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11 膨張する宇宙 11.1 膨張宇宙モデル 相対性理論 Albert Einstein 1905 「運 学について」 いう し, Special Theory of Relativityれる した [1].こ 2つ づいて されている.第1 ,( に対して される」,第2 態に ある」 いう ある.慣 Lorentz あり, して変 される.(Newton 学において Galilei が2つ 割を たしていた.しかし, づいて しており, されていた.) Einstein した 題に われているように, あいだに があるこ している.た している から Coulomb するが, って が運 している に変 する わり,Coulomb Lorentz に変わって, する.(Newton らか かった.) められ かった ある.しかし, びついている ある.Einstein いように Newton を変 するこ み,1916 ,一 General Theory of Relativityした [2].一 2つ づいている.第1 る.これ かけ いこ を意 している. して,「 「慣 」を えてみる. m G m G g るこ められる.つまり,そ あいだに たらく められる.一 ,慣 m a 体に F させた きに じる a から運 F = m a a によって められる. ころ するエレベーター 体を する して える.Newton 学によれ ,慣 に対し するエレベーターに した かけ して, m G g かけ m a a がつりあっているために える.しかし,エレベーターが慣 に対して している か,ある している いように われる.それ Newton 学を越えた らか によって,2 あるこ されるこ を意 してい る. かけ いう が「 245

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第 11 章 膨張する宇宙

11.1 膨張宇宙モデル

相対性理論Albert Einsteinは,1905 年「運動物体の電気力学について」という論文を発表し,特殊相対性理論(Special Theory of Relativity)と今日呼ばれる仮説を提唱した [ 1 ].この理論は2つの要請に基づいて構築されている.第1は,(特殊)相対性原理で「物理法則は全ての慣性系に対して同じ形で表される」,第2は,光速不変の原理「真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係である」という要請である.慣性系と他の慣性系とを結ぶ座標変換がLorentz変換であり,時間と空間が相互に関連して変換される.(Newton力学においては,Galilei変換が2つの慣性系を結ぶ役割を果たしていた.しかし,遠隔作用に基づいて絶対時間を仮定しており,時間は空間と切り離されていた.)特殊相対性理論は,Einsteinが発表した論文の表題にも現われているように,電磁気的な力の本性と運動のあいだに密接な関係があることを表している.たとえば,静止している荷電粒子に電場から Coulomb力が作用するが,相対論に従って荷電粒子が運動している座標系に変換すると,電場の一部が磁場に置き換わり,Coulomb 力の一部が Lorentz 力に変わって,荷電粒子には両者の力が作用する.(Newton 力学の枠内では,電磁気的な力と運動の関係が明らかではなかった.)

特殊相対性理論の枠組に収められなかったのが重力である.しかし,重力の本性も運動と結びついているはずである.Einsteinは特殊相対性理論と矛盾しないように Newtonの万有引力の法則を変更することを試み,1916年,一般相対性理論(General Theory of Relativity)を定式化した [ 2 ].一般相対性理論は2つの要請に基づいている.第1は「等価原理」である.これは,本質的な重力場と加速度運動に伴う見かけの重力場が区別できないことを意味している.例として,「重力質量」と「慣性質量」を考えてみる.重力質量 mG は秤で重さmGg を測ることに求められる.つまり,その物体と地球とのあいだにはたらく万有引力から求められる.一方,慣性質量 ma は物体に力 F を作用させたときに生じる物体の加速度aから運動方程式 F = maaによって求められる.ところで,自由落下するエレベーターの中でこの物体を観測すると,物体は静止して見える.Newton力学によれば,慣性系に対して加速度運動するエレベーターに固定した座標系では,座標系の加速度運動に伴う加速度の項を見かけの力とみなして,万有引力 mGg と見かけの力 −maa がつりあっているために物体は動かないと考える.しかし,エレベーターが慣性系に対して静止しているのか,あるいは加速度運動しているのか区別できないように思われる.それは,Newton力学を越えた何らかの原理によって,2種類の質量が同じものであることが要請されることを意味している.本質的な重力場と加速度運動に伴う見かけの重力場が区別できないというのが「等価原

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246 第 11 章 膨張する宇宙

理」の要請である.言い換えると,重力場を打ち消すような(加速度運動する,局所的な)座標系が選べるということを意味している.第2の要請は「一般共変性の原理」である.これは,時間と空間が融合した4次元の時空における任意の座標変換に対して物理法則は変わらないということである.勝手に運動している座標系は運動学的に見れば全く同等であると考えられるが,運動学だけでなく,力学を始めとする物理的観点からもこのような座標系が同等であると要請することは自然である.ただし,「要請」が正しい保証はない.「要請」から導かれる結果と,現実に観測される現象を比較することによって,その妥当性・正しさを検証していくことになる.

一般相対性理論においては重力と時空が密接に関係している.従って,重力場が弱いときには Newton力学が近似的に成立する(近似的に同じ結果をもたらす)が,発想は大きく異なっている.例として,太陽のまわりをまわる惑星の運動を考える.Newton力学では,太陽は惑星に万有引力を及ぼし,その結果,惑星は太陽を焦点の一つとする楕円軌道を描く.一般相対性理論では,太陽の質量により時空が歪み,歪んでいるために惑星は直進できずに結果として楕円軌道を描いていると考える.

両者の違いは一般相対性理論の近似の精度を高めていくと明らかになり,それが一般相対性理論の検証になる.

光の屈曲 重力場により光の進路が曲げられる.実際,恒星の見かけの位置が,太陽の近くにあるときと離れたときで角度にして 1.7 秒だけずれることを Einstein は予言したが,1919年の日食の際にその正しさが確認された.最近では,大きな重力場によって遠方の天体が広がって見える(重力レンズ効果)ことが観測によって確認されている.

スペクトル線の赤方偏移 固有時間の遅れによる波長の伸びを指し,宇宙論的赤方偏移とも呼ばれる(後述).

水星の近日点の移動 水星は楕円軌道上を運動しているが,楕円の長軸の方向が軌道面内を回転していくことが観測されている.Newton力学によって様々な摂動を採り入れて理論計算が行われたが,観測された長軸の回転速度は説明できなかった.一般相対性理論に基づいた Einsteinの計算はこの差を説明した.最近では,パルサーの周期の変化が一般相対性理論によって説明され,観測と理論計算は高い精度で一致している.

重力波 一般相対性理論によれば,時空の歪みが波として伝搬することが予言されている.重力波は物体の伸縮として観測されるはずであるが,その大きさが極めて小さいため,未だに検出には成功していない.

静的宇宙モデルと動的宇宙モデル一般相対性理論によれば,重力場と時空は切り離せないものであり,重力場により時空は「歪む」.4次元の時空は計量テンソル gµν で表される.特殊相対性理論は歪んでいない時空を仮定しており,g00 = 1, g11 = g22 = g33 = −1で,他の要素は 0である.しかし,一般相対性理論では計量テンソルは重力場と共に変化し,重力場の方程式によって決定される.Einsteinは自らが構築した一般相対性理論を宇宙全体に適用することを考え,その際に宇宙原理(cosmological principle),すなわち,「宇宙は時間的に変化しない」,「空間は一様

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11.1 膨張宇宙モデル 247

で等方的である」ことを仮定した.ただし,これだけでは重力場の方程式の解を求めることはできない.他の場合と同様に境界条件を考える必要がある.言い換えると,空間的無限遠でどのように振舞うものを方程式の解と考えるかという問題である.Einsteinはこの宇宙が空間的に閉じた1つの連続体であるとみなし,境界条件の問題を回避した(境界条件は不要になる).すなわち,統一体としての宇宙を考えたとき,時空や物質分布は局所的な変化が小さく,宇宙全体で空間的に一定の密度と一定の曲率(歪みの程度)をもつ閉じた(4次元球の表面と同じ幾何学的構造をもつ)静的な宇宙を仮定し,重力場の方程式を解くことを考えたのである.しかし,一方,宇宙を時間的に変化しない静止した状態に保つためには,重力(引力)に抗する斥力が必要であり,重力場の方程式に宇宙定数(cosmological constant)を導入せざるを得なかった.これが,いわゆる宇宙項で,宇宙全体に弱い反重力(斥力)がはたらいていることを意味する.宇宙項の存在に関しては,現在でも宇宙論の大きな論点の1つになっている.

Einstein の静的宇宙モデルに対して動的宇宙を考えたのが Alexander A. Friedmann であり,1922年に最初の論文を発表している [ 3 ].Friedmannは宇宙が一様で等方的であることだけを前提とし,物質分布と空間の曲率が場所によらない時間だけの関数であるとして重力場の方程式を簡単化した.曲率が正であるしたときの解である宇宙は,Einsteinが考えたような4次元球の表面と同様であるが,球の半径が時間に関する微分方程式に従って変化する宇宙である.Friedmann は宇宙の質量と宇宙定数に応じて3つの解があることを示したが,その内の1つの周期解の1周期が,閉じた Friedmann 宇宙として現在でも有力な宇宙のモデルとなっている.Fiedmannは曲率が負の場合も考え,その結果を 1924 年に発表している.曲率が負の場合は4次元球面にはならないので,曲率が正の場合のように球の半径という概念は使えない.そこで,ある領域の広がりを表す量(今日では,スケール因子と呼ばれている)を導入し,その時間的変化を調べた.Friedmannが得た半無限解は 開いた Friedmann 宇宙として現在でも動的宇宙モデルの候補である.このように(宇宙定数の有無にかかわらず)一様で等方的であるが膨張(あるいは収縮)する宇宙が重力場の方程式の解として存在することを発見し,Einsteinの静的宇宙に対して,動的な宇宙の可能性を示した Friedmann の理論的研究の意義は大きい.

Abbe G. Lemaitre は Friedmannとは独立に,宇宙モデルを研究し,Einstein の静的宇宙モデルは引力である重力と反重力の宇宙項が微妙なバランスの上に成り立っている不安定なもので,動的宇宙のほうが静的宇宙よりも自然であることを示した.

観測的宇宙論太陽系を含む多くの恒星が円盤状に分布した銀河構造をもつことは,観測により既に 18 世紀には分かっていたが,宇宙には唯一我々の銀河系があるのか,また,銀河系から離れると宇宙はどのようになっているかは不明であった.この問題に関して 20 世紀初頭まで論争されていたのが星雲である.19 世紀末からの望遠鏡による観測技術の進歩により,アンドロメダ星雲などが多数の恒星からなるらしいと考えられるようになった.しかし,我々の銀河が唯一つのものなのか,あるいは,宇宙には銀河がたくさんあるのか,これに答えられるだけの観測はできなかった.

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248 第 11 章 膨張する宇宙

観測的宇宙論の先駆的研究は V.M. Slipher によって始められた.Slipher は 1913 年,Doppler 効果を利用して星雲の運動の測定を始め,また,1914 年には,アンドロメダ星雲からくる光のスペクトル分析から,アンドロメダ星雲と我々の銀河が類似したものであることを示唆した.星雲までの距離の測定法を確立したのは E.P. Hubbleである.Hubbleはセファイド型変光星の特徴を利用してアンドロメダ星雲までの距離を測定し,アンドロメダ星雲が我々の銀河の領域よりもはるか遠方にあることを示した.

銀河系外に多くの星雲(銀河)が存在するならば,それらがどのように分布し,どのように運動しているかを測定することが次の課題になる.Hubbleは当時世界最大の Wilson 山天文台の 100インチ望遠鏡を使い,銀河系外の星雲が遠ざかる速度と距離を測定し,両者が近似的に線形関係にあることを示した(Hubbleの法則については以下に詳しく説明する).

Arthur S. Eddington は Hubbleが発見した法則(Hubbleの法則)を正当に解釈し,銀河系外星雲の後退と宇宙の膨張を結びつけた考えを 1930 年に発表した.

定常宇宙と火の玉宇宙Hubbleの法則の発見は,必ずしも,Friedmannらが示した膨張宇宙を観測の面から立証した訳ではなかった.事実,1948年,相対する2つの宇宙モデルが提唱された.一方は H. Bondiと T. Goldによる定常宇宙で,宇宙は空間的に一様・等方であることに加えて,時間的にも定常であるとする.これと Hubbleの法則とを両立させるためには,粒子がある割合で生まれるとしなければならない.それに対して G. Gamowは,空間的に一様・等方であって膨張する宇宙においては,時間をさかのぼって行けば,宇宙初期は高温・高密度の状態にあったと考え,火の玉状態から宇宙が始まったという火の玉宇宙,すなわち,Big Bang 宇宙の考えに至った [ 4 ].Gamowは進化する宇宙の理論に基づいて元素の起源を研究し,また,宇宙初期の名残りとして低温の放射(電磁波)によって満たされていることを予言した.1964年,Arno Penziasと Robert Wilson の観測によって Gamowの予言は検証され(宇宙背景放射)[ 5 ],定常宇宙モデルとの対立に終止符が打たれた.

我々の宇宙が Big Bangに始まったという考えは,主に次の3つの事実によって確かめられている.

(1) Hubbleの法則

(2) 軽い元素の合成

(3) 宇宙背景放射

以下では,この3つについて説明して行く.

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11.2 Hubbleの法則 249

11.2 Hubbleの法則

11.2.1 Hubbleの法則の発見

1929 年,Edwin Powell Hubble は銀河の視線速度 v (我々と銀河を結ぶ方向の速度成分)と銀河までの距離 dが比例する事を発表した [ 6 ](図 11.1 参照):

v = H0 d (11.1)

これをHubbleの法則といい,比例定数H0を Hubble定数と呼ぶ.横軸のMpcは距離の

distance [Mpc]0.0 0.5 1.0 1.5 2.0

velo

city

[ km

/s]

-200

0

200

400

600

800

1000

1200

図 11.1: Hubble 図:銀河の視線速度と距離の関係.白丸は銀河群.

単位である.図示したデータを再現する直線の傾きから得られる値H0 ≈ 500 kms−1Mpc−1

は,現在採用されている値より数倍大きい.また,直線で近似できるか否かにも疑問がある.後の研究により(今だから言えるのであるが),Hubble の解析に2つの点で誤りがあったことが判明した.第1に距離の測定に用いられるセファイド型変光星(後述)に2種類あることが知られていなかったことであり,第2に遠方の銀河にある明るい星だと思われていたものが実は広がった明るい領域(水素原子が電離した領域で HII 領域と呼ばれる)であることだった.

距離の単位宇宙における距離の単位として,下で述べる年周視差から定義される pc(パーセク)が広

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250 第 11 章 膨張する宇宙

く用いられる:1 pc = 3.26 光年 = 3.086× 1013 km (11.2)

地球から太陽までの距離(1 天文単位)が 5× 10−6 pc,太陽系から最も近い恒星(proximacentauri)までの距離が 1.31 pc,太陽系が属する銀河(Milky Way Galaxy, MWG)の直径がおよそ 3×104 pc,MWG外で最も近い大マゼラン星雲(Large Magellanic Cloud, LMC)までの距離が約 5 × 104 pc,MWG に近い大きな渦巻き銀河であるアンドロメダ銀河までの距離が約 7× 105 pcである.

Hubble の法則が成り立つスケール宇宙が一様に膨張しているのであれば,ある天体(たとえば,地球)に座標原点をとると,他の天体の遠ざかる速さとその天体までの距離は Hubble の法則に従うはずである.しかし,実際の宇宙は,小さなスケールでは一様ではない.Hubble の法則に従うと考えられるのは,大きなスケールでの平均の意味である.

天体の固有運動は近くの天体との重力相互作用の結果であり,宇宙の膨張の効果よりはるかに大きい.固有運動の例をあげると,たとえば,太陽系に2番目に近いバーナード星は 108 km s−1 の速度で近づいているし,上に距離の例としてあげたアンドロメダ銀河は120 km s−1 の速度で我々に近づいている.なお,地球が太陽のまわりをまわる公転運動の速度は 30 km s−1 程度である.

天体の固有の運動の速度は,大きくても 500 km s−1 程度である.従って,視線速度が5, 000 kms−1 以上になる大きなスケールでは,Hubbleの法則からのずれは大きくても 10%以下になると考えられる.この意味で,Hubble定数が定義でき,Hubbleの法則が成り立つ.

Hubble 定数を求めるにはHubble 定数を求めるには,遠方の天体の視線速度と,その天体までの距離を測定する必要がある.視線方向に遠ざかる星や銀河から発せられた光は,その速度に応じた 赤方偏移を受ける.すなわち,原子が放出・吸収する固有の波長の光がどの程度偏移を受けるかを測定すれば,視線速度を求めることができる.

一方,遠方の天体までの距離の測定は,それほど容易ではない.上で示した,Hubbleの法則が良く成り立つと考えられるスケール(視線速度が 5, 000 kms−1 以上)は,下に示すHubble 定数を用いて距離に換算すると 7× 107 pc = 70 Mpcになる.現実には,恒星の固有な運動の速度は 500 kms−1 より小さいことが多く,Hubble の法則はもっと近い距離から成り立っていると考えられる.

宇宙における距離とは太陽系に近い天体の場合は問題にならないであろうが,Hubbleの法則が成り立つような大きなスケール,すなわち,天体が遠ざかる速度が光速に比べて無視できるほど小さくない場合には,距離の概念が自明ではなくなる.長さは,2点が同時刻にあるときの距離であり,これを相対論では固有距離という.

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11.2 Hubbleの法則 251

宇宙においては,相対論でいう固有距離は測れない.我々が観測するのは,天体から来る光であり,その光は過去に放射されたのである.すなわち,異なった時刻での距離である.そこで,距離を,ある約束のもとに定義して用いることにする.たとえば,同じ距離で見たら同じ明るさの2つの星 A と B があり,Aが B の 4 倍の明るさに見えたら,Bは A より 2 倍の距離にあると考えて良いであろう(光が我々に届くまでに,途中の物質などで吸収されないとして).このように,天体の絶対的な明るさと見かけの明るさの比から決めた距離を 光度距離 と呼ぶ.一方,広がりを持った天体の見かけの大きさから 角度距離 を定義することができる.同じ距離で見たら同じ大きさに見える2つの天体 A と Bがあり,Aが B の 2 倍の大きさに見えたら,Bは A の 2 倍の距離にあると考えて良いであるう.2つの距離の定義は同じであるように見えるが,ユークリッド空間でないとき,また,膨張する空間においては同じにはならない.

11.2.2 Hubble定数

Hubble定数を求めるための,遠方の天体の赤方偏移,及び,天体までの距離の測定方法については以下で説明することにして,最近報告されている Hubble定数の値の要約を図 11.2に示す [ 7-17 ].Hubbleの法則が成り立つと考えられる十分遠方の天体までの距離を測定す

50 60 70 80 90 100

Hubble constant [km/s/Mpc]

Sakai et al. (2000)Kelson et al. (2000)Ferrarese et al. (2000)Tonry et al. (2000)Blakeslee et al. (2000)Riess et al. (1995)Hamuy et al. (1996)Jha et al. (1999)Suntzeff et al. (1999)Gibson et al. (2000)Saha et al. (1999)

図 11.2: Hubble 定数.文献 [ 7 ] Table 20.2 より.

る直接的な方法が提案され,異なる方法による検証を経て,確立されてきた.観測の進歩により,その不確かさは 10% 程度になった.1990年代の測定における数十パーセントの不一致に比べると,飛躍的な進展である.

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252 第 11 章 膨張する宇宙

Particle Data Group は Hubble定数として

H0 = ( 71± 7 )× 1.150.95 km s

−1Mpc−1 (11.3)

を採用できる値として示している [ 7 ].この値の範囲を 図 11.2 の中に灰色で示したが,下限が 60で上限が 90 くらいで,依然として大きな幅があると言えよう.この誤差を考慮して,次の式で定義される無次元のパラメータ h を導入して議論することが多い.

H0 = 100 h km s−1Mpc−1 (11.4)

Hubble定数 H0 の範囲から,0.6 < h < 0.9である.

Hubble定数の逆数を Hubble時間(Hubble time)という:

tH =1H0

= 9.78 × 109 h−1 y = 3.09 × 1017 h−1 s (11.5)

また,これに光速をかけた量を Hubble distance という:

DH =c

H0

= 3000 h−1 Mpc = 9.26 × 1025 h−1 m (11.6)

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11.3 赤方偏移(redshift) 253

11.3 赤方偏移(redshift)

11.3.1 スペクトル線の偏移

原子,分子,イオンなどは固有の波長をもった光だけを放出する.しかし,天体からの光の波長を測定すると,固有の波長と異なっていることがある.これを,一般的に,スペクトルの偏移という.固有の波長より長くなっているときには赤方偏移,短くなっているときには青方偏移という.

水素原子の4つの代表的なスペクトル線(Balmer 系列)の赤方偏移の様子を 図 11.3に示す.上は速度が 0 で赤方偏移がない場合である.すなわち,図に示した値は固有の波長である.それに対して,下は光速の 1/10の速さで遠ざかる場合である.4つのスペクトル線に対して,波長のずれの大きさは異なり,固有の波長に対するずれの比が等しい.

velocity = 0

656.

3 nm

486.

1 nm

434.

0 nm

410.

2 nm

velocity = 0.1c72

5.5

nm

537.

4 nm

479.

9 nm

453.

5 nm

図 11.3: 水素の4つのスペクトル線の赤方偏移

天体からくる光のスペクトル線の偏移には,Doppler効果 による偏移,重力赤方偏移,宇宙論的赤方偏移がある.重力赤方偏移(gravitational redshift)は質量の大きい天体の近くから放射された光が,強い重力のため固有の波長より長い波長の光として観測されるものであり,宇宙論的赤方偏移(cosmological redshift)は遠方の天体から放射された光,すなわち,遠い過去に放射された光が,現在の地球に届くまでのあいだに,宇宙全体が膨張したために固有の波長より長い波長の光として観測されることを指す.

11.3.2 Doppler効果

遠方の星や銀河が遠ざかる速度は,赤方偏移を Doppler 効果によるものとして求められる.もちろん,起源が同定されるスペクトル線(たとえば,水素原子の Balmer 系列)でなければならない.図 11.4 に波長が変化する様子を模式的に示す.左の図は光源(天体)が地球に対して静止している場合である.観測される波長 λ は固有の波長である.一方,右の図は光源が左へと地球から遠ざかっている場合である.地球で観測される波長 λ′ は次の

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254 第 11 章 膨張する宇宙

λ λ’

source velocity

図 11.4: Doppler 効果による波長の伸び

ように表される:λ′ = ( c+ v ) T (11.7)

ここで,cは光速,v は光源が遠ざかる速度,T は観測者から見た周期(観測される波長に対応する周期)である.観測者(地球)に対して速度 v で運動する光源の時間は相対論的な効果でゆっくり進む.すなわち,光源が静止している座標系での時間 T0 との関係は

T =T0√1− v2

c2

T0 =λ

c(11.8)

である.この関係を代入して

λ′ =( c+ v ) T0√1− v2

c2

=( c+ v )

λ

c√1− v2

c2

=

(1 +

v

c

)λ√

1− v2

c2

(11.9)

が得られる.ここで,λは固有の波長である.

11.3.3 z パラメータ

固有の波長に対する波長のずれの尺度として次の量を採用すると便利である:

z =∆λ

λ=λ′ − λλ

(11.10)

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11.3 赤方偏移(redshift) 255

これを z パラメータと呼ぶ.しばしば,赤方偏移 z という言いかたをする.上で導いた関係式 (11.9) を代入して,z パラメータは

1 + z =

√1 +

v

c√1− v

c

(11.11)

と表せる.上の式を v/cで展開すると

z =v

c+12

(v

c

)2

+12

(v

c

)3

+1332

(v

c

)4

+ · · · (11.12)

となる.天体が遠ざかる速度が光速に対して十分小さいときは

z ≈ v

c( v c ) (11.13)

と近似できる.なお,(11.11)を v について解くと

v

c=(1 + z)2 − 1(1 + z)2 + 1

(11.14)

が得られる.現在では z = 6.56をもつクェーサーが発見されている [ 18 ].この天体は我々から光速の 96% 以上の速度で遠ざかっていることになる.ただし,これは何億年も昔に放出された光を,今,我々が観測しているのである.

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256 第 11 章 膨張する宇宙

11.4 距離の測定

11.4.1 段階的な測定

Hubbleの法則が成り立つような遠方の星までの距離を直接測定することは,少なくとも,現在のところ不可能である.たとえ可能であったとしても,十分な精度が得られないし,得られた値の信頼性の問題も残る.そこで,まず,短い距離を基準として少し長い距離を測り,次に,その距離を基準としてさらに長い距離を測る.各段階での測定の誤差は小さいので,この手順を繰り返して行けば,遠方の天体までの距離でも比較的精度良く求められる.

スケールはずっと小さいが,例として,地球から太陽までの距離を測る2通りの方法を考える.図 11.5 の上の図に示すように,地球の半径を基準として太陽までの距離を直接測る場合,測定すべき角度は

cos θ =RE

RS

= 4.3 × 10−5 より θ = 90 − 0.0024 (11.15)

となる.90 からのずれは,測れないことはないが,次に示す方法に比べると十分な精度は期待できない.地球の半径が RE ≈ 6400 km であるから,経度での 0.0001 は,赤道上の距離に換算すると約 100 m である.

Earth

RE θ

Sun

RS

Earth

RE θ ’

Moon

RM Earth

Moon

RM θ ’’

Sun

RS

図 11.5: 太陽までの距離の2つの測定法

太陽までの距離を直接測る代わりに,まず,月までの距離を測る(図 11.5の下の図を参照).このとき,測定すべき角度は

cos θ′ =RE

RM

= 1.7× 10−2 より θ′ = 90 − 0.95 (11.16)

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11.4 距離の測定 257

となる.月までの距離 RM は太陽までの距離 RS の約 1/400であるから,微小な角は約 400倍になる.次に,月までの距離を基準として太陽までの距離を測ると

cos θ′′ =RM

RS

= 2.6 × 10−3 より θ′′ = 90 − 0.15 (11.17)

となる.2つの段階を経る手間はかかるが,太陽までの長い距離をはるかに良い精度で求めることができる.

11.4.2 年周視差(Parallax)

地球(太陽系)に近い星は,地球の公転運動(太陽のまわりを1年に1周する運動)のため,背後にある十分遠方の星に対して周期運動しているように見える.この見かけの周期運動を年周視差といい,年周視差の大きさを用いて星までの距離を測ることができる.年周視差を用いた距離の測定は最も正確で直接的な方法である.その原理を 図 11.6に示す.基

R

d θ

Sun

Earthin July

Earthin January

star

図 11.6: 年周視差を用いた距離の測定

準となる長さは地球の公転半径 R = 1.496× 108 km である.恒星までの距離を d,恒星から R をみこむ角度を θ とすると,

d =R

tan θ=R

θ(11.18)

角度 θ 1であるので,tan θ = θ は極めて良い近似である.また,角度の単位として秒を用いる.1 秒は 1 の 1/3600で,時間の秒と区別しての角度の秒を arcsecと書くことが多い.ここで θ を 1 arcsec とすると,

d =1.496× 108 km

13600

π

180

= 3.086× 1013 km (11.19)

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258 第 11 章 膨張する宇宙

となる.この距離,すなわち,地球の公転半径を角度 1秒でみこむ距離を 1パーセク(parsec,pc)と定義する.従って,角度 θ を秒で表し,星までの距離 d を pc で表すと,両者のあいだには次の関係式が成り立つ:

d [pc] =1

θ [arcsec](11.20)

太陽系に最も近い恒星の年周視差が θ = 0.762 arcsec であり,その距離は d = 1.31 pc になる.

年周視差を用いた距離の測定は d ≈ 20 pc くらいまで可能である.年周視差の角度にすると,θ ≥ 0.05 arcsec 程度である.太陽系から 20 pc の距離の範囲には約 2000 の恒星がある.

1989 年に European Space Agency が打ち上げた Hipparcos 衛星(HIgh PrecisionPARallax COllecting Satellite)によって,年周視差の精度が大幅に改善された.この衛星は 1993 年までの4年間に,120,000 の恒星を観測し,その位置を角度にして 0.001 arcsecの精度で測定し,年周視差を求めた [ 19 ].これは月面上に置いた長さ約 2 mのものを見こむ角度に相当する.距離にすると,原理的には 1000 pc くらいまで測定できるのだが,誤差などの問題で,信頼できる値が得られるのは 100 pc くらいまでである.

間接的な方法

直接的な距離の測定は 100 pc 程度が限界である.さらに遠方の天体の距離を測定するには,間接的な方法を用いなければならない.その際,役に立つのが,

良く似て見える天体は,物理的にも良く似ている.

という事実である.我々が天体に関して得る情報は,ほとんどの場合,天体から届く光によってである.たとえば,恒星が放射する光を分光してスペクトルを求めることができる.そのとき,その恒星のスペクトルが太陽が放射するスペクトルと同じであったならば,その恒星はスペクトルだけでなく,質量も,絶対的な明るさも,進化の段階も太陽とほとんど同じであると考えて良いであろう.

もう一つ重要な点は,距離の測定に用いる天体は明るくなければならないということである.天体の見かけの明るさは距離の2乗に反比例している.従って,たとえ特徴的な性質をもつ天体であっても,地球から見たときに明るさが十分でないならば,距離の測定には利用できない.

以下に距離の間接的な距離の測定方法を示す.

11.4.3 セファイド型変光星(Cepheid Variables)

遠方の銀河にある恒星を観測して距離を求めるには,その星が観測できるほど十分明るくなければならない.そこで,特徴的な性質を示す明るい変光星が距離の測定に用いられる

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11.4 距離の測定 259

ようになった.

恒星の中には,明るさが変化するものがある.その中で,セファイド型と呼ばれる変光星は周期的に明るさを変える脈動変光星で,変光周期と絶対等級とのあいだに簡単な関係式が成り立つので,距離測定の基準として使われる.この方法は,およそ 25 Mpcに至るまで測定が可能であり,最も信頼性の高い方法であるとともに,より遠方の天体の距離を測る際の基準として最も重要な方法である.

補足1 等級(magnitude)は星の明るさを表す尺度である.等級が小さいほど明るく,N等級の明るさは (N + 1) 等級の明るさの 1002/5 倍である.すなわち,1等級は6等級より 100 倍明るい.等級には絶対等級,見かけの等級,実視等級がある.見かけの等級(apparent mag-nitude)は,地球からみた天体の明るさを等級で表したものである.「1等星」「2等星」などの呼び名は見かけの等級に基づいている.絶対等級(absolute magnitude)は天体を 10 pc の距離においたとき,星間物質の吸収がない場合の見かけの等級のことである.従って,天体の見かけの等級を m,絶対等級をM,天体までの距離を d pcとすると,

m −M = 5 log10

(d

10 pc

)(11.21)

が成り立つ.たとえば,太陽の見かけの等級は m = −26.81,地球から太陽までの距離が d = 4.848× 10−6 pcであるから,太陽の絶対等級は M = 4.76になる.一般に,青い光(波長の短い光)の方が赤い光(波長の長い光)より星間物質に吸収されやすい.実視等級は,肉眼,あるいは,フィルタと検出器の組み合わせて肉眼に近い波長感度分布を持たせた装置で測定した見かけの等級である.

補足2 セファイド型変光星の代表が δ-Cephei であるので,この名前が付けられた.δ-Cepheiはケフェウス座の4番目の星であることを表している.星座は古くギリシャ時代からの変遷があり,現行の星座は 1928 年の国際天文学連合第3回総会の委員会で承認された(総数 88).星座の学名はラテン語で表され,個々の星を表すときは,星を示すギリシャ字あるいはローマ字などのあとに星座のラテン名の属格をつけて呼ぶ.日本名が「ケフェウス座」の学名は Cepheusであり,属格が Cepheiである.セファイド型変光星はケフェウス型変光星と呼ばれることもある.

セファイド型変光星は次の特徴をもつ:

1. 種族 I に属す超巨星である,明るさは太陽の 103-105 倍くらい,表面温度は 6000-8000 Kである,

2. 周期(period)は 1 日から 135 日.

3. 明るさが変化する範囲は 0.1 等から 2 等のあいだである.明るさの変化は星の半径と表面温度の変化を伴う.

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260 第 11 章 膨張する宇宙

代表的なセファイド型変光星である δ-Cephei の場合の光度曲線を 図 11.7 の左の図に示す[ 20 ].周期は 5.366 日で,明るさ(見かけの等級)の極大が 3.48 等級,極小が 4.37 等級である.

距離の測定に重要な特徴は,変光の周期と絶対等級のあいだに簡単な関係が確立していることである.図 11.7 の右の図 [ 21 ]に,セファイド型変光星の距離と絶対等級の関係を示す.Feastと Walkerは次の関係式を提案している [ 22 ]:

M = −2.78 log10P − 1.35 (11.22)

ここで,M は絶対等級,P は周期で単位は日(day)である.より正確には,セファイド型変光星のスペクトルにも依存するので,それを考慮した関係式も提案されている.

変光周期を測定すると,上に示した関係式から絶対等級が求まる.その星から地球に至るまでに光の吸収がないならば,光の強さは伝播距離の2乗に反比例するので,絶対等級と実視等級の比から,その星までの距離がわかる.光の吸収がある場合は,その影響を補正する必要がある.

δ Cephei

0 2 4 6 8 10 12

time [days]

appa

rent

mag

nitu

de

4.6

4.4

4.2

4.0

3.8

3.6

3.4

3.2

period

Cepheids

period [days]1 2 3 5 10 20 30

abso

lute

mag

nitu

de

-6

-5

-4

-3

-2

-1

図 11.7: セファイド型変光星.左:変光曲線,右:変光周期と絶対等級の関係

変光周期と絶対等級との関係は,周期的変光が次のように起こるからである.星の中心部で起こる核融合反応によって発生したエネルギーは光によって星の表面へと運ばれる.ケフェウス型変光星では,流れ出る光によって,星の表面の大気中の1価のヘリウムイオンHe+ の一部がさらにイオン化されて He++ になり,自由電子を出す:

He+ −→ He++ + e− (11.23)

星の内部から出てくる光は自由になった電子と散乱するため,大気は光を通しにくくなる.透明性が減少した大気はエネルギーの流失を抑制し,そのため,星の内部の密度・圧力が上

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11.4 距離の測定 261

昇して外層を外へと押し出す.その結果,星は膨張し明るさを増す.膨張によって温度は下がり,He++ は電子を捕まえて H+ に戻る(上に示した式の逆).再び大気は透明になり,星は収縮する.

この脈動的変光の機構は,我々の銀河の中でも,また,遠方の銀河においても,同じであると考えるのが合理的である.従って,年周視差を測定できない遠方にある銀河であっても,セファイド型変光星によって距離を求めることができる.セファイド型変光星は明るい星であるので,遠方の銀河にあっても観測可能である.

太陽系に近いセファイド型変光星に対しては,年周視差の方法によっても距離を測定することが可能である.特に,Hipparcos 衛星が距離を測定した星の中には,セファイド型変光星も含まれており,年周視差の方法はセファイド型変光星による距離測定の検証になっている.

一方,セファイド型変光星を用いた距離の測定は,遠方の星を精度良く観測できる Hubble宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope, HST)によって最大 25 Mpcに及ぶ銀河に対して行えるようになった [ 23 ].年周視差による距離測定の限界が Hipparcos 衛星を用いても 100 pc程度であるので,セファイド型変光星により,距離測定の限界が 250, 000 倍に広がったことになる.また,セファイド型変光星を用いることにより,より遠方の距離を測定する方法を 10% 以内の精度で検証することができるようになった.

なお,上に説明したセファイド型変光星(δ Cep型)と良く似た変光星がある.代表は,おとめ座(学名:Virgo,属格:Virginis)のW星であるので,WVir型と呼ばれる.種族 IIに属する古い星で,変光周期は 0.8-35 日,変光範囲は 0.3-1.2 等.セファイド型変光星と比べて,変光周期が同じとき,1.5-2.0 等級暗い.変光星の分類としては,δ Cep型も W Vir型もセファイドといい,前者を I型セファイド,後者を II型セファイドと呼ぶこともある.

11.4.4 星団・星雲・銀河を用いる方法

球状星団(globular cluster)我々の銀河は円盤状に多くの星が集中しているが,円盤を含む球の内部に球状星団が多数分布している.球状星団は,数十万の恒星が球状に集まり,中心ほど恒星は密である.多くの銀河が同様に周囲に球状星団をもっている.距離測定の対象は数十万の恒星からなる球状星団で,絶対等級はだいたい −10であるので,遠方にあっても観測できる.観測によると,似たような球状星団は似たような分布や明るさを持つので距離測定に用いることができる.この測定方法は,我々の銀河の球状星団が基準になっており,距離が測定できる範囲は,およそ,1 Mpcから 100 Mpc である.

H II 領域星間空間で電離ガス(水素ガス)が発光すると,星間物質の密度の高い領域は星雲として見える.その1種が散光星雲(Emission Nebula)で,水素原子に特有の波長の光を放射している.これを H II 領域と呼ぶ.明るさは絶対等級で最大(値としては最小)−12 程度であ

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262 第 11 章 膨張する宇宙

る.H II 領域は中には質量が大きい恒星があり,表面温度は 15, 000-30, 000 Kで,スペクトルのピークは波長の短い紫外領域にある.星の周囲にある水素原子は紫外線によって電離し,イオン化した水素が再び電子を捕まえて,離散的な励起状態から基底状態へと遷移していくときに,水素原子特有の波長の光(可視光領域では波長が 656 nmの Hα 線)を放射する.H II 領域の直径は 20 pcに達し,若い散開星団を伴っていることが多い.

Tully-Fisher法渦巻き銀河を距離測定の対象とする方法に Tully-Fisher法がある.この方法は,渦巻き銀河の回転速度と銀河全体の明るさの相関に基づいている.簡単に言えば,銀河全体の質量と明るさの関係である.渦巻き銀河と言っても,渦の構造や恒星の数の数が様々であるが,似たような渦巻き銀河に分類すると,距離測定の精度は驚くほどよい.この方法はセファイド型変光星による距離測定によって検証されている.測定範囲は球状星団とほぼ同じである.なお,楕円銀河についても,渦巻き銀河と同様な相関を用いた方法がある.

11.4.5 Ia型超新星(Type Ia Supernova)

個々の恒星で最も明るいのは超新星である.中でも,Ia型超新星は,最も明るくなるときの絶対等級がほぼ一定で

M = −19.3 Ia型超新星 (11.24)

である.この明るさは,セファイド型変光星より 15 等級(106 倍)くらい明るく,ほぼ1つの銀河全体の明るさに匹敵するほどである.単純に距離の2乗に反比例して明るさが減少するとして,セファイド型変光星より 1000 倍遠い超新星でも観測できることになる.Ia型超新星を用いた距離の測定は,セファイド型変光星による方法によって,妥当性が検証されている.一方,Hubble宇宙望遠鏡を利用することで改善がなされ,距離測定の範囲は2 Gpc = 2000 Mpc 以上に及ぶ.

Ia型超新星は,普通の星と連星系をなす白色わい星の爆発的熱核反応である.白色わい星は,太陽と同程度の質量の小さい星の最後の姿であり,縮退した電子によって重力崩壊を防いでいる.この白色わい星に,普通の星の物質が降り積もると,白色わい星の温度が上がり,核反応が起こり始め,結果として大爆発が起こる.爆発の直後,超新星の明るさは増し,その後,次第に暗くなっていく.最も明るいときの等級だけでなく,明るさの変化やスペクトルから,Ia型超新星の距離は誤差 10% 程度で求めることができる.

図 11.8 に,遠方の Ia型超新星に対して測定した距離と視線速度の関係 [ 24 ] を示す.Hubbleが距離と視線速度の比例関係を指摘した当時 [ 6 ] と比較すると,距離は約 200 倍まで広がり,それ以上に,比例関係が良く成り立つことが示されている.

太陽質量の 10 倍以上の質量をもつ星は,その進化の最終段階で重力崩壊して大爆発する.これを II型超新星という.爆発の機構はほぼ解明されているが,質量によって爆発の様子は様々であり,Ia型に比べると,距離測定の誤差が大きい.

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11.4 距離の測定 263

distance [Mpc]20 30 50 100 200 300 500

velo

city

[ km

/s]

1000

2000

3000

5000

10000

20000

30000

図 11.8: Ia型超新星の距離と視線速度の関係

距離測定基準としての大マゼラン星雲距離測定の最後に,大マゼラン星雲が果たしている役割を強調しておきたい.

われわれの銀河系の外の天体の距離を測る様々な方法の基準となっているのがセファイド型変光星による方法である.大マゼラン星雲は多くのセファイド型変光星をもつ小さな銀河で 4.9× 104 pcの距離にある.大マゼラン星雲内にあるセファイド型変光星までの距離は同じとしても良いので,セファイド型変光星の周期と絶対等級の関係を求めるのに重要な役割を果たしている.すなわち,遠方の天体までの距離は,大マゼラン星雲までの距離の比として求められることが多い.従って,大マゼラン星雲までの距離の測定に,たとえば 10%の誤差があるならば,遠方にある天体までの距離に,少なくとも同じ割合の誤差が含まれることになる.現在得られている Hubble定数の誤差には,大マゼラン星雲までの距離の誤差が無視できない割合を占めている.

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264 第 11 章 膨張する宇宙

11.5 スケール因子

11.5.1 宇宙論的赤方偏移

Hubble 定数を求めるにあたって,遠方の天体からくる光の赤方偏移は Doppler 効果によるものと考えて,天体が遠ざかる速度を求め,一方で,その天体までの距離を測定した.ここでいう天体までの距離が,通常の意味での距離とは異なるものであることは「宇宙における距離」として前に述べた.すなわち,距離とは本来,同時刻における2点のあいだの長さであるが,ここでは,過去において光を放射したときの天体の位置と,その光を観測する現在の観測者の位置を問題にしている.赤方偏移に関しては,正確に言うと,Doppler効果によるものではなく,宇宙の膨張が原因であると考える.宇宙が膨張すると波長が伸び,長さを測るものさし(座標軸)も同じ割合で伸びる(図 11.9 参照).本来の意味の Doppler効果では,ものさしの長さは変わらない.

time

expa

nsio

n

図 11.9: 宇宙論的赤方偏移

宇宙の膨張を表現するために,スケール因子 を導入して,赤方偏移,銀河の後退速度,Hubble定数の意味を考え直してみる.まず,我々の銀河と遠方の銀河を考える.現在(時刻 t0)における2つの銀河の距離を d0,過去(時刻 t)における距離を d(t) とする.これ

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11.5 スケール因子 265

らの距離がスケール因子 a(t) に比例するとする:

d(t)d0

=a(t)a0

a0 = a(t0) (11.25)

宇宙の膨張により,天体から放射された光の波長も伸びていく.遠方の銀河から時刻 tに放射された波長 λ の光が,我々の銀河に時刻 t0 に到達して波長 λ0 で観測されたとする(注意:Doppler 効果の説明のときと記号が異なっている).時刻 tと t0 における長さの比は,スケール因子を用いて上の式で表されるのであるから,これらの波長に対しても同じ関係式が成り立つ:

λ

λ0

=d(t)d0

=a(t)a0

(11.26)

赤方偏移 z は,放射された光の波長と観測された波長で定義されているので,

1 + z =d0

d(t)=

a0

a(t)(11.27)

と表される.すなわち,1 + z は光が放射された過去の時刻と,光を観測する現在の時刻におけるスケール因子の比で表される.このことは,赤方偏移が z である光を観測したとき,その光は,宇宙の大きさが現在の a(t)/a0 = 1/(1 + z) 倍であったときに放射されたことを意味している.

宇宙の膨張による遠方の銀河の後退速度 v(t) は,時間 t についての距離 d(t) の微分で与えられる:

v(t) =ddtd(t) (11.28)

距離とスケール因子の関係式 (11.25) を書きなおし,時間 tについて微分して

v(t) =d0

a0

(ddta(t)

)=d(t)a(t)

(ddta(t)

)=a(t)a(t)

d(t) (11.29)

が得られる.2番目の等号では,関係式 (11.25)を再び用いた.また,時間に関する微分を,記号の上にドットを付けて表す.ここで,H(t) を次の式で定義する:

H(t) =a(t)a(t)

(11.30)

この H(t) を用いると,(11.29)は

v(t) = H(t) d(t) (11.31)

すなわち,銀河の後退速度 v(t) が距離 d(t) に比例するという関係式が得られる.これは,Hubbleの法則であるが,H は時間の関数である.特に現在(t0)における比例係数 H(t0)を H0 と書く:

H0 =a(t)a(t)

∣∣∣∣t0

(11.32)

添え字の 0 は現在での値であることを意味する.

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266 第 11 章 膨張する宇宙

11.5.2 曲がった空間

質量により重力がはたらく空間では,空間全体にわたって成り立つ慣性系は存在しない.たとえば,地上の高いところから物体を落すと,物体は地球の重力場の中を自由落下して行く.物体とともに動く観測者から見ると,重力は作用していないように見える.すなわち,特殊相対論が適用できる慣性系に移ることができる.しかし,離れた2点から物体を落すと,2つの物体が落ちる軌道は平行ではない.慣性系は時空の各点で局所的にとれるが,大域的な慣性系は存在しない.これは,重力があるために空間が曲がっているためである.

我々の宇宙は,非常に大きなスケールでは一様で等方的であると見なすことができる.このとき,空間の曲率はどこでも同じ値をとる.ここでは,イメージしやすい2次元の場合の一様等方的で曲率が一定の曲がった空間を示す.

平面 曲がりのない2次元空間は平面である.極座標を用いると,点 P (r, φ) と点 Q (r +dr, φ+ dφ)とのあいだの距離 dは

(d)2 = (dr)2 + (r dφ)2 (11.33)

と表せる.

球面 曲率が一様な2次元空間の例が球面である.半径 R の球面上の(極座標を用いて)点 P (R, θ, φ) と点 Q (R, θ + dθ, φ+ dφ) とのあいだの距離 d は

(d)2 = (R dθ)2 + (R sin θ dφ)2 (11.34)

と表せる.あるいは,z 軸から球面上の点までの距離

r = R sin θ (11.35)

を用いると,

dr = R cos θ dθ cos θ =

√1−

(r

R

)2

(11.36)

より

Rdθ =drcos θ

=dr√

1−(r

R

)2(11.37)

であるので,

(d)2 =(dr)2

1−(r

R

)2 + (r dφ)2 (11.38)

と書き直せる.このとき,R を曲率半径,K = 1/R2 を曲率という(K > 0).

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11.5 スケール因子 267

双曲面 曲率が負で一様な2次元空間は次の式で定義される双曲面である:

x22 + y

2 − z2 = −R2 (11.39)

この双曲面上(正確には2葉双曲面の1葉の上)で

x = R sinhχ cosφ y = R sinhχ sinφ (11.40)

を導入すると,2点間の距離は

(d)2 = (R dχ)2 + (R sinhχdφ)2 (11.41)

球面の場合と同様に,z 軸から双曲面上の点までの距離

r = R sinhχ (11.42)

を用いると,

(d)2 =(dr)2

1 +(r

R

)2 + (r dφ)2 (11.43)

と表せる.R を曲率半径,K = −1/R2 を曲率という(K < 0).

上にあげた3つの場合は,曲率が一定の2次元空間であり,次のようにまとめて表すことができる:

(d)2 =(dr)2

1−Kr2 + (r dφ)2

K > 0 球面

K = 0 平面

K < 0 双曲面

(11.44)

球面は曲率が正,双曲面は曲率が負,平面は曲率が 0(曲率半径は無限大)である.

3次元の空間上に示した例は2次元空間である.我々の宇宙の空間は3次元であるので,上で求めた距離d の式を3次元に拡張する.たとえば,曲率が正である球面(平坦な Euclid空間内の3次元球の表面)を3次元に拡張すると,平坦な4次元の球の表面(3次元)になる.結果だけを示すにとどめるが,2次元の場合と同様に,定曲率の3次元空間における2点間の距離も,極座標で統一した形で表すことができる:

(d)2 =(dr)2

1−Kr2 + (r dθ)2 + (r sin θ dφ)2 (11.45)

K > 0が3次元球面,K = 0が平坦な空間,K < 0が3次元双曲面を表す.

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268 第 11 章 膨張する宇宙

11.5.3 重力に抗した膨張

一様で等方的な宇宙には,K の符号に応じて3つの種類があることを上で示した.K の符号に応じて宇宙の膨張の仕方も異なる.膨張の様子はスケール因子 a(t) で表される.ここでは,簡単のために,Newton力学を用いてスケール因子が従う方程式を求める.得られる結果は相対論的力学においてもかなり良く成り立つ.

物質が一様に(質量)密度 ρ で分布しているとする.この中に半径 r の球を考える(一様で等方的であるから,空間のどの点をとっても,そのまわりで球対称であるとして差し支えない).この領域にある質量の総和を M とする:

M =4πr3ρ3

(11.46)

球の表面に微小な質量 mの物体を考えると,この物体の運動方程式は,万有引力定数を G

として

md2r

dt2= − GmM

r2(11.47)

と書ける(動径方向の運動だけを考える).両辺に d/dtをかけ,時間 tについて積分すると

12m

(drdt

)2

− GMm

r= C (11.48)

が得られる(エネルギー積分).左辺の第1項が運動エネルギー,第2項がポテンシャルエネルギーであり,C は積分定数で全エネルギーを表す.両辺に 2/(mr2)をかけ,質量M を(11.46)によって密度 ρ で表すと,エネルギー積分は次のように表せる:

(1r

drdt

)2

− 8πGρ3

=2Cmr2

(11.49)

宇宙の膨張を取り入れるため,この式をスケール因子を用いて書き直す.左辺の第1項は

1r(t)

dr(t)dt

=r(t)r(t)

=a(t)a(t)

(11.50)

と表せる.従って,(11.49)は次のように表せる:(a(t)a(t)

)2

− 8πGρ3

=2Cmr2

(11.51)

さらに,第2項の密度 ρは,質量が膨張によって変化しないので,体積に反比例して

ρ(t) = ρ0

(a0

a(t)

)3

(11.52)

と書ける.右辺の r(t) はスケール因子 a(t)とともに変化する:

r(t)r(t0)

=a(t)a(t0)

=a(t)a0

(11.53)

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11.5 スケール因子 269

以上より,(11.49)はスケール因子を用いて書き直すことができ,その結果,スケール因子が従う方程式

a(t)2 − 8πGρ0a30

31a(t)

= −K ′c2 (11.54)

が得られる(cは光速).これを Friedmann方程式という.ここで導入した K ′ は,

K ′ = − 2Cmc2

(a0

r(t0)

)2

(11.55)

で定義され,空間の曲率を表す K と同符号である.長さのスケールをとり直すことによって K ′ = K とすることができるので,以下では K ′ を K と表すことにする.

Friedmann方程式の解宇宙が平坦であるとき,すなわち,K = 0 のとき,Friedmann方程式を容易に解くことができる.(11.54)において K = 0 とすると,

a(t)2 =8πGρ0a

30

31a(t)

(11.56)

また,このとき,(11.51)において C = 0であるから,

(a(t)a(t)

)2

=8πGρ3

(11.57)

と書ける.左辺は Hubble定数の2乗である.この式に現在の値を代入し,(11.56) と合わせると,K = 0 の場合の Friedmann方程式は

da(t)dt

= H0a3/20 a(t)−1/2 (11.58)

と書き直せる.初期条件 t = 0 で a(t) = 0 のもとでこの方程式を解くとスケール因子の時間発展が得られる:

a(t) = a0

(3H0

2t

)2/3

(11.59)

K > 0 及び K < 0 の場合はもっと複雑である.スケール因子の振舞いを 図 11.10 に模式的に示す.K は運動エネルギーと重力のポテンシャルエネルギーを合わせた全エネルギーに対応する量であるから,K ≤ 0 のときは膨張を続けるのに対して,K > 0 の場合は膨張の後,収縮していく.

臨界密度宇宙が平坦になるときの密度を臨界密度(critical density)という.(11.51)において,左辺の第1項は Hubble定数 H の2乗であり,

H =(8πGρcritical

3

)1/2

より ρcritcal =3H2

8πG(11.60)

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270 第 11 章 膨張する宇宙

time

scal

e fa

ctor

K > 0

K = 0

K < 0

図 11.10: 宇宙膨張(スケール因子 a(t))の様子

と表せる.現在の臨界密度は

ρcritcal0 =3H 2

0

8πG(11.61)

と書ける.現在の Hubble定数の値を

H0 = 70 kms−1Mpc−1 = 2.3× 10−18 s−1 (11.62)

として,

ρcritcal0 =3(2.3× 10−18)2

8π · 6.67× 10−11= 9.4× 10−27 kgm−3 (11.63)

となる.

観測によると,バリオンからなる物質の現在の密度は

ρbaryon ≈ 3× 10−28 kgm−3 (11.64)

であることが知られている.すなわち,バリオン物質の密度は臨界密度のわずか 3%ほどである.

宇宙の密度を議論するにあたって 密度パラメータ が用いられることが多い.密度パラメータ Ω0 は現在の密度 ρ0 と臨界密度の比として定義される:

Ω0 =ρ0

ρcritical0(11.65)

Hubble定数を用いると (11.61) より

Ω0 =8πGρ0

3H 20

(11.66)

と表せる.K = 0 のとき,Ω0 = 1 である.

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11.6 第 11章の参考文献 271

11.6 第11章の参考文献

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2. A. Einstein, Annalen der Physik, 49 (1916) 769

3. A. Fiedmann, Z. Phys. 10 (1922) 377

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6. E. Hubble, Proceedings of the National Academy of Science, Vol. 15, 1929, Number3, ”A relation between distance and radial velocity among extra-galactic nebulae”

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8. S. Sakai et al., Ap. J. 529 (2000) 698

9. D. D. Kelson et al., Ap. J. 529 (2000) 768

10. L. Ferrarese et al., Ap. J. 529 (2000) 745

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12. J.P. Blakeslee et al., Astron. J. 527 (1999) L73

13. M. Hamuy et al., Ap. J. 112 (1996) 2398

14. S. Jha et al., Ap. J. Suppl. Ser. 125 (1999) 73

15. N.B. Suntzeff et al., Ap. J. 117 (1999) 1175

16. B.K. Gibson et al., Ap. J. 529 (2000) 723

17. A. Saha et al., Ap. J. 522 (1999) 802

18. E.M. Hu, L.L. Cowie, R.G. McMahon, P. Capak, E. Iwamuro, J.-P. Kneib, T. Mai-hara and K. Motohara, Ap. J. 568 (2002) L75,

19. see, for example, J. Brit, Astron. Assoc., 107 (1997) 59,http://astro.estec.esa.nl/Hipparcos/http://www.ebicom.net/ rsf1/dist.htm

20. T.J. Moffett and T.G. Barnes, Ap. J. Suppl. 55 (1984) 55,http://physun.physics.memaster.ca/Cepheid/URL/MW/Delta Cep.html

21. E. Novotny, Introduction to Stellar Atmospheres and Interiors (Oxford UniversityPress, New York, 1973)

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272 第 11 章 膨張する宇宙

22. M.W. Feast and A.R. Walker, Ann. Rev. Astron. Ap., 25 (1987) 345

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