8
060 はじめに ポリプロピレン(PP)フィルムは,食品の包装材料等に広く用いられている.PP フィルムには,成形加工時の成形 機の金属面との摩擦抵抗を低減し,ロールへの貼り付きやフィルム間の摩擦を防止するためスリップ剤を添加したり, 摩擦や接触により容易に発生する帯電を防止するため帯電防止剤を添加している.また,光劣化,酸化劣化を防止す るため UV 吸収剤や酸化防止剤が用いられる. スリップ剤の場合,フィルム表面に適切な量のスリップ剤がブリードしてスリップ性能を発現することが望まれる. 例えば,スリップ剤として用いられるエルカ酸アミドはスリップ性能の発現は速いが,夏場,室温の上昇とともにスリッ プ性能が消失する.一方,ベヘン酸アミドを用いた場合,スリップ性能の発現に時間がかかるが室温の上昇に伴うスリッ プ性能の低下は生じないことが知られている. このように,保管温度や保管期間で添加剤の性能やブリードの問題が発生する.また,適切な添加剤量についても, 添加剤種により異なることが多く,未解明な問題として残されたままである.これらのブリード現象について明確に 説明できるモデルは存在しておらず,経験的に試行錯誤を繰り返さざるを得ないのが現状であった. 一方,UV 吸収剤や酸化防止剤の場合,過剰に添加するとフィルム表面にブリードアウトして白化やべたつきの原因 となり,さらに食品容器等では食品衛生上問題になる可能性がある.このため UV 吸収特性や酸化防止特性を損なう ことなく適量添加するための処方が必要であるが,ブリード現象を定量的に説明することは困難であった. 1.2段階移行モデル 図1に添加剤のブリード現象の概念図を示す.添加剤はフィルム中の非晶部に,ある飽和溶解度 (Cs) まで溶解す るが,それ以上の過飽和な成分は非晶部に溶解することができなくなり,フィルム表面にある移行速度を持ってブリー ドすると考えられる. 2 - 2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析 2- 2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析 出光興産株式会社 若林 淳 時刻(t) ブリード量(y(t)) C 0 -C s 0 飽和溶解度 (C s ) 添加量 (C 0 ) 非晶部 に溶解 フィルム表面 にブリード ブリード フィルム 添加剤 図 1 添加剤のブリード現象の概念 再修正印刷02章.indd 60 2013/02/13 22:51:46

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析 - KT Polymer060 はじめに ポリプロピレン(PP)フィルムは,食品の包装材料等に広く用いられている.PPフィルムには,成形加工時の成形

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Page 1: 2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析 - KT Polymer060 はじめに ポリプロピレン(PP)フィルムは,食品の包装材料等に広く用いられている.PPフィルムには,成形加工時の成形

060

 はじめに

 ポリプロピレン(PP)フィルムは,食品の包装材料等に広く用いられている.PPフィルムには,成形加工時の成形

機の金属面との摩擦抵抗を低減し,ロールへの貼り付きやフィルム間の摩擦を防止するためスリップ剤を添加したり,

摩擦や接触により容易に発生する帯電を防止するため帯電防止剤を添加している.また,光劣化,酸化劣化を防止す

るためUV吸収剤や酸化防止剤が用いられる.

 スリップ剤の場合,フィルム表面に適切な量のスリップ剤がブリードしてスリップ性能を発現することが望まれる.

例えば,スリップ剤として用いられるエルカ酸アミドはスリップ性能の発現は速いが,夏場,室温の上昇とともにスリッ

プ性能が消失する.一方,ベヘン酸アミドを用いた場合,スリップ性能の発現に時間がかかるが室温の上昇に伴うスリッ

プ性能の低下は生じないことが知られている.

 このように,保管温度や保管期間で添加剤の性能やブリードの問題が発生する.また,適切な添加剤量についても,

添加剤種により異なることが多く,未解明な問題として残されたままである.これらのブリード現象について明確に

説明できるモデルは存在しておらず,経験的に試行錯誤を繰り返さざるを得ないのが現状であった.

 一方,UV吸収剤や酸化防止剤の場合,過剰に添加するとフィルム表面にブリードアウトして白化やべたつきの原因

となり,さらに食品容器等では食品衛生上問題になる可能性がある.このためUV吸収特性や酸化防止特性を損なう

ことなく適量添加するための処方が必要であるが,ブリード現象を定量的に説明することは困難であった.

1.2段階移行モデル

 図1に添加剤のブリード現象の概念図を示す.添加剤はフィルム中の非晶部に,ある飽和溶解度 (Cs) まで溶解す

るが,それ以上の過飽和な成分は非晶部に溶解することができなくなり,フィルム表面にある移行速度を持ってブリー

ドすると考えられる.

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析

出光興産株式会社 若林 淳

時刻(t)

ブリード量(y(t))

C0- Cs

0 飽和溶解度 (Cs)

添加量 (C0)

非晶部 に溶解

フィルム表面 にブリード

ブリード フィルム

添加剤

図 1 添加剤のブリード現象の概念

再修正印刷02章.indd 60 2013/02/13 22:51:46

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061

第2章 フィルム加工における添加剤の作用機構とブリードアウト現象解析

 常圧下において,アイソタクチックポリプロピレン (iPP) フィルム表面への時刻 t における添加剤のブリード量

y(t) を求めるため,筆者らは新たに下記の2段階移行モデルを提案した 1-6).図2に示すとおり,iPP フィルムには球

晶 (S) と非晶部 (A) が存在することが知られている.球晶には折りたたみ鎖状結晶部(C)と結晶部間非晶部 (A’)

が存在する.添加剤のうち飽和溶解度以下の成分は非晶部に溶解する.添加剤の過飽和成分の一部は球晶中の結晶部

間非晶部に取込まれ,一次速度式に従ってゆっくりと球晶間非晶部に移行する.次に球晶間非晶部に移行した過飽和

成分は拡散方程式に従ってフィルム表面に移行すると考える.また,もともと球晶間非晶部に存在した過飽和成分は

結晶部の影響を受けず,フィルム表面に直接移行すると考える.以上の結晶部間非晶部と球晶間非晶部の移行を考慮

した2段階移行モデルを用いて,時刻 t における添加剤のブリード量 y(t) は式(1)および(2)で表わされる.

   y(t) =(C0,i - Cs)αi + (1 -αi)(1 - exp(-kt)) 1 -――  c(x,t)dx       (1)

   c(x,t) = erf ――― + erf ―――      (2)

 ここで,C0,i:水準 i の添加量,Cs:飽和溶解度,αi:水準 i の拡散寄与率,k:一次速度係数,l:フィルムの膜厚

の 1/2,c(x, t): 距離 x,時刻 t における添加剤濃度,erf(z):誤差関数,D:添加剤の拡散係数である.拡散寄与率(αi)

は添加剤濃度が低くなるほど大きくなると仮定した.

2.添加剤のブリード実験

2.1 試料

 PP 試料には添加剤を含まないアイソタクチックポリプロピレン(IDEMITSU H700,iPP)を用いた.これは密度

900kg/m3,MFR 7.0g/10min,結晶化度 47%,13C 核磁気共鳴(NMR)法より求めたメソペンタッド分率 (mmmm) 

93.2mol%,サイズ排除クロマトグラフィ (SEC) より求めた平均分子量 Mn = 4.87 × 104,Mw = 3.25 × 105, Mz

= 1.31 × 106 を有する.スリップ剤として日本精化㈱製エルカ酸アミド(13-cis-docosenamide),ベヘン酸アミ

ド (docosanamide) 及びベヘン酸 (docosanoic acid) を用いた.また,UV 吸収剤としてチバガイギー社製チヌビン

329(2-(2H-benzotriazol-2-yl)-4-(1,1,3,3-tetramethylbutyl)phenol,UVA-1) 及 び チ ヌ ビ ン P(2-(2H-benzotriazol-2-yl)-4-

methylphenol,UVA-2) を用いた.

2.2 サンプル調製とブリード成分の定量

 iPP と所定量の添加剤,チバガイギー社製 Irganox1076,500ppm 及びチバガイギー社製 Irgafos168,500ppm をド

ライブレンドした.次に,単軸押出機を用いて 200℃,回転速度 100rpm で混練し,水中でクエンチした後,ペレタ

14l

l

-l

l - x2 Dt

l + x2 Dt

(i) (ii) (iii)

(C) (C)

(C) (S)

(S) (A)

(A')

(ⅰ)球晶(S)と球晶間非晶部(A)(ⅱ)球晶(S)の内部構造 (ⅲ)折りたたみ鎖状結晶部(C)と結晶部間非晶部(A')

図 2 アイソタクチックポリプロピレン (iPP) の内部構造

再修正印刷02章.indd 61 2013/02/13 22:51:46

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062

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析

イズした.続いて,φ 40mm の単軸押出機に,500mm 幅の T ダイを取り付けたキャスト成形機を用いて,ホッパー

下から T ダイまでの温度 200℃~ 230℃,回転速度 80rpm,厚さ 50 μm のフィルムに成形し,チルロール温度 30℃

で冷却した.面積 100cm2(10cm × 10cm) のシート 50 枚を一組としたセットを数組作成し,成形後直ちにオーブンに

入れ所定温度,所定時間ブリードさせた.

 所定時間後,50 枚一組のセットをオーブンから取り出した.良溶媒でフィルム表面を洗浄したのち,表面洗浄量を

ガスクロマトグラフ (GC) またはサイズ排除クロマトグラフ (SEC) を用いて定量した.

3.2段階移行モデルを用いたブリード解析

3.1 スリップ剤のブリード解析

 2段階移行モデルを用いた 40℃におけるエルカ酸アミドのブリード解析結果を図3に,50℃におけるベヘン酸アミ

ドのブリード解析結果を図4に示す.また,50℃におけるベヘ

ン酸のブリード解析結果を図5に示す.いずれの解析結果も実

測値と良く一致しており,2段階移行モデルにより常圧下での

スリップ剤のブリード現象が良好に説明できることが示された.

 2段階移行モデルより得られたパラメータを表1に,飽和溶

解度のブリード温度依存性及び拡散係数のアレニウスプロット

をそれぞれ図6,図7に示す.エルカ酸アミドの飽和溶解度

は温度の上昇とともに増加が見られたが,ベヘン酸アミドは

50℃~ 70℃の範囲でゼロであった.ベヘン酸アミドの飽和溶

解度は高温でもゼロに保たれるのでベヘン酸アミドのスリップ

性能は高温でも発現する.一方,エルカ酸アミドの飽和溶解度

は温度の上昇とともに大きくなり,高温ではフィルム表面のエ

ルカ酸アミドがフィルム中へ再溶解するので,エルカ酸アミドのスリップ性能が低下する.また,同一温度でエルカ

酸アミドの拡散係数とベヘン酸アミドの拡散係数を比較すると,エルカ酸アミドの拡散係数のほうが大きな値となっ

図 3  40℃における iPP フィルム中のエルカ酸アミドのブリード解析結果

図 4  50℃における iPP フィルム中のベヘン酸アミドのブリード解析結果

図 5  50℃における iPP フィルム中のベヘン酸のブリード解析結果

0

5

10

15

20

25

0 100 200 300 400t (hour)

y(t) (mg/m2)

添加量 (C0,i ) : C0,1 = 500ppm (■); C0,2 = 1,000ppm (▲); C0,3 = 1,500ppm (●) 実線は2段階移行モデルより計算した結果

0

5

10

15

20

25

0 100 200 300 400t (hour)

y(t)

(mg/

m2 )

添加量 (C0,i ) : C 0,1 = 1,000ppm (■); C 0,2 = 2,000ppm (▲) 実線は2段階移行モデルより計算した結果

0

10

20

30

40

50

60

70

0 50 100 150 200t (hour)

y(t)

(mg/

m2 )

添加量 (C0,i ) : C 0,1 = 5,000ppm (■); C0,2 = 7,000ppm (▲) 実線は2段階移行モデルより計算した結果

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063

第2章 フィルム加工における添加剤の作用機構とブリードアウト現象解析

ており,エルカ酸アミドのほうがスリップ性能をより早く発現できることがわかる.

 エルカ酸アミドの拡散寄与率は 0.58 よりも大きく球晶間非晶部の拡散が支配的である.一方,ベヘン酸アミドの拡

散寄与率は 0.33 から 0.48 の間となっており,結晶部の影響を強く受けることが示唆される.

 図6,図7に示すとおり,ベヘン酸の結果はエルカ酸アミドよりも飽和溶解度,拡散係数とも大きな値となること

がわかった.ベヘン酸,エルカ酸アミド,ベヘン酸アミドの分子量はほとんど同じであるにもかかわらず,このよう

な大きな違いが生じることから,アミド基の水素結合の影響が考えられる.ベヘン酸のカルボキシル基は iPP 中でほ

とんど水素結合を生じないのに対して,エルカ酸アミド,ベヘン酸アミドのアミド基は水素結合により分子会合を生

じており,この会合分子のサイズがブリード現象に影響するためと推定している.

3.2 UV 吸収剤のブリード解析

 次に,2段階移行モデルを用いた 40℃における UVA-1 及び UVA-2 のブリード解析結果を図8,図9に示す.

UVA-2 の添加量が 2700ppm の時は,添加量が飽和溶解度以下となるためフィルム表面へのブリードは見られなかっ

た.いずれの解析結果も実測値と良く一致しており,2段階移行モデルにより常圧下での UV 吸収剤のブリード現象

が良好に説明できることが示された.

表 1 2段階移行モデルより得られたスリップ剤のパラメータスリップ剤 温度 飽和溶解度 拡散係数 一次速度定数 拡散寄与率

℃ Cs, ppm D, m2/s k, 1/s α 1 α 2 α 3

エルカ酸アミド 40 250 5.2 × 10-15 1.6 × 10-6 0.96a 0.92a 0.58a

50 1,900 1.6 × 10-14 3.3 × 10-7 1.00b 0.79b

60 3,600 5.7 × 10-14 0 0.99c 0.82c

ベヘン酸アミド 50 0 4.5 × 10-15 8.7 × 10-8 0.48d 0.35d

60 0 2.3 × 10-14 8.9 × 10-7 0.41e 0.33e

70 0 6.4 × 10-14 4.2 × 10-7 0.47f 0.44f

ベヘン酸 50 4,200 9.1 × 10-14 7.2 × 10-6 0.94g 0.90g

添加量 (C0,i)a C0,1: 1,500ppm,  C0,2: 1,000ppm,  C0,3: 1,500ppm b C0,1: 3,000ppm,  C0,2: 4,000ppm c C0,1: 6,000ppm,  C0,2: 8,000ppmd C0,1: 1,000ppm,  C0,2: 2,000ppme C0,1: 3,000ppm,  C0,2: 4,000ppm f C0,1: 5,000ppm,  C0,2: 6,000ppmg C0,1: 5,000ppm,  C0,2: 7,000ppm

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

30 40 50 60 70 80温度 (°C)

飽和溶解度

(ppm

)

ベヘン酸 (●); エルカ酸アミド (▲);ベヘン酸アミド (■)

-15

-14

-13

-12

0.0028 0.0029 0.003 0.0031 0.0032 0.0033

1/T (K-1)

log D

ベヘン酸 (●); エルカ酸アミド (▲) ;ベヘン酸アミド(■)

図 6 飽和溶解度のブリード温度依存性 図 7 拡散係数の温度依存性(アレニウスプロット)

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064

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析

 2段階移行モデルより得られたパラメータを表2に示す.UVA-1 及び UVA-2 の飽和溶解度はそれぞれ

13,000ppm,3,000ppm,UVA-1 及び UVA-2 の拡散係数はそれぞれ 2.4 × 10-14m2/s,7.4 × 10-14m2/s と求められ,

UVA-1 と UVA-2 の飽和溶解度と拡散係数には大きな違いが見られた.また UVA-1 及び UVA-2 の拡散寄与率はそ

れぞれ 0 及び 0.11 となり,UVA-1 はすべての分子が結晶部の影響を受けるのに対し,UVA-2 には結晶部の影響を受

けない分子が一部存在する結果となった.

 ほぼ同様の分子構造を有する UVA-1 と UVA-2 のブリード現象の違いを明らかにするため,分子動力学法(MD)

を用いて飽和溶解度と拡散係数について考察した.

3.2.1 MD を用いた飽和溶解度の評価

 飽和溶解度の違いを評価するため,MD を用いて溶解度パラメータを計算した.Hildebrand の溶解度パラメータは

凝集エネルギー密度の平方根で定義される(式(3)).

δ=  ――― =  ――――――        (3)

 ここで,Ecoh は1モル当りの凝集エネルギー密度,Evac は真空中でのポテンシャルエネルギー,Ebulk は常圧下(バ

ルク状態)でのポテンシャルエネルギー,V はモル体積である.

 MD を用いて Evac,Ebulk 及び V を求めた.MD シミュレーションには(有)ナノシミュレーション アソーシエツよ

り市販されている分子動力学計算ソフト NanoBox7-9) を用いた.ユナイテッドアトムモデル(UA)を用い,等温等圧

(NPT)条件下 10,11) で,温度は Nose-Hoover 法,圧力は Andersen 法により制御した.また,静電相互作用は Ewald

020406080

100120140160180

0 200 400 600 800 1000 1200

t (hour)

y(t)

(mg/

m2 )

添加量 (C0,i ) : C 0,1 = 15,000ppm (■); C 0,2 = 17,500ppm ( ▲); C 0,3 = 20,000ppm (●) 実線は2段階移行モデルより計算した結果

0102030405060708090

100

0 200 400 600 800 1000 1200

t (hour)

y(t)

(mg/

m2 )

添加量 (C0,i ) : C 0,1 = 2,700ppm (■); C 0,2 = 4,300ppm (▲); C 0,3 = 6,300ppm (●) 実線は2段階移行モデルより計算した結果

図 8 40℃における iPP フィルム中の UVA-1 のブリード解析結果 図 9 40℃における iPP フィルム中の UVA-2 のブリード解析結果

表 2 2段階移行モデルより得られた UV 吸収剤のパラメータUV 吸収剤 温度 飽和溶解度 拡散係数 一次速度定数 拡散寄与率

℃ Cs, ppm D, m2/s k, 1/s α 1 α 2 α 3

UVA-1 40 13,000 2.4 × 10-14 8.1 × 10-7 0a 0a 0a

UVA-2 40 3,000 7.4 × 10-14 1.4 × 10-5 ― 0.11b 0.11b

添加量 (C0,i)a C0,1:15,000ppm, C0,2:17,500ppm,  C0,3:20,000ppm b C0,1: 2,700ppm,  C0,2: 4,300ppm,  C0,3: 6,300ppm

Ecoh

VEvac - Ebulk

V

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065

第2章 フィルム加工における添加剤の作用機構とブリードアウト現象解析

法を用いた.

 バルク状態のポテンシャルエネルギー及び体積は以下の方法で計算した.1 ユニット当り 50 分子の UVA-1 と

UVA-2 を用意した.バルクの非晶状態を周期境界条件を用いて立方体セルに作成した.系を 10MPa,473K で 1 ステッ

プ当り 2fs の間隔で 50ps 圧縮した.続いて,0.1MPa,313K で 1 ステップ当り 2fs の間隔で 500ps 平衡化した.主計

算は 0.1MPa,313K で 1 ステップ当り 2fs の間隔で 500ps 実行した.真空中のポテンシャルエネルギーは以下の方法

で計算した.バルク状態の計算で最後に得られたユニット構造を,分子構造がそのまま保たれた状態で x,y,z 軸の

各1辺が 100nm になるように膨張させた.この状態で膨張したユニットセルのポテンシャルエネルギーを計算した.

 図 10,図 11 に主計算後の UVA-1 及び UVA-2 のバルク状態の構造を示す.表3に示す通り,MD 計算より得られ

た UVA-1 及び UVA-2 の溶解度パラメータはそれぞれ 19.3,22.7 であった.PP の溶解度パラメータ(17.2)12) と比較

すると,UVA-1 の溶解度パラメータのほうが PP の溶解度パラメータに近くなる結果となり,UVA-1 の飽和溶解度

が UVA-2 よりも大きくなる結果と一致した.置換基の親和性の違いが飽和溶解度に影響を及ぼしていると考えられる.

表 3 分子動力学法(MD)を用いて求めた UV 吸収剤の溶解度パラメータUV 吸収剤 真 空 中 の ポ テ

ン シ ャ ル エ ネルギー

バ ル ク 状 態 のポ テ ン シ ャ ルエネルギー

凝集エネル ギー モル体積 溶解度パラ

 メータ2段階移行モデルより得られた飽和溶解度

Evac, kJ/mol Ebulk, kJ/mol Ecoh, kJ/mol V cm3/mol δ , MPa1/2 Cs, ppmUVA-1 192 79 113 301 19.3 13,000UVA-2 129 31 98 189 22.7 3,000

PP ― ― ― ― 17.212) ―

(i) (ii)

C N

C

CH

HC

HC

HCNN

HO

CH3C CH3

H2C

CCH3

CH3CH3

C

HC C

CH

CHC

( i ) バルク状態 (ii) UVA - 1の構造と計算に用いたユナイテッドアトムモデル

(i) (ii)

C N

C

CH

HC

HC

HCNN

HO

CH3

C

HC C

CH

CHC

( i ) バルク状態 (ii) UVA - 2の構造と計算に用いたユナイテッドアトムモデル

図 10 50 分子の UVA-1 からなるユニットセルの主計算後の構造

図 11 50 分子の UVA-2 からなるユニットセルの主計算後の構造

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066

2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析

3.2.2 MD を用いた拡散係数の評価

 2段階移行モデルで得られた拡散係数と MD シミュレーションの結果を比較した.実験に用いた iPP と同じ分子量

(MM; 約 50,000) を有する重合度 1200 の iPP 鎖を 1 ユニットセル当り 5 本用意した.次に飽和溶解度とほぼ等しくな

るように,UVA-1 を 9 分子,UVA-2 を 3 分子それぞれユニットセルに加えた.立方体セルになるようにバルクの非

晶状態を周期境界条件を用いて作成した.系を 10MPa,473K で 1 ステップ当り 2fs の間隔で 50ps 圧縮した.続いて,

0.1MPa,313K で 1 ステップ当り 2fs の間隔で 1500ps 平衡化した.主計算は 0.1MPa,313K で 1 ステップ当り 2fs の

間隔で 500ps ずつ2回実施した.図 12,図 13 に主計算後の iPP/UVA-1 ブレンド及び iPP/UVA-2 ブレンドの構造

を示す.表4に示す通り,いずれの系の密度も 830kg/m3 となり一致することから,拡散係数への密度の影響はない

ことを確認した.

 自己拡散係数は式(4)により 60 ~ 200ps のデータを用いて計算した.

   Dself = lim ―― |r(t + t0) - r(t0)|2        (4)

 ここで, |r(t + t0) - r(t0)|2 は平均二乗距離,r(t) は添加剤の重心の位置である.

 図 14 に UVA-1 と UVA-2 の平均二乗距離の時間依存性を示す.表4及び図 15 に MD から計算された自己拡散係

数 (Dself) と 2 段階移行モデルから得られた拡散係数 (D) の関係を示す.両者の間に正の相関が見られた.UVA-1 は

大きな置換基を有するので,UVA-1 の拡散係数が UVA-2 よりも小さくなったと考えられる.MD から得られた自己

拡散係数は,メタンの値 (0.7 - 1.3 × 10-10m2/s) と比較すると十分小さな値であるが,2 段階移行モデルから得られた

拡散係数と比較すると 2 桁程度大きな値となっている.MD から計算された拡散係数が,非晶状態の非常に狭い範囲

表 4 分子動力学法(MD)を用いて求めた iPP / UV 吸収剤ブレンドの密度と拡散係数

UV 吸収剤 密度 自己拡散係数 2段階移行モデルより得られた拡散係数

d, kg/m3 Dself, m2/s D, m2/sUVA-1 8.3 × 102 2.9 × 10-12 2.4 × 10-14

UVA-2 8.3 × 102 9.1 × 10-12 7.4 × 10-14

iPP (MM:50,000) ;5分子、UVA-1;9分子

iPP (MM:50,000) ;5分子、UVA- 2;3分子

図 12 iPP/UVA-1 ブレンドのユニットセルの主計算後の構造図 13 iPP/UVA-2 ブレンドのユニットセルの主計算後の構造

16tt →∞

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Page 8: 2-2 フィルム用添加剤のブリード現象とその解析 - KT Polymer060 はじめに ポリプロピレン(PP)フィルムは,食品の包装材料等に広く用いられている.PPフィルムには,成形加工時の成形

067

第2章 フィルム加工における添加剤の作用機構とブリードアウト現象解析

での分子のブラウン運動の値を表すのに対し,2 段階移行モデルから計算された拡散係数は,結晶部間非晶部から球

晶間非晶部へ,さらに球晶間非晶部からフィルム表面へ移行する際のさまざまな障壁により拘束を受けた値を表して

いるためと考えられる.

 以上,溶解度パラメータと自己拡散係数の評価から,MD シミュレーションが大きな分子量を持ち複雑な構造を有

する iPP 中の UV 吸収剤の飽和溶解度と拡散係数を定性的に予測するのに有効であることを示した.

 おわりに

 常圧下での添加剤のブリード現象を説明するため,新たに 2 段階移行モデルを提案した.iPP 中のスリップ剤及び

UV 吸収剤に適用し,常圧下でのブリード現象が良好に説明できることを示した.スリップ剤のブリード現象の違い

はアミド基が水素結合により分子会合を生じ,この会合分子のサイズがブリード現象に影響しているためと推定した.

UV 吸収剤の飽和溶解度と拡散係数を定性的に予測するために MD シミュレーションが有効であることを示した.

参考文献

1)M. Wakabayashi et al., J. Appl. Polym. Sci., 104, 3751(2007)

2)M. Wakabayashi et al., J. Appl. Polym. Sci., 106, 1398(2007)

3)M. Wakabayashi et al., Int. Polym. Proc., 24, 133(2009)

4)M. Wakabayashi et al., 22nd Annual Meeting of the Polymer Processing Society, (2006)

5)M. Wakabayashi et al., 5th International Workshop on Heterogeneous Ziegler-Natta Catalysts, (2007)

6)M. Wakabayashi et al., Polymer Processing Society Europe/Africa Regional Meeting, (2007)

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9)S. Kuwajima, H. Kikuchi and M. Fukuda, J. Chem. Phys., 124, 124111(2006)

10)M. Fukuda and S. Kuwajima, J. Chem. Phys., 107, 2149(1997)

11)M. Fukuda and S. Kuwajima, J. Chem. Phys., 108, 3001(1998)

12)T. Matsuura, P. Blais and S. Sourirajan, J. Appl. Polym. Sci., 20, 1515(1976)

0

1

2

3

4

5

0 50 100 150 200 250 300t (ps)

msd (Å2 )

UVA-1:(□、■);UVA- 2(○、●) 直線は60ps~200psの値より最小二乗法により計算した結果

-13

-12

-11

-10

-15 -14 -13 -12

log D (2段階移行モデル)log Dself (MDシミュレーション)

図 14 UV 吸収剤の平均二乗距離の時間依存性

図 15  MD を用いて求めた自己拡散係数(Dself) と2段階移行モデルより得られた拡散係数(D) の関係

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