8
1 はじめに 1.1 ピッキング作業の効率化における現状 近年,日本の GDP の約 7 割を占めるサービス産業 の生産性向上が社会的課題となっている.本研究では, 様々な業種・業態を裏で支えると共にオムニチャネル 時代に欠かせない存在である物流サービスに特に注目 して研究を進めている.物流サービスの生産性に関わ る重要課題の一つに,物流倉庫でのピッキング作業の 効率化が挙げられる.ピッキング作業とは,物流倉庫 の棚の在庫商品を収集する作業である.ピッキング作 業の効率化を行うためには,業務の改善活動を行う必 要がある.従来現場では,現状把握,問題抽出,改善 案提示,実行の PDCA サイクルを回すことによって業 務の改善活動が行われてきた.一方,改善案提示を行 うフェーズにおいて意思決定者の直感的な判断により 改善案の選択が行われている.実際に改善案を実行す るためには多大な労力と時間がかかってしまうことか ら,シミュレーションを用いた改善案事前評価による 意思決定支援が期待されている. 1.2 関連研究・課題 前述したように,意思決定支援として複数の改善案 をシミュレーションすることは PDCA サイクルの生産 性を向上させる有効な手段である(Fig. 1).これまで オペレーションズ・リサーチでシミュレーションを用 いたピッキング作業の最適化や注文データを用いた効 率化シミュレーション分析,混雑を考慮したピッキン グ作業の最適化,後述するゾーンピッキングを含めた 注文データによるピッキングの最適手法の決定などの 研究が行われてきた [1][2][3][4] .しかし,いずれも計測結 果に基づいた導出は行われておらず,従業員行動や実 現場の環境制約が考慮されていない. シミュレーションを用いた意思決定支援を行うために は,実環境とシミュレーションの差を如何に埋めるこ とができるかが大きな課題である. 2 研究概要 2.1 研究目的 筆者らは先行して,ピッキング作業の行動計測結果 に基づいたピッキングモデルの提案を行っており,ピ ッキング作業を再現している [5] (Fig 2Fig. 3).しかし, モデル化はピッキング作業1周の再現にとどまってお り,ピッキング作業1日のモデル化はされていない.ま 物流倉庫シミュレータを用いた ゾーンピッキング導入事前評価 ○明官達郎(筑波大学) 松本光崇(産業技術総合研究所) 大隈隆史(産業技術総合研究所) 一刈良介(産業技術総合研究所) 加藤狩夢(筑波大学) 太田大智(長岡技術科学大学) 蔵田武志(筑波大学,産業技術総合研究所) Fig. 1: PDCA サイクルにおける改善案事前評価 シミュレーション To-Be 改善案提示 改善案事前評価 行動計測 分析 可視化 As-Is 現状把握 カイゼン カイゼン カイゼン 実行 () 実測値 シミュレーション値 Fig. 3: 1 周毎の作業時間比較の箱ひげ図 Fig. 2: 従来ピッキング手法の状態遷移図 カート と移動 Withoutカート withカート 単独移動 カートから 離れる 積荷 商品運搬 カートに 戻る ピッキング ピッキング

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1 はじめに

1.1 ピッキング作業の効率化における現状

近年,日本の GDP の約 7 割を占めるサービス産業

の生産性向上が社会的課題となっている.本研究では,

様々な業種・業態を裏で支えると共にオムニチャネル

時代に欠かせない存在である物流サービスに特に注目

して研究を進めている.物流サービスの生産性に関わ

る重要課題の一つに,物流倉庫でのピッキング作業の

効率化が挙げられる.ピッキング作業とは,物流倉庫

の棚の在庫商品を収集する作業である.ピッキング作

業の効率化を行うためには,業務の改善活動を行う必

要がある.従来現場では,現状把握,問題抽出,改善

案提示,実行の PDCA サイクルを回すことによって業

務の改善活動が行われてきた.一方,改善案提示を行

うフェーズにおいて意思決定者の直感的な判断により

改善案の選択が行われている.実際に改善案を実行す

るためには多大な労力と時間がかかってしまうことか

ら,シミュレーションを用いた改善案事前評価による

意思決定支援が期待されている.

1.2 関連研究・課題

前述したように,意思決定支援として複数の改善案

をシミュレーションすることはPDCAサイクルの生産

性を向上させる有効な手段である(Fig. 1).これまで

オペレーションズ・リサーチでシミュレーションを用

いたピッキング作業の最適化や注文データを用いた効

率化シミュレーション分析,混雑を考慮したピッキン

グ作業の最適化,後述するゾーンピッキングを含めた

注文データによるピッキングの最適手法の決定などの

研究が行われてきた[1][2][3][4].しかし,いずれも計測結

果に基づいた導出は行われておらず,従業員行動や実

現場の環境制約が考慮されていない.

シミュレーションを用いた意思決定支援を行うために

は,実環境とシミュレーションの差を如何に埋めるこ

とができるかが大きな課題である.

2 研究概要

2.1 研究目的

筆者らは先行して,ピッキング作業の行動計測結果

に基づいたピッキングモデルの提案を行っており,ピ

ッキング作業を再現している[5](Fig 2,Fig. 3).しかし,

モデル化はピッキング作業1周の再現にとどまってお

り,ピッキング作業1日のモデル化はされていない.ま

物流倉庫シミュレータを用いた ゾーンピッキング導入事前評価

○明官達郎(筑波大学) 松本光崇(産業技術総合研究所)

大隈隆史(産業技術総合研究所) 一刈良介(産業技術総合研究所) 加藤狩夢(筑波大学)

太田大智(長岡技術科学大学) 蔵田武志(筑波大学,産業技術総合研究所)

Fig. 1: PDCA サイクルにおける改善案事前評価

シミュレーション

To-Be

改善案提示改善案事前評価

行動計測分析可視化 As-Is

現状把握

カイゼン

カイゼン

カイゼン

実行

(分)

実測値 シミュレーション値

Fig. 3: 1 周毎の作業時間比較の箱ひげ図

Fig. 2: 従来ピッキング手法の状態遷移図

カートと移動

Withoutカート withカート

単独移動カートから離れる

積荷商品運搬カートに戻る

ピッキング ピッキング

goto
タイプライターテキスト
2016年度サービス学会第4回国内大会講演論文集, pp.19 (2016)
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た,再現したモデルを用いたシミュレーションによる

従来手法と改善案の比較・評価に関しても議論がされ

ていなかった.実際に改善案の導入を行うためには,

業務一日の再現を行い,手法同士を事前に評価できる

機構が必要である.本研究ではその機構作成の前段階

として,先行研究で提案したモデルをもとにピッキン

グ作業1日を再現し,従来手法と改善案を物流倉庫シミ

ュレータにより評価することを目的とする.なお,本

研究で用いる計測結果に基づき従業員の行動軌跡や実

作業現場の棚や搬入口棚の個数など環境制約を考慮し

たシミュレータを物流倉庫シミュレータと呼ぶ.

以下,本稿は次のように構成される.3節では計測倉

庫の概要を記し,4節では従来のピッキング手法につい

て述べ,5節では提案するゾーンピッキング手法ついて

述べる. 6節では物流倉庫シミュレータを用いた従来

手法とゾーンピッキング手法の一日分のシミュレーシ

ョンの構成について述べる.7節では実験手法と評価手

法について述べた後に,8節で結果の考察を行い,9節

でまとめと今後の課題について述べる.

3 計測倉庫概要

3.1 国内物流倉庫について

本研究では国内の物流倉庫 X を研究対象とした.作

業フロアは長辺が 54m,短辺が 50m(25m×2),複数

のカートが通ることができる大通りがあり,中央に資

材搬出入用のエレベータが設置されている.フロア内

は A から D までの 4 つのゾーンに区分されており,

各ゾーンに設置されている棚に商品が格納されている.

物流倉庫 X の特徴として,各ゾーンをつなぐ大通りと

それぞれのゾーン内の棚と棚の通路によって構成され

ている.大通りは従業員がカートを押しながら移動す

ることができ,複数のカートが同時に通り抜けること

ができる広さである.それに比べて棚と棚の間の通路

はカートが一台のみ通れる広さである.従業員は通路

内での混雑を避けるために,カートを大通りに置き,

単独移動により通路内を移動する.商品棚は棚と棚が

向き合った状態で配置されているため,ピッキングは

基本的に通路内で行われる.

3.2 計測手法

先行研究では2014年4月17日から6月13日までの約2

カ月間(休日,祝日を除く),計測対象者17名の行動

計測を行った.従業員とカートの屋内位置情報測位シ

ステムとして,可視光通信(VLC:Visible Light Com-

munication)と倉庫管理システム(WMS:Warehouse

Management System)を用いた.両システムをFig .4に

示す.

まずはVLCについて説明する.VLCとはLED 照明装

置の可視光に信号を重畳させて送信する通信方式であ

り,受信機で受信した信号からID等のデータを復調す

ることができる[6].本実験ではフロア内の照明器具に

VLCに対応したLED 照明を取り付け,照明装置ごとに

固有のIDを送信するように設定した.また,ID付可視

光は他のID付可視光の影響を受けないように間隔を

空けて設置されている.従業員とカートに受信機を装

着させることで動線を計測した.

次に,WMSについて説明する.WMSとは倉庫内の

商品を管理しているシステムである.在庫管理や顧客

からのオーダーを従業員が持つWMSのハンディータ

ーミナル(HT)に送信することで,どの棚でどの商品

をピッキングするか指示することでピッキングが行わ

Fig. 5: WMS と VLC の動線の重畳図

A

BC

D

Fig. 4: 計測システム概要

スタッフカート

受信機

ID付可視光

可視光通信システム

HT

倉庫管理システム

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れる.従業員は原則,この指示に従ってピッキングを

行い,HTでピッキングした商品のバーコードをスキャ

ンする.そのため,WMSデータから従業員がいつ,ど

の棚にアクセスしたかが分かる.これらVLCデータと

WMSデータの双方のデータを用いて動線推定を行っ

た(Fig. 5).

4 従来手法概要

4.1 従来手法

従来のピッキング作業の流れを以下に示す.

(1) HT でオーダーを確認

(2) 大通り上を従業員がカートを押しながら移動

(3) 商品棚近くの大通りにカートを置く

(4) カートから離れて商品棚位置まで単独移動

(5) 棚から商品を取り出し,カートの籠に入れる

基本的にこのフローを繰り返し行うことで,複数オー

ダーに対応している.

4.2 従来手法の問題点

動線分析結果から分析対象物流倉庫における従来手

法の問題点を三点挙げた.

i. 不連続ピッキング

棚と棚の通路が狭く従業員は大通りにカートを置き,

棚の前まで単独で移動しピッキングを行わなければな

らない.セット商品の場合にカートの前で袋詰めなど

の作業を行う必要があるため,一度カート位置まで戻

らなければならない.また,HT を操作しながら持つこ

とができる商品数にも限界があるため,連続的にピッ

キングが行えない.

ii. 渋滞が起きる環境

Fig. 5 に示すように出荷頻度の高い商品が格納され

ている棚が開始地点の近くであるAゾーンに多いこと

がわかる.WMS のピッキング指示が A ゾーンから D

ゾーンにかけて時計回りに行われていることから,昼

時間後の一斉に作業が開始される時間帯はAゾーンで

渋滞が起きてしまう.この渋滞がピッキング作業の効

率を下げる要因の一つであると考える.

iii. 高スキル従業員への依存

スキルの高い従業員は臨機応変に渋滞回避や効率的

にピッキングを行うために WMS によって与えられた

順番を変更し,ピッキング作業の効率化を図っている.

このように,サービス現場は高スキルの従業員によっ

て支えられており,その従業員の有無によってサービ

スの内容やその品質が変動してしまっているのが現状

である.もし高スキルの従業員が辞める事になれば,

サービスの品質が落ちるだけでなく,蓄積したノウハ

ウも組織には残らない.そのため,高スキルの従業員

への依存のリスクを考慮した持続的な仕組み作りが必

要だと考える.

これら三点の問題を解決するための改善案を次節で

提案する.

5 提案手法概要

改善案としてゾーンピッキング手法を提案する.本

研究においてゾーンピッキングとは,フロアをゾーン

毎に分割し,それぞれのゾーンにつき一人の従業員が

ピッキングを行う手法とする.以下,提案手法の適用

による改善について述べ,その後ゾーンピッキング手

法についてより詳細に説明する.

5.1 改善案

不連続ピッキングと渋滞について,従来手法では棚

と棚の通路をカートで通った場合に,他の従業員が通

り抜けられなくなるため,カートから離れてピッキン

グが行われていた.また,同じゾーンでピッキングが

行われる際に渋滞が起きていた.改善案であるゾーン

ピッキングでは他の従業員と同じゾーンでピッキング

が行われないため,棚と棚の間の通路内を,カートを

押しながら通ることが可能となる.これにより,連続

的にピッキングが行えるようになり,さらに,渋滞が

なくなると考えられる.

高スキル従業員への依存について,従来のピッキン

グでは,同じゾーンに他の従業員がいることで渋滞が

起き,その棚を後回しにして他の棚のピッキングを行

うような対応がされていたが,提案手法では他の従業

員は同じゾーンで作業することはないため,順路を変

更する必要がなくなる.また,従来手法ではピッキン

グを行う範囲が広く,倉庫内環境の把握することが難

しいため,ルート間違いや遠回りなどのミスが生じて

いた.提案手法では一人あたりのピッキング範囲が狭

くなり,従来手法よりもミスが減少すると考えられる.

そのため,スキルの低い従業員とスキルの高い従業員

Fig. 6: ピッキング頻度ヒートマップ

開始地点

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の作業量の差が小さくなり,依存が解消されると考

える.

5.2 ゾーンピッキング手法

本研究におけるゾーンピッキング手法について述べ

る.まず,作業フロアを複数のゾーンに分割する.次

に各ゾーンに従業員一人ずつ担当させる.従来の出荷

先毎に分けられている複数オーダーを統合させ,統合

されたオーダー中の商品をゾーン毎に最分割しオーダ

ーを作成する.分割されたオーダーのまとまりをバッ

チと呼ぶ.各ゾーンのオーダーのピッキング作業を行

い,開始地点付近の仕分け作業場にて仕分け作業を行

う.仕分け作業とは,各ゾーンで集められた商品を再

度出荷先ごとに分類する作業を指す.例として,変更

した棚配置でのゾーンピッキングシミュレーションを

ゾーン分割数4,従業員数 4 人,1 バッチ当たりの 10

オーダーという条件で行った場合の 1 周の軌跡図を

Fig.7 に示す.

5.3 棚配置の変更

前述したように,従来の棚配置は A ゾーンに頻度の

高い棚が集中している.そのため,ゾーンピッキング

を行う場合Aゾーンの担当者の作業量が他のゾーンに

比べて多くなってしまう.そこで,各ゾーンの作業量

が均一化するように,高頻度の棚をゾーン毎に分配し

た.分配方法として,フロアの開始地点から最も近い

各ゾーンの角の棚をゾーンの開始地点として決め,そ

こから蛇行させるように高頻度の棚を順に配置させた.

商品の頻度ではなく棚の頻度にした理由として,商品

単位の頻度を用いて配置を変更した場合,セット商品

が離れてしまう可能性があること,移動させるコスト

が大きくなることの二点を考慮し,棚単位で配置の変

更とした.同様の手法で,ゾーン数を 5~7 個に分割し

た 棚 配 置 も 作 成 し , そ れ ぞ れ の 棚 配 置

5zone,6zone,7zone.と呼ぶ.

6 物流倉庫シミュレータ

従来手法とゾーンピッキング手法について作業 1 日

分のシミュレーションを行うため,それぞれの手法に

対してモデル化を行った.従来手法を従来ピッキング

モデル,ゾーンピッキング手法をゾーンピッキングモ

デルと呼ぶ.本節では,物流倉庫シミュレータを用い

た各モデルのシミュレーションの構成について述べ

る.ここで,シミュレーションの条件を二点挙げる.

現場へのヒアリング結果から,顧客からのオ

ーダーの待ち時間の発生はないものとすると

いうこと.

作業と作業の間の時間は考慮せず,純粋な作

業時間のみを検討対象とするということ.

それぞれの条件下でシミュレーションを行う.

6.1 従来ピッキングモデル

従来手法では,出荷先からのオーダーを受け,それ

を従業員が自主的に選択しピッキングを行っている.

従来の業務では配送先ごとのオーダーに優先順位があ

るため,今回のモデルにおいては実際に行われた注文

データを用いてシミュレーションを行う.また従来手

法では,出荷時間が決まっているオーダーを複数人で

処理することもあるが,今回のモデルでは,1オーダ

ーは一人で行うものとする.さらに,早くピッキング

作業が終わった従業員から次のピッキングを行うとい

う構成とする.なお,前述したように作業と作業の間

は考慮しないため,ピッキング終了後すぐに次のオー

ダーのピッキングを行うものとする.

6.2 ゾーンピッキングモデル

ゾーンピッキングを行うために変更した棚の図を

Fig. 8 に示す.フロアを各ゾーンに分割しており,上部

に開始地点と仕分け場所がある.開始地点から一斉に

Fig. 7: ゾーンピッキング軌跡

(ゾーン分割数 4,従業員数 4,オーダー数 10) Fig. 8: 変更後棚配置例

317

277

282

374

集荷場所 開始地点

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各ゾーンでピッキングを行う.各ゾーン担当者はピッ

キングが終わり次第,仕分け場所まで運搬し,各ゾー

ンの商品を出荷先毎に分配する.仕分け作業では,1 バ

ッチ中のオーダー数が増えるということは出荷先数が

増えるということを指し,増えるほど分類するための

時間がかかると考えられる.そのため,基本的な仕分

け作業を 1 品目あたり 10 秒と設定し,オーダーの数

が増える毎に増加する各棚までの移動時間を加えた時

間を仕分け作業時間とする.ここで品目とは 1 オーダ

ー中の商品を種類毎に分けた単位を指す.

ゾーン内の棚数を均一化させるため棚配置を変更し

たが,フロア中央のエレベータの位置などの環境制約

から完全に均一な状態を作ることはできない.そこで,

広範囲のゾーンの担当者の負担が大きくなり従業員の

作業量の偏りを防ぐため,作業量が小さい従業員は次

のピッキングでは作業量の多いゾーンを担当するよう

にローテーションを回す.また,ゾーンピッキングモ

デルでは出荷場所毎にまとめられた複数のオーダーを

出荷先毎にまとめ直す仕分け作業が必要であるため,

それぞれのゾーンピッキング作業者が全員仕分け場所

まで戻ってくるまで次のピッキングは行わないものと

する.これは,仕分け作業が複雑化するのを防ぐだけ

でなく,急な従業員不足などのシステムの持続性を高

めるための待ち時間として設けている.

次にゾーン数と従業員の数によるピッキングと仕分

け作業の人数配分について,以下にまとめる.

(1) ゾーン数 > 従業員数

従業員がゾーン数よりも少ない場合,担当ゾーン

のピッキングが早く終了した順に,余っている他の

ゾーンのピッキングを行う.仕分け作業はすべての

ゾーンが終り次第全員で行うものとする.また,仕

分け作業の負担が大きい場合,ピッキング作業が終

わり次第全員で仕分け作業を行う.

(2) ゾーン数 = 従業員数

従業員がゾーン数と同数の場合,それぞれが担当

ゾーンのピッキングを行う.仕分け作業はすべての

ゾーンが終り次第,全従業員で行うものとする.

(3) ゾーン数 < 従業員数

従業員がゾーン数よりも多い場合,ゾーン数と同

じ人数の従業員がピッキング作業者,残りの従業員

が仕分け作業者として作業を行う.1 周分のピッキ

ングが終り次第,仕分け作業者が仕分けを始める.

7 評価実験

7.1 評価手法

本研究では,「人時生産性」,「稼働率」,「作業標

準偏差」,「最遅作業時間」の 4 つの評価値を用いる.

人時生産性は従業員一人が 1 時間あたりに処理でき

るピッキング品目数である.1 日の作業で従業員数と

オーダー数を変化させた場合の生産性を知るための指

標である.

稼働率はピッキング作業者と仕分け作業者の両方を

含む全作業時間に対する待ち時間を除く作業時間の割

合を示す.1 日のピッキングモデルを構成する上で無

駄な時間がどのくらい含まれているのかを知るための

指標である.

作業時間標準偏差は各従業員が実際に作業した時間

の標準偏差である.スキルが高い従業員ほど作業効率

が良いため,他の従業員よりも時間あたりの作業量が

多くなる.この差は従業員の不満となり,従業員満足

度を上げるためには作業量の差を小さくすることが必

要である.作業時間標準偏差は各従業員の作業量の差

を知るための指標である.

最遅作業時間は全従業員の中で 1 日の作業を終えた

時刻が最も遅い従業員一人当たりの作業時間である.

与えられるピッキング作業を何時間で終えることがで

きるかを示すための指標である.なお全作業時間は最

遅作業時間に従業員数をかけ合わせたものとする.

評価指標を表す式(1) ~ (3)を以下に示す.

7.2 実験方法

シミュレーションのパラメータをまとめたものを

Table1 に示す.物流倉庫シミュレータによる従来ピッ

キングモデルとゾーンピッキングモデルの比較を行う.

従業員数をパラメータとして,従来のピッキング作業

𝑃 = 𝑁𝑝𝑖𝑐𝑘

𝑁𝑤𝑜𝑟𝑘 × 𝑇𝑒𝑛𝑑

(1)

𝑂𝑅 = 𝑇𝑎𝑙𝑙 − ∑ 𝑇𝑤𝑎𝑖𝑡

𝑛

𝑇𝑎𝑙𝑙

(2)

𝑆𝐷 = √1

𝑛∑ (𝑇𝑤𝑜𝑟𝑘 − 𝑇𝑚𝑒𝑎𝑛)2𝑛 (3)

Table : 1 シミュレーションパラメータ

ゾーン分割数 Original , 4 ~ 7

オーダー数 4~10

全従業員数 4~10

P :人時生産性

Tall :全作業時間

Tend :最遅作業時間

Twait :待ち時間

Twork :従業員一人当たりの作業時間

Tmean :平均作業時間

OR :稼働率

SD :作業時間標準偏差

Nwork :全従業員人数

Npick :全ピッキング品目数

n :1 日のデータ数

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中に同時に作業している従業員数の最少と最大の 4 人

から 10 人とした.従来ピッキングの場合,従業員一人

につき 1 オーダーを処理するため,1 周に処理される

オーダー数が全従業員数と同数になる.比較する上で

条件を合わせるため,ゾーンピッキングにおいても同

様の条件でシミュレーションを行った.なお,従来ピ

ッキングの場合,変更前の棚配置を用いた方が変更後

の棚配置を用いたシミュレーションよりも作業時間が

短くなるため,従来の棚配置を用いてシミュレーショ

ンを行う.それぞれのゾーン分割でシミュレーション

した結果を original,4zone,5zone,6zone,7zone と呼び,シ

ミュレーション結果の比較も行う.

8 結果・考察

8.1 結果

評価指標毎に従来ピッキングモデルとゾーンピッキ

ングモデルをシミュレーションした値の比較結果を

Fig. 9 に示す.直線とマーカーが従来ピッキングモデ

ル,直線のみがゾーンピッキングモデルを示す.どち

らも 1 日単位のシミュレーション 2 カ月分を平均した

値を示す.縦軸は各評価指標であり,横軸が従業員数

である.順に結果の考察を行う.また,得られた結果

をまとめた表を Table2 に示す.この表では,それぞれ

Fig. 9: 指標別従来ピッキングモデルとゾーンピッキングモデルの比較グラフ

(横軸:従業員数 = 1 バッチ中のオーダー数)

50

60

70

80

90

3 4 5 6 7 8 9 10 11

(ⅰ)人時生産性

40

50

60

70

80

90

100

3 4 5 6 7 8 9 10 11

(ⅱ)稼働率

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

3 4 5 6 7 8 9 10 11

(ⅲ)標準偏差

2

3

4

5

6

7

8

9

3 4 5 6 7 8 9 10 11

(ⅳ)最遅作業時間

Table 2: ゾーンの種類別シミュレーション結果 original 4zone 5zone 6 zone 7 zone

人時生産性 76.3 80.8 79.3 80 78

人数・オーダー数 4 5 6 8 8

稼働率 99 85 83 88 91

人数・オーダー数 4 5 6 4 4

作業時間標準偏差 0.0337 0.00789 0.0089 0.0079 0.0081

人数・オーダー数 5 4 5 6 7

最遅作業時間 3.2 4.0 3.4 3.0 2.9

人数・オーダー数 10 10 10 10 10

(No)

(Hours) (Hours)

(%)

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の評価指標におけるゾーン分割数と全従業員数と 1 バ

ッチ中のオーダー数の組み合わせとそれぞれの評価指

標の最良値をまとめた.また,各指標における最良値

に対して,下線を引いた.

(I) 人時生産性

従来ピッキングモデルでは人数が増える毎に品目数

が小さくなっている.また,ゾーンピッキングモデル

ではゾーン数分のピッキング作業者に加えて荷作業員

が一人いる状態で従来ピッキングの人時生産性を超え

ていることがわかる.さらに,4zoneと 5zone では仕分

け作業者数が二人以上の場合生産性が落ちているが,

6zone では仕分け作業者数が二人の場合で生産性が上

がっている.この違いについて,ゾーン分割数が多い

ほど一回当たりの仕分け作業量が増えるため,仕分け

作業時間が増加する.つまり,ゾーン分割数と作業者

数が同じという状態から仕分け作業者が一人増えた状

態は同じだが,ゾーン分割数が多いほど一人当たりが

処理する仕分け作業量が多いため,6zone の場合仕分

け作業者が二人の時に生産性が最も高くなることがわ

かる.

(II) 稼働率

前述したように,今回のシミュレーションにおける

従来ピッキングモデルはピッキングが早く終わった従

業員から次のピッキング作業を行う構成となっている.

そのため,オーダーが揃うまで次のピッキングを行う

ことができないゾーンピッキングに比べて,従来ピッ

キングの稼働率が高くなることがわかる.ゾーンピッ

キングのみに着目すると,ゾーンが増える毎に稼働率

の減少率が減っていることがわかる.

(III) 作業時間標準偏差

ゾーン数と従業員数が同数の場合は標準偏差が 0 に

近く,それ以上の増えた場合に標準偏差が大きくなっ

ていることがわかる.この結果は仕分け作業員の影響

によって標準偏差が変化することを示している.仕分

け作業員の増加に伴い,仕分け作業の負担が減り,そ

の分待ち時間が増えることで,ピッキング作業者と仕

分け作業者の作業量の差が大きくなる.一方, 7zone

において 10 人 10 オーダーという組み合わせで行われ

たシミュレーション結果では,標準偏差が小さくなっ

ている.このことからオーダー数と仕分け作業者数の

組み合わせによっては標準偏が小さくなることがわか

る.

(IV) 最遅作業時間

全従業員数が増える毎に最遅作業時間が短くなって

いることがわかる.その中で 4zone の場合,従業員数

5 人を境にそれ以上の人数をかけると,減少率が小さ

くなっていき,7 人以上の人数をかけた時には,従来

ピッキングモデルの最遅作業時間の方が小さくなって

いることがわかる.他のゾーン分割数でも,この傾向

が見られる.

8.2 考察

Table3に考察を表にまとめたものを示す.ゾーン

ピッキングの特徴として,ゾーン分割数と従業員数が

等しい状態を境に,その前後で値が大きく変わってい

ることがわかる.このことから,本実験の条件におい

て仕分け作業員有無やその人数が影響していると考え

られる.

人時生産性について,ピッキング作業と仕分け作業

が並行で行われることで,作業時間が短縮され,人時

生産性が向上すると考えられる.一方,本実験での人

時生産性は分母が全従業員数と最遅作業時間を等価に

掛けあわせたものであり,分子はピッキングの品数の

固定値としているため,人時生産性が向上するには一

人の従業員の増加量に対して,増加量以上の作業時間

を短縮できなければ,人時生産性を向上させることは

できない.しかし Fig. 9 の(ⅳ)で示すように,人数が

増えるごとに傾きが小さくなっており,傾きが小さく

なるにつれてその値を分母に持つ人時生産性の傾きが

正から負に変わっていることがわかる.現状では仕分

け作業員の追加において,Table .2 で示すようにゾー

ン分割数に仕分け作業員が一人あるいは二人で最大値

を取る場合がある.これは,オーダー数が増えるたび

Table 3: 考察まとめ

考察

人時生産性 仕分け作業者の追加によってピッキング作業者の負担が減るが,ピッキング

作業者が行っていた仕分け作業時間よりも仕分け作業者が行う仕分け作業時

間が長くなる場合に人時生産性が小さくなると考えられる.

稼働率 1バッチ当たりのピッキング作業量が均等になること,仕分け作業者の待ち

時間が短くなることが稼働率を上げると考えられる.

作業時間標準偏差 仕分け作業員一人当たりの仕分け作業量が多い場合,ピッキング作業者との

作業量の差が大きくなり標準偏差が増加すると考えられる.

最遅作業時間 仕分け作業者が加わることで作業時間が短縮しているが,多くなるにつれて

減少する傾きが小さくなっていることがわかる.

Page 8: G9G2GJG with G9G2GJG 1 はじめに GEGmGsGzG GEGuG 5 …seam.pj.aist.go.jp/papers/distribution/2016/serviceology2016-myokan.pdf次に,wmsについて説明する.wmsとは倉庫内の

に仕分け作業量が増え,最遅作業時間を短縮すること

ができるようになるということを示す.つまり,オー

ダー数が増えることによる仕分け作業の負担と仕分け

作業員の人数が人時生産性に影響を及ぼしていると考

えられる.

次に,稼働率について,仕分け作業者数がある一定

の数を超えたところで,減少が始まっていることがわ

かる.これは,仕分け作業量に対して仕分け作業者数

が多すぎるため,無駄な時間が増えて稼働率が減少し

ていると考えられる.

作業時間標準偏差について,人時生産性とは逆に仕

分け作業者が一人増えた状態では,ピッキング作業量

よりも仕分け作業量が上回ることで標準偏差が一時的

に上がっている.その後徐々に減少してある点で上昇

しているのは,仕分け作業者数の投下により作業量の

差が小さくなり,徐々に無駄な人数が増えていくこと

で,ピッキング作業よりも仕分け作業時間が短くなっ

ているためだと考えられる.

最遅作業時間について,全体的に投下従業員数の増

加に伴い減少していることがわかる.人時生産性と比

較した場合,人時生産性が最も高い状態を堺に最遅作

業時間の傾きが小さくなっていることがわかる.仕分

け作業量に見合った仕分け作業者数であった場合,そ

れまでピッキング作業者が行っていた仕分け作業を請

け負うことでピッキング作業が短縮し同時に最遅作業

時間が短縮したと考えられる.しかし,過度に仕分け

作業者を増加させた場合,仕分け作業時間は短くなる

がピッキング作業時間の短縮はされないため,傾きが

小さくなると考えられる.

得られた結果から,本実験の条件において従来ピッ

キングよりも提案手法であるゾーンピッキングの方が

人時生産性,作業時間標準偏差,最遅作業時間のそれ

ぞれの評価値において良い値示していることがわかる.

稼働率に関して,稼働率が高ければ無駄がないと言え

るが,人時生産性が高い上で稼働率が低いということ

は,作業にゆとりがある上で効率化を図ることできた

ことを示す.そのため本研究での結果において,提案

したゾーンピッキング手法は作業者の負担や満足度が

考慮された効率的な手法であると言える.

9 おわりに

本研究では,物流倉庫シミュレータを用いて改善案

の導入事前評価を行った.その結果,従来ピッキング

手法よりもゾーンピッキング手法がどの指標において

も効率的な手法であることを示した.また,仕分け作

業員の導入とオーダー数の関係性によって人時生産性

が変化することを示した.今回のシミュレーションの

構成では仕分け作業員は仕分け作業のみ行うため,仕

分け作業が早く終わった場合作業をしていない無駄な

時間が増えてしまう.そのため,今回のシミュレーシ

ョンでは全ての指標に仕分け作業が影響を及ぼしてい

ることがわかった.そのため,仕分け作業員の導入方

法の変更による生産性の向上が今後の課題である.さ

らに,本研究での評価はそれぞれの評価指標を独立的

に見ているため,評価指標それぞれを複合し,ユーザ

ーにあった条件を示すための指標の設計も今後の課題

である.また全体最適に限らず,作業時間の標準偏差

など,従業員のスキル差に着目した手法についても検

討する.

謝辞

本研究の一部は,パナソニック株式会社エコソリュ

ーションズ社,パナソニックシステムネットワークス

株式会社,株式会社フレームワークスと共同で実施さ

れました.計測実験の実施やデータ提供にあたり,ご

協力頂いた皆様に御礼申し上げます.

参考文献

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tics Distribution center Picking Operation. International

Conference on Logistics Engineering, Management and

Computer Science (LEMCS 2014).

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レーションを利用して,専修大学情報科学研究所

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キング作業の最適化,精密工学会大会学術講演会講

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夢,蔵田武志,“物流倉庫ピッキングシミュレーシ

ョンのための従業員行動モデルの改良と評価”自

動制御連合講演会,2015.

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