関係の深い高速中

性子,軽イオン粒子,高エネルギー(相対論的)電子を中

心に述べる.

(2)高速中性子による一次はじき出し

DT核融合炉では14.1 MeVの高エネルギー中性子が発生

し,これが原子に遭遇すると表1に示すように種々の核的

過程が生じる.これらの過程から生じる PKAについて順

次概略の説明を行う.

1)弾性散乱

熱中性子核分裂を利用する原子炉ではこの過程が原子の

はじき出しの最も主要な過程である.しかもエネルギーが

あまり高くない高速中性子では散乱はほぼ等方的,つまり

中性子と標的原子の二体衝突を重心系で扱った場合あらゆ

る立体角素片への散乱確率が等しくなるような散乱とな

る.散乱確率或いは規格化された PKAスペクトル

�������は

������������������������� (4)

となる.この散乱法則は剛体球の散乱と同じであるが,こ

れは別に中性子や原子が硬い球であるというわけではない

ので念のため付言しておく.

中性子のエネルギーが高くなると重心系の散乱角は等方

的ではなくなり,前方散乱の成分つまりエネルギーのやり

とりが小さい散乱が増えてくるとともに散乱断面積の散乱

角依存性が振動的になってくる.核データは散乱断面積を

散乱角の余弦:��についてLegendre球関数に展開した

係数で与えられる.

2)非弾性散乱

中性子のエネルギーが高くなると非弾性散乱の寄与が大

きくなる.単純に説明すると中性子が標的原子の原子核に

取り込まれいわゆる複合核を作るので運動エネルギーと運

動量が保存されず,核の内部エネルギーに変わる.励起状

態になった核からは脱励起過程で中性子が放出されるが,

この時までに衝突の際の運動学的情報は通常失われている

ことが多いので,放出される非弾性散乱中性子は等方的に

なる.ただ核の励起準位によって標的核が受け取る運動エ

ネルギーは小さくなる.非弾性散乱による PKAの詳細な

計算には標的核の離散的準位および連続準位への非弾性散

乱断面積を知る必要がある.

3)中性子増倍反応

中性子のエネルギーが大きくなると中性子を放出する反

応が増えてくる.DT核融合炉では��� ��,������位まで

であるが,IFMIF の高エネルギーテールなど数十MeVの

中性子に対してはさらに多数の中性子放出反応が起こり得

る.この反応によるPKAの生成は複雑で,第1の中性子が

飛び出してから次の中性子が飛び出すまでの時間や角度の

相関などは現状では取り入れるすべがない.結局,モンテ

カルロ法を適用したり,第1の中性子放出を非弾性散乱と

同様に扱い,第2の中性子は無視するなどの近似が使われ

る.

4)荷電粒子生成反応

�����,�����などの荷電粒子生成反応の多くはいわゆる

しきい反応でMeV領域のあるしきいエネルギー以上の中

性子に対して起こるものが多い.この場合には PKAは元

の元素とは異なったものになることと(不純物原子の導入),

生成粒子が物性に大きな影響を与えるガス原子������で

あることが重要である.生成する荷電粒子はMeVオーダ

のエネルギーを持つことが多いので,それが作る PKAも

考慮する必要がある.荷電粒子放出による PKAの生成(通

常,元の原子とは質量が異なることは無視)は前項の連続

準位への核励起による非弾性散乱の扱いに準じた蒸発モデ

ルによって扱われる.

5)中性子の吸収

中性子の吸収断面積は通常高エネルギーになるほど小さ

くなる.運動エネルギーは核の励起エネルギー分だけ小さ

くなる.通常励起解消は�線放出による場合が多いが

(�����反応)この場合は標的原子の質量が 1 amu増加する

だけで不純物導入はない.励起解消が�線,��線あるいは

電子捕獲による場合は不純物が導入されることになる.放

出�線のエネルギーが大きい場合にはその反跳によっては

じき出しが起こる場合がある.その場合も受け取るエネル

ギーはほぼ��のオーダであり,核融合炉の場合は無視で

きよう.

(3)軽イオンによるはじき出し

核融合炉でイオンによる原子のはじき出しが起こる場合は

1)DT核反応による 3.5 MeVのアルファ粒子

2)エッジプラズマ粒子(必ずしもイオンではない)

3)中性子による荷電粒子生成反応で発生する陽子,ア

ルファ粒子

などが挙げられる.

1)は磁気閉じ込めの核融合炉では荷電粒子は磁場に

よってプラズマ中に閉じ込められ燃料粒子�������の加

熱に重要な役割を果たさなければならないので,通常壁を

核的過程 特徴追記

弾性衝突(‐散乱)�����

エネルギーの低い場合(�0.1 MeV)等方的エネルギーの高い場合(�数MeV)異方的(前方散乱成分大)

非弾性散乱�������

エネルギーが高いほど起こりやすい 散乱は近似的に等方的

中性子増倍��� ��,������,---

エネルギーが高くなると中性子発生数は増える.核融合炉では��� ��が主

荷電粒子生成�����,�����,

ガス原子(H,He,T---),不純物生成,二次粒子のはじき出しへの影響

多粒子放出�������,�������--- etc.

吸収 �������との違いは中性子吸収核の安定性の違い

表1 高エネルギー中性子と原子の種々の核的過程.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.84, No.5 May 2008

260

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叩くことはない.2)はエネルギーは低いがフラックスが

大きいことが特徴である.このように“入射粒子”の特性

には大きな広がりがあるので,ここでは重荷電粒子による

原子のはじき出しの一般論を概説する.(電子に対し質量

の大きなイオンを重荷電粒子と表現した.)

荷電粒子と原子核の間にはクーロン力が働きその場合の

散乱法則はラザフォード散乱則となるが,これはエネル

ギーが十分高い場合であり,原子核の電荷はまわりの電子

により遮蔽され,エネルギーが十分低いとイオンと中性原

子との衝突となる.散乱ポテンシャルはクーロンポテン

シャルから遮蔽クーロンポテンシャルとなる.原子核のま

わりにどのくらい広がって電子が存在しているかを表す遮

蔽距離���を単位としてイオンと原子が正面衝突した場合

どの位の距離まで接近できるか(Distance of closest ap-

proach:b)を示すパラメータ�は無次元化エネルギーパラ

メータと呼び,

������� (5)

遮蔽距離の表現は原子核のまわりの電子の配置をどう扱う

かのモデルに依存するが,ここで���の添字TFは非常に単

純なトーマス・フェルミの原子モデルによることを示す.

���の場合は広い散乱角の範囲でラザフォード散乱が成

り立つのに対し,���では強い遮蔽効果の下での散乱を

考えなくてはならない.同じエネルギーの入射粒子に対し

ては,入射粒子の質量が小さいほど�は大きい,つまりよ

り標的原子核に近づくことができる.

クーロンポテンシャルによる散乱の場合の PKAエネル

ギースペクトルは,ラザフォード散乱則を弾性衝突の場合

の重心系の散乱角�と PKAエネルギー��との関係

���������� ��� � (6)

を用いて書き換えることによって

�������������� �������������

���� (7)

と表される.�� ��は全後方散乱断面積に相当する.これか

らもわかるようにラザフォード散乱では��の小さな散乱,

つまり前方散乱が支配的となる.�����は大きくても平均

の��は小さい.遮蔽効果が強まると散乱ポテンシャル

�����������の冪指数�は���のラザフォード散乱の場

合から次第に大きくなり中性原子の衝突の剛体球散乱の場

合には井戸型ポテンシャル(���)となり,この場合の

PKAエネルギースペクトルは(4)式のようになる.(ここ

で�は入射粒子と標的原子の間の距離,�は定数である.)

以上のようにイオンのクーロン散乱では平均の PKAエ

ネルギーは小さく以下に述べるようなカスケード損傷はで

きても稀である.一方で荷電粒子の飛程は短いがこれは入

射荷電粒子と電子との衝突でエネルギーが失われるからで

ある.(もう少し詳しく言えば電子との衝突によるエネル

ギーのやりとりと誘電媒質中を荷電粒子が進行する時の摩

擦損失)これについては次節で簡単に触れる.

(4)相対論的電子によるはじき出し

相対論的電子とは電子の静止質量を�,光速をとして

� �0.511 MeV以上の高エネルギー電子を指す.核融合

炉で問題となる高エネルギー電子はプラズマディスラプ

ション時に急激に発生する逃走電子であろう.しかしその

影響は短時間の高フラックス高エネルギー電子によるもの

で,本稿で問題にしている蓄積的損傷とは異なり熱衝撃的

な効果が大きいと思われる.いずれにしても,高エネル

ギー電子により原子のはじき出しは起こるのでここでは簡

単に述べておく.

この領域の電子と原子の衝突は相対論的かつ量子論的に

扱わなければならない.そのため散乱法則もラザフォード

則を量子力学的,相対論的に修正した形のものになる.

PKAエネルギースペクトルは強く前方散乱成分があらわ

れるので,かなりの高エネルギー電子でもはじき出しエネ

ルギーを超えるエネルギー伝達は少ない.

よく知られているように電子線照射ははじき出しエネル

ギーを実験的に求めるのに用いられる他,カスケードをほ

とんど作らないので,フレンケル対による照射効果を調べ

るのに用いられる.

3.1.4 衝突カスケードとはじき出し損傷関数

(1)衝突カスケード

PKAエネルギーがはじき出しエネルギーをはるかに超

える高速中性子照射の場合には,PKAがあたかも入射粒

子のように振る舞って標的物質内の他の原子をはじき出

す.はじき出された原子はまた次のはじき出しをつくると

いう衝突の連鎖を作る.これが衝突カスケードと呼ばれる

もので,単体物質中では衝突する方もされる方も同種原子

ということになる.ただ運動する粒子は重い原子なので平

均自由行程は短く,はじき出しは狭い空間に密集して起こ

ることになる.運動粒子のエネルギーが小さくなり,平均

自由行程が原子間距離程度になると結晶性材料のように原

子が整然と並んでいる場合にはある衝突と次の衝突の間に

明確な相関が生じる.具体的にははじき出しエネルギーの

方位依存性とか一次元集束衝突連鎖などである.

衝突カスケードが空間的にどのような構造になっている

かについての計算および実験上の知見については4章で述

べる.

(2)はじき出し損傷関数

エネルギー��のPKAから始まって最終的にすべての運

動粒子が止まる(エネルギー��以下になる)までに作られ

るはじき出しの数を�����と表し,はじき出し損傷関数と

呼ぶ.詳細は省略するが,現在もっとも広く用いられてい

るNRTモデル(Norgett, Robinson, Torrens model)は輸送

方程式に類似の LSS 理論(Lindhard, Scharff, Schio/tt)に基

づいている.その主な仮定は

・原子間の衝突によるエネルギー損失は核的衝突と電子

的衝突からなる.原子のまわりの電子分布のモデルは

トーマス・フェルミモデルを用いる.

・核的エネルギー損失はエネルギー,距離などを無次元

化したトーマス・フェルミモデルで扱い,これにより

標的物質によらない統一的な表式がえられる.

・電子的損失はトーマス・フェルミ原子間の衝突による

エネルギーのやりとりから導かれた無次元化エネル

Lecture Note 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects S. Ishino et al.

261

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ギーの 1/2 乗に比例した(つまり相対速度に比例した

摩擦損失の)表式を用いる.

・電子系に渡ったエネルギーは原子をはじき出すことは

ない.

・核的衝突と電子的衝突は分離できる.

・原子のはじき出しはカスケード内の全原子が静止する

までに結果として最終的に核的衝突で失われたエネル

ギーに比例する.このエネルギーを��と表し損傷エ

ネルギー(Damage energy)と呼ぶ.このエネルギー

は上記の仮定の許でLSSの微分積分方程式を解いて求

められる.積分は散乱角の全域にわたって行われるの

で,その意味で結果は平均的なものである.

3.1.5 カスケードの構造とその影響

上述のはじき出し損傷関数の扱いは平均的なものである

から,カスケードの構造のことは考えられていない.しか

し実際にはカスケードの構造が材料挙動に影響を与える.

そこで今までのカスケードの構造に関する知見をまとめて

おこう.

(1)カスケード構造に関する実験

カスケードは PKA発生点の回りに点欠陥が球状に密集

しているようなものではなく,欠陥が密集した小領域(こ

れをサブカスケード:Subcascade と呼ぶ)がちょうど“ぶ

どう”の房のようにつながっている.このことをGRAPE

と名付けたカスケードシミュレーション計算コードを用い

て示したのはBeelerで1964年のことである.実験的にも電

界イオン顕微鏡によってこのことが確かめられた.ただし

この実験は成功率が極めて低く困難なもので,観察例は極

めて限られている.

筆者らは1978年から重イオン加速器と透過電子顕微鏡を

直結して PKAを模擬した重イオンを照射し,”その場”で

カスケード欠陥のクラスターの観察を行った.重イオンの

エネルギーは 400 keV で,ちょうどDT核融合中性子が作

る PKAのエネルギーにほぼ対応している[3].電顕試料は

典型的には膜厚は 200 nm程度であり,特に金のように格

子間原子の移動度が極めて大きい金属では大半の格子間原

子が表面シンク*2で消滅し,残された空格子点がクラス

ターとなって観察される.1個の入射重イオンから同時発

生するクラスターは空間的に固まってでき,一つ一つのク

ラスターがサブカスケードに相当する.この実験で少なく

とも金でカスケードが拡がっている範囲,クラスターグ

ループの生成効率,カスケード1個あたりのサブカスケー

ド数,サブカスケードクラスターの数の温度依存性などが

求められている.観察結果はビデオに記録され,入射粒子

1個により引き起こされる現象を完全に分離して観察する

ことができる.図2に1個のカスケード中のサブカスケー

ドクラスターが分布している様子が示されている(図中の

2および3).これは4秒間(120コマ)の内1秒間隔で4

コマをピックアップしたものであるが,1コマ毎の詳しい

観察ではカスケード欠陥は1コマ(30 ms)以内に形成され

ている.この手法を用いて今まで照射欠陥の照射中あるい

は照射後の振る舞いに関する多くの知見が得られ,また,

いろいろ展開の可能性があるがここでは割愛する.

以上は重イオンを PKAに見立てた実験であるが,下村

ら[4]は液体ヘリウムで冷却された条件で(~10 K)強力

DT中性子源RTNS-II を用いて実際に 14 MeV中性子の照

射を行い,試料を低温のまま電顕内に移して観察を行っ

て,カスケード内に多数のクラスターが生成していること

を観察し解析を行った.

(2)カスケードシミュレーション

カスケードの計算機シミュレーションは古くは1960年BNL

の Vineyard らのグループによって行われ,その後原子間

ポテンシャルに関する知見の進歩と計算機の能力の圧倒的

な拡大によって長足の進歩がなされた.詳細は次回の講座

で曾根田氏によってのべられるが,ここでは簡単に歴史的

経緯とカスケードの形態に関する最近の知見を述べる.

金属を対象とする計算手法の代表的なものとしては

1)分子動力学法(Molecular dynamics:MD法)と2)二体

衝突近似法(Binary collision approximation:BCA法)があっ

たが,最近は計算機容量の増大で後者はあまり用いられな

くなった.1)については正確な原子間ポテンシャルの設

定が鍵となる.2)についての著名なコードとしてはRob-

insonが開発したMARLOWEがあり,基本的には最も急速

に運動する原子を選んでその衝突相手を決め,二体衝突の

キネマティックスで散乱角をきめるという手順を繰り返す

もので,非常に大きな PKAエネルギーまでも扱うことが

できる.対象とする標的を結晶にとるか,一度はじき出さ

れた原子を再度衝突の相手として含めるか等種々の考え方

を導入する余地がある.衝突粒子に時間,位置などのタグ

をつけてMD法のように時間発展的に計算を行うこともで

きる.

詳細は次回に譲りここでは計算の一例として図3に純鉄

の50 keVカスケードのPKA発生から1.87 psecおよび12.12

psec 後の様子,図4にこのカスケードがほぼ静定した

40.02 psec 後で作られた空格子点型ループ(バーガースベク

トル���������)と自己格子間原子型ループ(���������)

の例を示す[5].

*2 原子空孔や格子間原子などの格子欠陥が消滅するサイトをシンクと呼ぶ.通常,表面,結晶粒界,転位などがそれに挙げられる.

図2 400 keV Xeイオンを 300 Kで照射中の金に形成されるサブカスケードグループ(1987年のベルリンにおける点欠陥国際会議で報告したビデオから.(石野,室賀,関村))

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.84, No.5 May 2008

262

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(3)カスケードの影響

核融合中性子のように高エネルギー重粒子の照射では照

射損傷は空間的に均一に起きるのではなく,高密度の欠陥

が空間的に局在して生じる.これによって点欠陥同士がク

ラスターを作る確率が高まりその後の照射効果の発現に影

響を与える.最近多くの議論がなされている格子間原子の

一次元運動が起きると,格子間原子がカスケードから離れ

て空格子点との再結合が起こりにくくなる.格子間原子は

クラスターになっても一次元運動を行うとされており,ま

たその移動度は温度に依存するので複雑である.このよう

な現象に不純物原子がどのように係わるかはまだ十分に研

究されているとは言えない.特に,格子間原子がカスケー

ド形成の当初からクラスターを作り,その分実質的に空格

子点が過剰に作られるとする形成バイアス(Production

bias)もカスケードの空間的な不均一生成によっている.

合金では成分元素が照射欠陥と相互作用し,偏析や析出な

ど特性に大きく係わる変化を齎(もたら)すが,このプロ

セスにもカスケードの構造が係わってくる.

3.1.6 むすび

核融合炉材料の中性子照射損傷に特徴的なカスケード損

傷について初歩的なところから概説を試みた.多くの問題

を扱う上で照射損傷が空間的に均一にできるのではないと

いうことをまず知っていただければ幸いである.本稿で触れ

なかった問題として合金など多元系の標的物質に対する照

射効果の扱いが挙げられる.問題は複雑でまだ十分詳細に

取り扱われていないことも多いが,実用の材料を扱う上で

は極めて重要であり,機会をみて整理したいと思っている.

(石野 栞)

3.2 照射欠陥図5に,照射中の結晶の様子を核融合環境下を例にとり

図3 分子動力学法で計算されたアルファ鉄中 50 keVカスケードの時間発展[5].PKA発生後,1.87 psecおよび 12.12 psecの様子を示す.SIA(Self-Interstitial Atom)は自己格子間原子のことであり,SIA70個とは自己格子間原子70個集まった自己格子間原子集合体のことを示す.

図4 図3のカスケードが静定した40.02 psec後で形成されている(a)自己格子間原子型ループ(b=1/2a0[111])と(b)空格子点型ループ(b=a0[100])[5].

図5 種々の欠陥の模式図,結晶の表面から粒子の照射を受けている状態.

Lecture Note 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects S. Ishino et al.

263

Page 7: 3.原子のはじき出しと照射欠陥...ギー が標的原子に渡されるとする.(添字pはprimary 講座核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥

図示する.結晶の左側面から中性子,プロトン,ヘリウム

などの粒子によって照射されており,結晶内の原子に粒子

が衝突するとにより原子の弾き出しが起こる.飛び出した

原子は格子間原子となり,あとには原子空孔が残る.この

対はフレンケル対(Frenkel pair)と呼ばれており照射損傷

の基本単位となる.原子炉材料あるいは将来の核融合炉材

料で重要な中性子の場合は,原子の中央に位置する原子核

に衝突するため,その衝突の断面積はきわめて小さく1

バーン(barn=10-24 cm2)程度である.したがって多くの

中性子を照射しないと観察可能な欠陥が生成しない.結晶

中の全原子が平均一回衝突を経験する照射量を 1 dpa(dis-

placements per atom)という.中性子の一回の衝突で平均

500個のフレンケル対が形成されるとすると1 dpaに相当す

る中性子照射量は 2×1021 n/cm2 である.これは通常の原

子炉高速中性子に対する典型的数値である.一般に格子間

原子の方が原子空孔より動きやすく低温でも移動開始す

る.高温になれば当然両方とも十分に移動可能になる.形

成された格子間原子がどれかの原子空孔と対消滅すれば欠

陥はなくなり結晶は回復に向かう.しかし,格子間原子同

士あるいは原子空孔同士が出会うとそれぞれの集合体を形

成する.このことが照射損傷による結晶の特性変化の主要

因である.これらの集合体の模式図が図5に示されている.

この段階ですでに結晶であることの特徴が現れているこ

とに留意する必要がある.すなわち,格子間原子と原子空

孔の系は,広い視野から眺めてみると,粒子・反粒子の系

に相当する.ただ,絶対値が異なるのでこの対比は完全で

はないが,例えば,電子・陽電子の系を考えてみると,対

消滅のみ生じて同種粒子同士の集合体形成はありえない.

これに対して,格子間原子と原子空孔の系は,同種粒子同

士の集合体が形成されることが特徴であることがわかる.

結晶という媒体の中に存在している粒子であるため,集合

体形成を通して,結晶全体のエネルギーの減少に寄与する

こと,すなわち粒子間に結合エネルギーが存在することが

その基本的要因である.

つぎに集合体の形態であるが,図5からわかるように格

子間原子は平面状集合体(二次元集合体)を形成する.そ

の理由は,格子間原子はその周囲に大きな歪を伴ってお

り,したがって形成エネルギーが比較的大きいことであ

る.例えば,鉄の場合 4 eV程度のエネルギーを有している

と考えられ,これは原子空孔の 1.8 eV 程度に対して大き

い.もし,格子間原子が三次元集合体を形成すると,非常

に大きな歪を伴うことになり,結果として二次元集合体の

みが形成される.実はこのことが転位形成につながる根本

要因である.すなわち平面状集合体の縁の部分は転位線で

あるからである.平面状に並ぶことは,いずれは原子面一

枚を新たに形成して完全結晶にもどることを意味し,対消

滅によらずに欠陥を結晶から消失させる最善の方法であ

る.言いかえれば,結晶中に存在している欠陥であること

の特性を利用した,最も有効な自己消滅方法である.

さらに根本要因を探ることは意味のあることであり,格

子間原子の高い形成エネルギーは,結晶構造そのものに起

因している.一般に金属の多くは,稠密充填(面心立方晶

(FCC),稠密六方晶(HCP))あるいは,それに近い構造(体

心立方晶(BCC))を有している.剛体球モデルでは,充填

率がそれぞれ 74%,68%である.結局,このような高い充

填率を有する結晶構造が,格子間原子の高い形成エネル

ギーを生み出し,ひいては平面状集合体形成,転位ループ

形成に至っている.したがって結晶構造が稠密充填から遠

い場合にはこの結論は成り立たないこともありうる.ダイ

アモンド構造などは隙間の多い構造(剛体球モデルによる

充填率34%)であるため,状況は金属などとは非常に異な

る.

要約すると,格子間原子は合金元素とは異なり,母結晶

と同一原子であるため整列という操作を通して,自己消滅

する機能を有している.その途中の段階の平面状集合体は

必然的に転位ループであり,成長合体して転位網を形成す

る.ここに点欠陥と転位との因果関係が発生し両者は別の

欠陥ではなく連続的につながっているという新しい発想に

つながる.このことは従来あまり意識されておらず照射損

傷の研究の進展,とくに集合体の研究の進展とともに次第

に明らかにされてきた.その基本的要因になったものは照

射によるボイドスエリング現象の基礎要因であるバイアス

効果の研究である.参考文献には照射,ボイド関係のもの

を載せている[6‐26].

図6にボイド形成の典型的な一例を示す.中性子照射に

よってオーステナイト合金中に形成された照射組織であ

り,ボイドとともに転位も多く見られる.ボイドスエリン

グ(ボイド形成に起因する体積膨張)の値としては2%程

度である.この転位の中には照射以前から存在していた既

存転位(結晶成長時に導入された転位)もあるが,大部分

は照射により導入された転位である.すなわち照射欠陥,

とくに格子間原子の平面状集合体の形成・合体の結果形成

された転位網である.すなわち,中性子照射により同数形

成された格子間原子と原子空孔,すなわちフレンケル対が

図6 照射組織の例,中性子照射されたオーステナイト合金中のミクロ組織.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.84, No.5 May 2008

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移動集合・再結合などを繰り返し,結果としてボイドと転

位網を形成した結果である.ボイド形成の基本要因として

転位バイアス(dislocation bias)という考えが提案されてい

る[7‐12].すなわち刃状転位の点欠陥に対するシンク作用

の大きさが,格子間原子と原子空孔に対しては同じではな

く,前者に対する方が大きく,その結果余剰の原子空孔が

ボイドという形で結晶中に残るという考えである.ここで

重要なことは刃状転位は格子間原子が平面状に集合して形

成したものであることである.さらにこの平面状集合の際

にもちろん原子空孔も格子間原子と同じサイトに到達する

が,格子間原子の方が多く到達するために平面状集合体の

成長,ひいては刃状転位網の形成が可能になっている.そ

の結果,余剰原子空孔が結晶中に残存する結果になる.い

いかえれば上で述べたように,通常の金属結晶は稠密充填

あるいはそれに近い構造であるために,格子間原子の方が

形成エネルギーが大きく平面状集合傾向,すなわち自己消

滅傾向が強い.このことが転位バイアスの本質であるとい

える.

その後,本来の転位バイアスに対して生成バイアス

(productionbias)という考えも提案された[15‐19].生成バ

イアスの語源は,欠陥の生成時に起因していることであ

る.図7に模式的に示すように,中性子照射のように PKA

エネルギーが大きい場合には,多数のフレンケル対が同時

に形成される,いわゆるカスケード形成が起こる.カス

ケード内の欠陥の分布は中心部に原子空孔が,その外側に

格子間原子が多く,さらに注目すべき点は,格子間原子の

集合体がすでに形成されており,容易に直線状に移動して

転位などのシンクに吸収されて消えることである.この集

合体はクラウディオンの平面状集合体(bundled crowdion)

であり,大きくなれば刃状転位ループである.この集合体

が転位などのシンクに一次元運動を経て吸収されること

は,結果として余剰原子空孔をマトリックス中に残存させ

ることになり,ボイド形成に寄与する.これが生成バイア

スの本質である.転位バイアスと生成バイアスの違いは,

前者が個々の格子間原子が三次元運動を経て転位などのシ

ンクに吸収されるのに対して,後者は格子間原子の平面状

集合体が一次元運動を経て吸収される点である.中性子照

射などの場合には両方の効果が共存すると考えられるが,

マトリックスの状態によりその寄与の割合は変化する.純

金属,合金,実用鋼を比較すると,クラウディオンの平面

状集合体の一次元運動の平均距離がこの順で減少すると考

えられるので,生成バイアスの重要度も減少すると考えら

れる.

実際に結晶内で生じている現象を理解するには,生成さ

れた照射欠陥が移動集合して照射組織が形成される過程

で,格子間原子と原子空孔が対消滅する割合と,対消滅を

まぬがれて欠陥集合体,すなわち転位,ボイドなどのシン

クに到達する割合が重要な意味をもつ.図8に,照射方法

による照射導入欠陥(V,I)の残存率の違いを模式的に示

す.すなわち,再結合を免れた欠陥が転位,ボイド両シン

クへ,バイアス効果のために不平等に分配され,その結果

としてボイドスエリングを生む.図8で全面積を 1 dpa に

対応するように示してあるが,最終的に原子空孔がボイド

へ格子間原子よりも余計に到達した分がボイドスエリング

になる.この図では直感的に全面積に対してこの余剰原子

空孔の分の面積比がボイドスエリングレートを表す.中性

子照射の場合には,ほぼ1%/dpa になっている.一般に低

温,高照射速度の場合には対消滅の割合が高く,逆に高温,

低照射速度の場合にはシンクへの移動の割合が高い.さら

に転位,ボイドなどのシンクへ照射欠陥が到達する場合

に,この両者に対する配分比率が問題である.すなわち転

位とボイドのシンク強度比が重要である.ボイドはバイア

スの発生源である転位がなければ成長できないので,転位

のシンク強度が弱い時にはボイドスエリング量も低い.一

方,転位のシンク強度が強いときには,発生した照射欠陥

の大部分が転位に吸収されるため,やはりボイドスエリン

グ量は低い.すなわち,ボイドスエリングを中心に考える

と,転位に強く依存していると同時に,転位は競争相手で

もある.そのような関係にある場合,ボイドスエリングが

最大になるのはこの両者,すなわち転位のシンク強度とボ

イドのシンク強度が等しいときである.さらにボイドスエ

リングが大きくなるのは転位バイアス,生成バイアスなど

のバイアス因子が大きいときである.以上,要約すると,

対消滅の低い条件下,すなわち高温,低照射速度で,シン

ク強度比が釣り合っていて,種々のバイアス因子が有効に

働くときが最大のボイドスエリングをもたらすということ

になる.中性子照射されたオーステナイト鋼が 1%/dpa と

いう最大スエリング速度を示すことはよく知られている

[8,9].この値が得られる要因として重要なものは,(1)バ

イアス因子(bias factor)の大きさと,(2)損傷効率(dam-図7 カスケード形成の模式図,格子間原子の一部はすでに集合体として形成されている.

Lecture Note 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects S. Ishino et al.

265

Page 9: 3.原子のはじき出しと照射欠陥...ギー が標的原子に渡されるとする.(添字pはprimary 講座核融合炉構造材料の照射損傷 3.原子のはじき出しと照射欠陥

age efficiency)*3である.この2つの未知因子があるため,

一つの実験からこれらの値を決定することはできない.そ

のため2つの実験を同じ試料に対して行うことが有効であ

る.最も有効な組み合わせは,超高圧電子顕微鏡照射と原

子炉中性子照射である.その理由は前者の電子線照射では

損傷効率がほぼ1であることである.電子線照射では,入

射電子から格子位置にある原子に移されるエネルギーが低

いため,一つのフレンケル対を形成して弾き出し過程が終

了する.つまり,一つの弾き出しに対して残存欠陥数も1

となる.したがってバイアス因子の大きさを決定するのに

最適である.オーステナイト鋼に対して得られたバイアス

因子の大きさは40%程度である.この値を用いて中性子照

射の実験結果を解析すると,損傷効率は約 20%になる

[21].今後このような実験がさらに多くの物質に対して行

われることが望まれる.

(蔵元英一)

3.3 原子のはじき出し数(dpa)放射線による照射量を表すもっとも簡易で広く用いられ

ている照射量の単位は,単位面積あたりの放射線の入射量

である.同じ放射線による照射を扱うかぎり放射線の入射

量は照射量の適切な単位となり得る.しかし前節までの議

論で明らかなように,照射により形成される損傷の量は放

射線の種類や放射線のエネルギーにより異なるため,異な

る特性の放射線照射の照射損傷形成への影響を適切に比較

するためには放射線の入射量に代わる照射量の単位が必要

となる.原子あたりのはじき出し数(displacements per

atom: dpa)はこの目的で広く使われている指標である.

「はじき出し数」と言うと損傷の蓄積量に相当するようにも

思えるが,はじき出しによって生じたフレンケル対は対消

滅により失われる上に,対消滅の程度は照射温度や照射速

度などの照射条件や,すでに蓄積している損傷との相互作

用などによって変わるため,はじき出し数は必ずしも損傷

量には対応しない.dpa はあくまでも照射の程度(照射量)

を表す1つの有力な尺度として考えるのが適切と言える.

核分裂炉の原子炉容器では最大で 0.1 dpa 程度の照射量で

あるが,同じ核分裂炉でも炉内材料では数 dpa~数十 dpa

に達し,核融合炉では 100 dpa を超える照射量となる.

dpa の値は,前節までの知識を用いて以下の式から計算

することができる.

������

��

��

���

�����

���������������������������������

はじき出し損傷関数�����には,以下のいわゆるNRTモデ

ル[27]が一般に使用される.

�������������

�����

������

*3 損傷効率とはカスケード損傷が起きた後,実際に材料中に残る点欠陥量に相当するものである.3.1節で説明があり,4.1節でさらに詳しく説明されるが,カスケード損傷が起こると形成されたフレンケル対の多くは対消滅し,原子の全はじき出し数

(dpa)に対する残存欠陥量は小さくなる,すなわち,損傷効率は低くなる.

図8 照射方法による照射導入欠陥(V,I)の残留率の違い(再結合(図中 REC)を免れた欠陥の転位,ボイド両シンクへ不平等分配がボイドスエリングを生む(全面積が 1 dpaに対応)).

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.84, No.5 May 2008

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�����������������

�������������

����������������������������

ここで,��は損傷エネルギー,�は原子番号,�は質量数

である.� としては鉄やニッケル合金に対して40 eVとい

う値が IAEAにより勧告されている[28].一方,微分一次

はじき出し断面積������������� ��は放射線粒子の種

類やエネルギーに依存する.中性子による照射を考える場

合,1MeV以下程度のエネルギーの単色の中性子による照

射では弾性等方散乱と仮定してよく,��������

����������� �により簡単に計算できる.しかしながらよ

り高速の中性子による照射では弾性散乱が等方的でなくな

る上に,非弾性散乱や中性子増倍反応が生じるため,数値

計算が必要となる.

照射量の単位として dpa を標準的に用いるためには,そ

の計算方法が標準化されていて,かつ簡易であることが求

められる.dpa に関しては IAEAにおいて1970年代にその

標準化が検討され,結果はASTM規格の E693‐79[29]に

はじめて取りまとめられた.ここでは,ある核反応�に対

するはじき出し断面積�

����を次式で定義し,

�������

������

������������������� ��

全はじき出し断面積� ���を� ������

����により計算

する.中性子照射を受ける鉄のはじき出し断面積の計算結

果を図9に示す.このはじき出し断面積では,弾性散乱,

非弾性散乱,����,����反応,���,����などの荷

電粒子が生成する反応,および���反応の寄与がENDF

/B-IV の核反応断面積を用いて計算されている.このはじ

き出し断面積を使うと,dpa は中性子束スペクトル

�����を用いて次式から計算できる.

�����

��

��

������� ��� � �

中性子束スペクトル�����が時間によらなければさら

に簡略化して,

������

����� ��� �

として計算できる.中性子のエネルギーがあまり高くない

範囲では,はじき出し断面積の精度はあまり問題ではな

く,中性子束スペクトルの評価精度が dpa の評価精度に影

響する.一方,核融合炉条件のようにエネルギーの高い中

性子照射を受ける場合には,はじき出し断面積についても

再度きちんとした評価が必要とされている[30].

異なる放射線による照射をdpaを用いることで統一的に

説明することができた例として,米国のHFIR 炉の監視試

験データの例をあげることができる.1988年,Nanstad ら

[31]はHFIR 炉の原子炉容器の監視試験データが,高速中

性子(��1 MeV)の入射量で整理した場合,他の炉で照射

された類似の材料と較べて大きな脆化を示すことを報告し

た(図10).この差異に関する種々の調査が行われた結果,

ガンマ線の線量が監視試験片位置において非常に高いこと

がわかった.そこで,中性子照射に加えてガンマ線の影響

図10 HFIR原子炉の監視試験データの脆化.

図9 ASTM E693‐79に定義された鉄のはじき出し断面積. 図11 dpaで整理された HFIR監視試験データ.

Lecture Note 3.Displacement of Atoms and Radiation Induced Defects S. Ishino et al.

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(ガンマ線によるコンプトン効果によって生じた電子線に

よる照射の影響)を同時に考慮するために,脆化量を dpa

に対してプロットし他のデータと比較したところ,HFIR

のデータが他の照射データと同じトレンドを示すことが明

らかになった(図11)[32].

(曽根田直樹)

参 考 文 献照射損傷一般については[1,2]が参考になる.[1]石野 栞:照射損傷,原子力工学シリーズ8,(東京大

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