32
第1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 219 第2 企業を取り巻く競争環境と法務機能の強化の必要・・・・・・・・・・・・ 219 1 ビジネスのグローバル化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220 2 イノベーションの加速・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220 3 コンプライアンスの強化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220 4 法務機能の強化の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 221 第3 企業法務部門と外部弁護士・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 222 1 力関係のシフト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 222 2 企業内法務部門の「ルネサンス」と力関係のシフト・・・・・・・・・・・ 224 第4 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能・・・・・・・・・・・・・・ 230 1 「パートナー」機能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 230 2 「ガーディアン」機能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 238 3 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能の関係・・・・・・・・・・・ 241 第5 結語-考えるべき課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 244 1 社会的背景と環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 244 2 アイデンティティの所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245 3 法務部門の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 246 第21回弁護士業務改革シンポジウム【第8分科会】 真の企業競争力の強化に向けた 企業内外の弁護士実務の在り方 - 217 -

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第1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 219

第2 企業を取り巻く競争環境と法務機能の強化の必要・・・・・・・・・・・・ 219

1 ビジネスのグローバル化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220

2 イノベーションの加速・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220

3 コンプライアンスの強化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220

4 法務機能の強化の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 221

第3 企業法務部門と外部弁護士・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 222

1 力関係のシフト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 222

2 企業内法務部門の「ルネサンス」と力関係のシフト・・・・・・・・・・・ 224

第4 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能・・・・・・・・・・・・・・ 230

1 「パートナー」機能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 230

2 「ガーディアン」機能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 238

3 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能の関係・・・・・・・・・・・ 241

第5 結語-考えるべき課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 244

1 社会的背景と環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 244

2 アイデンティティの所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245

3 法務部門の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 246

第21回弁護士業務改革シンポジウム【第8分科会】

真の企業競争力の強化に向けた

企業内外の弁護士実務の在り方

- 217 -

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1

「真の企業競争力の強化に向けた企業内外の弁護士実務の在り方」基調報告書

日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会

企業内弁護士小委員会 座長

弁護士 本間 正浩

第1 はじめに

2018 年,経済産業省は「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究

会」を立ち上げ,報告書を公にした。(以下「法務機能研究会報告書(2018)」という。)1。これによると,現在の環境において,企業の法務機能の強化はその競争力の強化のた

めに重要な課題とされている。本分科会においては,かかる状況下において,法務機能の

あり方についての基礎的な考え方を議論しようとするものである。

本基調報告書においては,まず,企業を取り巻く環境を観察して,法務の強化の必要

性を確認する。次いで,法務機能の担い手となる二大プレイヤー,すなわち,企業法務部

門と外部法律事務所の機能の相違を分析し,両者の関係を検討する。そして,法務機能の

基本的機能たる,いわゆる「パートナー」機能と「ガーディアン」機能について,その意

味および意義をどのように把握するべきであるのか,議論したい。それを踏まえて,我が

国において今後のあるべき形を議論していくにあたっての若干の問題提起を試み,シンポ

ジウム本番の露払いとしたい。

第2 企業を取り巻く競争環境と法務機能の強化の必要

法務機能研究会報告書は,日本経済を取り巻く環境変化として,次の 3 点を挙げ,こ

れに対応する形で企業の法務機能の強化の必要性を提言している。すなわち「ビジネスの

グローバル化のさらなる進展」,「イノベーションの加速」そして「コンプライアンスの強

化」である2。

1 経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」報告書 1-2 頁(2018 年)

https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180418002/20180418002-2.pdf(最終アクセス 2019 年 4 月 30

日)。なお,同研究会では,2019 年において,「法務機能強化実装」および「法務人材育成」の 2 ワーキング

グループを組織し,報告書をより具体化するための研究を継続している。

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/homu_kino/index.html(最終アクセス 2019 年 6 月 2 日)

ちなみに,フランスにおいても,外務省および高等法務研究所(Institut des hautes Études sur la

justice)ならびにフランスにおける企業内法律家団体の一つであるサークル・モンテスキュー(Cercle

Montesquieu)が共同して,フランス企業の国際競争力強化のための法務機能の強化(なかんずく法務部門長

(directeur juridique)の「ジェネラル・カウンセル」モデルへの発展)を唱えたホワイト・ペーパーを公表

している。Antonie Garapon, "The Included Third - The General Counsel's Role and Challenges Under

Globalisation" (IHEJ, 2016) (英語版)https//www.cercle-

montesquieu.fr/global/gene/link.php?doc_id=774&fg=1(最終アクセス 2019 年 4 月 30 日)(以下"The

Included Third (2016)"という。) 大陸法を基礎とした司法制度を前提とし,その枠組みの中で機能するも

のとして弁護士のあり方が築き上げられてきた点で我が国と共通点のある同国における考察として,非常に

参考になる。日仏両国でこのような研究が行われたことは,法務機能の強化が企業競争力にとって重要であ

ることが,国際的な認識になりつつあることの一つの現れであるといえようか。 2 法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,1-2 頁

- 219 -

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2

1 ビジネスのグローバル化

長期的な人口減少等を背景として,日本国内の需要減少が続いている。その中にあ

って,日本企業が生き残る道として,その事業のグローバル化は喫緊の課題である。

そして,そこでは,我が国とは異なる多様なルールに直面することになる3。これに

は国ごと,あるいは国際機関による制定法はもちろんのことであるが,これに加え

て,グローバル市場においては,企業活動が各種の取引慣行等を形成しており,これ

が国家をある意味超越して,ビジネス活動において事実上の規範として機能している

のであり,これらへの対応の重要性は国家法に対するそれに優るとも劣らない4。

2 イノベーションの加速

「第 4 次産業革命」とも言われる,特に情報処理技術を中心としたイノベーション

は,産業構造の劇的な変化の可能性を示唆する5。そこでは,既成の法制度の枠組み

では捉えきれないビジネスモデルが多数出現することが想定されている。そこでは,

一方において,法的規律の内容が往々にして不明確であり,予期せぬところで違法行

為とみなされるリスクが存在する。しかし,他方において,確定されていない分だけ

柔軟性も大きく,むしろ,適切な法理の解釈,さらには創造を行い,新たなビジネス

モデルを作り出すうえで法務が積極的な役割を果たす余地があり,むしろそれが要求

されているといえよう。「法は企業の発展のための必須の構成要素である」6。

3 コンプライアンスの強化

最後に-しかし,その重要性は決して劣後するものではないが-法務機能研究会報

告書が取り上げるのが「コンプライアンス」である。これは縦横両軸において企業に

とって深刻な問題となっている。

一軸は,違反行為に対する制裁がかつてに比べてはるかに深刻なものとなっている

ことである。雪印乳業/雪印食品事件や中国産冷凍ギョーザ中毒事件に見られるよう

に,不祥事が企業や,個々の企業にとどまらず,ビジネスモデルそのものの崩壊にま

で至るようになってきた。そこまで至らずとも,一たび不祥事を惹起した場合,その

賠償額・費用・逸失利益等は莫大なものとなることが現実のものとなった。特に海外

においては米国や欧州の腐敗防止法や独占禁止法,証券取引法,個人情報保護法の執

行が近年非常に強化されており,天文学的数字の賠償責任が課されかねない現実があ

る7。

いま一方の軸として念頭に置くべきは,問題が単なる制定法の遵守を超えて,企業

の行動倫理にまで拡大していることである。社会から見たときの企業の責任は,単に

3 "The Included Third (2016)", supra note 1 at 10, 14-15, 20-21, 31 and 33,Mary C. Daly, "The

Cultural, Ethical and Legal Challenges in Lawyering for a Global Organization: The Role of the

General Counsel", 46 Emory L.J. 1057, 1064-1065 (1997)/邦訳:本間正浩監訳「グローバル組織の法務

活動における文化的,倫理的,法的課題:ゼネラル・カウンセルの役割」神戸法学年報第 32 号 91 頁,102-

103 頁(2018 年) 4 "The Included Third (2016)", supra note 1, at 5-8, 29-31 and 32 5 経済産業省「新産業構造ビジョン」(2019 年)

https://www.meti.go.jp/press/2017/05/20170530007/20170530007-2.pdf(最終アクセス 2019 年 4 月 30

日)参照。また,"The Included Third (2016)", supra note 1 at 6 6 "The Included Third (2016)", supra note 1 at 13 and 33-34 7 これは「グローバル化」の一要素とも言える。

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3

最低限の法令を遵守するということではなく,それを超えて,倫理的な行動を行うこ

とをも意味している8。今や,「法令に違背していない」という言い訳は企業にとって

の防御にはならない9。その延長線上において,企業は当局のみならず,社会そのも

のの監視下にあるというべく,人権問題や環境問題を中心にNGO等が目を光らせる

ようになっている10。そのような環境下においては,当局による法的な制裁よりも,

社会においてレピュテーションを失うことの打撃がより迅速で,かつ,時にはより容

赦なく作用し11,これによる企業の損害および事業活動への打撃は甚大となり得る。

さらには,ESG(Environment, Social, Governance,環境・社会・ガバナン

ス)の名に示されるように,企業の長期的な成長のためには企業が社会的責任を果た

すことが必要であるとの観点も浸透し,ESGあるいはCSR(Corporate Social

Responsibility,企業の社会的責任)の度合いが,投資家の投資行動にまで影響を与

える状況も現出している12。そして,むしろ,これらを受けて,法そのものが企業や

企業経営者に対してより倫理的な行動を要求するようになっている13。いまや,企業

の社会的責任は企業の生存および発展に不可欠の要素であると認識されている。

4 法務機能の強化の必要性

このようにして,法は企業の外部にあってこれを受動的に遵守するという性格のも

のから,「共通言語であり,企業が社会の中に受け入れられていくための,そして,

企業を取り巻く諸環境とコミュニケーションを図るための道具立て」14となるにいた

った。今や,企業のあらゆる活動がなんらかの形で,法的な意味・関連性をもつこと

となっている。法がこのような位置づけを持つ以上,企業において,強い法務機能を

有することは必須のものといってよい。

ところで,ここで認めざるを得ない-必ずしも愉快ではない-現実がある。グロー

バル市場における海外法制,なかんずく取引慣行上のルール,そして,ビジネスモデ

ル創造における法務の役割に言及したが,グローバル・ビジネスの舞台において,主

要な役割を果たし,ある意味事実上の基準を作り上げているのが,米国企業およびそ

8 ABA, "Report of American Bar Association Task Force on Corporate Responsibility", (31 May,

2003) at 4,"The Included Third (2016)", supra note 1 at 9 and 32

9 Harold M. Williams, "Corporate Accountability and the Lawyer's Role", 34 Bus. Law. 7 (1978) at

16,Ian Jones, "Butterworths In-House Lawyers' Handbook", 13 at 37 (LexisNexis, 2012),"The

Included Third (2016)",supra note 1 at 18

10 "The Included Third (2016)", supra note 1 at 18,例えば,藤田香「人権侵害で RSPO が制裁」日経E

SG2019 年 1 月号 8 頁

11 例えば,中国産冷凍ギョーザ中毒事件においては,法的な制裁の効果とは別のところで,レピュテーショ

ンの失墜をおそれた国内業者が一斉に中国産冷凍食品から手を引き,中国からの冷凍(完成)食品事業は大

打撃を受け壊滅状態となった。 12 「ノルウェー年金基金,『罪ある株式』を投資除外に」日本経済新聞 Web 版 2019 年 6 月 2 日

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45410830Z20C19A5000000/(最終アクセス 2019 年 6 月 3 日) 13 例えば,各国における汚職禁止法の強化など。Jones (2012), supra note 9 at 41,なお ibid. at 39

14 "The Included Third (2016)", supra note 1 at 10 and 28

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の影響を受けたビジネス手法を持つ多国籍企業,そして米国の法執行実務であること

である。これら企業の法務機能が強力であることも,公知の事実といえるであろう。

言い換えれば,国際ビジネスにおいて,これら企業における強力な法務機能は,その

競争上の優位性を確保する一つの手段となっているのである。良かれ悪しかれ,そし

て,好むと好まざるとに関わらず,この点は避けて通れない15。日本企業がグローバ

ル市場において競争力を高めるためには,その「ゲームのルール」を理解し,その土

俵において力を付けることが必要である。法務機能の強化は,その重要な一部である16。

第3 企業法務部門と外部弁護士

さて,企業の法務機能というとき,その担い手となるのは企業内法務部門と外部法律

事務所である。法務機能の強化という文脈において,この両者はどのような関係に立つの

であろうか。

1 力関係のシフト

米国に目を向ければ,両者の関係には明らかな変化が見られる17。

(1) 法律事務所の隆盛と企業法務部門の「停滞期」(1970 年代まで)

1970 年代まで,企業法務の主要な担い手としてヘゲモニーを握っていたのは外

部法律事務所であった。高コストながらも高水準の法律アドバイスを提供する,俗

にいう「ウォール・ストリート・ファーム(Wall Street Firm)」が発展し,企業

法律実務を席巻していた18。

15 「表面化した米国のヘゲモニーを呪うよりも,おそらくは,形成されつつある新しいモデルを理解し,か

かる新しい環境においてカギとなる戦略的地位に法務部門長が立つことを認識する方が賢明であろう」。

Ibid. at 20。米国に対する複雑な感情は,当該ホワイト・ペーパーにおいて,その背景として徹頭徹尾見え

隠れているところである。ほかに,ibid. 6, 14-16, 20-21, 22, 23, 24, 25, 30 and 40 など

16 企業法務のあり方に関する研究については,米国における法曹の地位の独自の重要性(後述)を背景

に,米国では膨大な量の論考が公にされ,我が国のそれを圧倒している。邦訳があるものとして,Daly

(1997), supra note 3。しかし,同論考でも,「アメリカ化」が念頭に置かれているのは明らかである。本文

のような現実の下で,また,米国的な考え方を日本に導入するべきか,それとも他の道を探るのか,はたま

たそれが可能であるのかは検討されるべきことである。しかし,出発点としては,米国の状況とこれに対す

る議論を念頭に置かざるを得ないであろう。ちなみに,本報告書では,海外の文献については,個別具体的

な実務上の問題というよりも,法務機能のあり方を鳥瞰図的にとらえた,いわば「古典」を紹介することに

努めた。

17 米国における企業内弁護士の消長についての概説として,拙著「米国における企業内弁護士の消長」第 19

回日弁連弁護士業務改革シンポジウム基調報告書 62 頁(2015 年)

https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/organization/event/gyoukaku_sympo.html(最終アクセス 2019

年 5 月 1 日),また,E. Norman Veasey and Christine T. Di Guglielmo, "Indispensable Counsel - The

Chief Legal Officer in the New Reality", 28-34 (OUP, 2012)

18 Sarah Hellen Duggin,"The Pivotal Role of the General Counsel in Promote Corporate Integrity

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これに対して,企業法務部門はけっして重要視された存在ではなかった19。その

長たるジェネラル・カウンセルの地位は経営陣の中でも比較的軽い地位であった20。法務部門の業務は,量的にも質的にも高いものとはいえず,ルーチン業務に限

定されていた21。また,多くの取引において,企業内弁護士の法律意見書は受け入

れられず,必要な法律意見書は外部法律事務所により発行される必要があった22。

法律事務所との関係においても,その選択はCEOや取締役会においてなされ,法

務部門の役割は,経営陣と法律事務所との間の単なる「パイプ」役としての役割で

しかなかった23。

法務部門への人材の供給についても,「一般的な観念は,(中略)法律事務所にお

いて成功しなかった者が,依頼者からの依頼を確保し続けるためのその法律事務所

の施策として,その依頼者に『送り込まれる』というものであった(強調引用

者)」24。実のところ,依頼者である企業への転職は,パートナーになれなかった

and Professional Responsibility", 51 St. Louis U. L.J. 898, 1020-1221 at 996 (2006),その沿革に関

する概観として,Milton C. Regan Jr., "Eat What You Kill: The Fall of a Wall Street Lawyer", 16-31

(The University of Michigan Press, 2006), Deborah A. DeMott, "The Discrete Roles of General

Counsel", 74 Fordham L.Rev. 955, 960 (2005),当時のウォール・ストリート・ファームに関する概観につ

いて,Marc Galanter & Thomas Palay, "The Transformation of the Big Law Firms", Robert L. Nelson.

David M. Trubek & Rayman L. Solomon eds., "Lawyers' Ideals / Lawyers' Practices - Transformations

in the American Legal Profession", 31 at 37-45,詳細な研究として,Erwin O. Smigle, "The Wall

Street Lawyer" (The Free Press, 1963)/邦訳:高桑睦・高橋勲訳「ウォール街の弁護士-産業国家におけ

る巨大な法律事務所の組織と活動の分析」(サイマル出版会,1969 年) 19 法務部門の「停滞」の概観として,拙著(2015)前掲注 17,58-59 頁 20 Daly (1997), supra note 3 at 1060/邦訳 95-96 頁。しかし,なお,この時点においてすでに「ジェネ

ラル・カウンセル」というポジションが存在し,曲がりなりにも経営陣の一角を占めていたという事実は無

視するべきではない。なお,ジェネラル・カウンセルというポジションを米国企業が置くようになったの

は,さらにさかのぼって,南北戦争後のこととされている。拙著(2015)前掲注 17,62 頁,Lawrence M.

Friedman, "A History of American Law (3d. ed )", 395 and 490 (Simon & Schuster, 2005),Duggin

(2006), supra note 18 at 995

21 Daly (1997), supra note 3 at 1060,Veasey and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 33。Abram

Chayes and Antonia H. Chayes, "Corporate Counsel and the Elite Law Firm", 37 Stan. L. Rev. 277,

277 (1985)

22 Carl D. Liggio Sr., "A look at the Role of Corporate Counsel: Back to the Future –Or is the

Past?", 44 Ariz. L. Rev. 621, 622 (2002)

23 Ira M. Millstein, "Foreword for E. Norman Veasey and Christine T. Di Guglielmo, "Indispensable

Counsel"", Veasey and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at xx および ibid. at 33, Chayes &

Chayes (1985), supra note 21 at 277

24 Carl D. Liggio Sr., "The Changing Role of Corporate Counsel", 45 Emroy L.J. 1201, 1203 (1997),

Veasey and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 33,Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at

277

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6

弁護士への処遇策として,ウォール・ストリート・ファームの人事政策に組み込ま

れたものですらあったのである2526。

まさに,企業法務機能のへゲモニーを,法律事務所が握っていたのである。そこ

では,「依頼者がその意思-ゴールを定め,政策判断を行う-を示し,それを執行

するために[外部]弁護士がその専門的技能を発揮した。しかし,それは非常に広範

な弁護士側の裁量権を秘めたものであった。取るべき選択肢の特定と検討におい

て,[外部]弁護士は重要な,往々にして決定的な役割を果たした。顕著な専門的要

素を含む決定は,明示的であれ,あるいは黙示的であれ,専門家[である法律事務

所の弁護士]に委ねられていたのである」27。

2 企業内法務部門の「ルネサンス」と力関係のシフト

かかる状況は,1970 年代において変化し始める。多くの大企業において,ジェネ

ラル・カウンセルの地位は向上し,企業のヒエラルキーのトップあるいはこれに準じ

たものとなった。企業法務部門の人員規模は拡大し,広い範囲の業務を内部でこなす

ようになった。キャリア・パスとしても,企業内弁護士は魅力のあるものとなり,一

流法律事務所のパートナーやその他の優れた弁護士たちが目指すものへと変化したの

である28。

企業法務部門の「ルネサンス」29と呼ばれる,この時期に始まった法務部門の変

化,およびその原因については,さまざまな議論が行われているところであるが30,

本報告書の主たる関心に照らして重要なことは,法務部門,そしてその頂点に立つジ

ェネラル・カウンセルの地位の向上,そして,それに伴って生じた,法律事務所から

法務部門への力関係のシフトである。

(1) 法務部門,特にジェネラル・カウンセルの権威と責任の拡大

25 Regan (2006), supra note 18 at 21 and 26。ただし,ジェネラル・カウンセルの存在(前述注 20)と同

様の文脈において,企業法務部門に送り込まれるのは,それなりに法律事務所において経験を積んだ弁護士

であったということには留意するべきである。

26 さらには,法律事務所側において,依頼者である企業が法務部門を強化することの抑制を試みる動きがあ

ったことも指摘されている。Liggio (2002), supra note 22 at 623,DeMott (2005), supra note 18 at

959,Robert Nelson, "Partners With Partners: The Social Transformation of the Large Law Firm", 56

and 83-85 (U. California Press, 1988),Robert Nelson & David M. Trubek, "Arenas of

Professionalism: The Professional Ideologies of Lawyers in Context", Nelson at el eds.9 (1992)

supra note 18, 177 at 207。なお,Regan (2006), supra note 18 at 19 and 28-30

27 Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 298

28 拙著(2015)前掲注 17,66 頁以下,DeMott (2005), supra note 18 at 960,Daly (1997), supra note 3

at 1060-1066/邦訳 96 頁,Duggin (2006), supra note 18 at 995,Liggio (2002), supra note 22 at 632

& n.28, "The Included Third (2016)", supra note 1 at 22

29 Liggio (1997), supra note 24 at 1204,Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 277

30 規制環境の劇的な強化や訴訟の激増等による企業にとっての法的サポートの必要性の増大(これはまさ

に本報告書の課題と対応するものがある),法律事務所の報酬の高額化,キャリアとしての企業内弁護士の魅

力の認識等があげられる。拙著(2015)前掲注 17,66-72 頁,法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,14-15 頁

- 224 -

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7

多くの大企業において,ジェネラル・カウンセルの権威が向上し,また,責任範

囲も拡張された。その地位は,企業経営のヒエラルキーの最上部あるいはそれに準

じたものとされた31。

企業法務部門の地位が向上したのは,もちろん,実質を伴ってのことである。

重要な指摘として,「多くの企業経営者たちが,弁護士をビジネスの早い段階か

ら関与させることの有用さに-時に気が進まないながらも-気づき始めた」とされ

る32。企業法務部門は「企業におけるチームのメンバーとして認められ」,長期的

なビジネス計画の最初の段階から関与することを求められるようになった。そこで

法務部門はその計画において発生し得る法務リスクを分析し,それが合法的に進め

得ること,そしてその法務リスクが許容範囲のものであることを確認する役割を担

うようになった33。

その中で,企業法務部門の関与の性質に関する期待も変化した。すなわち,ここ

で期待されるようになった役割は,「当該企業とそのビジネスについての深い知識

をもち,法律に加えてビジネス面も十分に考慮に入れて総合的な検討を行うことで

あり,それがゆえに,[ジェネラル・カウンセルは]企業の経営上の高次元の戦略的

な意思決定に関与することになっていったのである」34。そこでは,企業のビジネ

ス上の成功を積極的に推し進めていくことが期待されるようになった35。ジェネラ

ル・カウンセルは法律面だけではなく,ビジネスも含めたアドバイスを行う立場に

なっていった36。

このように,ジェネラル・カウンセルのもと,法務部門は,会社に影響を与え得

る全ての法務問題について,責任を負うこととなった。法務部門は企業が成功する

ための中枢の一つとして機能するとみなされるに至ったのである37。

(2) 力関係のシフト

このような企業法務管理の責任の法務部門への一元化,そして,法務部門,特に

31 Duggin (2006), supra note 18 at 1023,DeMott (2005), supra note 18 at 960,Chayes & Chayes

(1985), supra note 21 at 277,邦文でのジェネラル・カウンセルについての概論として,拙著「ジェネラ

ル・カウンセルとは何か-米国での経験」第 20 回日弁連弁護士業務改革シンポジウム基調報告書 3 頁(2017

年)https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/organization/event/gyoukaku_sympo.html#S02(最終アク

セス 2019 年 5 月 1 日)

32 Duggin (2006), supra note 18 at 998,なお,Daly (1997), supra note 3 at 1061/邦訳 97 頁

33 Susanna M. Kim, "Dual Identities and Dueling Obligations: Preserving Independence in Corporate

Representation", 68 Tenn. L. Rev. 179, 202 (2001)

34 DeMott (2005), supra note 18 at 960,Daly (1997), supra note 3 at 1060-1062 and 1071-1072/邦

訳 97-100 頁および 111-113 頁,Sally R. Weaver, "Ethical Dilemmas of Corporate Counsel: A

Structural and Contextual Analysis", 46 Emloy L.J. 1023, 1027 (1997)

35 Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 281

36 Daly (1997), supra note 3 at 1072/邦訳 112 頁,Duggin (2006), supra note 18 at 1001,Chayes &

Chayes (1985), supra note 21 at 281,DeMott (2005), supra note 18 at 960

37 Kim (2001), supra note 33 at 201

- 225 -

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8

ジェネラル・カウンセルの地位の向上は,法律事務所との関係において,力関係の

大きな変移を引き起こした。

企業の法務管理の責任と権限が法務部門に一元化された結果,かつてのように,

少数の法律事務所が一企業を丸抱えしてその法務全般の面倒を見るということはな

くなった。法律事務所は必要に応じて,多数の法律事務所の中から案件ごとに選

択・依頼される存在となったのである38。法務部門は外部事務所に仕事を依頼する

かの判断において強い裁量権を持つこととなり39,より積極的に外部事務所の業務

の執行状況を管理するようになっていった。

これは,外部弁護士の業務の実質まで踏み込んだものである。「ジェネラル・カ

ウンセルは実務法曹である。単にロースクールを卒業した者ではない。自らがプロ

フェッショナルとしての能力を有しており,外部弁護士が注力していたまさにその

分野に対して同様の検討を行う。かくして,戦略的な意思決定の場面,時には戦術

面においても,自ら判断を行う」40のである。かくして,法律事務所は,「独自の

行動,または独立した判断ができる範囲が狭くなり」,むしろジェネラル・カウン

セルの職責を執行する機関の一翼という位置付けを色濃く持つことになったのであ

る41。

そして,このように法務案件の対応について,企業法務部門が決定的な役割を果

たすようになったことは,さらに一種のスパイラル効果をもたらした。すなわち,

意欲と野心のある多くの弁護士たちが,「影響力と判断の独自性と独立性の余地が

狭まりつつある法律事務所」において依頼者の「雇われ用心棒 (hired gun)」とし

て働くよりも,企業内にあって企業の行動に影響をもたらす可能性を持つことが,

よりやりがいのある途と考えたのである42。これにより,より法律家として力のあ

る人材が法務部門に移動することになり,ますます法律事務所に対する企業法務部

門の力が強まっていったのである。

38 Milton C. Regan Jr. "Corporate Norms and Contemporary Law Practice", 70 eo. Wash. L.Rev. 931,

934 (2002)),Duggin (2006), supra note 18 at 999,Liggio (2002), supra note 22 at 629,M.

Millstein, "Foreword for E. Norman Veasey and Christine T. Di Guglielmo, "Indispensable Counsel""

supra note 17 at xxi,Chayes & Chayes (1985), supra. note 21 at 278

加えて,Regan は,企業は「法律事務所ではなく,真に能力を備えているかどうか,個々の弁護士に注目し

て選択をするようになった」と指摘する。Regan (2006), supra note 18 at 33-34

39 Nelson & Trubek (1992), supra note 26 at 207,Nelson (1988), supra note 26 at 56-58,Chayes &

Chayes (1985), supra note 21 at 290

40 Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 298

41 Ibid.,Duggin (2006), supra note 18 at 999

42 Ibid. at 999-1000,Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 294 and 298,Liggio (1997), supra

note 24 at 1205, 1209 and 1211,Liggio (2002), supra note 22 at 629,Kim (2001), supra note 33 at

200-201,Susan Hacket, "Inside out: An Examination of Demographic Trends in the In-House

Profession" 44 Ariz. L. Rev., 609, 611 and 613-614 (2002),"The Included Third" (2016), supra

note 1 at 22

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9

(3) 法律事務所の意義

このように,米国においては,企業法務部門と法律事務所との力関係において

前者へのシフトが進んでいる。

しかし,これが,外部弁護士業務の全体としての縮小をもたらすという根拠は何

一つない。米国における大規模ビジネス法律事務所の隆盛を一つのきっかけとした

1940 年代の法務部門の停滞期を経て,1970 年代の復興期を経過し,現在に至って

もなお,多数の大規模法律事務所や専門分野に特化したいわゆるブティック法律事

務所が栄えている。全世界で企業内弁護士を数百人単位で抱える巨大多国籍企業に

おいても,膨大な量の業務を法律事務所に委任し,莫大な弁護士報酬を支払ってい

る43。実際,外部弁護士との関係は,常に法務部門の最大の責任の一つ44として,

多くの議論が行われている45。

なぜ,外部弁護士の起用の需要がなくなることはないか。

最も本質的な理由は,量および質,なかんずくコストの面において,一企業がそ

の全ての法的ニーズを企業内で自己完結的にまかなうのは現実として不可能だから

である。

法務業務の中には,企業に対する影響が大きく,かつ,対応に相当の専門性が必

要である一方,その頻度がそれほど大きくないものがある46。その一つの典型がM

&Aである。取引のストラクチャリング,デュー・ディリジェンス,そこから上が

ってくる各種法的問題のつぶし込み,取引交渉への反映,契約書等必要書類の作成

と,それぞれの段階において高い専門性が求められる。しかし,一方において,ほ

とんどの企業にとって,M&Aはそれほど頻繁にあるものではない。かてて加え

て,デュー・ディリジェンスその他のため,M&A業務はすぐれて労働集約的業務

である。小さいものであっても数人は必要であるし,十数人単位で弁護士を投入す

ることも珍しくない,これが世界的規模のM&Aともなれば,百人単位に及ぶこと

すらある。このような規模の人数を,それほど頻度の高くない業務のために抱えて

おくのは,一企業にとっては無駄を通り越して不可能事である。加えて,業務頻度

43 2014 年に 49 社を対象として行われた調査によると,弁護士報酬を企業内弁護士一人当たりに計算したと

き,その平均値は約 35 万ドル,中央値は 23 万ドルという多額に上っている。Corporate Counsel and ALM

Legal Intelligence, "Legal Department Metrics Benchmarking Survey, 2014", 170 (ALM Media

Properties, 2014)

44 Liggio (1997), supra note 24 at 1219。ちなみに,ACC の調査では,ジェネラル・カウンセルの三大主

要業務として,23%が外部弁護士の管理を挙げている。ACC, "ACC Chief Legal Officer Survey 2016", 73

(ACC, 2016)

45 本報告書中で引用した論考においても,例えば,Daly (1995), supra note 3, at 1085-1088/邦訳 131-

136 頁,Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 187-189,Ben W. Heineman, Jr,"The Inside

Cousel Revolution - Resolving the Partner-Guardian Tension" (ABA, 2016) at 401-441/邦訳:企業法

務革命翻訳プロジェクト訳「企業法務革命-ジェネラル・カウンセルの挑戦」,441-483 頁(商事法務,2018

年) など

46 Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 294

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10

の低さのゆえに,内部の者が法律事務所の弁護士(同種案件に従事する頻度ははる

かに高い)に匹敵する経験・専門性を磨くのも不可能に近い。同様のことは株式公

開(IPO)/非公開化や会社分割等の戦略的ビジネス/資本の再構築等の業務に

も当てはまる。一定の訴訟,例えば膨大な労力を要求されるディスカバリー手続が

必要になる米国での大規模訴訟も同様である47。

労働集約性を度外視したとしても,ルーチン・ワークから解放され,同種案件に

対応する頻度,特に困難あるいは複雑な案件に対応する集中度の高さは,特定分野

の専門性において,法律事務所が企業法務部門に対して優位さを維持することので

きる本質的な基盤となる。特に,他社事例に触れることができること,それを通し

て多面的な見方をすることを強制されることは,企業内にあっては経験不可能な優

位性である。そして,多面的な観点を背景として,外部弁護士が特定企業の立場か

ら一応切り離され,「客観的」なアドバイスを提供できることにも価値がある48。

同じ論理の延長線上として,契約書その他の書類作成についても,多角的な立場か

らの先例の累積により,企業内法務部門では追随困難な経験を提供できることも数

えられるであろう49。

また,特定の新しいビジネス分野や取引手法について,先見の明のある外部弁護

士がその法的基盤と技法の研究とサポート業務に乗り出すことがある。未だ法務サ

ポート体制が十分に確立していない海外地域へいち早く進出することもその例に該

当しよう。このような場合,個別企業としては,未だ規模も小さく,また成功の可

能性も見えない段階で内部の人員を割くことができない。一方で,「マス」として

みれば,経済界全体ではまとまった規模になることを見越して,法律事務所として

は業務拡大のチャンスを見出すわけである。このような外部弁護士は貴重な存在で

ある50。

今一つの要素は,企業法務部門の機能の一つが能動的・積極的にリスクおよび機

会を見つけ出すことにあるということである。しからば,企業法務部門が社内で活

躍すればするほど,法的課題を見つけ出すということになり,その分だけ法律事務

所に専門的な部分についてのサポートを依頼する量も増加することになる。

実際,米国においては,規模が大きい法務部門ほど,支払う弁護士報酬がむしろ

多額になるという傾向を示している。例えば,2014 年の調査では,企業内弁護士

2-3 人の法務部門では一人当たり平均 22 万ドル(中央値 19 万ドル)であるが,26

人以上の法務部門では平均 49 万ドル(同 30 万ドル)と,約 2 倍の額になっている51。

また,我が国においても,2016 年の経営法友会の調査によると,5 年前と比較し

て弁護士の利用機会の変化という問いに対して,最も多かった回答は「増加してい

47 Ibid. at 295-297

48 DeMott (2005), supra note 18 at 981

49 Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 280

50 Ibid. at 297

51 Corporate Counsel and ALM Legal Intelligence (2014), supra note 45 at 170

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る(56.5%)と過半を占め,「減少している」は 4.5%でしかなかった52。外部事務所へ

の報酬の支払額についてみても,増加していると回答した企業が 56.5%,減少して

いるとの回答がまた 6.8%と,ほぼ利用機会の増加数と同様の傾向を示す53。

重要なのは,法務部門の規模との関係である。「増加している」と回答した割合

は,「メガクラス」(31 名以上)の法務部門において 70.0%と最も高くなり,小規

模(5 名未満)の法務部門においてもっと低い結果となっている54。加えて,2010

年の調査において,「増加している」との回答は課レベルでの法務専門部署がある

企業で 68.9%,部レベルでの部署がある企業で 61.0%となっている55。法務部門

が充実するにつれ,外部弁護士への依頼件数が増えている傾向を読み取ることがで

きる。

以上のとおり,企業法務部門の強化は,法律事務所業務の縮減をもたらすもので

はなく,むしろその拡大の方向へ向かうものである。ただし,企業法務部門の能力

の向上は,法律事務所に対する評価がより厳しくなることをも意味する。しかし,

それは同じ専門家としての同等以上の力を持った,いわば「同僚」による評価であ

る56。したがって,法律事務所側においても,その能力,特に専門性の向上が,生

き残りのための不可欠の要素となるであろう57。

(4) 法務部門と法律事務所の協働関係と法務機能

以上,企業の法務機能にあって,法務部門と外部法律事務所は,それぞれが相補

完し合うものであることを確認した。

しかしながら,本報告書の目的である,企業における法務機能のあり方を考える

という視点からすれば,やはり,検討の焦点は企業内法務部門に置かざるを得な

い。この視点は,畢竟,企業ビジネスへの法務機能の影響力の問題に帰着するので

あって,そこで責任を果たし得るのは企業の内部者を置いて他にないからである。

企業外部に位置するアドバイザーである法律事務所が責任を負担することは不可能

である。

よって,以下では主として企業内法務部門を念頭に置いて,議論することにな

る。

52 経営法友会「会社法務部門-実態調査(第 11 次)の分析報告」別冊 NBL160 号,172 頁(商事法務,2016

年)(以下「経営法友会(2016)『法務部門実態調査(11次)』」)

53 前掲 204 頁

54 前掲

55 経営法友会「会社法務部門-実態調査(第 10 次)の分析報告」別冊 NBL135 号,124 頁(商事法務,2010

年)(以下「経営法友会(2010)『法務部門実態調査(10 次)』」という。)

56 その意味においては,能力と意欲のある外部弁護士にとっては,むしろチャンスということもできよう。

依頼者がその能力をより専門的・客観的に判断できるのであるから。 57 なお,法律事務所と法務部門の関係性に関しては,第 19 回日弁連弁護士業務改革シンポジウム第 2 分科

会「法律事務所と企業内弁護士の関係-弁護士業務の構造変化」において,活発な議論が行われた。近藤

浩,本間正浩,後藤康淑,河井耕治,中崎隆,藤本和也および田中努シンポジウム反訳録

https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/organization/event/gyoukaku_sympo.html(最終アクセス 2019

年 5 月 1 日)

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第4 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能

企業法務の求められる機能として,法務機能研究会報告書が取り上げるのが,「パート

ナー」機能と「ガーディアン」機能である58。

1 「パートナー」機能

同報告書によれば,「パートナー」機能とは「ビジネスの拡大,ひいては企業価値

の向上のサポート役,いわばビジネスの『ナビゲーター』ととらえることができる

(強調ママ)」とされ,その内容として,「ビジネスの視点に基づいたアドバイスと提

案」,「ファシリテーターとしての行動」,「ビジョンとロジックを携えた行動」等が挙

げられている59。

「パートナー」機能の内実については,次の諸点が重要であろう。

(1) 検討の出発点としての枠組みはビジネスにより作られ,法が先行するのではない

こと。

法は固定的なものではなく,恒常的に変化・発展していくダイナミックな性質を

持つ。その渦中において,ビジネス戦略に積極的に関わるということは,法務部門

はもはや消極的・受動的に案件に対応するだけでなく,より能動的・積極的にビジ

ネスを進める姿勢が求められることになる。すなわち,単に案件を分析して法的に

それが可能か否かの結論を出すだけではなく,さらに進んで,どのようにすれば,

それが可能になるのかを積極的に検討し,提案する必要がある6061。

これにより,企業法務部門は自らを企業の意思決定過程の不可分な要素として,

企業への付加価値を提供していくことになる62。

しかし,それは照会-回答といった単線的な関係ではない。「それははるかに相

互交流的な,そして反復的な過程である。そこでは[法務部門]は,『さあ,この旅

路の旅程を考えようじゃないか。我々はどのような車に乗っているのか確かめよ

58 この語は,Heineman (2016), supra note 48 におけるキーワードの一つであり,当報告書も同書から引用

したものと思われる。法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,17 頁

59 前掲 16-22 頁

60 Daly (1997), supra note 3 at 1062-1063/邦訳 99-100 頁,John J. Creedon, "Lawyer and Executive

– The Role of General Counsel", 39 Bus Law 25, 27 (1983-1984),E. Norman Veasey & Christine T. Di

Guglielmo, "The Tensions, Stresses and Professional Responsibilities of the Lawyer for the

Corporation", 62 Bus. Law 1, 23 (2006),Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note17 at 72,L.

Edmund L. Rast "What the Chief Executive Looks for in his Corporate Law Department" 33 Bus. Law

811, 813-815 (1977),DeMott (2005), supra note 18 at 960-961,Kim (2001), supra note 33 at 201 61 その「ベストプラクティス」の紹介として,法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,21-22 頁 62 Daly (1997), supra note 3 at 1062-1063 and 1071-1072/邦訳 98-100 頁,Jones (2012), supra note

9 at 6-7,Kim (2001), supra note 33 at 201,Chayes & Chayes (1985), supra note 21 at 282,Duggin

(2006), supra note 18 at 1015,Liggio (1997), supra note 24 at 1209,Veasey & Di Guglielmo

(2012), supra note 17 at 72, "The Included Third (2016)", supra note 1, at 12-14. 22

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う。誰が運転しているのか,その運転手について何を知っているのか確かめよう。

我々がこの道路のこの辺りでどのくらい早く走ることができるか,それを我々が決

めるのを左右する邪魔なものすべてを洗いだしてみよう』といった話し方をする」63。

そこでは,出発点はあくまでビジネス上の結果を達成することであり,法律の枠

組みではない。「(法務部門の成功は,)司法が完全であるという理念的なアプロー

チを捨て,米国で支配的であるように,法を利用するという考えに近づくことによ

ってのみ,初めて達成することができる」64。

(2) 非法務要素が検討の対象となること

ビジネスの中に入り,ビジネスの同僚と共に結果を達成しようとするということ

になると,その検討過程において,非法務的要素を検討することが必要になる。企

業として考慮しなければならない要素(リスクおよび機会(opportunities))は法

的要素だけではない。そこでは営業,財務,人事,生産,物流,そしてレピュテー

ションとさまざまである。企業としてはそれらの全てを考慮する必要がある。ここ

で,社内の各部門が,営業部門は営業だけ,財務部門は財務だけのこと,生産部門

は生産だけのことを考えていては,企業総体としての判断ができなくなるのは自明

のことである。これに対して,法務部門だけが他の要素を捨象して法務のことだけ

を考えてよいというわけにはいかない65。

ここで,法的に説明が困難であるとか,法的リスクがあるという理由で反対し続

けること,あるいは,法的リスクを指摘するにとどめて,対応策の策定に関与しな

いということが法務部門として正しい対応であろうか。否である66。ビジネス部門

の人々が,問題に対する現実的な対応策を模索する中で,そのような「一人だけ良

い子になる」ような態度を取るようでは,企業の中では受け入れられないし,その

ような者が信頼されることはないことは言うまでもない67。ビジネスの「パートナ

ー」になるなど夢のまた夢である。法務部門としては,リスクを可能な限り軽減す

るよう,努力をすることが当然期待されるのである68。その時には,法的リスク以

63 Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 64 (Interview with Any Schulman) 64 "The Included Third", supra note 1, at 14, また,ibid. at 11, 20, 21 and 30,なお,拙著「営業

部の信頼を得るコミュニケーション術」ビジネス法務 2013 年 1 月号 39 頁,41-42 頁 65 Rast (1977), supra note 60 at 813,Daly (1997), supra note 3 at 1061,1062 and 1070,Veasey &

Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 99,Chayes & Chayes (1985), supra. note 21 at 281,Nelson &

Trubek (1992), supra 26 at 208,拙著「組織内弁護士と法律事務所の弁護士」日本弁護士連合会弁護士業

務改革委員会編「組織内弁護士」291 頁,298 頁,拙著「組織内弁護士と弁護士の『独立性』」法律のひろば

2009 年 3 月 56 頁および 4 月 68 頁,5 月 62 頁,2009 年 3 月 57 頁および 61 頁,61 頁 66 法務機能研究会報告書(2018)は,そのような法務部門の姿勢に対するビジネス部門の批判の声を取り上げ

ている。前掲注 1,12 頁 67 Mendes Hershman, “Special Problems of Inside Counsel for Financial Institutions”, 33 Bus.

Law 1435 at 1435-1436 at 1449 (1977),Daly (1997), supra note 3 at 1062-1063/邦訳 99-100 頁

68 森田慈心,鈴木孝司,熊野敦子,内田千恵子,鈴木善和,柳楽久司,小川晃司「若手弁護士大いに語る」

弁政連ニュース 28 号 1 頁,3 頁(内田および柳楽発言),山本卓「法律を最も得意とする優れたビジネスパ

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外のリスクも当然考慮に入れざるを得ないことになる。

(3) 法務部門に求められるものは「客観的」な分析ではなく,「判断(judgement)」

であること

ビジネス上の結果を達成しようとするということになると,法務部門のビジネス

へのフィードバックは「客観的な分析」ではあり得ない。「これこれのリスクがあ

ります」「こういう可能性があります」では企業は動くことができない。

しかし,常に正しい解答が出るとは限らない。むしろ,出せないことの方が多い69。分析に必要な情報/資料がすべてそろうわけではない。また,当該問題につい

て,法的結論が一義的に決まっているとは限らない70。かてて加えて,企業の行動

には常に時間の制約が付きまとう。時間が経過すれば状況が変わり,考慮要素も変

わっていく71。要素の変化ということで言えば,法規制,社会的評価を含めた事業

環境は固定的なものではなく,常に変化しており,継続する事業体としての企業の

問題に対応するときには,単に現状がどうかだけではなく,将来(短期,中期,長

期にわたり)において状況がどのような変化していくまで予測して考慮に入れる必

要がある72。

さらに言えば,前述のとおり,企業として考慮しなければならないのは,法務的

な要素だけではない。法務リスクを回避することで,他のリスクが発生することも

しばしばである。

結局のところ,ほとんどの場合,客観的・一義的な正解は「存在しない」という

のが現実である。言い換えれば,結局は各種リスクをゼロにするということはでき

ない。可能な選択肢の全てに何らかの形でリスクが絡んでいることが珍しくない。

しかし,当たり前のことであるが,企業が取り得る行動は,一つの問題に一つであ

る。あり得る選択肢をそれぞれ「試してみる」わけにはいかないし,一つの選択を

試してみて,それがうまくいかなかったからといって,それを「ご破算」にして,

振り出しに戻るというわけにもいかない。こうなると,何もしないということすら

許されない(それ自体が意図的に選ぶべき肢の一つである)。そのような困難な条件

の中でも,状況が存在している以上は,それに対して,企業としてはどのような行

動を取るのか,決定する必要がある73。

結論を出せないときには,可能な分析だけを行って,あとはビジネス側の判断に

委ねるという考え方もあり得よう。しかも,ここで判断をビジネス側に委ねるとい

ーソンであれ」ビジネス法務 2016 年 5 月号 17 頁,21 頁

69 Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 99 (Interview with Larry D. Thompson)

70 イノベーションの中でビジネスを展開する際においてはなおさらであり,直接これを規律する法令が存在

しないことも珍しくない。

71 拙著(2009)「企業内弁護士と法律事務所の弁護士」前掲注 65,302-303 頁

72 Veasey & Di Guglielmo (2006), supra note 60 at 23,Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note 17

at 5 and 73,Duggin (2006), supra note 18 at 1003,Liggio (1997), supra note 24 at 1208, "The

Included Third" (2016), supra note 1 at 22-23

73 Jones (2012), supra note 9 at 29

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うことは,法律専門家ですら回答を出せないような難しい問題について,まさに,

その難しさのゆえに判断を非専門家に放擲することに他ならないのであって,背理

であるばかりか,むしろ責任の放棄とすら考えられる。そのようなことをしていて

は,到底ビジネスの信頼を獲得することはできない74。したがって,法務部門の判

断には,留保も,条件も,仮定も付けることは許されない75。

「リスクを取る」という判断は最終的には当該企業の意思決定の手続を通して,

企業総体の意思として決定されていくものである。しかし,法務部門も,その過程

の中に組み込まれることを忘れてはならない。営業部門であれ,財務部門であれ,

オペレーション部門であれ,人事部門であれ,その部門に関わることについて,リ

スクを認識しつつ,ことが進むのを座視するのであれば,会社の意思決定との関係

においては,それは意図してリスクを取ったということに他ならず,そこに責任が

発生する。法務部門だけがその例外であるという理屈は存在しない。「リスクを指

摘しました。以上終わり。あとは責任ありません」という態度は取り得ない。法務

部門だけが手を汚さないわけにはいかない76。法務部門が企業に貢献しようとする

以上は,積極的に意思決定の過程に入っていき,企業としてのリスク・テイキング

に積極的に参加する必要が出てくる77。

これが,そして「ビジネスのパートナー」であること,そして「企業の意思決定

に影響力を持つ」ことの意味であり,代償である。影響力がある以上,その結果に

74 例えば,ビジネス部門が,為替相場の動向が不明確である(為替を正確に予測することは誰にとっても不

可能である)という理由で損益計画を作成することはできない,ということが許されないことは自明であろ

う。法務部門も同じことである。その意味においては,企業組織の中における部署として行わなければなら

ず,また,行っている当然のことをここで述べているにすぎず,法務部門に特別の加重した責任を負わせる

ことを論じているわけでない。もし,法務部門がそれをできないとするのであれば,そして,それが許され

てきたのであれば,法務部門が企業において必須の中核となる重要な役割を負うものとして期待されていな

いということを意味する。なお,後述注 114 参照

75 Hershman (1977), supra note 67 at 1449,拙著(2009)「企業内弁護士と法律事務所の弁護士」前掲注

65,303-305 頁

76 「企業内弁護士であるということは,どこにも隠れ場所がないということである」Jones (2012), supra

note 9 at 14,拙著「企業内弁護士と法律事務所の弁護士」前掲注 65,304-305 頁

77 日系企業の経営者の言葉として,安藤宏基「勝つまで止めない!勝利の方程式」134 頁(中央公論新社,

2014 年),Ben W. Heineman, Jr. "Foreword for E. Norman Veasey and Christine T. Di Guglielmo,

"Indispensable Counsel"" supra note 17 at xv-xvii,Jones (2012), supra note 9 at 24,久保利英明,

国廣正,池永朝昭,竹内朗,齊藤誠(司会)「企業ニーズの進展と弁護士の新たな価値創出」自由と正義 64

巻 3 号 38 頁,47-48 頁(2013 年),47-48 頁(竹内,国廣,久保利および池永発言)

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ついて責任の分担から逃れることはできない7879。「チームの一員であるということ

は素晴らしいことである。しかし,それは共同責任を負うことをも意味する―特に

ことがうまくいかなかったときに」80。

(4) 結果に対するコミットメントとビジネス部門からの信頼

ここで,議論の本質に関わる重要な点を意識する必要がある。それは,法務部門

がチームのメンバーとなり,企業のビジネス上の影響を積極的に推し進めることを

期待されるようになったということ,そのために事柄のビジネス面についても関与

するようになったということは,すなわち,その評価は,その「結果」において判

断されるということである。これは企業構成員である以上,当然のことであり,法

務部門だからという理由で,他の企業構成員と区別されて,この理の例外とされる

はずはない81。企業の意思決定に影響を持ちながら,その結果に対して責任を負わ

ないということは背理である。ジェネラル・カウンセルが経営陣の一因となるとい

うことは,経営責任をも負担することを意味する。言い方を変えると,「正しい法

解釈」をしたということ自体が評価されるわけではない82。

さて,法務部門が「パートナー」となるということは,法務部門がビジネス部門

の人々と協働し,結果を出すことに責任を負うことであると論じた。結果を出すこ

とに関与するとは,言い換えれば,企業の意思決定過程に影響を与えるということ

である。

企業の行動に影響を与える,あるいはその意思決定に関与するという点におい

て,ジェネラル・カウンセル,あるいは法務部門長レベルのシニアな人々を念頭に

置くと,一応の理解はできる。これらの人々は企業内において権限を有しており,

その判断が直接的に企業の意思決定となる。課長クラスの中間管理職についても,

経営クラスに比較すると大きな制限があるものの,一定の権限がある点で相応のイ

78 Hershman (1977), supra note 67 at 1436,拙著(2009)「企業内弁護士と法律事務所の弁護士」前掲注

65,306-309 頁。これに対して,むしろビジネス面も含めた優れたリスク分析をすることが,企業内弁護士

の企業内において影響力を有することにつながると説くものとして,Daly (1997), supra note 3 at 1170/

邦訳 110 頁

79 また,そのことは,「マクロ・ミクロ双方のレベルにおいて,ビジネス,財務,経営理念の詳細な理解

と,その理解を[企業]へのカウンセリングを統合していくことへのコミットメントを要求するという,重い

課題を負わせることになる。」ビジネス・ロイヤー一般についてのコメントであるが,Daly (1997), supra

note 3 at 1170/邦訳 110-111 頁 80 Jones (2012), supra note 9 at 14 81 Ibid. at 3 82 拙著「組織内弁護士と弁護士の『独立性』」法律のひろば 2009 年 3 月 56 頁および 4 月 68 頁,5 月 62 頁,

2009 年 3 月 57 頁および 61 頁,拙著「組織内弁護士と法律事務所の弁護士」日本弁護士連合会弁護士業務改

革委員会編「組織内弁護士」291 頁,297-297 頁(2009 年,商事法務),Mendes Hershman, “Special

Problems of Inside Counsel for Financial Institutions”, 33 Bus. Law 1435 at 1435-1436 (1977),

Hugh P. Gunz & Sally P. Gunz, "Ethical Implications of the Employment Relationship for

Professional Lawyers", 28 U. Brit. Clum. L. Rev. 123, 127 (1994),

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メージがつかめるであろう。しかしながら,企業の意思決定の動態を考えるとき,

権限は真に本質的な要素ではないと考えられる83。

それでは,法務部門が企業の意思決定に影響を与えるための最も本質的な要素は

何か。それは法務部門に対する「信頼」である。「信頼」については,ここまで何

回か触れてきたが,ここでもう少し整理したい。

要は,企業の構成員が企業法務部門の言を信頼し,その言に従って初めて,企業

が動き,結果につながるということである。

それでは,どのようなことが当該企業法務部門に対する「信頼」につながってい

くのか。

ここで先に言及した,法務部門への評価の問題が関わってくる。そこでは,法務

部門が,企業が事業目的を実現することに寄与しえたかという結果で評価されると

述べた。要するに,企業法務部門がビジネスを進めるために有益な提案をしたり,

リスクを避けるための方策をアドバイスしたりしたことで,実際にそのとおりにな

ったという結果が出たかどうかということである84。いずれにせよ,問題は法務部

門の法的知識がどれだけ広く,深いか,その法的分析が高度で精密かということそ

れ自体にあるわけではない。

実のところ,愉快でない現実として,非専門家は法務部門をその専門性において

評価できない,くらいに思った方が平和である。法的にどんな精緻な議論をしたと

ころで,そのこと自体で,非専門家は評価をしてくれない。もう少し正確に言う

と,評価はできない85。結局のところ,これらの人々にとっては,その理解できる

「現象」,すなわち,企業に生じた結果で判断することになる。

それでは,上記の意味において,法務部門が企業に評価されるような結果を導く

ことができたら,どうなるか,人々はその法務部門の言うことを聞いたら取引がう

まくいった,あるいはリスクを回避できたと考えるであろう。それがまた,あの人

が言ったことを聞いたらうまくいったのだから(あるいは,言ったことを聞かなか

ったのでうまくいかなかったのだから),今度も(あるいは,今度は)あの人の言

うことを聞いてみようということになる。これが信頼の獲得である。

そして,その信頼がまた信頼を生み,その言葉によって,企業内の人々,そして

企業が現実に動くわけである86。そして,そのような信頼の積み重ねが法務部門の

評価につながり,より大きな影響力を持つことになるわけである。

ここに,「信頼」と「影響力」そして「結果を出すこと」の循環構造があり,法

83 意思決定への影響力は,必ずしも正式な権限のみに拠るものではない。拙著「企業内弁護士の意義-いか

にして企業に貢献するか-」臨床法務研究(岡山大学)第 18 号 47 頁,47-49 頁(2017 年)。 むしろ,権限は

信頼の「結果」であり,その「形式」であるということができよう。同 49 頁

84 拙著「営業部の信頼を得るコミュニケーション術」ビジネス法務 2013 年 1 月号 39 頁,39 頁

85 榊原美紀「仕事がどんどん舞い込む『売れっ子法務部員』になろう」

ビジネス法務 2016 年 5 月号 27 頁,28-29 頁,Gunz & Gunz (1994), supra note 82 at 125

86 森田慈心,鈴木孝司,熊野敦子,内田千恵子,鈴木善和,柳楽久司,小川晃司「若手弁護士大いに語る」

弁政連ニュース 28 号 1 頁,4 頁(熊野発言)および 6 頁(内田発言)(2012 年)

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務部門がビジネスの「パートナー」として活躍できるゆえんのものである。

(5) 「パートナー」機能の背後にあるもの-米国の場合

この項の最後に,法務部門に「パートナー」機能が期待されること,それが世界

の中で米国において先行してみられることについて,その沿革的・社会的・思想的

背景を一瞥しておきたい。社会における制度を確立するためには,平面的な論理を

負うだけでは不十分である。それを導入するにしても,否定するにしても,あるい

は修正を加えるにしても,これらの背景を理解し,分析し,これを我が国のそれと

比較することは不可欠である。さもなければ,木に竹を接ぐ結果となりかねない。

さて,淵源にさかのぼるならば,英国からの独立後,社会・政治制度を作ってい

く過程の中で,旧世界では王権の下で政治・行政官の中枢を担った貴族階級の存在

しない米国において,その役割を果たしていたのが法曹であった87。トクヴィルによ

ると,「合衆国で法律家精神が裁判所の垣根の中だけに閉じ込められていると考え

てはならない。(中略)それをはるかに超えている。法律家は(中略)当然,多くの

公職に就任を要請される。法律家は立法府にあふれ,行政の指導的地位に立つ。だ

から法の作成にも執行にも,法律家の影響は大きい。」88。

そして,「合衆国建国から今日に至るまで,米国の弁護士は,政治分野においてリ

ーダーシップを取るポジションを引き受けてきた。市民は,弁護士が国,州,地方

レベルの公的機関においてリーダーシップを取ることに慣れており,そのため,民

間のビジネス部門における弁護士のリーダーシップについては,さらに受け入れや

すい」89。実際,「黄金時代」とも呼ばれる企業法務部門の黎明期にあって,CEO

の 75%が弁護士の出身であったとされている90。しかも,-おそらくはビジネス・

スクールの台頭まで,文科系の高等教育機関がロースクールのみであったという事

情のもと-そこで期待されたのは,むしろ「法律専門家」としての弁護士というよ

りも,むしろ「ロースクール教育の価値,それに法律家としてのトレーニングをあ

いまった思考過程がビジネス世界において至高の価値がある」91と考えられたとい

う。つまり,その発生の段階からして既に,「[弁護士は]「『ビジネスと法務双方』

の面におけるアドバイザー」であり,「[その]『専門的およびビジネス上のアドバイ

ス』は企業経営者から決定的に重要なものと受け止められ,しばしば経営者から繰

り返し求められた(強調引用者)」のである92。

87 Alexis de Tocquville (Henry Reeve Trans), "Democracy in America", 321-324 (1835, repreinted

2002, Bantam Crassic)/邦訳:松本礼二「アメリカのデモクラシー」第 1 巻(下)178-192 頁(岩波文庫,

2005 年)

88 Tocqueville (1835), supra note 87 at 325/邦訳第 1 巻(下)180 頁

89 Daly (1997), supra note 3, at 1073/邦訳 115 頁

90 拙著(2015)前掲注 30,57 頁,Liggio (2002), supra note 22,at 621,なお,DeMott (1997), supra

note 18, at 959,Liggio (1997), supra note 24 at 1202

91 Liggio (1997), supra note 27 at 1202

92 拙著(1915)前掲注 30,57-58 頁,Liggio (2002), supra note 22 at 621,Liggio (1997), supra note

24 at 1202

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このように,米国では法曹というグループが担う仕事として期待される範囲がも

ともと技術的な意味での法律実務に限定されていなかったと言うことができる93。

「エリヒュー・ルート(Elihu Root)やルイス・D・ブランダイス(Louis D.

Brandeis)のような人々に象徴されるように,米国における法曹は自らそのような

タイプのリーダーを育んできた。このような人々はバリスターであり,ソリシター

であり,ビジネス・アドバイザーであり,そして,政治家(著者注:原語は「ステ

ーツマン(statesman)」)が混ざり合ったものだったのである」94。

このような背景を土台として,米国の弁護士の業務,特に企業法務業務に対する

基本姿勢を特徴付けるのが,「プロアクティブ・モデル(proactive model)」と呼ば

れるものである。「それは,問題を解決することに重きを置き,その間の境界には

ほとんどとらわれることなく,ビジネス・コンサルティングと法的コンサルティン

グの双方を混ぜ合わせた,『こうすればできる("can do")』(強調ママ)」という姿

勢である95。

プロアクティブ・モデルは,企業法務業務の初期の段階から,そのあり方を規定

していた。「弁護士たちは,ビジネスの必要ということになると,特に独創力を発

揮した。彼らは,大胆な助言によって,また新しい形式の信用と資金の調達と管理

の方法を発明することによって[会社の発展を可能にしたのである。]そして,「現

代の豊かな信用・産業経済は,19 世紀の大胆な[ビジネスロイヤー]たちのすばら

しい独創力がなかったならば,形成されなかったであろう。彼らは新たな工夫をつ

ぎからつぎへと案出し,現行法の限度を超えて,はるか先まで行ってしまった」96。これは前述したウォール・ストリート・ファームの業務姿勢でもあった97。

93 James Willard Hurst, "The Growth of American Law – The Law Makers", 310-311 (The Lawbook

Exchange, 1950)。さらに,Smigle はウォール・ストリート・ファームの弁護士たちが政府機関への人材の

給源となることで政治的な影響力を有していること,慈善や,市や国などの文化的事業においても重要な役

割を演じていること,さらに,その影響力が全世界へ及んでいることを指摘し,トクヴィルに言及しつつ,

要するに法律,経済,政治,そして社会において枢要な地位を占めていることを指摘する。Smigle(1963),

supra note 18 at 8-14/邦訳 9-15 頁,Daly (1997), supra note 20, at 1068-1069/邦訳 108-109 頁。

94 Hurst (1950), supra note 93 at 210-211。そしてこれが「Inside Counsel Revolution」におけるもう

一つのキーワードである,「ロイヤー・ステーツマン(lawyer-statesman)」の概念の背景である。まさに

Tocqueville や Brandeis の名を引いた,Heineman 自身による論述として,Heineman (2016), supra note 48

at 26-31/邦訳 29-36 頁。すなわち,法律家はまさにその賢明さ,誠実さをもって国家・社会(そして企

業)のことを考え,それによって敬意を払われている賢人・指導者たるべきであるという考え方である。こ

れを「経営リーダーたる法律家」(邦訳「企業法務革命」(2018)前掲注 48, vii)と翻訳してしまうのは,本

質の矮小化である。したがって,以下,本報告書では同邦訳書から離れて,「ロイヤー・ステーツマン」とカ

タカナ表記することとする。 95 Daly (1997), supra note 3, at 1067/邦訳 107 頁 96 Smigle (1963), supra note 16 at 7/邦訳 7 頁による Beryl Harold Levy, "Corporation Lawyer: Saint

or Sinner?", 26, 45 and 47 (Chilton, 1961)の引用

97 Smigle (1963), supra note 18 at 7-8/邦訳 7-9 頁,Robert L. Nelson and David M. Trubek, "New

Problem and New Paradigms in Studies of the Legal Profession", Nelson & Trubek (1992), supra note

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「プロアクティブ・モデル」が米国弁護士の基本的な姿勢であれば,それが企業

内においても,弁護士の活動の基本になるのは当然の成り行きである。「プロアク

ティブ・モデルは,[ジェ]ネラル・カウンセルから,入社したばかりの弁護士に至

るまで,法務部門全体を動かしている。経営陣もまたそのモデルを採用してい

る。」「企業内弁護士は,単に文書を作成し,法的アドバイスを提供するだけの存在

ではない。[中略(ママ)]彼らは,個々のプロジェクトについて,最初からその戦

略的ビジネスチームの一員となっている。彼らはその取引の法的側面だけではな

く,会社全体に与える戦略的な影響についても意見を述べる」98。

以上のように,米国においては,弁護士は,その成り立ちからして,「社会のリ

ーダー」であり,それを背景とする「プロアクアクティブ・モデル」を業務姿勢と

してきたのである。それは法律事務所であると企業内法務部門であると変わりな

い。本報告書の冒頭で,国際化,イノベーションの進化を法務機能の強化の必要性

として論じたが,実のところ,かかる強化を必要とするような状況は,現実には,

米国経済の世界的なへゲモニーと相まって(むしろその一部として),このような

米国法曹の姿勢が世界経済に拡散し,それが「ゲームのルール」となった結果であ

って99,その逆ではない。もっとも,それは米国弁護士が現状をコントロールして

いる,あるいはそれが可能であるということではなかろう。むしろ彼らが作り出し

たゲームは,経済のグローバル化の中で自立して,彼ら自身を規律し,駆り立てて

いるというのが現実であろう。

以上が,少なくとも米国において理解されている,法務が「ビジネスのパートナ

ー」であることの背景であり,その意味するところである。

2 「ガーディアン」機能

「ガーディアン」機能は法務機能研究会報告書によれば,「最後の砦」として「企

業の良心」となることと説明され,「コンプライアンス・ルールの策定と業務プロセ

スの構築および徹底」「契約による自社のリスクのコントロール」そして「自社の損

害を最小限に抑えるための行動」がその具体的な業務として挙げられる100。

この機能を理解するについては,次の点に留意する必要があろう。

(1) ことは狭い意味での法令遵守にとどまらないこと

「ガーディアン」としての役割は,実定法を遵守することにとどまらない。それ

はより広く,倫理や社会的責任にまで及ぶとされる。

したがって,法務部門は「あらゆる形態と規模の経営上重要な意思決定に際して

(中略)それらの目的,意図するところおよび社会的影響を,単位業務指標に照ら

してではなく,倫理性(正式なルール,倫理)および理念とリスク(経済的なもの

と非経済的なものの両方)というスクリーンを通して,徹底的に評価」しなければ

26 at 1, 6,Daly (1997), supra note 3, at 1071-1072/邦訳 111-112 頁

98 Daly (1997), supra note 3, at 1071-1272/邦訳 112-113 頁およびその引用する Bencivenga, "Serving

the Client: Counsel Redefine Their Corporate Rone, N.Y.L.J., June 6, 1996 at 7 および Guy

Fitzmaurice, "Getting with the In-Cloud, Law., Dec 17, 1996 at 5

99 Smigle(1963), supra note 18 at 11-12/邦訳 12-14 頁 100 法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,17-18 頁

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ならないのである101。「ロイヤー・ステーツマンとして,最初に考えるべきことは

『それは合法か』であるが,究極的には『それは正しいか』である(強調ママ)」102。そして,「[法務部門は,]特定の提案に対して,『それは合法である。しかし,

愚かである』と述べ,「説得力のある助言者としての能力を用い,企業の意思決定

をより良い方向へ向かわせるようにしなければならないときがある(強調ママ)」103。

(2) なぜ法務部門の仕事となるか

実定法の遵守は当然のこととしても,それを超えた倫理や社会的責任の遵守がな

ぜ法務部門の責任範疇となるのか,さらに企業の「良心の最後の砦」という役割ま

で引き受けるべきであるのか。倫理や企業の社会的責任の問題については,法務問

題それ自体とは異なり,それ自体としては法務部門に優位性があるわけではない。

むしろ,これらは企業の全従業員が有するべきものであり,最終的にはCEO以下

の企業経営者が責任を負うべきものである。

それでもなお,なぜ法務部門の責任とされるのか。

一つ挙げられるとすれば,もともと,法と倫理の関係は複雑であり,両者の間に

区別する一線は存在しないということであろう104。多くの倫理的問題は,法的な側

面を有している105。同時に,多くの法は-たとえ潜在的でしかなくとも-倫理に関

わっている。近時は冒頭で議論したとおり,企業倫理や社会的責任に関する社会的

な意識の高まりから,倫理問題が法に取り込まれていくこともあり,その線はなお

さらあいまいになっている。したがってこれもまた,法令遵守の延長線上にあるも

のとして,企業の法務機能の一部となるのは自然であるということが言えよう106。

(3) 「ガーディアン」概念の背景にあるもの-再び米国において

しかし,-もし「ガーディアン」概念をもって,米国でのそれに範を取ったもの

と考えるならば-法務部門をして,「企業の良心の最後の砦」とみなす考え方は,

その根底において,やはり,米国における弁護士の社会におけるリーダーとしての

地位および自覚ならびにこれに対する社会の認識に根源を求めるべきであろう。

「ジェネラル・カウンセルは,しばしば企業のあらゆる場における人々が,いかな

る場面においても正しいことをする(doing the right thing)という基盤の上に立

って意思決定をするという企業文化と環境を促進するにあたってのカギとなる役割

を担うものとみなされてきた」107。

101 Heineman (2016), supra note 48 at 23/邦訳 25 頁 102 Ibid. at 3/邦訳 3 頁(ただし,本文は筆者の翻訳による) 103 Veasy and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 8 および ibid. (Interview with Susan Hackett)

104 Gunz & Gunz (1994), supra note 82 at 129

105 Duggin (2006), supra note 18 at 1018

106 Ibid. at 1020-1221,Jones (2012), supra note 9 at 37

107 Veasy and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 98,Duggin (2006), supra note 18 at 1018-

1019,Bruce A. Green, "Thoughts About Corporate Lawyers After Reading The Cigarette Papers: Has

The "Wise Counselor" Given Way to The "Hired Gun"?", 51 DePaul L. Rev. 407, 407 (2001),Robert A.

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法律事務所に対する法務部門への力関係のシフトとして述べたように,また,弁

護士の地位の沿革から「プロアクティブ・モデル」が生まれたように,企業法務部

門はビジネスの「パートナー」として発達してきた。しかしながら,他方で,「ジ

ェネラル・カウンセルはガーディアンの役割を果たすことに失敗してきた。21 世

紀のエンロンやワールドコムの崩壊に始まる,不祥事の 21 世紀の最初の大きな波

の中で,繰り返し問われたのが『弁護士は何をしていたのだ』であった。-これ

は,過去の不祥事に際してなされた質問を反映したものであった(強調ママ)」108。そして,この「失敗」は,企業不祥事に対し,これを抑止する弁護士の役割と

責任について,大きな議論を呼び,それが米国法曹協会(American Bar

Association)による弁護士業務模範規則 1.13 条およびサーベンス・オクスレー法

307 条に基づく証券取引委員会ルール 205 の形で一つの結実を見た109。「ジェネラ

ル・カウンセルや企業内弁護士が,刑事捜査,SEC調査,その他執行措置や民事

訴訟において有罪とされるケースが増加している」110。

これが米国社会の認識であり,法曹界の対応であった。繰り返せば,ことの初め

より,弁護士は社会のリーダーであり,それがゆえに,技術的意味での法を超え

て,社会倫理についてもこれを主導する立場にある(べきである)という観念があ

ったということであり,これが一連の企業不祥事を背景に表面化したということで

ある。

実際,ハイネマンは「パ-トナー・ガーディアン」を「ロイヤー・ステーツマ

ン」の理想像を実現するための必須の機能であると説くのである111。

(4) 結果へのコミットメントと責任

このように,「ガーディアン」も弁護士が社会の,そして企業におけるリーダー

であるという観念を基礎に置くということであれば,「ガーディアン」として要求

されることも,「結果」に対するコミットメントであることが当然のこととなる。

すなわち,そこでは,単に「正しいことを言う」ということでは足りず,企業をし

て,道を誤らせなかったという「結果」をもって,「ガーディアン」たり得たかが

評価されるのである112113。

Kagan and Robert Eli Rose, "On the Social Significance of Large Law Firm Practice", 37 Stan. L.

Rev. 399, 410 (1985)

108 Heineman (2016), supra note 48 at 55/邦訳 63 頁(ただし,本文は筆者の翻訳による)

109 企業内弁護士の観点による両法の概観について,Duggin (2006), supra note 18 at 1020-1033

110 Heineman (2016), supra note 48 at 56/邦訳 64 頁,その理由と背景について,John K. Villa,

"Corporate Counsel Guidelines (2018-2019)", §6:18 and 6:19 (Westlaw, 2018)

111 Heineman (2016), supra note 48 at 55/邦訳 63 頁

112 Heineman の挙げる不祥事例も,企業に適切な行動を取らすことができなかったという結果に注目し,も

って,ジェネラル・カウンセル自身が責任を負うことになったという観点で記述がされている。Heineman

(2016), supra note 48 at 56 and 95-108/邦訳 64-65 頁および 108-124 頁,なお、後述注 128 113 いみじくも,Heineman は,「『意思決定の場に同席することが多い』CFO と異なり,[かつては]『同席して

いなかったことが幸いし』企業不祥事において多くの場合,[企業内弁護士が]法的な処罰を免れた」こと

を,ガーディアンとしての使命を果たし得ていないという否定的な文脈で記述している。Heineman (2016),

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3 「パートナー」機能と「ガーディアン」機能の関係

(1) 緊張関係

「パートナー」と「ガーディアン」機能の関係について考えるとき,まず,両者

の間には相克関係にあることに思いを致すのは困難ではあるまい。

当然のことながら,ビジネス部門の人々はビジネスを推進し,企業が利益を上げ

ることを最大の眼目としている。これを最大限に指向しようとするとき,これを制

約する要因-それが法であれ,さらに「倫理」であれ-との間で緊張関係が生じる

のは不可避である。これは一つにはビジネス側から「影響力」さらには「圧力」が

加えられることを意味する114。しかし,ここでことをややこしくするのは,ビジネ

スの人々がその目的のために,法務部門に影響力を及ぼそうとすることそのものが

当然に不当ではないということである。上司なり同僚なり部下が,法務部門の意見

に不明な点があったり,疑問を持ったり,あるいは異なる意見を有している場合

に,それをもって法務部門に問い質すことなく,議論することなく,あるいは説得

を試みることなく,専門家だからという理由で法務部門の意見を黙って通すような

ことがあれば,その上司や同僚,部下は職責を果たしたとは言えない。そして,そ

のような働きかけに影響を受けて,法務部門が意見を変えたとしても,それが当然

に不当といえるものではない。前述のとおり,法務部門とビジネスとは双方向のイ

ンタラクティブな関係である。しかし,正当な影響力の行使なのか,不当な「圧

力」なのか,これを客観的に判断することは容易ではない115。

より問題なのが,法務部門および法務部門員の内面の問題である。ビジネス部門

との日々の緊密な協働関係,そしてそこから生ずる,チームの価値ある一員として

認められたいという感情により,法務部門とビジネス部門との間で一体感が醸成さ

れることになる116。DeMott はこれを「社会環境の受容(socialization)」と呼ぶ117。このような一体感の下にあっては,社会的あるいは心理的な傾向として,人

は,ことさらに問題を突きつけることにより,かかる一体感に緊張が生じることを

supra note 48 at 55-56/邦訳 63-64 頁。また,ibid. at 95-108 and 57/邦訳 107-124 頁および 66 頁。(ち

なみに,上記引用中,『』の部分は原文にはないが,その趣旨は首肯できる。)ちなみに,我が国において,

例えばオリンパス事件の第三者委員会報告書では,1 章を割いて会計監査人の責任を詳細に論じている一方

で,法律事務所および法務部に関しては事実上「関与していなかった」の一言で片づけられている。オリン

パス株式会社第三者委員会「調査報告書」147-176 ならびに 56 頁および 173 頁(2011 年)

https://www.olympus.co.jp/jp/common/pdf/if111206corpj_6.pdf(最終アクセス 2019 年 6 月 3 日)これ

は,法務機能を免責するものではなく,むしろ,法務機能に対するする期待の低さの象徴でしかない。 114 Duggin (2006), supra note 18 at 993

115 企業内弁護士に限らず,弁護士全体を対象においた論考であるが,拙著「弁護士の『独立性』概念をめぐ

る一考察」森勇編著「弁護士の基本的義務-弁護士職業像のコアバリュー」231,238-239 頁(中央大学出版

部,2018 年)。実際のところ,ここで取り上げた緊張関係は,法務部門だけではなく,法律事務所について

も-質量の差はあろうが-当てはまるものであろう。

116 Veasey & Di Guglielmo (2006), supra note 60 at 13-14,Kim (2001), supra note 33 at 252-253,

Weaver (1997), supra note 34 at 1028, 1034, 1045,Gunz & Gunz (1994) supra note 82 at 137,Nelson

& Trubek (1992), supra 65 at 208

117 DeMott (2005), supra note 18 at 967-968 and 969

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避ける方向に向かいがちである。

そのような環境下では,法務部門としての客観的,独立の判断が歪められる危険

がある118。実際,「[法務部門]としての独立した判断が上司に対する[組織構成員に

対する]忠誠によって譲歩されたことが,様々な企業不祥事の発生につながってき

た」119。

問題の本質は,他者が企業内弁護士にその意に沿う行動を取らせるために指示を

するものでなければ,企業内弁護士にその意に反する圧力をかけるというものでは

ないことである120。それは,企業内弁護士とビジネス部門との日常の緊密な協働関

係から醸成されるものである。日々共に働いているビジネス部門の同僚たちは,企

業の目的追求のために日々一生懸命働いている。その様子を見て,同僚たちにシン

パシーを抱くようになるのは人間として自然の感情である。そればかりでなく,こ

のような一体感は「パートナー」たるために極めて重要である。しかし,その関係

が緊密になればなるほど,問題が深刻になっていく121。

まさに,「パートナー」であることそれ自体が「ガーディアン」としての機能と

の間で相克をもたらすのである。

(2) 循環関係

他方において,ことは「パートナー」と「ガーディアン」とを対立的な別個の概

念と捉えて,二者択一的に,例えば会社を守るために「パートナー」より「ガーデ

ィアン」であることが優先される,といった単純な問題ではない。両者は緊張関係

を不可避に内在しながらも,最終的には互いに切り離せない融合関係に立つのであ

る。

これは双方の機能について共通するところとして言及した,「結果を出す」とい

う本質から導かれることである。

① 第 1 に,「パートナー」についていえば,前述のとおり,その本質は,ビジネ

スの一員として,企業を「成功」に導くために貢献することであり,成功につい

て責任を負うということである。それでは,法務部門が企画を過度に積極的に押

し進めた結果,結局それが違法と判断されて当局等の処分を受け,あるいは,倫

理違反として指弾を受け,企画が頓挫し,最悪の場合企業の破綻に至るような場

合はどうなるか。これは「失敗」以外のなにものでもなく,「パートナー」とし

ての責任を果たさなかったということである。「テニスコートの全面を使って試

118 Duggin (2006), supra. note 18 at 1021-1023

119 Veasey & Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 63,Jones (2012), supra note 9 at 28 and 3,

Jill Z. Barclift, “Corporate Responsibility: Ensuring Independent Judgement of the General

Counsel- A Look at Stock Options”, 81 N.D. L. Rev. 1, 3 (2005)

120 Veasey & Di Guglielmo (2006), supra note 60 at 14,Weaver (1997), supra note 34, at 1028,

1045,Duggin (2006), supra note 18 at 1003,De Mott (2005), supra note 18 at 969

121 Weaver (1997), supra note 34, at 13,Duggin (2006), supra note 18 at 1021-1022,Veasey & Di

Guglielmo (2012), supra note 17 at 63

- 242 -

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25

合をする」122ということは,やみくもに強いボールを打ち返せばよいということ

を意味しない。もし,ボールがコートのラインから 1 センチでも外へ出れば,そ

れは「アウト」である。したがって,「パートナー」たるということは,それ自

体の中に,ビジネスを制約-むしろ「コントロール」という言葉の方が適切かし

れない-するという機能が内在しているのである123。むしろ,ビジネス部門の目

的を最大限に達成するために「ラインぎりぎり」を狙えば狙うほど,それを超え

る可能性も高くなり,より的確な判断と精緻なコントロールが求められることな

ろう。いわば,「ブレーキを踏まずに,ハンドル操作で崖から落ちないように切

り抜け,かつレースに優勝する」ことが期待されているのである124。

② 次いで,「ガーディアン」機能についてもまた,その眼目は,企業が道を誤ら

ないという「結果」を出すことである。それはつまり,企業の意思決定に関与

し,これに影響を与え,企業をして正しい行動を取らせるという結果を実現する

ことに他ならない。

それでは,どのようなふるまいが,企業に対する影響力を有することになる

のか。単に「正しいことを言う」ということでは全くない。Jones は述懐する。

「自分たちだけが組織において,職業上の倫理規範を有しているという存在であ

ると任じ,それぞれに固有の倫理を有している人々から孤立してしまうという

[法務部門員]たちを見てきた」125。「頑固なノーマン(inveterate naysayer)」は

「重要な議論や意思決定その他主要な企業活動から排除され」てしまう126。これ

では企業に正しい行動を取らせるという結果に寄与することはできない。この

点,日系企業の法務部門の経営に対する影響力が,米国企業に対して明らかに低

いという調査結果127は,日系企業法務部門がガーディアン機能を十分に営み得て

いるかについて,懸念を抱かせるものである128。

それでは,何が企業に対する影響力の基礎となるのか。結局,ここでも重要な

ことは,ビジネス部門からの信頼である。その「高度な専門知識」それ自体でな

く,法務部門を「チームの一員」として信頼するからこそ,その言を聞くのであ

る129。「法的にはこうです。後は知りません,責任も取りません」と言い,結局は

ビジネスが決めることですと言う者を誰が信頼し,言うことに従ってくれるであ

ろうか。ビジネスと共に努力し,その信頼を勝ち得て初めて,ビジネス部門の同

僚は法務部門の「NO」という言葉を聞いてくれると心得るべきである。「いつも

あれだけ努力している人が,我々がビジネスをやりやすいように,あれだけ一生

122 法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,19 頁

123 前掲 16 頁

124 久保利ほか(2013 年)前掲注 77,47-48 頁(国廣,久保利および池永発言)参照

125 Jones (2012), supra note 9 at 15, 35-36 and 47 126 Heineman (2016), supra note 48 at 57/邦訳 66 頁 127 法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,7-9 頁 128 前掲 40 頁は,「これまでの法務機能の中心的な役割は,『守り』(ガーディアン機能)にあり,法務部門に

は,企業の「最後の砦」として,企業の『良心』であることが求められてきた」。という見解を示すが,本文

において述べたことからして,かかる認識には根本的な疑問がある。なお,前述注 113 129 "The Included Third" (2016), supra note 1 at 13

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懸命考えてくれる人が,これは絶対出来ません,NOと言っている。そうであれ

ば仕方がない」と初めて思ってくれる130。

言い換えれば,まさに,「パートナー」であることが,「ガーディアン」の機

能を有効ならしめる基礎となっていくのである131。「[法務部門]に厳密な意味で

の法的役割からさらに踏み出す能力があれば,それはまた,[法務部門が]ある企

画が「合法である,しかし愚かである」との言葉が,より一層経営陣に対して説

得力を持つことになる」132。

法務部門がビジネス部門に対して言うべきことが彼らにとってより厳しいこ

とであればあるほど,ビジネス部門がこれを呑み下すためにはより強固な信頼関

係が必要になる133。逆説的であるが,厳しい意見を述べても揺るがないだけの信

頼を積み重ねておくことが必要という言い方もできよう。この意味において,

「ガーディアン」たり得ることは,「パートナー」であるよりもむしろより困難

な努めであるといえよう。

ここに,一種の循環関係ができあがってしまうことになる。すなわち,「パー

トナー」たるには「ガーディアン」として企業を守ることが前提となる。しか

し,「ガーディアン」として機能するためには「パートナー」たらねばならない

のである。一方で,「パートナー」であることは,「ガーディアン」たることとの

相克を生む。一見矛盾したこの関係において,どのようにバランスをとるかが法

務部門にとって極めて重要な課題である134。

第5 結語-考えるべき課題

以上,企業法務の強化の必要性,そして,その機能として期待される「パートナー・

ガーディアン」の意味をその沿革および社会的背景と共に分析してきた。結語において

は,シンポジウムの露払いとして,このような法務機能のモデルを我が国に導入するべき

か,あるいは導入可能か,仮に導入するとすればそのためにどのような課題があるか,と

いう諸点について,いくつかの視点を示して,問題提起としたい。

1 社会的背景と環境

概観したように,米国における弁護士像およびその役割の背景には法曹の立ち位置

についての沿革的・社会的背景があり,ある意味において,自然な流れの中で法務機

130 久保利ほか「新たな価値創出」前掲注 77,47 頁(竹内発言),Veasey & Di Guglielmo (2012), supra

note 17 at 63-64 (Interviews with Any Schulman and Adam Ciongoli),Duggin (2006), supra note 18

at 1003 131 Heineman (2016), supra note 48 at 455-456/邦訳 501 頁 132 Veasey and Di Guglielmo (2012), supra note 17 at 63,および ibid. at 64(Interview with Adam

Ciongoli,) 133 Interviews with Alan Braverman, Sr. EVP, GC and Sec, Walt Disney (Nov. 12, 2009), Veasey & Di

Guglielmo (2012), supra note 17 at 46 and 47 (Interview with Alan Braverman and Kim K.W. Ruchker)

参照, "Handbook", supra note 9 at 29 134 以上述べてきたことからして,「パートナー」機能と「ガーディアン」機能をいわゆる「攻めの法務」「守

りの法務」と対置し,前者から後者への「発展」を志向すること(法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,

40 頁)は,「パートナー・ガーディアン」機能についての理解の正確さに疑問がある。

- 244 -

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能が形作られていったということが言えよう。これに対して,我が国の弁護士が米国

のように「ロイヤー・ステーツマン」としての自意識の上に,「プロアクティブ・モ

デル」に立ち,そして,社会の指導者層を形成しているかといえば,答えは否定的で

あろう135。

その中で,我が国において仮にこのような法務機能のモデルを導入することを考え

るのであれば,これにより形而下的・実務的な正当化根拠を考えることが必要であろ

う。さもなければ,議論は法務部門・弁護士その他法務機能をつかさどる人々の中で

の内輪の論理にとどまってしまい,企業経営陣の理解を得,その機能の実現を目指す

ことは困難であろう。

2 アイデンティティの所在

米国における企業法務機能の生成過程における特徴の一つは,それが企業組織と一

応切り離された「弁護士」という社会的集団によって担われてきたということであ

る。すなわち,米国的現実の中で「法曹」という集団がまず形作られ,それが社会の

リーダーとして活動し,社会もそのように認知されてきたという環境のもとでプロフ

ェッショナルとしてアイデンティティを形成し,その職場として,法律事務所なり企

業が選ばれたということである。言い換えれば,法務機能を担う人々にとって,その

アイデンティティは企業と直接の関係を持たない,固有のものであるということであ

る。そして,弁護士である以上は,「企業内で業務するとしても」弁護士としての役

割を果たすべきである,ということになる。

柏木昇は「アメリカ子会社法務部門勤務の経験では,アメリカの法務部門の弁護士

スタッフは従業員という意識よりも弁護士(lawyer)という意識の方が強かった」と述

懐している。一方で,「弁護士資格を持たない現在の日本の企業法務スタッフは,プ

ロフェッショナルな法律家という意識は皆無に近く,従業員という意識しかもたな

い。現に昔の私がそうであった」とする136。

おそらくは,「ガーディアン」としてことをなそうとして,企業がこれに従わなか

った場合に,その企業内弁護士は辞職する「べき」である,という主張137も,その文

脈で理解されるであろう。法務部門員であることから出発すれば,法務部門から離れ

ることは法務としてのアイデンティティの「喪失」を意味する。これに対して,弁護

士にとっては,辞職はむしろそのプロフェッショナルとしてのアイデンティを「維

持」するための行動であるということになる。

これに対して,企業法務部門は企業の一組織であり,その機能・役割は企業が決定

するものである。企業内弁護士がいわば「外在的」価値観を企業内に持ち込むのに対

して138,法務部門という組織から出発する考え方は,企業のいわば「内在的」価値観

の中で,組織を作り上げていくことになる。それにあたって,本報告書で議論したよ

135 フランスについても同様に。Ronald P. Sokol, "Reforming the French Legal Professions", 26 Int'l

L. 1025, 1034 (1992),"The Included Third" (2016), supra note 1 at 24 136 柏木昇「弁護士へのアクセスの拡充-企業の立場から」ジュリスト 1180 号 9 頁,10 頁(2000 年) 137 Heineman (2016), supra note 48 at 88/邦訳 99-100 頁 138 まさに "The Included Third(内在する第三者)"のゆえんである。"The Included Third" (2016),

supra note 1 at 10-11

- 245 -

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うな「パートナー・ガーディアン」の考え方をどの程度,あるいはどのような形で企

業として持ち込み,法務部門のミッションとするかは,検討が必要であろう139。

これは特に「ガーディアン」において問題となろう。法務部門が実定法の遵守を職

務とするは当然のこととしても,それを超えた倫理や社会的責任の遵守がなぜ法務部

門の範疇となるのか,さらに企業の「良心の最後の砦」という役割まで引き受けるべ

きであるのか,それが論理必然的なこととは必ずしも言えまい。

それに限らず,「パートナー」機能を含めた法務部門機能全体についても,「(企業

法務部門を弁護士が占めることで,)『法曹資格がないからこそ』,ビジネス法務部門

員として日本の企業法務部門が独自に育んできたチャレンジ精神と,法律や契約とい

う狭い世界での解決に捕らわれないで課題やプロジェクトに対処する『素晴らしい特

徴』140を失ってしまうのでないかという『危惧』(強調引用者)」が表明されている141。そして,「[弁護士資格が]実際の仕事の現場で役に立ったというのは,おそらく

一度もないのではないかと思います。『一般の教養』として持っていることは非常に

有用だと思いますが,(中略)それはあくまでも必要条件でも十分条件でもないと考

えています。そこからどれだけその人の倫理観であるとか,スキルであるとか,ある

いは会社の事業や製品に対する理解を深められるかという,『会社に入ってからの』

研鑽次第ではないかと思っています。(強調引用者)」142という。現実的に言って,こ

の壁は決して薄くも,低くもないであろう。

3 法務部門の構成

以上の議論は,-おそらくかなり必然的に-法務部門の構成をどのようにしていく

かとう問題に結びつくであろう。

第1に,法務部門を「プロフェッショナル」で構成するか否かという問題がある。

ここでいう「プロフェッショナル」とは,そのアイデンティティを当該企業の従業員

であることとは別に,あるいはこれに加えて,法律プロフェッショナルであるところ

に求める人々ということである。前述のとおり,米国の法務機能はかかる観念によっ

て成立している。

これを我が国に導入するのであれば,まず給源として考えられるのは弁護士資格者

であろう。この点,現状は企業内弁護士の多くが司法修習新卒あるいはこれに準じた

経験の比較的若い段階で採用されており,これを本報告書で観念するようなプロフェ

ッショナルとして考えるべきか(少なくとも完成されたものとしてのそれとして)は

議論の余地があろう143。もっとも,近年,新たに採用される弁護士について,新人弁

139 この点において,Heineman (2016), supra note 48「Inside Counsel Revolution」(直訳「企業内弁護士

革命」)の邦題を「企業法務革命」としたことの妥当性には疑問なしとしない。 140 米国において前述したところ,また,米国企業に比して日本企業の法務部門が企業に対する影響力が明ら

かに低いこと(法務機能研究会報告書(2018)前掲注 1,7-9 頁)からして,かかる見解は明らかに事実認識を

誤っていると筆者は考えるが。 141 稲垣泰弘「価値観・倫理観を大切にする日本企業らしい法務部門であれ」ビジネス法務 2016 年 5 月号

22 頁,22 頁

142 藤本和也(司会),稲垣康弘,茅野みつるおよび筆者「岐路に立つ企業内弁護士-法務に求められる役割

から見えるもの-」ビジネス法務 2015 年 6 月号 73 頁および 7 月号 62 頁,6 月号 79 頁(稲垣発言) 143 単なる資格の有無の問題ではないという限度においては,注 143 で紹介した見解は正鵠を射た面があると

- 246 -

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護士の割合が減少し,代わって「4年以上7年未満」の層が急激に上昇している事実

は,企業側の意識の変化の現れかもしれない144。

一方において,現実の問題として,日本の法曹養成制度には,企業法務部門の全員

を弁護士に置き換えるだけの供給能力はない。したがって,弁護士非資格者をどのよ

うに「プロフェッショナル」として把握し,養成するかが課題であろう145。その場

合,最も問題になるのは,その多くが単一企業のみの勤務経験者であると想定される

ところ,それと独立したアイデンティティをどのように涵養するかであろう。

一方で,人事制度上,ローテーションをどのように考えるかということも課題にな

ろう。特に「ガーディアン」機能について,遇々法務部門に配属された限りにおいて

企業の「良心の最後の砦」であり,他部署へ異動になったとたんにかかる役割がなく

なるというのはいかにも不自然であり,これをどのように説明するかが問題になろ

う。

シンポジウム本体では,以上を踏まえて,我が国において法務機能をどのようにと

らえ,法務組織を形成していくかを議論することになる。

思われる。 144 岡田英「企業内弁護士-実務経験者に採用シフト,「新卒」は減る傾向に」エコノミスト 2019 年 2 月 19

日 22 頁,拙著「A Statistical Analysis on Development of the In-house Practice in Japan」(ACC

Docket, 31 Aug, 2017) available at http://www.accdocket.com/articles/statistical-analysis-

development-in-house-japan.cfm?ga=2.138846323.1340951228.1520990169-318191660.1491285458。なお,

最新の状況を別表1として添付する。 145 企業法務部門員に対する資格制度の導入を提唱するものとして,平野温郎「『第四の法曹』としてのイン

ハウスカウンセル制度の創設を」ビジネス法務 19 巻 4 号 1 頁 (2019)

-20

0

20

40

60

80

100 1年未満

1年以上4年未満

4年以上7年未満

7年以上10年未満

10年以上

4年未満

別表1 企業内弁護士の弁護士経験年数別採用傾向

(%)

(80.7)

(23.8)

(26.2)

(16.7)

(15.2)(12.1)

2009 2011

(38.8)

2012 2013 2014 2015 20182010

(51.6)

(45.1)(43.8) (43.3) (44.6)

(53.9)

(73.0)

(20.5)

(9.1)

(5.4)

(30.2)

(22.3)

(30.2)(32.3)

(30.3) (29.6)

(7.7)

(3.4)

(8.1) (8.2) (9.7)(12.6) (11.5) (10.8) (11.5)(11.5) (11.4)

(16.2) (16.3)

(7.1)

(9.9) (6.2) (9.3)

(16.9)

(6.4)

(-5.68)

(4.1)(5.7) (7.6)

(1.7)(5.8) (4.9) (3.1)

201720162007

(50.0)

(74.4)

(89.8)

(78.38)

(68.6)(73.9) (75.3) (76.1) (73.3) (74.2)

(54.5)(53.0)

(34.2)(32.8)

(20.3)

(20.2)(9.91)

(20.7)

(19.8)

(14.7)

(6.5) (6.0)

- 247 -

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