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ISSN 0915-9827 Seijo University Library 103 2009. 1 小此木晶子 ちりめん本 ― その魅力を知ろう ちりめん本 ― その魅力を知ろう (小此木) …… 1 連載③“知らない本”のさがし方 (柴野) ……… 5 英語でクレープ・ペーパー・ブック(Crepe paper book) と呼ばれる本をご存じだろうか。 日本語では「ちりめん本」と呼ばれるこの本は、絹織物の ちりめん 緬を思わせる質感を出すために、圧縮を加えシワを寄せた 和紙で作られた、手のひらサイズの書物である。日本人に馴 染み深い物語が、在日欧米人の手で外国語に翻訳され、多色 ずりの版画が挿絵としてたっぷり添えられている。 初めてちりめん本を見た時、その温かみのある手触りと鮮 やかな挿絵が大変印象的だった。様々な工程を経て原紙の 8 割ほどに縮小した紙を糸で和綴じした本は、当時の外国人の 眼にも珍しく色鮮やかに映ったことだろう。現に、上質な和 紙を縮めることで生まれる独特の感触と、絵師たちの伝統的 な筆使いによる優雅な挿絵は、ちりめん本が好評を博す理由 となった。ちりめん本は来日した外国人が帰国する際にお土 産として持ち帰ったことで広まったと言われている。 また、在日欧米人の翻訳で日本古来の物語や日本の文化を 紹介するという画期的な試みとして、ちりめん本に対する評 価は当時から高かったようだ。 成城大学図書館には、このように芸術的にも歴史的にも価 値がある、ちりめん本が所蔵されている。ここでは、それら のコレクションの中から評価が高い作品として、ちりめん本 の代表的なシリーズである Japanese Fairy Tale Series(日 本昔 むかし ばなし )と、 『怪談』で有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハー ン、1850 ~ 1904)の作である 5 冊のちりめん本について紹 介したい。 Ⅰ.ちりめん本の展開 ちりめん本を語る上で、欠かすことの出来ない生みの親と も言うべき人物がいる。1884 年(明治 17 年)長谷川弘文社 を立ち上げた、長谷川武次郎(1853 ~ 1937)である。 1885 年、長谷川は『桃太郎』をはじめとする『舌切雀』『猿 蟹合戦』『花咲爺』『勝々山』など馴染みの深い五大昔噺を、 それぞれ小林永 えいたく 濯筆の品のいい絵を沢山入れて出版した。 そして、これらを含めた昔噺など 20 篇を Japanese Fairy Tale Series と題して小判(約 15×10cm)で刊行したのであ る。このシリーズはかなりの人気があり、安定して売り上げ を伸ばしたことでちりめん本の中でも一番有名になり、その 文化的価値を決定づけるものとなった。 当館には、箱 入りでこのシ リーズが所蔵 されている。 実際に手に 取ると、まず手 触りに愛着を 覚え、色彩豊か で細やかな挿絵には感心するばかりである。英語に優れてい た長谷川は、国内ばかりではなく、海外市場向けにもちりめ

Ñ 6Z r - ホーム · 英語版ばかりではなく、フランス語、ドイツ語、ポルトガル 語、スペイン語などに翻訳されたちりめん本も出版されてい

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ISSN 0915-9827

Seijo University Library

103 2009. 1

小此木晶子ちりめん本 ― その魅力を知ろう

ちりめん本 ― その魅力を知ろう (小此木) …… 1

連載③“知らない本”のさがし方 (柴野) ……… 5

英語でクレープ・ペーパー・ブック(Crepe paper book)

と呼ばれる本をご存じだろうか。

日本語では「ちりめん本」と呼ばれるこの本は、絹織物の

縮ちりめん

緬を思わせる質感を出すために、圧縮を加えシワを寄せた

和紙で作られた、手のひらサイズの書物である。日本人に馴

染み深い物語が、在日欧米人の手で外国語に翻訳され、多色

ずりの版画が挿絵としてたっぷり添えられている。

初めてちりめん本を見た時、その温かみのある手触りと鮮

やかな挿絵が大変印象的だった。様々な工程を経て原紙の 8

割ほどに縮小した紙を糸で和綴じした本は、当時の外国人の

眼にも珍しく色鮮やかに映ったことだろう。現に、上質な和

紙を縮めることで生まれる独特の感触と、絵師たちの伝統的

な筆使いによる優雅な挿絵は、ちりめん本が好評を博す理由

となった。ちりめん本は来日した外国人が帰国する際にお土

産として持ち帰ったことで広まったと言われている。

また、在日欧米人の翻訳で日本古来の物語や日本の文化を

紹介するという画期的な試みとして、ちりめん本に対する評

価は当時から高かったようだ。

成城大学図書館には、このように芸術的にも歴史的にも価

値がある、ちりめん本が所蔵されている。ここでは、それら

のコレクションの中から評価が高い作品として、ちりめん本

の代表的なシリーズである Japanese Fairy Tale Series(日

本昔むかし

噺ばなし

)と、『怪談』で有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハー

ン、1850 ~ 1904)の作である 5冊のちりめん本について紹

介したい。

Ⅰ.ちりめん本の展開ちりめん本を語る上で、欠かすことの出来ない生みの親と

も言うべき人物がいる。1884 年(明治 17 年)長谷川弘文社

を立ち上げた、長谷川武次郎(1853 ~ 1937)である。

1885 年、長谷川は『桃太郎』をはじめとする『舌切雀』『猿

蟹合戦』『花咲爺』『勝々山』など馴染みの深い五大昔噺を、

それぞれ小林永えいたく

濯筆の品のいい絵を沢山入れて出版した。

そして、これらを含めた昔噺など 20 篇を Japanese Fairy

Tale Series と題して小判(約 15×10cm)で刊行したのであ

る。このシリーズはかなりの人気があり、安定して売り上げ

を伸ばしたことでちりめん本の中でも一番有名になり、その

文化的価値を決定づけるものとなった。

当館には、箱

入りでこのシ

リーズが所蔵

されている。

実際に手に

取ると、まず手

触りに愛着を

覚え、色彩豊か

で細やかな挿絵には感心するばかりである。英語に優れてい

た長谷川は、国内ばかりではなく、海外市場向けにもちりめ

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2

ん本を売っていたらしく、広い視野を持ってちりめん本出版

に力を注いでいたことが分かる。

また、初期のちりめん本は、日本の昔噺やおとぎ草子中心

の出版であったが、のちに日本の文化や日本の行事を紹介す

る内容に移行していった。こうした傾向は文明開化期にあっ

た日本を諸外国にもっと知ってもらおう、日本という国を分

かってもらおう、という長谷川をはじめちりめん本に関わっ

た人たちの思いが、根底にあったからだと思われる。だから、

英語版ばかりではなく、フランス語、ドイツ語、ポルトガル

語、スペイン語などに翻訳されたちりめん本も出版されてい

るのではないだろうか。

Ⅱ.『猿蟹合戦』考察ここで、Japanese Fairy Tale Series の 20 篇の中から気に

なった一作を取り上げてみたいと思う。

『猿蟹合戦』の表紙部分を見ていただきたい。日本五大昔

噺の一つと言われる『猿蟹合戦』と話の大筋は同じであるが、

表紙の絵から多少の違和感を受けた。

それは、表紙

に主要登場人

物である猿と

蟹が描かれず、

これから猿を

懲らしめに向

かうために合

戦用の衣装を

着 込 ん だ 臼、

杵、蜂、玉子の

姿が描かれて

いるからだ。

これには、挿

絵の中で外国

人には珍しい日本の衣装を一緒に紹介しよう、という絵師た

ちの思いがあったのかもしれない。他のページに描かれた猿

と蟹が、服を着ていない上に擬人化もされていないことも

あって、さらに印象が深まる。

また、地域や出典により違いはあるだろうが、口承の『猿

蟹合戦』に登場するのは臼、牛糞、蜂、栗が一般的である。

しかし、ここでは牛糞も栗も登場しない。写真の当館所蔵の

ものはラベルで見えにくいかと思うが、本文を読むまでは表

紙の一番左の登場人物(丸で囲んだ部分)が玉子だとは分か

らなかった。ちりめん本では、囲炉裏から飛び出す役が栗で

はなく、玉子になっているのである。これには、明治以降に

栗がとってか

わるようにな

るが、近世まで

は玉子が主流

であったとい

う背景がある

ようだ。

このシリー

ズの他の作品の挿絵でも、日本伝統の振袖や花嫁衣装などを

着込んだ動物たちが多く出てくる。このことから、確かな技

法を生かしながらも、登場人物たちをより生き生きと魅力的

に描こうとした絵師たちの姿勢がうかがえる。

Ⅲ.八雲のちりめん本発行まで先に述べたように、ちりめん本の翻訳者は在日欧米人である。

ちりめん本発行に関わり、その翻訳に携わったのは主に在

日の宣教師やお雇い外国人などだった。長谷川は、日本民話

に関心が深かった宣教師デビッド・タムソン、ヘボン式ロー

マ字の創案者ジェームズ・ヘボン、お雇い外国人では東京帝

国大学のバジル・ホール・チェンバレンらと親交を深め、彼

らに翻訳を依頼することで Japanese Fairy Tale Series を完

成させている。

今回取り上げる小泉八雲は、先のチェンバレンと深い交流

があったことから、長谷川弘文社から 5冊のちりめん本を出

版するに至った。また、八雲自身も自らの研究の資料として、

また日本人の外国語学習のテキストとして、ちりめん本を評

価していたとされている。

八雲は1894年7月、ちりめん本の挿絵に合う作品を持って、

長谷川を訪ねている。後に長谷川はこの時八雲が持参した 2

作品に各 20 円を支払い、既刊の Japanese Fairy Tale Series

のうち 6篇の再話を提案している。長谷川は、八雲が昔から

の物語や伝説・民話などを分かりやすく語り直す再話に熱心

に取り組んでいるのを知っていて、このような依頼をしたの

だろう。この提案は実現しなかったが、長谷川がいかに八雲

の作品に興味を持っていたかが推測できる。

ちりめん本発行までに、八雲と長谷川は何度も意見を交わ

して 5冊のちりめん本を完成させたはずである。しかし、残

念なことに多数ある八雲の研究書にも、二人の親交を知る手

がかりとなる資料は少ない。しかしながら、その交流がうか

がえる資料として何通かの書簡が残されている。

八雲は長谷川に度々書簡を送り、ちりめん本に関する提案

や、長谷川からの質問への詳細な意見を述べている。

その中でも、1898 年 9 月 23 日の書簡では、Japanese

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3

Fairy Tale Se-

ries はちりめん紙

(Crepe paper)

よりも平紙(Plain

paper)の方が

いいのではな

いか、子供が自

分で読むこと

を想定してもっと大きい字で読みやすくした方がいいのでは

ないか、と提言している。

このような細やかな指摘にも長谷川は耳を傾け、八雲のち

りめん本 5冊を大判(約 19×14cm)のシリーズとして刊行

したのである。

Ⅳ.八雲の5冊ここからは、八雲のちりめん本 5冊について触れていく。

これらのちりめん本の出版は長期にわたり、八雲の没後ま

で続けられた。生前から知名度の高かった八雲の作品が、ど

うしてこのように時間をかけて刊行されたかは分かっていな

い。しかし、八雲のちりめん本は、どれも日本を愛し、そし

て理解しようとした八雲の日本に対する温かい視線とユーモ

アに満ちた話がおさめられている。

当館の貴重書室に所蔵されている、5冊を以下にあげる。

いずれも東京の長谷川弘文社から出版されたものである。

Ⅴ.『ちんちん小袴』考察さて、先にあげた 5冊から長谷川が手がけた本としては八

雲生前最後の出版物となった『ちんちん小袴』について取り

上げたいと思

う。この一作に

注目した理由

としては、内容

の面白さは勿

論のこと、八雲

が力を注いで

いた昔噺の再

話にも触れた

いと思ったか

らである。

まず、この話

は前置きとし

て日本の子ど

もがいかにお行儀よく、物を大切にするかを述べ、畳の上で

生活する日本の文化について八雲自身の視点で紹介してい

る。そして、そんな行儀のよい日本の子どもでも畳を汚して

しまう怠け者がいて、それを懲らしめる妖精の話として『ち

んちん小袴』を紹介している。

あらすじはこうである。美しいがたいそう怠け者の女の前

に、丑の刻になると小さな侍たちが毎晩現れては、女を小馬

鹿にしながら「ちんちん小袴、夜も更け候。お静まれ、姫君。

やあ、とんとん。」と歌い踊るようになった。眠れなくなり

女は病気になってしまうが、勇敢な夫が寝ずの番をして出て

きた小人たちに斬りかかる。すると、その正体は女が使用後

に後始末もせずに畳の縁に差し込んでいた爪楊枝だった。

この話の原型となったと思われるのが、たった一軒の幕府

公認の蘭医の家に生まれた、今泉みねの『名ごりの夢』に収

められている「ちーばかま」である。

「ちーばかま」は、将軍(12 代家慶)が宿直番の奥医に対

して眠気覚ましに自分の見た夢を語ったとして紹介されてい

『猫を描いた少年』(明治 31[1898]年)

The boy who drew cats / rendered into English by Lafcadio

Hearn. 1898. (Japanese fairy tale)

933/H51/4(R)

『化け蜘蛛』当館では 2冊所蔵している

・小判初版本(明治 32[1899]年)

The goblin spider / [rendered into English] by Lafcadio Hearn.

1899. (Japanese fairy tale series. 2nd ser. ; no. 1)

388.108/J24-2/1(R)

・第 6版(昭和 6[1931]年)

The goblin spider / rendered into English by Lafcadio Hearn. 6th

ed. 1931. (Japanese fairy tale)

933/H51/3(R)

『団子をなくしたお婆さん』(明治 35[1902]年)

The old woman who lost her dumpling / rendered into English by

Lafcadio Hearn. 1902. (Japanese fairy tale series ; no. 24)

933/H51/1(R)

『ちんちん小袴』(明治 36[1903]年)

Chin chin kobakama / rendered into English by Lafcadio Hearn.

1903. (Japanese fairy tale series ; no. 25)

933/H51/2(R)

『若返りの泉』第2版(大正14[1925]年)初版は大正11[1922]年

The fountain of youth / rendered into English by Lafcadio Hearn.

2nd ed. 1925. (Japanese fairy tale)

933/H51/5(R)

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Library News

る。内容は、能の後でうたた寝していた将軍の前に、畳の縁

から烏帽子装束狩衣姿の小人たちが「ちーちーばかま」と歌

いながら踊り出て来るというものだ。

八雲がどのようにしてこの話を再話するに至ったかは不明

である。しかし、八雲は非常に真面目で、面白い話があると

顔色まで変えて聞き入ったと言われているので、そうした研

究で得たものの一つとしてこの話が書かれたのだろう。

さて、ここまでちりめん本の展開とその魅力、Japanese

Fairy Tale Series から『猿蟹合戦』、小泉八雲の作である 5

冊から『ちんちん小袴』について述べた。しかし、まだ多く

のちりめん本が発行されているので、興味を持った方は、下

記の参考文献やちりめん本閲覧サイトをぜひ参考にしていた

●定期試験期の臨時開館のお知らせ

日時:1月 11 日(日)、12 日(祝) 9:00 ~ 16:00

レファレンスカウンターとAVゾーンはお休みです。

●卒業される方へ

卒業しても館内閲覧を中心とした利用が可能です(貸出は行っておりません)。

利用を希望される方は 4月以降にメインカウンターで図書館利用証の発行を受けてください。

●修士論文の出納時間の変更について

配架場所の移動に伴い、メインカウンターでの受付時間が平日 9:00 ~ 16:30、土曜日 9:00 ~ 13:00 となりました。

●成城大学図書館の世田谷区民の利用について

成城大学は地域開放の一環として、世田谷区民の本学図書館利用について、平成 20 年 11 月 10 日に世田谷区教育

 委員会と覚書を締結しました。これにより、世田谷区立図書館が発行する紹介状を持参の区民は当館の資料を利用

 することができます。

●『高垣文庫貴重書目録 補遺』(2008)刊行

本学経済研究所が 1983 年以降、高垣文庫に受け入れた貴重書を収録しています。今回収録された貴重書は当館の

OPACでも検索可能です。

【参考文献】

・石澤小枝子『ちりめん本のすべて:明治の欧文挿絵本』三弥井書店、 2004・京都外国語大学付属図書館、京都外国語短期大学付属図書館編『文 明開花期のちりめん本と浮世絵:学校法人京都外国語大学創立 60 周年記念稀覯書展示会』京都外国語大学付属図書館、2007・鈴木あゆみ「縮緬本ハーン日本昔噺集」(一)(二)、『へるん』32 (1995)、33(1996)所収・『ラフカディオ・ハーン著作集 第 14巻』恒文社、1983・平川祐弘[編]監修『小泉八雲事典』恒文社、2000

(おこのぎ あきこ / 図書館総務課)

だきたいと思う。

ちりめん本はその芸術性や歴史的価値の高さは認められて

いるものの、今までそれほど注目を浴びることはなかった。

しかし、長谷川武次郎という人物の情熱に共感した、絵師た

ちや八雲をはじめとする外国人翻訳者たちが関わったちりめ

ん本の存在を知ることで、文明開化期の日本を知る手がかり

になるのではないだろうか。

そして、今後も当時の文化を知るための貴重な資料の一つ

として、ちりめん本の魅力を多くの人に知ってもらえたらと

考えている。

・国際日本文化研究センター ちりめん本データベース shinku.nichibun.ac.jp/chirimen/・関西大学図書館電子展示室 www.kansai-u.ac.jp/library/etenji/chirimen/index.html・梅花女子大学 ちりめん本の世界 manabiya.baika.ac.jp/el/contents/00007_jaoFij/top01.htm

【ちりめん本閲覧サイト】(全て 2008/11/27 確認)

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書し ょ し

誌(Bibliography)というとても便利な道ツー ル

具がある。書

誌は君が“知らない本”をさがす道程で頼もしい味方となっ

てくれる。そしてその役だち具合と反比例するかのように、

これほどまで知られていない道具も珍しい。

 

書誌とはなにか?それでは書誌とはなんのことだろう? どうやら専門用語

としての“書誌”にはあれこれとややこしい説明がついてい

るけれども、いまのわたしたちはそこまで複雑に考える必要

はない。ここで言う書誌とは、一定の基準を満たすさまざま

な本について列挙したリスト、くらいに考えておけば十分だ。

具体的に見てみよう。

 

書誌の“一定の基準”

たとえば、君がいま自宅に置いてあるすべての本をリスト

に挙げるとする。君の部屋にはたった 2冊の本しか置いてい

ないかもしれないし(なんということだ!)、1,000 冊以上の

本が置いてあるかもしれない。君は自分の本を整理するため

に、手持ちのノートにすべての本について、著者の名前や書

名や出版年などを記録してリストをつくる。

そうしてできあがったノートを見れば、君の部屋にどんな

本があるのか、一目瞭然となる。そう、このノートは、“い

ま君の部屋に置いてある”という“一定の基準”を満たす本

のリストなのだ。君はノートの表紙に仰々しく、「○○(君

の名前だ)蔵書目録」などと書いてもいい。これは書誌なの

である。

つまり、書誌の根っこにある“一定の基準”は、その書誌

の作成者が好きに設定していい。作成者がなぜ書誌をつくろ

うと思いたったのか、言いかえれば、作成者の問題意識にも

とづいてその基準は設定されることになる。自宅にある本を

しっかり整理したい、というのも立派な問題意識なのだ。

この基準を満たさない本はその書誌には挙げられていな

い。「○○(君の名前)蔵﹅

書﹅

目録」には、君が以前読んだ本

であっても、立ち読みですませた本は挙げられていないが、

君がまだ読んでいなくても(積つ

ん読どく

)、自宅に所﹅ ﹅

蔵している

本は挙げられている。しかし、「○○読﹅

書﹅

一覧」であれば反

対に、立ち読﹅ ﹅

みですませた本は挙げられていても、積ん読の

本は挙げられていないことになる。

 

書誌が公刊されるわけ

こうしてできあがった書誌は、“いま君の部屋に置いてあ

る”本を知りたいひと(君も含む)にとって、とても役にた

つだろう。もちろん、君以外にそんなことを知りたいひとな

ど、だれもいないかもしれない。でも、もし君が売れっ子の

作家だとしたらどうか。君のファンや君の作品を研究する学

者は、君がどんな本を読み、その読書経験からどんな影響を

受けてきたのかを知りたがるにちがいない。この書誌はその

ようなひとたちにとって絶好の手がかりとなる。それどころ

か、その書誌が多くのひとにとって役だつならば、ひょっと

して、君﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

以外のだれかが君の「蔵書目録」をつくろうと企て

るかもしれない。

多くのひとにとってその書誌が役だつのだとすれば、はじ

めから多くのひとに使ってもらう目的で書誌をつくるひとも

でてくるのだ。多くのひとに使ってもらうために、その書誌

を本として、または雑誌などの記事として、つまり公刊して

世にだすことになる。

ある経済学者が“その年に日本で公にされた、経済学に関

する”本をもらさず拾いあげ、毎年「××年度経済学研究書

一覧」という書誌をつくっていたとしたら、それは自分の備

忘録ではなく後進や学生のためにだろう。じっさい、このよ

うな書誌があれば経済学の学生にとって大変有益だ。この学

者はきっと、学生は最新の経済学書をもっとたくさん読んで

ほしい、という問題意識を持ってこの書誌を作成したのだ。

その書誌が公刊されたものならば、その作成者は自分の問

題意識を利用者にも共有してほしいと考えて、書誌の“一定

の基準”を設定する。その基準は書誌の冒頭にある凡はんれい

例なり

序文に書いてあるから見落としてはいけない。

このようにして「△△についての書誌」という本や記事が

公刊されて、この世にはたくさん存在しているのである。君

がもしその“△△について”調べているのだとしたら、その

書誌はいったいどれほど君の役にたつだろう! それぞれの

書誌は膨大な本を列挙している。君にぴったりの書誌が見つ

かれば、君が読むべきたくさんの本の山が君の眼前に築かれ

ることになる。

 

書誌をさがす君にぴったりの書誌はあるだろうか? それをさがす手段

を考えてみよう。

書誌はその作成者が自分の問題意識のもとにまとめあげた

ものだ。だから書誌を使うには、君自身のなかに「これにつ

いて調べたい」という、ある程度はっきりした目標が定まっ

ている必要がある。君自身の目標にかなうような問題意識を

“知らない本”のさがし方 基礎編:書誌という道具のこと

柴 野 浩 樹

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6

持つ書誌、これをさがすことになるからである。まだ君がそ

こまで達していないというのなら、連載第 1回「本をさがす

とはどういうこと?」(本誌 101 号)から読みはじめてほしい。

さて、君は自分なりのきっかけから問題意識をふくらませ、

具体的に本をさがしはじめたところである。自分の目標にか

なった書誌をまずさがさなければならない。ゼミの先生や先

輩のノウハウも大事だが、ここでは自分でさがす方法を考え

てみよう。

 

書誌をさがすときの基本的な考え方

書誌の“一定の基準”はたしかに作成者の任意であるが、

結局のところその基準は、その書誌があつかう主題、もしく

は人物(または団体)の名前に置きかえられる。

うえで例にしたような、“いま君の部屋に置いてある”と

いう基準は、“○○(君の名前)”という人物名で置きかえら

れる。“その年に日本で公にされた、経済学に関する”とい

う基準は、“経済学”という主題で置きかえられる。このよ

うにじっさいに書誌をさがすときには、その書誌が対象とす

るような主題もしくは人物を手がかりにする。

 

書誌をさがす道具:書誌の書誌

深遠な書誌の世界には、書誌をさがすための書誌、という

ものが存在する。これを書誌の書誌(Bibliography of

bibliographies)という。主題もしくは人物ごとに、それぞ

れに該当する個々の書誌を列挙したものである。

たとえば、書誌の書誌で“労働問題”という主題を検索す

れば、労働問題に関係する書誌がずらっと挙げてあるわけだ。

“夏目漱石”のように人物で検索してもおなじことである。

したがって、書誌の書誌を使うにはうえで書いたように、君

がさがしている主題なり人物をまず特定して、それをキー

ワードにして検索することになる。

 

①『日本書誌の書誌』(東京:巖南堂書店[ほか],1973

  ~ 2006)

②『書誌年鑑』(東京:日外アソシエーツ,1982 ~)

③『主題書誌索引』(東京:日外アソシエーツ,1981 ~)

④『人物書誌索引』(東京:日外アソシエーツ,1979 ~)

 

①は日本における書誌の書誌の草分けである。全 5冊で、

総載編、主題編、人物編に分かれる。日本最古の書誌とされ

る弘法大師空海が編んだ「御ごしょうらい

請来目もくろく

録」(806 年成立)を筆

頭にして、1960 年代までの書誌を主題別・人物別に整理し

ている。②は毎年刊行されるもっともアップ・トゥ・デート

な書誌の書誌である。③④はともに②を母体として、主題と

人物それぞれについてある程度網羅的な書誌の書誌を提供し

ている。ともに収録する時期・範囲は①を継承しており、

1960 年代から 2000 年までに公にされた書誌を対象とする。

書誌をさがすには、まず①③④を使ってさがすことを基本

とし、2001 年以降の新しい書誌について②にあたる。①③

④はいずれも図書館の参考図書コーナーにある。なお、②に

ついて成城大学では 2000 年版までしか所蔵していない。

2001 年版以降を調べるには、四大学や世田谷六大学の図書

館を利用してほしい。

ここでは、書誌の書誌の使い方をくわしく述べる必要はな

いと思う。図書館でまず手にとってほしい。

さて、君の問題意識から特定の主題なり人物を想定するこ

とは、百科事典を活用すればさほど難しくはないだろう。し

かしながら問題は、君が想定するような主題なり人物では、

書誌の書誌を検索してもぴったりの書誌がうまく見つからな

いような場合である。

 

対象を広げる

たとえば君は、ナチス・ドイツの秘密警察ゲシュタポとそ

の指導者ハインリヒ・ヒムラーについての書誌をさがしてい

るが、“ゲシュタポ”でも“ヒムラー”でもうまく見つけら

れない。それならば、“ゲシュタポ”を“秘密警察”と言い

かえてみたり、“ナチス”や“アドルフ・ヒトラー”という、

ひとまわりおおきな枠ぐみでさがしてみればいい。ナチスに

ついての書誌には、ゲシュタポやヒムラーに関する本も挙げ

られていると期待できるからだ。

さらに言えば、君はゲシュタポのどの面に0 0 0 0

関心を抱いてい

るのか。ゲシュタポによるユダヤ人虐殺に問題関心があるな

らば、“ホロコースト”という主題でもさがしてみるべきだ

ろう。このあたりの機微は、百科事典の使い方とも通じると

ころだ。

その逆もまたしかり

君はいま、コンピュータ業界のことを調べようとしている。

書誌の書誌には“コンピュータ”に関わる大量の書誌が挙げ

られていて、ちょっと途方に暮れてしまう。君はコンピュー

タのなにを調べたいのか、よく考えてみよう。業界のことを

調べたいのだから、たとえば業界を代表する、もしくは業界

の時代を画した人物や企業に目を向けてみる。アップルの創

業者スティーブ・ジョブズや、マイクロソフトの創業者ビル・

ゲイツについての書誌はないだろうか。

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(*) 死後に未刊の原稿が発見されたり、新聞などに発表された小文が書誌作成時には見落とされたりということはありうる。天野ものちに補遺をだした。

谷たにざわ

沢永一『日本近代書誌学細見』(大阪:和泉書院,2003)青山毅・浦西和彦編『谷沢永一書誌学研叢』(東京:日外アソシエーツ,1986)

参考文献

 (しばの ひろき / 図書館整理課)

このように、抽象的な(もしくはおおきすぎる)概念につ

いての書誌をさがす場合、その概念を代表する(もしくは体

現する)人物に仮託して書誌をさがすという手もある。

書誌を使うためのケーススタディ書誌を使いこなすにはある程度の慣れが必要だが、それは

文字どおり習うより慣れろであって、試行錯誤してみるほか

ない。ひとつだけ言えることは、まずその書誌の索引を見よ

う、ということだけだ(索引がないかわりに見だしが五十音

順になっていることもある)。

ここではいくつかのケースを考えながら、書誌という道具

が秘める豊かな可能性を示唆してみたい。

 

いつ作成された書誌なのか?

書誌を使ううえでもっとも注意しなければならないのは、

いつ作成された書誌なのか、ということである。あたりまえ

のことだが、書誌にはその書誌が作成されたときよりもまえ

の本しか載っていない。君が現﹅ ﹅

代中国の経済事情について調

べたいのなら、1960 年や 1985 年に公刊された書誌では古す

ぎる。毎年公刊されるような、最新の書誌にたえず注意を向

けておく必要がある。しかし君が、日本における中国経済研

究の歴﹅ ﹅

史を眺めてみたいなら、そのときどきに主流であった

研究動向を把握するためにも、こういう古い書誌が役にたつ

こともある。へぇ、50 年前の日本の研究者はこんなことに

注目していたのか、と目からうろこが落ちることもある。こ

のように、書誌はかならずしも最新のものほどよいというわ

けではなく、君自身の使い方によっては古い書誌への目くば

りも欠かせない。

もうひとつ別の視点から。戦前の日本は朝鮮半島を支配下

に置いていた。1941(昭和 16)年に公刊された『釜ふざん

山府立図

書館図書分類目録』は、朝鮮半島の釜プサン

山にあった公共図書館

の蔵書目録だ。これも“釜山府立図書館が所蔵している”と

いう基準を満たす書誌である。この書誌は当時、図書館でじっ

さいに本をさがすための道具として作成された。もちろん終

戦とともにこの図書館は廃止され、その蔵書は韓国のほかの

図書館に移管されたり散逸した。ではこの書誌はすでに無用

の長物なのか? そうではない。日本支配下の朝鮮半島にお

ける学問・文化・教育に関心のあるひとにとって、この書誌

はもはや失われた図書館の実像を伝える宝庫なのである。

対象を見誤らない

戦前の高名な経済学者に河上肇はじめ

(1879 ~ 1946)がいる。

河上の著作目録は、1956 年に天野敬太郎編著『河上肇博士

文ぶんけん

獻志し

』として世にでた。河上の﹅

著作はその死後増えること

は基本的にはないのだから、君は河上の業績を知るために安

心して天野の書誌を使うことができる(*)。けれども君が、

河上に﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

ついての研究文献のことを知りたいのであれば話は別

である。なぜなら、河上を研究対象とする文献は河上の死後

も公にされつづけているのだから、君は最新の書誌をさがさ

なければならないのだ。それは河上の﹅

書誌ではなく、河上に﹅

つ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

いての書誌でなければならない。

河上に﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

ついての新しい書誌がすんなり見つかるとはかぎら

ない。その場合、河上がどういう人物であったかをまず理解

しよう。彼は経済学者として『資本論』の邦訳にたずさわっ

た。マルクス主義者であり、大正デモクラシーにおける論客

のひとりであった。やがて京都帝大を辞職後に共産党の活動

に従事した。“経済学”“マルクス主義”“大正デモクラシー”

“共産党”といった主題からも書誌をさがしてみるといい。

あれもこれも書誌

連載第 1回でも書いたように、学術書の多くは巻末に参考

文献(Bibliography)を持つ。じつはこれも書誌(Bibliogra-

phy)である。“その学術書の著者が本を書くにあたって参

照した”という基準を満たす本のリスト、それが参考文献だ

からだ。その学術書の読者にとっても著者が参照した本のリ

ストが有益であることは、あらためて言うまでもない。

作家や学者の個人全集も侮れない。全集の最終巻はた

いてい“別巻”となっていて、おそらく全集でも図抜けて

読﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

まれない巻である。ところがこの別巻、その作家の年譜や

著作目録にくわえて、参考文献がついていることも多い。労

せずして、その作家の﹅

書誌(著作目録)と作家に﹅ ﹅ ﹅ ﹅ ﹅

ついての書

誌(参考文献)を一度に手に入れられることもある。

このように書誌は、君の使い方しだいでいくらでも可能性

を引きだすことができる、すばらしい道ツール

具である。いや、道

具というよりも、もはや一個の作品だ。書誌にはまりこみす

ぎて、肝心の本はそっちのけとならないように。

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