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松文館事件 Jumpei Ogawa Dept. of Information Education

松文館事件 裁判記録のまとめ

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大学で使用したスライドです。松文館裁判について、簡単に (?) まとめました。参考にした資料はこちら。http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun-index.html

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Page 1: 松文館事件 裁判記録のまとめ

松文館事件

Jumpei OgawaDept. of Information Education

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概要

● R18 (性的) の漫画 “蜜室” が、違法な猥褻物に該当するとして、出版者である松文館社長らがわいせつ物頒布等の罪に問われた裁判

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概要

● ある親が議員 (平沢勝栄氏; 自民党) にメール● 警察に "蜜室はわいせつ性が高い" との匿名の電

話・平沢氏が上記メール転送● 逮捕

– 貴志元則松文館社長– 松文館編集局長– 当該漫画著者 ビューティ・ヘア

● 本裁判は貴志社長のものです

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注意

● 参考資料は表現規制反対派の人が書いています。

● 私も表現規制反対派寄りの考えです

● そういうバイアスがかかっていることを認識の上、お聞きください

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刑法175条 (わいせつ物頒布等)

1.わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

2.有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

● 174条の公然わいせつ、176条の強制わいせつと合わせて、わいせつ3法と呼ばれる

● ディジタルも含まれていることにも注目● ==最近改正されている

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前半のポイント

● 性器部分の消しが十分か否か● 調書が捏造されている? 訂正を申し入れたが

訂正してくれない?

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検察側証人尋問

● 長嶋氏: 出版倫理懇話会 会長● 柏木氏: トーハン 営業部 マネージャー● 安藤氏: 日本出版販売 雑誌部 コミック課長● ビューティヘア氏: 当該漫画の著者

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証人尋問: 長嶋氏● 検察: これって出版倫理懇話会的にいいの?● 長嶋: 出版社の判断● 裁判長: 会としての判断はないのか? ならば出版倫理懇話会

の存在意義は?– 言論統制につながることから、出版などの業界ではトップダウン

で基準を示す指示をするような形は取られない。

● 弁護人: 今まで漫画に警視庁から警告が出たことは?● 長嶋: 同人誌 (=正規の流通を通っていないもの) のみ

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証人尋問: 柏木氏

● 検察: 「この『密室』は私としてはわいせつ物とされる可能性が高い」と調書にあるが...

● 柏木: そのような発言はしていない● 「この『密室』はわいせつの可能性があるか

もしれないが、わたしにはわからない」となおす、と警察官が言っていたが、なおっていない

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証人尋問: 安藤氏

● 「明らかにわいせつ物に該当するものであれば、私の権限で止めることができた」という調書の内容

● "明らかなわいせつ物" は基準がないので存在し得ないが、そういったものがもし存在するならばの話

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証人尋問: 安藤氏● 検察: 調書では「わいせつ物に該当する」と述べている● 安藤: 精神的に疲労していたので、読み聞かされた時に訂

正をできなかったのだろう● 検察: 一番重要なところがなおっていなかったのか?

● 安藤氏の証言は信用できない、と裁判官に印象付けようとしている?

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証人尋問: ビューティーヘア氏

● 検察: 略式裁判で罰金になっているが、蜜室がわいせつ物であるということを納得したのか?

● ビューティ: 認めた。検察が「(裁判で) 戦うなら作家を全員勾留してもいい」と言ったことと、家族がトラブルにあっていることで、早く家族のもとにいたかったから

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証人尋問: ビューティーヘア氏● 弁護: 蜜室が、わいせつ物とされたことを納得しているか?● ビューティ: していない。もっと薄い、或いは無修正の漫画

もあるのに。

● 弁護: 捕まるという認識はあったか?● ビューティ: 特になかった● 弁護: 刷り上がった雑誌の確認は?● ビューティ: していない。

故意性の否定

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証人尋問: ビューティーヘア氏

● 弁護人: ビューティー氏の言う "わいせつ" は、日常用語の "わいせつ" であって、必ずしも刑法用語の "わいせつ" とは違うのではないか。

● ビューティー: そうだ。

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被告人尋問

● 被告人 貴志元則 (きし もとのり) 氏● 任意同行 (拒否可能) であることを知らされず

に連行されたとか、調書の変更を何度も求めても内容が変わらなかったとか、調書にサインしなければ保釈しないとか...

● しかし、後に調書は採用されてしまう

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後半

● 各専門家の招集– 社会学研究 宮台真司氏– 刑法学研究 園田寿氏– 精神科医・オタク研究家 斉藤環氏– 憲法学研究 奥平康弘氏– ジェンダー・漫画評論家 藤本由香里氏

● 捜査担当者の証言– 警視庁保安課 真庭警部補

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首都大東京 宮台真司氏の意見書

● 第一部: わいせつ概念に関して● 第二部: 悪影響論について

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わいせつ概念の背景

● わいせつ3法は、明治期に– 習俗 (地域によって違う) << 法律 (国家) であること

を示すため– 不平等条約撤廃などのための近代化アピールのため

● 戦後復興期には復興アピールのため

に作られた。● わいせつ規制は、中国なども含め、後発国に見

られる現象

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わいせつ概念の背景

● 近年、思想の多様化により、道徳的な "良き秩序" がなくなる

● "良き秩序" を維持するための規制

→ 見たくないものを見ないようにするための規制

== ゾーニング

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宮台氏の意見● 174条 (公然わいせつ)

– ストリップが「見たくないものを見ないで済む権利」を侵すと言えない● 175条 (わいせつ物頒布等)

– "習俗としてのわいせつ概念" == 性的であってはならない場所 (仕事場とか) に、性的なものが入り込んだ時に、人は脅威を感じる

– 性的空間である夫婦の寝室における性行為はわいせつではない– 故に、ストリップ小屋という性的空間で性的行為が展開することも、わいせつではない– エロ漫画をこっそり自宅で読むのもわいせつではない

● 故に、174条、175条も立地規制やゾーニング規制に還元されるべき。

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悪影響論の是非● 強力効果説 = 暴力的なメディアや性的なメディアが、受け手を暴力

的にしたり性的にしたりするという考え– 一般には間違い– 新・強力効果論というものはある

● 限定効果説 = 暴力的メディアに接触した子供が暴力的に育つということはない– そう見える場合は、元々暴力的な子供が、暴力的メディアに反応して暴力的行動を起こしているだけ

– メディアがなくてもいずれ他の要因で暴力的行動は起こす● 誰と一緒にテレビを見るかによって影響のあり方が異なる

– 親が "酷いねぇ" などと言っていれば、影響はない。

キーワード: 選択性メカニズム 対人ネットワーク コミュニケーションの二段の流れ

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宮台氏の調査によると...

● リア充率

性知識を、学校の友人や家族・親族などから得てきた人 >> メディアや学校の性教育などから得てきた人

● 性道徳に厳格な親に育てられた子の方が、セックスの人数が多くなる

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宮台氏の調査によると...

● 親と性について率直なコミュニケーションができない→ メディアなどから影響を受ける傾向が高まる

→ コミュニケーション軽視、"スペック" 重視

→ 愛のない性関係

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悪影響論の是非

● 「悪影響」を実証することに成功した効果研究はまだない。

● 逆に都市化と情報化が進む (==性的メディアの普及が進む) に連れて強姦と強制猥褻は減少 (代理満足説)

● 悪影響論は根拠がない → 175条不要

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結果

● 裁判官の反発● “法文の解釈に生涯を捧げている裁判官たちに

とって、「そもそもわいせつ罪が無意味なのだ」と刑法そのものの権威を否定されることは許しがたいことだったのかもしれない。”

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証人尋問: 園田寿氏

● 甲南大学 法学部 教授● 刑法175条を専門に研究● 大阪府 青少年健全育成審議会 第2部会長

– 有害図書指定を担当する部署

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“わいせつ” という法的概念● 公然わいせつ等: 社会的法益に対する罪

外で全裸になったら犯罪==周りの人が被害● 強制わいせつ等: 個人的法益に対する罪

無理矢理服を脱がせたら犯罪==脱がされた人が被害● 175条は社会的法益保護

– 175条は販売行為も処罰 == 見たい人に売っても処罰– 「見たくない人の利益を守る」というものではない

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チャタレイ事件の判例より

● わいせつの三要素– 徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ– 普通人の正常な性的羞恥心を害し– 善良な性的道義観念に反する

これら全てを満たすことでわいせつと見做される● 園田: これは妥当で、175条は合憲

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園田氏の考え

● 『蜜室』は第1要件「徒に性欲を興奮又は刺激せしめる」を満たさない– 性的刺激は与えるが、徒に (==ことさらに) 刺激す

るわけではない● 175条に該当するのははっきり写った性器の写真など。漫画はわいせつに該当しない

● 審議会に持ち込まれるものと比べても『蜜室』は、それほどひどくない

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園田氏の考え

● 『蜜室』は有害指定 (==R18) されるべきもの– 有害指定 == 18歳未満にのみ売ってはいけない– わいせつ物 == 全ての人に売ってはいけない

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● “結果不可知論” は不適– わいせつの概念を、具体的に「ヘアが見えている

のか」「性器が見えているのか」などの事実の問題に還元

● "わいせつ” というのは、性的ないやらしさを醸し出すものなので、性器の網掛けを問題にすべきではない

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証人尋問: 斉藤環氏

● “オタク精神科医”● 思春期青年期の問題行動 (不登校や引きこも

り) が専門● 漫画、アニメ、ゲームなどに関連する研究

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悪影響論の話

● 『蜜室』を読んで、性犯罪にはしることはおそらくありえない– 限定効果説によって立証済– その後の研究 (==新・強力効果論?) でも覆されていない– “2次元ポルノ” を好む青少年は、性犯罪どころか性行為自体

が少ない (対人関係が豊富な者も含む)– 宮崎勤事件は、ペドファイル・分裂病質人格などの問題が

あった上で、オタク的嗜好も持っていただけ

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● “2次元ポルノ” は性的倒錯 (フェティシズム) の一種– 下着や靴などに性欲を感じるのと同じ– 漫画・アニメを習慣的に見ていない ("学習” をし

ていない) 人は、性欲を感じない● 実際の女性との性行為の動機づけにはならな

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● “ショタ” (少年同士の性交を描いたもの)– 読者の多くは、異性愛者 (の女性)

● 芋虫少年との性交を描いた同人誌– 純粋にファンタジーとして完結している

● 現実とは完全に分離

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● このようなものは、日本のアニメーションやコミック表現に慣れていないと、感情移入しにくい

● そのようなものに慣れている人は少ない?– コミケ参加者20万人、引きこもり100万人前後– コミックやラノベ、エロゲ市場はいずれも数百億

円程度 (2011年度 矢野経済研究所)

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結論

● 『蜜室』はオタクなる特定一部向け– 社会全体の性風俗への影響はない

● オタクはエロ漫画だけで自己完結する– レイプなどへの繋がりはない

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証人尋問: 奥平康弘氏

● 元東京大学 社会科学研究所 教授● 憲法学者

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● 帝国憲法下では、内務省が行政処分として発禁処分を行なっていた

● この根拠法の出版法・新聞紙法が戦後廃止● 刑法175条が前面に出て、刑が重くなった

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● チャタレイ裁判では、– 抽象的違憲論: 刑法175条自体が違憲– 具体的違憲論: 刑法175条を当該事件に適用する

のが違憲

の2つについて弁護側は争おうとした● 裁判所は、175条自体が違憲でなければ、適用云々は単なる法解釈の問題とした

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チャタレイ裁判の問題

● 公共の福祉とは何かが突き詰められていない● 規制することによる市民 (読者) の不利益 (“対立

する利益の比較”) を考えていなかった時代の判決である

● 「チャタレー3要素」は帝国憲法下の判例を少し言い換えただけ

新憲法による表現の自由の保障が反映されていない

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判例より

● “社会通念や社会意識について、相当多数の国民層の倫理感覚がまひし、わいせつなものをわいせつと認めないとしても、社会を道徳的退廃から守らなければならない裁判所は、病弊堕落に対して批判的態度を持って臨み、臨床医的役割を果たさなければならない”

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● 弁護: “刑法 == 自然犯 (普遍的に悪と考えられる犯罪; 殺人、窃盗、放火) なので、言論の自由の保障は認められない”という考え方がある

● 奥平: 間違い。そもそも自然犯、自然法って何?– 同性愛は自然でないから自然犯だ、という米国で

の発言例

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判決

● 懲役1年 執行猶予3年

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175条の合憲性

● 刑法175条の処罰範囲を、ディジタル媒体に広げる改正が成立している

● 刑法175条で有罪判決を受けている人は今も数百人程度おり、一般に不当とみられていないと認識されている

● 他の漫画が摘発されていないのは、捜査能力限界によるもの

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● 性の乱れは性犯罪・売春等を誘発するのは自明

● 宮台・奥村への反論:● 175条は、性的秩序を保護し、それにより間接的に、性犯罪の抑止に寄与するもの– …? (--;

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● 漫画売上が急増しているのに、少年性犯罪は減っている。(弁護側主張)

● しかし、成年を含めると、1999年以降に激増● 2000年頃に、修正の少ない漫画が出版され始めた

● だから、性秩序と性犯罪は関係がある

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わいせつ概念の曖昧性

● チャタレイ判決の三要素があるから曖昧ではない

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表現の自由の侵害か?

● 名誉毀損で表現が制限される通り、表現の自由も無制限ではない

● よって合憲

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知る権利の侵害か?

● 当該作品の芸術・思想性による性的刺激の緩和度合いや、好色的興味に訴えかける度合いとの兼ね合いで判断されるべき

● よって合憲

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ゾーニングで十分か?

● 175条は性的規範を保護法益とするので、"見たくない権利” を保護したり、青少年の保護をしたりするものではない。

Page 52: 松文館事件 裁判記録のまとめ

市民間で議論できない

● 漫画が一旦摘発されると、その漫画が真にわいせつか、市民間で議論できなくなる (弁護側主張)

● チャタレー事件判決より、「わいせつ」かどうかは、法解釈 == 法的価値 == 裁判所の専権事項

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捜査員の不適格性

● 捜査員の知識が低い! 不当逮捕! (弁護側主張)● 本裁判でわいせつ物と認められたので間違っ

てない● プロセスにも問題はない

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性的刺激の度合い

● デフォルメは他のより弱い● 消しが弱い● 普通人には性的刺激を与えないとするが、十

分リアルである

Page 55: 松文館事件 裁判記録のまとめ

● 性交がメインの作品である● 思想性・芸術性により、性的刺激緩和されて

いるとはいえない– 藤本由香里という人物により、当該作品の芸術性

が議論された

Page 56: 松文館事件 裁判記録のまとめ

● 園田氏は、大人が見てもこれは興奮しないだろう、というが、常にそういった本を検分しているので、そうはいえない

● 露骨で過激な性表現物を許容する健全な社会通念は、形成されていない

Page 57: 松文館事件 裁判記録のまとめ

● 浮世絵・春画は、歴史的・芸術的興味をもたせるもの

● 性行為の指導書は、夫婦を中心とする男女の性生活の充実に資する

● この漫画と違い、好色的興味に訴えるものとはいえない

Page 58: 松文館事件 裁判記録のまとめ

故意性

● チャタレイ判決読めば、わいせつだってわかるでしょ

● 公的機関の指示を仰いでいないので、それは自己責任