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日本機械学会論文集(A編) 原著論文 No.2013-JAR-0189
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
Ti-6Al-4V および A286 製ボルトの長期軸力保持特性とその推定*
Long-term measurement and prediction for Ti-6Al-4V and A286 bolts was conducted. It was pointed out that
Ti-6Al-4V indicates significant creep behavior and accumulated large creep strain and thus Ti-6Al-4V can not be
applied for preloaded bolts. In addition, preload relaxation due to creep of solid-film lubricants for bolts and fastened
aluminum parts were also pointed out. Recently, the authors developed a high strength bolted fastening system for
satellite structures with PTFE (polytetrafluoroethylene) solid film lubricated Ti-6Al-4V bolts and aluminum threaded-
and drilled-hole parts. The authors, hence, measured the preload of the fastening system for 253-days, predicted
30-years later preload, and confirmed that the preload reduction was not harmful.
Key Words : Screw, Creep, Stress Relaxation, Coatings, Titanium Alloy
1. 緒 言
衛星構造の締結にはステンレスなどの鉄系ボルトと共に,Ti-6Al-4V ボルトが使用されている.また,航空機に
おいても,米国規格に基づく Ti-6Al-4V ボルトが使用されている.
一方で,Ti-6Al-4V は,高張力状態では室温においてもクリープ特性を示すため,ボルトへの適用は危険との指
摘があるが 1,2),室温クリープによるボルトの破断やゆるみなどの不具合の報告は見当たらない.
この矛盾を説明するために,次のような仮説が考えられる.すなわち,クリープ試験においては,デッドウエ
イトにより一定の荷重負荷を行うが,ボルト締結においては,変位一定で荷重が負荷されるため,たとえ室温ク
リープによる軸力低下が生じても,あるところで進行が止まることで,不具合につながっていないと推定される.
また,ボルト締結体の設計の上では,“へたり”と呼ばれる,接触部の表面粗さやうねりなどの微小な凸凹が締
付後の時間経過により平坦化することによる初期ゆるみや,座面の面圧による接触部表面の塑性変形に起因する
陥没ゆるみなどによる軸力の低下が知られている 3-5).他に,潤滑剤に起因するクリープも考えられる.市川ら 6)
は,図 1 に示すような,長期(21 ヶ月)にわたるボルトの軸力測定が実施しており,鉄系ボルトの軸力低下を報
告している.また,萩澤ら 7)は,アルミニウム合金板のクリープによる鋼製高力ボルトの軸力低下について,恒
温槽内での常温における測定と,その結果から得られた経験式を基に軸力残存率の推定を行っている.さらに,
萩澤ら 8)は,フッ素コートされたボルトを用い,アルミニウム合金板のクリープと共に,ボルト表面のフッ素の
クリープに着目した軸力測定を行い,文献 7)と同形の経験式に基づく軸力残存率の推定式を求めている.
高野 敦*1,松林 三和子*2,松田 淑男*2,小畑 貴稔*3,森川 洋*2
Atsushi TAKANO*1, Miwako MATSUBAYASHI, Toshio MATSUDA, Takatoshi OBATA and Hiroshi MORIKAWA
Long-Term Preload Measurement and Prediction for Ti-6Al-4V and A286 Bolts
*1 Mitsubishi Electric Corporation, Kamakura Works Kamimachiya 325, Kamakura, Kanagawa, 247-8520 Japan
* 原稿受付 2013 年 3 月 5 日 *1 正員,三菱電機(株)鎌倉製作所 宇宙システム部 機械技術課(〒247-8520 神奈川県鎌倉市上町屋 325) *2 三菱電機(株)鎌倉製作所 製造部 工作技術課 *3 三菱電機(株)鎌倉製作所 宇宙システム部 機械技術課 E-mail: [email protected]
79 巻 804 号 (2013-8)
1201
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
著者らは,衛星の国際的な競争力向上を目的とし,作業性の改善のため,現合穴加工が必要なリーマ締結を置
き換えるためにフッ素コートによる潤滑された Ti 合金ボルトを開発した 9).それに先立ち,90 日間にわたる軸力
測定を行った結果,軸力の低下は締付直後に生じ,その後の進行は緩やかになること,軸力低下は Ti-6Al-4V の
みでなく,A286(ステンレス系)にも生じること,測定結果を線形に外挿しても 1 年後の軸力残存率は 85%程度
となることを示した 10).但し,90 日間の測定であったため,それ以上長期にわたる特性を把握するには十分では
なかった.また,近年の衛星の長期の要求寿命(15 年,マージンを見込んで 30 年を要求されるケースもある)
に対応できるような長時間経過後の推定を行うには,線形外挿では理論的背景も不明で,さらに精度に問題があ
った.
そこで,本報では,軸力測定を継続し,253 日にわたる測定を行った.さらに,クリープ速度が応力の n 乗に
比例する,いわゆる定常クリープを仮定することで得られる,ボルト締結体に対する軸力低下の理論式 11)に対し
てフィッティングを行うことで,30 年後の軸力低下の推定を行った.
2. 試験コンフィギュレーション
試験コンフィギュレーションを図 2 に,その外観を図 3 に示す.
Fig. 1 Long-term preload measurement (from Ref. 6)
Fig. 3 Test configuration (over view) Fig. 2 Test configuration (sectional view)
Clearance holed part, 7075-T7351 α=23×10-6[1/℃]
Load cell 17-4ph, α=10.5×10-6[1/℃]
Internal threaded part, 7075-T7351, α=23×10-6[1/℃]
Bolt, 1/4-28UNF Ti-6Al-4V or A286
α=8.8×10-6[1/℃]
Washer Stainless steel α=17×10-6[1/℃]
Temperature of jointed m
aterial Te
nsio
n ra
tio [%
]
Time [Day]
1202
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
試験に用いたボルト,ワッシャ,座面部品およびめねじ部品は,実際の衛星構造締結に最も多く使用されてい
る形状,材料のものを選定した.ボルトは, Ti-6Al-4V のみでなく,比較のために A286(ステンレス系)を同時
に測定した.
測定の精度を確保するため,ロードセルの校正は試験状態に近い状態で実施した.すなわち,座面部品,めね
じ部品,ワッシャをロードセルに組み付け,めねじ部品に届かない短いボルトを介し,万能試験機にて圧縮荷重
を負荷して実施した.また,上記校正において,徐荷後のゼロ点オフセット(荷重負荷前後の無負荷時の出力の
変動)が無視できることを確認した.さらに,本試験に先立ち,1 ヶ月の予備試験を実施し,この試験の後でも
ゼロ点オフセットが無視できる(測定最大荷重の±0.6%以下)ことを確認した.
また,予備試験の段階でボルトと被締結物の線膨張差およびロードセルの温度に対する感度に起因すると思わ
れる,温度に同期した軸力変動が認められたため,本試験においては,供試体を空調管理された部屋に置き,さ
らに断熱した箱に収納し,温度計測も行った.また,ロードセルによってはその出力が湿度に影響を受けるもの
もあるが,今回使用したロードセルは湿度に対して影響を受けないことを予備試験の段階で確認した.ロードセ
ルの出力は動歪計を介してデジタル式のレコーダに接続し,記録を実施した.サンプリングレートは,測定初期
24 時間は,締付時の過渡的な軸力のピークを測定するために 0.4 秒間隔とし,その後は 5 秒間隔でサンプリング
を行い,さらにグラフ化の際にデータを間引いて 30 分間隔とした.
3. 試験ケース
試験ケースを表 1 に示す.
ボルトは,Ti-6Al-4V,A286 共に溶体化処理後時効硬化されたものを用いた.いずれのボルトも引張強さは公
称 1103MPa (160ksi),軸力に換算して 27.54kN である.ただしこれは仕様上の強度であり,実力は 30kN 程度であ
った.また,通常 A286 の引張強さは 896MPa(130ksi)であるが,ボルトの規格(NAS1351)においてボルトとしての
引張強さが 160ksi と規定されており,これに対応してボルトメーカにて冷間圧延加工を実施している.
Table 1 Test cases
Initial preload (per tensile strength)
67% (Actual load case)
90% (Excessive load case)
Ti-6Al-4V 1EA 2EA
material A286*1 Non 2EA
*1 : Composition : 54Fe-25.5Ni-15Cr-1.3Mo-2.15Ti-0.3V
Ti-6Al-4V ボルトの引張強さは,ロットごとにボルトの引張試験を実施して確認している.
初期軸力としては,実使用状態ケース(実力引張強さ 30kN の 67%)と,トルク係数のバラツキなどにより過
大な軸力が導入された場合などを想定して実力引張強さの 90%の 2 ケースを選定した.佐藤ら 2)によれば,冷間
圧延を施さない Ti-6Al-4V においては,降伏強度の 90%にて顕著なクリープが観察されたことを報告している.
さらに田中ら 1)は降伏強度の 98%で破断に至るクリープが生じたことを報告しており,この初期軸力は前者の状
態より過酷で後者の状態に近い.
初期軸力の導入は,トルクレンチを用いて軸力を測定しながら手動で締め付けた.手動での締め付けのため,
設定軸力 67%および 90%に対して Ti-6Al-4V では+0.8~–1.4%,A286 では–2.8%~–7.0%の誤差が生じたが,試
験目的に対して影響はないので許容できる.
4. 試験結果
試験結果のグラフ(253 日間)を図 4~7 に示す.ただし,A286 の No. 1 については 149 日で打ち切った.図 4
は軸力,図 5 は測定初期 24 時間の拡大,図 6 は初期締付軸力を 100%とした場合の軸力残存率であり,図 7 はそ
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
の初期 24 時間の拡大である.途中,180 日目および 240 日目近傍でデータが直線的となっているが,これは,デ
ータロガーの都合による欠測である. 図 4 および図 5 には,後の 5 章で説明するボルト締結体のクリープに関す
る理論式をフィッティングしたものを破線で示した.
図 4 より,Ti-6Al-4V ボルト,A286 ボルトのいずれも軸力低下を示していることがわかる.ただし,軸力の低
下は緩やかで,その時間変化も減少しているように見える.図 5 の初期拡大を見ると,軸力の低下は主として締
付直後に生じていることが分かる.
なお,締付直後に軸力の上昇が観察されるが,これは温度の上昇と同期していることから温度の影響であると
考えられる.図 6 と図 7 を比較すると,先に述べたように軸力の低下は主として締付直後に生じ,その後の軸力
低下の進行は止まったとは言えないが,軸力の時間変化は減少していることがわかる.
12
14
16
18
20
22
24
26
28
-20 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 220 240 260 280Time [Day]
Cla
mp
load
[kN
]
20
25
30
35
40
45
50
55
60
Tem
para
ture
[℃]
A286, No.1(Cobalt)
A286, No.2(Orange)
Ti-6Al-4V,No. 1 (Pink)
Ti-6Al-4V,
No. 3(Brown)
Ti-6Al-4V,No. 2 (Light blue)
Temperature
Predictions
(dashed lines)
Fig. 4 Experimental and analytical creep relaxation results
12
14
16
18
20
22
24
26
28
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1Time [Day]
Cla
mp
load
[kN
]
20
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30
35
40
45
50
55
60
Tem
para
ture
[ ℃]
A286, No.1(Cobalt)
A286, No.2(Orange)
Ti-6Al-4V,No. 1 (Pink)
Ti-6Al-4V,
No. 3(Brown)
Ti-6Al-4V,No. 2 (Light blue)
Temperature
Fig. 5 Experimental and analytical creep relaxation results (Initial)
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
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80%
85%
90%
95%
100%
105%
110%
-20 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 220 240 260Time [Day]
Cla
mp
Loa
d ra
tio
[%]
0
5
10
15
20
25
30
Tem
para
ture
[℃]
A286, No.1(Cobalt)
A286, No.2(Orange)
Ti-6Al-4V,No. 1 (Pink)Ti-6Al-4V,
No. 3(Brown)
Ti-6Al-4V,No. 2 (Light blue)
Temperature
Fig. 6 Experimental creep relaxation results (Load ratio)
80%
85%
90%
95%
100%
105%
110%
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1Time [Day]
Cla
mp
load
rat
io [
%]
0
5
10
15
20
25
30
Tem
para
ture
[℃]
A286, No.1(Cobalt)
A286, No.2(Orange)
Ti-6Al-4V,No. 1 (Pink)
Ti-6Al-4V,
No. 3(Brown)
Ti-6Al-4V,No. 2 (Light blue)
Temperature
Fig. 7 Experimental creep relaxation results (Load ratio, Initial)
初期軸力に対する,軸力残存率のサマリを表 2 に示す.この値には温度による変動も含めた,全測定期間にお
ける最小値を示した.
Table 2 Summary of test results
Ti-6Al-4V No. 1
Ti-6Al-4V No. 3
Ti-6Al-4V No. 2
A286 No. 1
A286 No. 2
Initial load [kN] 27.24
(Target : 90%)26.57
(Target : 90%)19.88
(Target : 67%)26.15
(Target : 90%) 24.91
(Target : 90%)Measured load ratio (After 253 day)
85.6% 86.5% 85.9% 83.8% 85.1%
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
253 日後の残存率は Ti-6Al-4V では 85–86%程度,A286 では 84–85%程度である.初期軸力を,実力引張強さ
30kN の 67%を目標とした Ti-6Al-4V ボルトの残存率は 85.9%と,90%ケースの 85.6%および 86.5%に比べ,有意
な差異は見られない.また,A286 ボルトについても,Ti-6Al-4V ボルトと同様な軸力の低下が認められている.
この結果は,ボルト締結体としての軸力低下が,田中,佐藤ら 1,2)によって指摘された,Ti 合金の常温クリープは
支配的ではないことを示している.
5. 理論式に対するフィッティングと軸力残存率の推定
試験データをボルト締結体のクリープに関する理論式をフィッティングし,長期経過後の軸力低下の推定を行
った.
萩澤ら 7)は試験データの経過時間に対する傾向から,
t
F
F 100
(1)
の形を持つ軸力残存率に関する推定式を提案している.ここで,F は軸力,F0は初期軸力,およびは定数で
ある.最小二乗法を用いて式(1)を測定データに対してフィッティングしおよびを求め,軸力残存率の推定を
行っている.文献 8)においても,式(1)を踏襲して軸力残存率の推定を行っている.ただし,式(1)は対数グラフ上
で測定データを良く表現する,という理由で選ばれたようであり,物理的な根拠は示されていない 7).
酒井 11)は,クリープ速度が一定となる第二段階のクリープに限定して,クリープ速度を
ncr
cr Cdt
d
(2)
で表し,これをボルト締結体のつりあい式に代入し,さらにボルトと被締結体のクリープに対する材料定数が
同一とみなせる場合に限定することで,積分が可能となることを利用し,式(3)を得ている.
tnKKAA
AALKKC
FF CBn
CB
nC
nBCCBcr
nn)1(
)()(
)(111
01
(3)
ここで,Ccrおよび応力指数 n は温度に依存する定数,AB,ACはボルトと被締結体の断面積,LCは被締結体の
長さ,KB,KCはボルトと被締結体のばね定数である.
一方で,佐藤 2)は「ほとんどの試料で,クリープ速度と応力は直線状の関係を示す」として,定常クリープの
クリープ速度を以下のべき乗則クリープ式で表している.
n
cr
dt
d
2.02.0
(4)
ここで 2.0 は 0.2%耐力, 2.0 は 0.2%耐力の大きさの応力を負荷したときの仮想的なクリープ歪速度である.式
(2)と式(4)は本質的には同一であるが,式(4)の方がパラメータの物理的意味が明確になること,および佐藤 2)によ
って Ti-6Al-4V の 2.0 および応力指数 n が求められているため,その結果との比較可能となることから,式(2)の
代わりに式(4)を採用する.式(4)を用いて式(3)を書き換え,若干の変形を行うと式(5)を得る.
tnKKF
LKK
FF CBn
nCCB
nn)1(
)(
)1(11
2.0
2.0
10
1
(5)
ここで BAF 2.02.0 は 0.2%耐力に対応するボルト軸力, CB AA でボルトの断面積比である.このように表
すことで,= 0 とすれば,被締結部材がクリープしないと仮定して式(2)に基づいて導出した場合と一致する.
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
この式を用いて,4 章で示した測定データに対し,最小二乗法でフィッティングを行った.計算に用いた定数
は,AB = 23.5 mm2,AC = 80.6 mm2,LC = 24.6 mm,KB = 89.7 kN/mm,KC = 234.6 kN/mm, 2.0 = 1034MPa(150ksi)
である.ボルトの断面積 AB には強度上クリティカルになる,おねじ部の有効断面積を採用した.KC の計算には
太円筒についての山本の式 12)を用いた.ただし,本測定の場合はアルミ合金製の被締結物の間に 17-4ph 製のロー
ドセルが挟まっているため,弾性率がそれぞれ異なり,そのままでは山本の式は適用できないが,直列バネ系の
剛性は最も剛性の弱い部材に支配されることが多いので,全てアルミ合金で構成されているとして計算した.式
(5)を用いるに際しては,ボルトおよび被締結体双方とも,同じクリープ特性を有すると見なして適用した.ただ
し,=0 として計算しても, 2.0 および応力指数 n はわずかに変化するが,30 年後の軸力残留率はほとんど変化
しないことを確認した.最小二乗法における残差の計算においては,2 章で示したとおり,初期の 24 時間は 0.4
秒間隔でデータを取得したため,0.4/(30×60)の重みを乗じている.
フィッティングの結果得られた軸力の低下は,図 4 および 5 にあわせて示してある.図 4 を見ると,測定範囲
の全域において,良い一致を示しているが,図 5 の測定初期 24 時間の拡大を見ると,最初期の急激な軸力低下の
傾向については,測定値に対して,理論式によるフィッティングがやや緩やかであることがわかる.これは,理
論式が第二段階の定常クリープ(式(2)または式(4))のみを対象としており,歪速度が時間と共に減少する第一段
階の遷移クリープ( nt や )1ln(0 t で表される 13))を考慮できていないためと考えられる.
フィッティングの結果得られた 2.0 ,応力指数 n および式(5)により計算された 30 年後の軸力残留率を表 3 に示
す.あわせて,文献 2)に示された,Ti-6Al-4V 材に対する 2.0 ,応力指数 n およびそれらの値から計算された 30
年後の軸力残存率も示す.
Table 3 Summary of test results
Ti-6Al-4V No. 1
Ti-6Al-4VNo. 3
Ti-6Al-4VNo. 2
A286 No. 1
A286 No. 2
Ti-6Al-4V(Ref. 2)
Initial preload [kN] 27.24
(Target : 90%) 26.57
(Target : 90%)19.88
(Target : 67%)26.15
(Target : 90%)24.91
(Target : 90%) –
2.0 1.07×10-10 3.88×10-10 7.84×101 9.69×10-8 8.32×10-8 1.80×10-6
n 93.5 86.0 88.3 92.9 71.7 30
Predicted preload ratio(30 years)
83.2% 83.6% 83.1% 80.5% 81.4% 53.2%
表 3 に示したように,30 年後の軸力残存率は Ti-6Al-4V では 83–84%程度,A286 では 80–82%程度である.こ
の程度残存すれば,設計上はあらかじめこの低下量を見込んだとしても,従来設計の範囲でカバーでき,問題と
ならない.また,応力指数 n は,佐藤ら 2)により求められた応力指数 n = 30 に比べ,Ti-6Al-4V および A286 共に
非常に大きな値が得られている.式(2)あるいは(4)を見れば分かるように,応力指数 n が大きいということは,高
応力における歪速度が高く,急激にクリープが進行するが,クリープにより応力が緩和されるに伴い,歪速度も
また急激に減少することを意味する.
一方で, 2.0 については,Ti-6Al-4V の 3 つの結果のうち,初期軸力を実力引張強さの 67%に設定したケースに
おいて, 2.0 = 7.84×101と他 2 ケース( 2.0 = 1.07×10-10および 2.0 = 3.88×10-10)と比べてオーダーが大きく異な
る結果となっている.そこで,次のような仮説が考えられる.すなわち,ボルトの有効断面積と軸力から計算さ
れる平均的な応力が降伏応力以下であっても,ボルトおよびめねじの局所的な応力は,ねじの谷部やボルト軸方
向の応力集中により,降伏応力を超えているため,局所的なクリープ歪速度も大きくなり,その結果として,全
体的な見かけのクリープ歪速度も大きな値となるものと推測される.
上記仮説を検証するためには,たとえば平滑な丸棒についてのリラクゼーション試験を実施するなどによって
確認することが必要となるが,本稿の目的は今回開発した Ti ボルトが常温クリープにより有害な軸力低下を生じ
ないことを示すことであるため,今回実施した測定で目的は達成されたと考える.
図 8 に Ti-6Al-4V, No. 1 に対する軸力の推定結果と,同じ初期軸力 27.24kN から出発し,佐藤ら 2)によりで求め
られた 62.0 108.1 および応力指数 n=30 を用いて,試験期間に合わせ 260 日分について計算した結果を示す.
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
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0
5
10
15
20
25
30
-20 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 220 240 260Time [Day]
Cra
mp
load
[kN
]
n =93.5
d /dt =1.07×10-10
(Present, Ti-6Al-4V, No.1)
n =30
d /dt =1.8×10-6
(Ref. 2)
Fig. 8 Comparison for load predictions
図 8 を見ると,文献 2)の 62.0 108.1 および応力指数 n=30 を用いた結果は,今回の試験結果に対してフィッ
テングした結果に対し,初期の低下が急激であり,かつその後の低下の勾配も大きい.260 日後の軸力は 16.5kN
と計算された.これは,試験結果とも一致しない.また,表 2 に示したように,文献 2)の 62.0 108.1 および
応力指数 n=30 を用いて 30 年後の軸力残存率を計算すると,53.2%となり,今回の測定で得られた推定結果とも
かけ離れる.このことから,このボルト締結体の軸力低下に対しては,Ti-6Al-4V の常温クリープは支配的ではな
いと考えられる.
Ti-6Al-4V について高張力領域では常温でのクリープの危険性が示された 1,2)にもかかわらず,今回の軸力低下
に対して Ti-6Al-4V の常温クリープが支配的でない理由として,以下が考えられる.今回試験に用いたボルトは
いずれもめねじ部を冷間にて転造している.一方で,Ti-6Al-4V でも,圧下率 40%の冷間圧延を施したものにつ
いては降伏強度の 90%においてもクリープが抑制されたことが報告されている 2)ことから,今回の試験で負荷し
た,実力引張強さの 90%の初期張力でも,田中,佐藤ら 1,2)が観察したような,急激な,場合によっては破断に
至るような軸力低下が見られなかった可能性がある.
結果として,このボルト締結体の軸力低下に対しては,Ti-6Al-4V の常温クリープは支配的ではなく,フッ素コ
ートおよび被締結体のクリープや,従来からボルト締結体の軸力低下の一因とされてきた“へたり”による初期
緩みなどがむしろ支配的であると考えられる.
6. 結 語
Ti-6Al-4V および A286 製ボルトを用いたボルト締結体について,253 日間の軸力測定を実施した.さらに,ボ
ルト締結体のクリープについての理論式に対し最小二乗法によるフィッティングを行い,30 年後の軸力残存率の
推定を行った.
・Ti-6Al-4V および A286 ともに,軸力の低下が観察され,同様の挙動を示した
・253 日後の軸力残存率は Ti-6Al-4V では 85-86%程度,A286 では 84-85%程度であった
・ボルト締結体のクリープに関する理論式にフィッティングした結果,30 年後の軸力残存率は Ti-6Al-4V では
83-84%程度,A286 では 80-82%程度であった
冒頭で述べたように,クリープによる軸力低下の進行が止まるとはいえないが,設計の観点からは,その低下
量は許容範囲内である.すなわち,設計においては,あらかじめこれらの低下を見込んでおけばよい.
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Ti-6Al-4Vおよび A286製ボルトの長期軸力保持特性とその推定
©2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
文 献
(1) 田中寿宗,山田智康,佐藤英一,栗林和彦,神保至“Ti 合金の室温クリープ”,宇宙構造・材料シンポジウム(第
19 回),(2003), pp. 115-118.
(2) 佐藤英一,山田智康,田中寿宗,神保至“結晶構造による金属・合金の室温クリープ現象の分類”,軽金属,Vol. 55,
No. 11 (2005), pp.604-609.
(3) 吉本勇 編,ねじ締結体設計のポイント (1992), pp. 197-202,日本規格協会.
(4) 山本晃,ねじ締結の原理と設計 (2000), pp. 102-108,養賢堂.
(5) 酒井智次,増補ねじ締結概論 (2009), pp. 56-63,養賢堂.
(6) 市川祐一,見波進,山田丈富,中込忠男,橋本篤秀“アルミニウム合金を用いた建築構造に関する研究(その 14)
高力ボルト摩擦接合のリラクゼーション試験とその適正孔径”,日本建築学会学術講演梗概集(1998), pp.695-696.
(7) 萩澤亘保,大倉一郎, “鋼製高力ボルトで締結されたアルミニウム合金板摩擦接合継手のすべり係数と鋼製高力ボ
ルトの軸力低下”,アルミニウム橋研究会 研究レポート 7 (2009).
(8) 萩澤亘保,長尾隆史,大倉一郎,“フッ素樹脂コート鋼製高力ボルトで締結されたアルミニウム合金板摩擦接合継
手のすべり係数”,アルミニウム橋研究会 研究レポート 28 (2012).
(9) 高野敦,松林三和子,松田淑男,高野千尋,小畑貴稔,森川洋,“衛星構造用高力ボルト締結体の開発”,日本機械
学会論文集 A 編,Vol. 79, No. 801 (2013), pp. 682-690.
(10) 高野敦,松林三和子,松田淑男,小畑貴稔,森澤信之,森川洋,“Ti-6Al-4V および A286 製ボルトの長期軸力特性”,
宇宙構造・材料シンポジウム(第 27 回),(2011).
(13) 機械設計便覧編集委員会 編,機械設計便覧,第三版(1992),p. 316,丸善.
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(11) 酒井智次,増補ねじ締結概論 (2009), pp. 63-65,養賢堂. (12) 山本晃,ねじ締結の原理と設計 (2000), p. 44,養賢堂.