8
1. はじめに ボルト・ナットに代表されるねじ部品は,機械構造 物や機器の締結にもっとも広く使用されている機械要 素である.一般に締め付け作業は常温状態で実施され るが,運転状態になって熱負荷を受けると,締結部周 辺の不均一な温度分布によりボルト軸力は変化する. その結果,過大なボルト軸力やゆるみが発生し,最悪 の場合は機械構造物全体の機能喪失につながることが ある.とくに,熱負荷を受け始めて比較的短い時間内 の非定常温度場状態では,ボルト軸力が大きく変化す るケースが多い.以上の点から,機械や機器の運転状 態におけるボルト軸力と曲げモーメントの時間変化を 簡単に推定できる手法の確立は,締結部の安全管理の 観点から重要といえる.近年,有限要素法に代表され る数値解析技術はめざましい発展を遂げており,接触 面の熱抵抗を考慮して,熱負荷を受けるボルト締結体 の熱・力学挙動を高い精度で推定できる手法が提案さ れている 1),2) .しかしながら,締結部の形状や材料, 締め付け条件,熱負荷の作用形態は多岐にわたってお り,それぞれの場合に対して数値解析を実施すること は必ずしも実用的ではない. そこで本研究では,締結部周辺の温度をサーモグラ フィで測定することにより 3) ,ボルト軸力と発生する 曲げモーメントの時間変化を,実用的な精度で求める ことができる簡易推定法を提案する.簡易推定法では, 締結体各部の寸法と材料特性,締め付け条件を既知と し,ボルト締結体を一次元ばねの集合体としてモデル 化する.また,入力として与えるボルトの周辺温度は, サーモグラフィによる実測値の代わりに,文献 2 で提 案した解析手法を用いて求めた結果を使用する.提案 する簡易推定法の有効性は,ボルト軸力と曲げモーメ ントの時間変化について,上記の有限要素解析から得 られた結果と比較することにより確認する.本研究の 完成により,ボルト軸力と曲げモーメントの時間変化 を非接触かつリアルタイムで推定することが可能とな るため,運転状態における締結部の安全性向上に貢献 できると考えられる. 2. 熱負荷によるボルト軸力変化と 曲げモーメント発生のメカニズム 4) A Simplified Method for Estimating Variations of Bolt Preload and Bending Moment in Bolted Joints under Thermal Load By Toshimichi FUKUOKA and Naoya YAMAMOTO Bolts and nuts are the most commonly used machine elements to clamp multiple parts and structural members. When a bolted joint is subjected to thermal load, the bolt preload varies greatly or to some extent and the bending moment may be generated in the bolt body, due to differential thermal expansions among clamped parts. The variations of bolt preload and bending moment sometimes cause failure or fracture of the bolted joint, and it may lead to fatal accidents of machines and structures. In this paper, a simplified method for estimating the variations of bolt preload and bending moment with time is proposed using elementary theory of solid mechanics. The required input data are the surface temperatures around the bolted joint, which can be measured by thermography without touching the target structure. The effectiveness of the proposed method is demonstrated by comparing the estimated values with those obtained by three-dimensional Finite Element Analysis. *原稿受付 平成 28 2 1 日. **正会員 神戸大学(神戸市東灘区深江南町5-1-1 ). *** 神戸大学大学院海事科学研究科 熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と 曲げモーメントの簡易推定法 福 岡 俊 道 ** 山 本 尚 哉 *** Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第4 号(2016) ― 124 ―

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Journal of the JIME Vol.00, No.00(2005) -1- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

1. はじめに

ボルト・ナットに代表されるねじ部品は,機械構造

物や機器の締結にもっとも広く使用されている機械要

素である.一般に締め付け作業は常温状態で実施され

るが,運転状態になって熱負荷を受けると,締結部周

辺の不均一な温度分布によりボルト軸力は変化する.

その結果,過大なボルト軸力やゆるみが発生し,最悪

の場合は機械構造物全体の機能喪失につながることが

ある.とくに,熱負荷を受け始めて比較的短い時間内

の非定常温度場状態では,ボルト軸力が大きく変化す

るケースが多い.以上の点から,機械や機器の運転状

態におけるボルト軸力と曲げモーメントの時間変化を

簡単に推定できる手法の確立は,締結部の安全管理の

観点から重要といえる.近年,有限要素法に代表され

る数値解析技術はめざましい発展を遂げており,接触

面の熱抵抗を考慮して,熱負荷を受けるボルト締結体

の熱・力学挙動を高い精度で推定できる手法が提案さ

れている 1),2).しかしながら,締結部の形状や材料,

締め付け条件,熱負荷の作用形態は多岐にわたってお

り,それぞれの場合に対して数値解析を実施すること

は必ずしも実用的ではない.

そこで本研究では,締結部周辺の温度をサーモグラ

フィで測定することにより 3),ボルト軸力と発生する

曲げモーメントの時間変化を,実用的な精度で求める

ことができる簡易推定法を提案する.簡易推定法では,

締結体各部の寸法と材料特性,締め付け条件を既知と

し,ボルト締結体を一次元ばねの集合体としてモデル

化する.また,入力として与えるボルトの周辺温度は,

サーモグラフィによる実測値の代わりに,文献 2で提

案した解析手法を用いて求めた結果を使用する.提案

する簡易推定法の有効性は,ボルト軸力と曲げモーメ

ントの時間変化について,上記の有限要素解析から得

られた結果と比較することにより確認する.本研究の

完成により,ボルト軸力と曲げモーメントの時間変化

を非接触かつリアルタイムで推定することが可能とな

るため,運転状態における締結部の安全性向上に貢献

できると考えられる.

2. 熱負荷によるボルト軸力変化と

曲げモーメント発生のメカニズム4)

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法*

福岡俊道** 山本尚哉***

A Simplified Method for Estimating Variations of Bolt Preload and Bending Moment in Bolted Joints under Thermal Load

By Toshimichi FUKUOKA and Naoya YAMAMOTO

Bolts and nuts are the most commonly used machine elements to clamp multiple parts and structural

members. When a bolted joint is subjected to thermal load, the bolt preload varies greatly or to some extent and the bending moment may be generated in the bolt body, due to differential thermal expansions among clamped parts. The variations of bolt preload and bending moment sometimes cause failure or fracture of the bolted joint, and it may lead to fatal accidents of machines and structures. In this paper, a simplified method for estimating the variations of bolt preload and bending moment with time is proposed using elementary theory of solid mechanics. The required input data are the surface temperatures around the bolted joint, which can be measured by thermography without touching the target structure. The effectiveness of the proposed method is demonstrated by comparing the estimated values with those obtained by three-dimensional Finite Element Analysis.

*原稿受付 平成 28年 2月 1日. **正会員 神戸大学(神戸市東灘区深江南町5-1-1). *** 神戸大学大学院海事科学研究科

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と

曲げモーメントの簡易推定法*

福 岡 俊 道**  山 本 尚 哉***

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 124 ―

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00, No.00(2005) -2- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

heat

modeled into a bolted jointwith simple configuration

(a) bolted joint having common shapesubjected to thermal load

LfFb Fb+Fb

M

(b) initial clamping state (c) under thermal load

heat flux heat convectionboundary

thermography

left portion right portion

図 1 熱負荷を受けるボルト締結体

ボルト締結体にはさまざまな形態の熱負荷が作用し,

その結果生じた各部の熱膨張差により,ボルト軸力が

大きく変化し,同時に強度上問題となるレベルの曲げ

モーメントが発生することがある.図 1(a)は,実機で

しばしば見受けられる「ボルト軸の直角方向に熱が流

れる締結部」の一例を示している.図 1(b)は,図 1(a)のボルト締結部まわりを取り出してモデル化したもの

で,熱負荷を受ける前の初期締め付け状態を示してい

る.図中のLfは,被締結体の厚さの合計であるグリッ

プ長さを表している.初期締め付け状態では,ボルト

には軸力Fbの引張力,被締結体にはそれと釣り合う圧

縮力が発生している.この状態において,ボルトに曲

げモーメントは作用していない.本研究では,本来熱

伝導で熱が流れるボルト締結部の周辺を,図 1(c)のよ

うに被締結体の左端は熱流束境界,右端は熱伝達境界

に置き換える.その結果,左端からの入熱量と右端か

らの放熱量を種々変化させることにより,締結部がさ

まざまな加熱状態にある場合を再現する.ここで,締

結部表面の熱伝達率をほぼ一定と仮定して,締結部を

3 つの部分に分けて各部の温度を考察すると,各部の

温度は(被締結体の左側部分)>(ボルト・ナット)

>(被締結体の右側部分)となる.その結果,通常の

加熱状態では被締結体の左右部分の平均熱膨張量がボ

ルトの熱膨張量より大きくなるので,ボルト軸力はFbだけ上昇する.また,被締結体の左側部分の熱膨張量

は右側に比べて大きくなるため,ボルトには曲げモー

メントMが発生する. ボルト・ナットの締め付け作業は,通常室温で実施

される.そのために締結部が熱負荷を受けると,程度

の差はあるがボルト軸力は変化し,熱流れの方向によ

っては曲げモーメントが発生する.その場合,ボルト

Fb

kth

ks

kcyl

khd

kfbolt cylindricalportion

engaged threads

unengagedthreads

fastenedplates

bolt head

engagedthreads

unengagedthreads

bolt cylindricalportion

bolt head

fastenedplatesbolt preload

Ls

Lcyl

Lth

Lhd

図 2 一次元ばねモデルで表したボルト締結体 軸力が大きく上昇すると,ねじ部品の塑性変形と座面

の陥没が発生することがある.反対に軸力が大きく低

下すると,ゆるみによるトラブルが発生し,繰り返し

荷重を受ける締結部ではボルトの疲労破壊,管フラン

ジ締結体では内部流体の漏洩が問題となる. 以上の考察より,熱負荷を受けるボルト締結体の安

全性をチェックするためには,ボルトの軸力変化と曲

げモーメントの大きさを非接触かつリアルタイムで評

価する必要がある.一般に,軸力や曲げモーメントの

測定にはひずみゲージが広く使用されている.しかし

ながら,実機への装着が必要となること,熱負荷を受

けるボルトの軸力変化を測定できる高温ひずみゲージ

は,通常のひずみゲージに比べて使用方法がかなり難

しいという点から必ずしも実用的ではない.そこで本

研究では,図 1(c)に示したように,サーモグラフィを

用いてリアルタイムで計測した締結部周辺の温度から,

実用的な精度で軸力変化と曲げモーメントを推定でき

る手法を提案する.

3. ボルトの軸力変化と曲げモーメントの

計算方法

3.1 ボルト締結体の一次元ばねモデル

本研究では,ボルト締結体の各部の剛性を一次元ば

ねモデルで表すことにより,熱負荷を受けたときの軸

力変化と発生する曲げモーメントを求める.図 2 は,

ボルト締結体各部の軸方向剛性を一次元ばねモデルで

表したものである.初等材料力学の理論より,軸方向

荷重を受ける長さL,断面積A,ヤング率Eの真直棒

のばね定数kは /AE Lで表される.はめあいねじ部,

遊びねじ部,ボルト円筒部,ボルト頭部のばね定数(kth,

ks,kcyl,khd)は,いずれもこの形式で表すことがで

きる 5).

, , , S b S b b bth s cyl hd

th s cyl hd

A E A E AE AEk k k kL L L L

(1)

Asは JIS で規定されている有効断面積,A は呼び径 dに対して計算したボルト円筒部断面積,LsとLcylは遊

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 125 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法 527

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vo00,No. 00(2005) -3- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

Do

Bthin cylinder

Lf

thickcylinder

thickcylinder

plateplate

40~45° 40~45°

plate

thick cylinderB + Lf < Do

B + Lf > Do

contactpressure

contactpressuredh

図 3 被締結体の剛性評価モデル

kf12

kf12

0 +ztm-ztmheat flux heat convection

boundary

temperature measuring pointsby thermography

kb

leftportion

rightportion

図 4 被締結体の剛性の考え方

びねじ部とボルト円筒部の長さ,Ebはボルト・ナット

材料のヤング率である.LthとLhdは,はめあいねじ部

とボルト頭部の“等価長さ”で,概略値は次式で計算

できる 6).

0.85 , 0.55th hdL d L d (2)

被締結体の剛性を評価する場合,図3に示したように,

グリップ長さLfと被締結体の外径D0の比によって「細

円筒」,「太円筒」,「平板」に分類される.例えば D0

がナットの平均直径Bとほぼ等しい「細円筒」の場合,

被締結体のばね定数kfは,中空円筒の断面積と被締結

体材料のヤング率 Efの積をグリップ長さ Lfで除した

値となる.

2 20

4h f

ff

D d Ek

L

(3)

dh はボルト穴径である.「太円筒」,「平板」に対する

kfの詳細な評価方法は文献 6,7 に示されている. 3.2 軸力変化の計算モデル

熱負荷を受けたときの軸力変化Fb と発生する曲げ

モーメントMは,図 4 のように,ボルト締結体を「被

bfL

R

LLf

(b) free expansion of each portion (c) under thermal load

compression tension tension

rigid body

actualdeformation

b

rigid body

rigid body

RLf

b Lb

f

FR> 0> 0FL< 0

M

FbL

L

rigid body

(a) initial clamping state (Fb = 0 )

rigid body

kb kf21kf2

1

(=kL) (=kR)

図 5 3 本の真直棒で構成された簡易解析モデル 締結体の左半分」,「ボルト・ナット」,「被締結体の右

半分」の 3 つの部分に分けて,それぞれの部分を軸方

向の変形が互いに拘束された3本の真直棒に置き換え

て求める.ここで,灰色で示した被締結体の左右部分

の各剛性は全体の剛性kfの1/2となる.図中のztmは,

サーモグラフィによる被締結体表面温度の測定点を示

しており,左右の測定点はボルト軸から等距離とする.

kbはボルト・ナットの引張ばね定数を表し,式(1)に示

した 4つのばね定数を直列結合した値に等しい. 図 5 は設定した簡易解析モデルを示しており,「初

期状態からの軸力変化Fb」を求める.初期状態では,

図 5(a)のようにFbは零でボルトに曲げモーメントは

作用していない.熱負荷を受けるとボルトを中心とし

て被締結体の左右の部分の熱膨張量が異なるために軸

力が変化し,同時に曲げモーメントが発生する.図の

ように 3本の真直棒を剛体で拘束すると,変形後の各

部の長さが等しいと仮定したことになる.図 5(b)は,

それぞれの真直棒が自由膨張したときの変形量を示し

ている.ここで,bとfはボルト・ナットと被締結体

材料の線膨張係数,TL,Tb,TRは各部の温度上昇 を示しており,L はグリップ長さLfに等しい.図 5(c)に示したように,3 本の真直棒の変形量が等しいと仮

定すると,各部分に圧縮力FL,引張力Fb,引張力FR

が作用し,それらの合計は零となる.

0L b RF F F (4)

また図 5(c)を参照して,各部分の変形量が等しいこと

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 126 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法528

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00, No.00(2005) -4- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

から次式を得る. bL R

f L b b f Rf b f

LL LT L T L T LE E E

(5)

ここでL,b,Rは各部分に発生する応力の変化

量であり,それぞれの断面積 AL,Ab,ARを用いて以

下のように表すことができる.

, , bL RL b R

L b R

FF FA A A

(6)

式(6)を式(5)に代入し,各部のばね定数kb,kL,kRを

1, 2

L f R fb bb L R f

A E A EA Ek k k kL L L

(7)

とおくと次式を得る.

bL Rf L b b f R

L b R

FF FT L T L T Lk k k

(8)

式(4)と式(8)を FL,Fb,FR に関する三元連立一次方

程式として解くと,

2

2

14

14

f b RL f R b b f L b b

b f R

f L bR f L b b f R b b

b f L

b L R

k L k kF T T T Tk k k

k L k kF T T T Tk k k

F F F

(9)

となり,ボルトの軸力変化Fbが求められる. 3.3 曲げモーメントの計算モデル

曲げモーメントMは,FLとFRの値を用いて形式的

に次式で計算できる.

2L R

nuF FM d

(10)

ここで dnu は,ナット座面の摩擦力が集中荷重として

作用すると仮定したときの直径で“等価摩擦直径”と

呼ばれている 8),9).ところで,式(5)に示した FLと FR

の計算式の導出過程では,はめあいねじ部とボルト頭

部の曲げ変形を考慮していない.そこで曲げモーメン

トの計算モデルでは,図 6 に示したように,はめあい

ねじ部を等価な剛性を持つ円柱に置き換えて曲げ変形

を考慮する.またFLとFRは,等価摩擦直径上に作用

すると仮定している.円柱の高さは,管フランジのボ

ルト締め付け過程を解析した過去の研究 10)を参照し

て,呼び径 dの 0.27 倍と置く.FLとFRの作用による

上向きと下向きのたわみ量は,ボルト軸を固定壁とし

て 1 個の集中荷重を受ける片持ちばりとして求める.

3

2 111 12

3

L nu

Lth hd

F d

E I I

(11)

0.27d

dnu

FRFLFb

cylinder modelwith equivalent stiffness

actual shape aroundengaged threads

図 6 はめあいねじ部と等価な剛性を持つ円柱 上式は FLによるたわみLを示している.Ithと Ihdは,

はめあいねじ部とボルト頭部の断面二次モーメントで

あり,いずれもはりの幅をボルトの呼び径と等しい d,高さを0.27dとしている.ポアソン比に関する項は,

はめあいねじ部とボルト頭部の幾何学的な奥行きを考

慮して,変形モードを平面ひずみ状態と仮定したこと

による.なお,FLをFRに書き換えるとFRによるたわ

みRが計算できる.以上の結果得られたFLとFRに よるたわみ量の計算式を式(8)の第1式と第3式に加え,

前節と同じ要領で連立一次方程式を解くと,式(10)を用いて曲げモーメントを求めるためのFLとFRの計算

式が得られる.

1 1

1 1 1 1 1

1 1

f R b b f L b b bb R

L

bL b R b b

R b b b f L LL b

T T T T K k Lk k

Fk K Kk k k k k

F k T T L F Kk k

(12)

式中のKは,式(11)を変形して得られるL/FLに等しく,

ばね定数の逆数(コンプライアンス)の次元を持つ量

である. 3.4 数値実験に使用する解析モデルと境界条件 提案する簡易推定法の妥当性は,過去の研究で提案

した「接触熱抵抗の影響を考慮した三次元有限要素解

析による温度場/応力場の連成解析手法 2)」を用いて

得られた結果と比較することにより検証する.そこで

入力データについても,有限要素解析から得られる締

結部周辺の温度をサーモグラフィによる測定温度の代

わりに使用する.なお,数値実験に使用する有限要素

解析の有効性については,文献 2 において図 1(c)と類

似の条件で加熱実験を実施してボルト軸力と締結体ま

わりの温度を測定し,数値解析結果を比較することに

より確認している.図 7 は解析モデルの一例であり,

対称性を考慮して全体の 1/2 をモデル化している.要

素数と節点数は 16680 と 12702 である.ボルトの呼

びは M16,被締結体はブロック形状の単一弾性体で,

グリップ長さLf は呼び径 dの 4倍,被締結体の幅と

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 127 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法 529

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vo00,No. 00(2005) -5- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

図 7 有限要素モデルの一例(M16)

表 1 ボルト締結体の材料定数

(1/K) (kg/m3) c (J/kgK) λ (W/mK) E (GPa) S45C 11.8×10-6 7850 473 51.5 207 0.279

SUS304 17.3×10-6 7920 499 16 195 0.25A2024 23.2×10-6 2770 880 120 73 0.331

長さは,それぞれ 2d と 4dである.被締結体の左端面

は熱流束境界,右端面は熱伝達境界,それ以外の表面

はボルト・ナットの表面も含めて断熱境界とする.以

下に解析条件を示す. ボルトの呼び:M16,M12(ボルト穴径:19mm,

13.5mm),グリップ長さLf:Lf /d =4, 5, 6,締結部

材料:ステンレス鋼SUS304,炭素鋼S45C,アル

ミニウム合金 A2024,被締結体左端面の熱流束:

11.72kW/m2,7.81 kW/m2,右端部の表面熱伝達

率:25W/m2K 熱流束の大きさは,Lf /d =4 の被締結体においてM16では 24W,M12 では 6W で加熱した場合に対応して

いる.それ以外の条件として,初期ボルト軸応力iは

100MPa,接触面の摩擦係数と表面粗さ Ra は,それ

ぞれ 0.15,3.2m とする.ここで,ボルトの呼びが

M16,締結部材料SUS304,グリップ長さがLf /d =4の場合を標準解析条件とする.表 1に解析に使用した

材料定数をまとめている.,,c,,E,は,それ

ぞれ線膨張係数,密度,比熱,熱伝導率,ヤング率,

ポアソン比で,いずれも常温における値である 11).ボ

ルト・ナットと被締結体は同じ材料とする.数値計算

は汎用構造解析用ソフトウェアABAQUS Ver.6.12 に

より実施した.

4. 解析結果

4.1 軸応力と曲げ応力の時間変化

計算結果は,軸応力と曲げ応力の時間変化として示

0.95

1

1.05

1.1

1.15

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

Heating time (s)

b /

i

SUS304M16

recommended

(a) Axial bolt stress

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

SUS304M16 bn

d /

i

recommended

Heating time (s)(b) Bending stress

図 8 軸応力と曲げ応力の時間変化(標準解析条件) す.図 8(a),(b)は,標準解析条件における軸応力b と

ボルトに発生する曲げ応力bnd の時間変化を示してい

る.ここでbndは,式(10)の曲げモーメントMをボル

ト軸部の断面係数で除して求めている.またb とbnd

は,いずれも初期軸応力iで除して無次元化している.

サーモグラフィによる被締結体表面の温度測定点 ztm

は,呼び径 d に対する比で 0.8,1.0,1.3 と変化させ,

有限要素解析による結果を比較している. 図より,軸応力b についてはボルト軸から離れた

ztm/d =1.3,曲げ応力bndは一番近い ztm/d = 0.8 におけ

る値が有限要素解析ともっとも近い結果を与えている.

また,軸応力のピークは加熱を開始して短時間の間に

発生しており,簡易推定法はその挙動を実用的に十分

な精度で再現している.一方,加熱時間が経過して定

常状態に近づくと,軸応力変化は小さめに評価されて

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 128 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法530

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00, No.00(2005) -6- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

図 9 有限要素解析による温度分布の一例

いる.その原因は,複雑な締結部形状を図 5のように

簡略化したことによると推察される.曲げ応力につい

ては,加熱開始から単調に増加し,定常状態に近づく

とほぼ一定値となり,それらの挙動は加熱過程全般に

わたってかなり精度よく再現されている. 図 9は,有限要素解析の一例として,標準解析条件

において軸応力b がピークに達したときの温度分布

を示している.初期温度は零としている.加熱時間は

1602 秒,最高温度は 105℃である.この後定常状態に

なると,最高温度が 500℃程度まで上昇することから,

軸応力は締結部温度が低い段階で最大値に達するとい

える. 4.2 締結部材料,呼び径,グリップ長さの影響

熱負荷を受けるボルト締結体の挙動は,表 1の材料

定数の差から予測されるように締結部材料によって大

きく変化する 1).そこで図 10(a),(b)では,標準条件に

対して締結部材料をS45C に変更したときの軸応力と

曲げ応力,図 10(c)は A2024 の場合の曲げ応力を示し

ている.簡易推定法の精度は,いずれのケースも

SUS304の場合に比べて同程度かやや高めとなってい

る.締結部材料がA2024 の場合,熱伝導率がSUS304の約 8 倍と高いために曲げ応力bndは 1 桁以上小さい

が,推定精度はかなり高い.図 11(a),(b)は,標準条件

に対してボルトの呼びを M12 とした場合の軸応力と

曲げ応力を示している.後者については,図 8,図 10に比べて有限要素解析との差がやや大きいが,実用的

に有効なレベルの精度を有していると考えられる.図

12(a),(b)は,M12 の解析モデルを用いて,標準条件に

対してグリップ長さを変化させた場合の軸応力と曲げ

応力の計算結果を示している.グリップ長さ Lf と呼

び径 d の比Lf /d はそれぞれ 6 と 5 である.加熱時間

が短い範囲において,曲げ応力の推定精度がやや低い

が,全体に簡易推定法としては十分な精度を有してい

0.99

1

1.01

1.02

1.03

1.04

1.05

1.06

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

S45CM16

b /

i

recommended

Heating time (s)

(a) Axial bolt stress

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

0.12

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

S45CM16 bn

d /

i

recommended

Heating time (s)(b) Bending stress

0

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

0.03

0.035

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

A2024M16

Heating time (s)

bnd

/i

recommended

(c) Bending stress 図 10 締結部材料の影響

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 129 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法 531

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vo00,No. 00(2005) -7- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

0.98

1

1.02

1.04

1.06

1.08

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

SUS304M12

Heating time (s)

b /

i

(a) Axial bolt stress

recommended

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

SUS304M12

bnd

/i

Heating time (s)(b) Bending stress

recommended

図 11 呼び径の影響

る.以上,前節と本節の計算結果より,被締結体表面

温度の適切な評価点は,軸応力の場合は ztm/d = 1.3,曲げ応力の場合は ztm/d = 0.8 と考えられる. 4.3 考察

3.4 節で設定した解析モデルでは,本来熱伝導が支

配的なボルトの軸直角方向の熱流れ現象を,左端面の

熱流束境界と右端面の熱伝達境界に置き換えて模擬し

ており,それ以外の面は断熱境界と仮定している.本

節では,これまで断熱境界と仮定していたボルト締結

体表面からの放熱の影響について考察する.そこで,

締結体表面からの放熱量と締結体内部を熱伝導で流れ

る熱の割合が,熱伝達率と表面積の積で評価できると

仮定する.標準解析条件のモデルでは,断熱境界の面

積は熱伝達境界の約 6倍となっている.また被締結体

右端面の熱伝達率は 25W/m2K である.そこで,断熱

境界と仮定した表面の熱伝達率を0.5W/m2Kとすると,

0.98

1

1.02

1.04

1.06

1.08

1.1

1.12

0 1 104 2 104 3 104 4 104 5 104 6 104

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

Heating time (s)

b /

i

SUS304M12

(a) Axial bolt stress

Lf / d = 6

recommended

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm

/ d = 0.8

ztm

/ d = 1.0

ztm

/ d = 1.3

SUS304M12Lf / d = 5

bnd

/i

recommended

Heating time (s)

(b) Bending stress 図 12 グリップ長さの影響

熱伝達による放熱量と熱伝導で流れる熱量の比は

12%となる.その場合の軸応力と曲げ応力の挙動は,

図には示していないが,前節と同じく簡易推定法は十

分な精度を有している.熱伝達率をさらに上げて

1W/m2K とすると,熱量の割合は 24%となり,その

場合の推定精度は図13(a)に示すようにやや低下する.

しかしながら,同条件における曲げ応力については,

図 13(b)のように十分な精度を有している.以上の結

果から,本研究で提案した簡易推定法は,締結体内部

の熱伝導による熱流れに対して,表面からの放熱量が

かなり大きくなる場合を除いて有効と考えられる.

5. 結 言

(1) ボルトの軸直角方向に熱が流れる締結部を対象と

して,締結部周辺温度をサーモグラフィで測定するこ

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 130 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法532

日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00, No.00(2005) -8- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

0.95

1

1.05

1.1

1.15

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm / d = 0.8

ztm / d = 1.0

ztm / d = 1.3

Heating time (s)

b /

i

SUS304M16

(a) Axial bolt stress

Ratio of the heat flow convected into ambient to that conducted throuh block = 24%

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

FEM

ztm / d = 0.8

ztm / d = 1.0

ztm / d = 1.3

bnd

/i

Heating time (s)

(b) Bending stress

Ratio of the heat flow convected into ambient to that conducted throuh block = 24%

SUS304M16

図 13 締結部表面からの放熱の影響 とにより,ボルト軸力と曲げモーメントの時間変化を

実用的な精度で推定できる簡易推定法を提案した.使

用した簡易解析モデルでは,一次元ばねモデルと材料

力学の初等理論を応用して,ボルト締結体を 3本の真

直棒に置き換えている. (2) 締結部材料については,熱伝導率が大きく異なる

ステンレス鋼,炭素鋼,アルミニウム合金を対象とし

て,ボルトの軸応力と曲げ応力の時間変化を求め,実

験で有効性が証明されている三次元有限要素解析手法

を用いて計算した値と比較することにより,簡易推定

法の有効性を示した. (3) 締結部形状については,ボルト・ナットの呼び径

とグリップ長さを変化させた場合について,有限要素

解析の結果と比較することにより,簡易推定法の妥当

性を確認した.

(4) 熱的条件については,締結体内部を熱伝導で流れ

る熱量に対して,締結体表面からの放熱の割合がかな

り大きくなる場合を除いて有効であることを示した. (5) 本研究で提案した簡易推定法は,定常状態におけ

る軸応力を低めに評価する傾向があるが,加熱開始後

に軸応力が最大となる時間帯の挙動と曲げ応力につい

ては高い精度で評価できることから,実用的に有効と

考えられる.

参考文献

1)福岡,許,吉田,日本機械学会論文集(A 編),68-665,(2002),1-7. 2)福岡,野村,篠,日本機械学会論文集(A 編),74-739,(2008),399-405. 3)寺田,阪上(監修),赤外線サーモグラフィによる

設備診断・非破壊ハンドブック,(2004),(社)日本

非破壊検査協会 4)竹内,熱応力,(1971),1-16,日新出版 5)福岡,日マリ学誌,46-3,(2011),406-412. 6)福岡,日本機械学会論文集(A 編),58-549,(1992),760-764. 7)福岡,技術者のための ねじの力学 -材料力学と数

値解析で解き明かす-,(2015),33-52,コロナ社

8)山本,ねじ締結の理論と計算,(1970),77-80,養

賢堂 9)福岡,中野,日マリ学誌,(2016),掲載予定. 10)福岡,高木,日本機械学会論文集(A 編),64-625,(1998),2402-2407. 11)文献 7),21-26.

Journal of the JIME Vol. 51, No. 4(2016) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第51巻 第 4 号(2016)― 131 ―

熱負荷を受けるボルト締結体の軸力と曲げモーメントの簡易推定法 533