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- 海底下7000mへの挑戦 - 「ちきゅう」発進 10 伊 藤  充 (独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構 石油・天然ガス開発技術調査グループ グループリーダー  海洋石油開発の動向について 1.はじめに 海洋石油開発に関する現在の技術課題としては、大水深化、あるいは、埋蔵量が小規模な油田開発の ためのコスト削減への対応が挙げられる。本講演では、海洋石油開発の現状と技術課題についてレ ビューし、最後に、()石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が実施してきた海洋に関する掘 削・開発プロジェクトと調査・研究実績について紹介する。 2.海洋石油掘削・開発システム概説 海洋における掘削リグは着底式と浮遊式に大別 される。生産システムとは異なり、いずれもある 地点で一定期間掘削した後、別の掘削現場へ移動 することから、英語ではMODUMobile Offshore Drilling Unit)と呼称されている。ジャッキアップ リグとサブマーシブルリグは着底式で、セミサブ (半潜水型)リグとドリルシップ(船型リグ)は 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(略称 資源機構またはJOGMEC) 石油・天然ガス開発技術調査グループ グループリーダー 伊藤 充(いとうみつる) 1977年 東京大学工学部資源開発工学科卒業 石油開発公団(当時)入団 技術部、計画部、プロジェクト企画室他の部署に勤務 1993年~1996年  Bunduq Co.(アラブ首長国連邦) Development Manager アラブ首長国連邦 とカタールの国境を跨ぐ海洋油田ブンドク油田の操業に従事 2002年~2005年  石油公団ロンドン事務所長(駐在期間中に石油公団から資源機構に組織変更) 2005年7月より現職 特別講演 図1:各種掘削リグ サブマージブル ジャッキアップ セミサブ ドリルシップ 浮遊式である。 着底式掘削リグは、比較的浅い海域に用いられ る。ジャッキアップ式掘削リグの最大稼動水深は、 190mと言われている。ジャッキアップ式は、一般 に3脚のレグでハルを支える構造となっていること から、120m以深で稼動可能なリグは少ない。図-1 に示したサブマージブル式掘削リグは浅海域用で あり、水深が数m程度の海域で利用される。

海洋石油開発の動向について - JAMSTEC - JAPAN ... Jacket/GBS/Tower 図4:世界の大水深油ガス田分布 図5:海洋石油開発システム設置水深の推移

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-海底下7000mへの挑戦-「ちきゅう」発進

10

伊 藤  充(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構石油・天然ガス開発技術調査グループグループリーダー 

海洋石油開発の動向について

1.はじめに

海洋石油開発に関する現在の技術課題としては、大水深化、あるいは、埋蔵量が小規模な油田開発の

ためのコスト削減への対応が挙げられる。本講演では、海洋石油開発の現状と技術課題についてレ

ビューし、最後に、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が実施してきた海洋に関する掘

削・開発プロジェクトと調査・研究実績について紹介する。

2.海洋石油掘削・開発システム概説

海洋における掘削リグは着底式と浮遊式に大別

される。生産システムとは異なり、いずれもある

地点で一定期間掘削した後、別の掘削現場へ移動

することから、英語ではMODU(Mobile Offshore

Drilling Unit)と呼称されている。ジャッキアップ

リグとサブマーシブルリグは着底式で、セミサブ

(半潜水型)リグとドリルシップ(船型リグ)は

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(略称 資源機構またはJOGMEC)石油・天然ガス開発技術調査グループグループリーダー伊藤 充(いとうみつる)

1977年 東京大学工学部資源開発工学科卒業石油開発公団(当時)入団 技術部、計画部、プロジェクト企画室他の部署に勤務

1993年~1996年 Bunduq Co.(アラブ首長国連邦) Development Manager アラブ首長国連邦とカタールの国境を跨ぐ海洋油田ブンドク油田の操業に従事

2002年~2005年 石油公団ロンドン事務所長(駐在期間中に石油公団から資源機構に組織変更)

2005年7月より現職

特 別 講 演

図1:各種掘削リグ

サブマージブル ジャッキアップ セミサブ ドリルシップ

浮遊式である。

着底式掘削リグは、比較的浅い海域に用いられ

る。ジャッキアップ式掘削リグの最大稼動水深は、

190mと言われている。ジャッキアップ式は、一般

に3脚のレグでハルを支える構造となっていること

から、120m以深で稼動可能なリグは少ない。図-1

に示したサブマージブル式掘削リグは浅海域用で

あり、水深が数m程度の海域で利用される。

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平成17年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC2006

セミサブ式掘削リグ(最大稼動水深:2,500m)

はロワーハルにバラスト水を注入して喫水を調整

し、係留索により係留され、大水深(一般に

1,400m以上)ではDynamic Positioning System (DPS)

を装備して位置保持される。ドリルシップ(最大

稼動水深:3,600m)も係留されるが、船体に設け

られた掘削用パイプを揚降管する開口部(ムーン

プール)を持つタレット部分で係留される。浮遊

式掘削リグの場合、いずれも波浪による船体動揺

は避けられないので、搭載される掘削リグには動

揺を補正するシステム等の特殊装備が必要となる。

浮遊式掘削リグ、特にセミサブ式は、大水深に対

応するため、バリアブルロード(動的荷重)を大

きくする必要があり、大型化が進んでいる。

上記の掘削リグを用いた石油の探鉱が成功した

場合に開発に移行するが、そのための開発システ

ムも固定式生産システムと浮遊式生産システムの

2つに大別され、それらの選定は、油ガス田の海・

気象条件、油層・生産条件、安全性基準等に基づ

いて行われる(図-2参照)。

3. 海洋石油開発の歴史

本格的な海洋石油開発は、第二次世界大戦後の

1947年に米国メキシコ湾のルイジアナ州沖合水深

60mの海域で、テンダーポート付きのジャケット

からの海洋掘削に始まったとされる。石油開発に

関連した最大水深の推移は、図-3に示す通りであ

り、2004年6月時点での最大適用水深は、探鉱掘

削については、メキシコ湾でのドリルシップによ

る3,051mとなっており、生産システムについては、

海底仕上げ坑井2 ,314m、浮遊式生産システム

1,920mとなっている。

SPS

Bottom Supported System Floating System

Deepwater Concept

GBS CPT TLP FPS SPARFPSOJacket

図2:海洋石油開発システム

図3:石油掘削・生産最大適用水深の推移

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-海底下7000mへの挑戦-「ちきゅう」発進

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4.海洋石油開発の現状

1990年代に、技術革新とコスト削減により海洋

石油開発は急速に大水深海域へ進展した。従来は、

メキシコ湾とブラジル沖で、ShellとPETROBRAS

が競うように大水深海域での開発をリードしてき

たが、北海と北大西洋、西アフリカでも多くの石

油開発プロジェクトが進展しつつある。東南アジ

アは、これらの地域と比べてフィールド数は少な

いが、漸く水深1,000m級の開発が始まったところ

である(図-4参照)。

海洋石油開発システムの設置水深の推移を図-5

に示す。水深1,000mを超える海域には、SPS (300

基以上)、FPSO/FSO(約40基)、TLP(18基)、及び、

SPAR(13基)が多く使われている。SPARは最も新

しい浮遊式生産システムであり、1997年にメキシ

コ湾のNeptuneフィールドで初めて適用されて以

来、建造コストが低く、プラットフォーム上での

坑井改修が可能なため、メキシコ湾で急速に適用

されるようになった。

5.海洋石油開発に関する研究開発動向

1980年代から大水深開発を目指して数多くの研

究開発とコストダウンが実施され、その成果に基

づいて、1990年代の飛躍的な大水深開発が実現し

た。研究開発の多くは、民間企業ばかりでなく政

府も参加する共同研究(JIP:Joint Industry Project)

として実施されてきた。

それらの中で、特に、PETROBRASがCampos

Basinを対象として進めているPROCAP2000(2001

年からはPROCAP3000)と、欧米の石油会社が参

加してメキシコ湾を対象とするDeepStarが先端的な

研究開発を行い、大水深石油開発に成果を上げて

おり、それらの主要な技術課題は次の通りである。

・ 浮遊式生産システム:TLP、FPS、FPSO、

SPAR などの大水深海域への適用

・ 海底生産システム:海底仕上げと海底坑口装置

の大水深海域への適用、多相流ポンプ、多相

流メーター、海底セパレーターの開発

・繋ぎ込みと保守のためのROV技術の大水深海域

への適応

・生産流体の流路保全(Flow Assurance)

6.JOGMECの海洋掘削・開発プロジェクトと

調査・研究実績

JOGMECでは、旧石油公団が設立された昭和42

年度から、経済産業省(旧通商産業省)からの受

託事業として、我が国大陸棚周辺における石油の

探鉱と地質調査を目的とした「基礎試錐」を実施し

てきている。海洋における最初の基礎試錐は、昭

和42年に秋田県沖合の水深18mの地点で実施した

「西目沖」であり、それ以来、平成15年度までに、

合計27坑の海洋における基礎試錐を実施してい

る。その中でライザーを用いた最大水深は、平成

14年度に新潟県沖合で実施した「佐渡南西沖S」の

971mであり、また、最大掘削深度は、平成4年度

に秋田県沖合で実施した「由利沖中部」の5,000mと

なっている。

北海北大西洋

メキシコ湾

カリフォルニア沖

水深300m以上の大水深開発地域

ブラジル沖

西アフリカ東南アジア

巨大油ガス田を含む堆積盆地

産油・ガス堆積盆地

FPS

Floating Facility

Proven

Wate

r D

ep

th (

m)

Production Start Year

1975

2,500

2,000

1,500

1,000

500

0

1980 1985 1990 1995 2000 2005

SPAR

SPS

SPS

TLP

FPSO

Jacket/GBS/Tower

図4:世界の大水深油ガス田分布

図5:海洋石油開発システム設置水深の推移

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平成17年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC2006

その「基礎試錐」の一環として、我が国近海にも

存在すると言われているメタンハイドレートの探

鉱を目的として、平成11年度に、静岡県沖合の

「南海トラフ」で基礎試錐を実施して、メタンハイ

ドレートのコアサンプル採取に成功し、その後、

平成15年度には、東海沖から熊野灘にかけて、合

計32坑の掘削(ライザーレスによる最大水深:

2,033m)を行い、メタンハイドレートの賦存状況

を確認している(図-6参照)。

また、JOGMECとしては、我が国石油開発会社

22社が参加する海外での石油・天然ガス探鉱・開

発プロジェクトに出資または債務保証という形で

支援しており、その中には、ベトナム、マレーシ

ア、インドネシア等の東南アジア、イラン、カ

タール等の中東、サハリン、カスピ海等の旧ソ連

邦、および、ブラジル沖等の海洋油ガス田開発プ

ロジェクトが存在している。

その一方で、JOGMECでは、旧石油公団時代

に、昭和60年度から10年間、海洋の小規模な油田

開発技術に関するハードウェアおよびソフトウェ

アの研究開発を、特別研究「小規模海洋油田開発

技術」として民間会社と共同で実施し、引き続い

て、平成7年度から6年間、水深2,000mまでの大

水深海域に存在する油ガス田をターゲットとし

て、ソフトウェア技術の研究開発を中心に、特別

研究「大水深海洋石油開発技術」を民間会社と共同

で実施した。

その後も、海洋油ガス田開発技術に関する基礎

的な調査を継続実施しており、それらの調査に

よって収集した情報・データを取り纏めた「海洋

工学ハンドブック」の更新と頒布を3年毎に行って

いる。

また、JOGMECでは、メタンハイドレートにつ

いて平成7年度から11年度まで民間会社10社との

共同研究として、探鉱、掘削、生産技術等の要素

技術の研究を実施し、同成果を踏まえ基礎試錐

「南海トラフ」が掘削されている。平成13年度か

らは、経済産業省の受託事業として、メタンハイ

ドレート資源開発コンソーシアムの一員として資

源量評価分野(探査技術分野、開発技術分野)の

研究を担当しており、上記の東海沖から熊野灘に

かけての掘削は、同研究の一環として実施された

ものである。

図6:メタンハイドレートの存在域

BSR(海底擬似反射面)

石油公団他(2001)Kvenvolden(1993)

MITI Nankai Trough