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1. はじめに 我々はロボットの人工筋肉への応用を目的とし た積層型静電アクチュエータの研究を行っている. ロボットへ応用するためにアクチュエータに求 められる性能は,大きな発生力,ストローク,駆動速 度である.従来の静電アクチュエータはミクロスケ ールにおける駆動速度に優れているため,プリンタ ーで微少量のインクの吐出や,プロジェクターのマ イクロミラー制御に用いられてきた.しかし,ミク ロスケールではストロークや発生力が小さくなっ てしまうことから,ロボットの人工筋肉のようなマ クロスケールにおける応用は行われていなかった. 本研究で扱う積層型静電アクチュエータは,微細 な静電アクチュエータを集積化することでストロ ークと発生力の改善を図ったものである.今回の報 告ではアクチュエータの収縮時間についてシミュ レーションと測定を行い,動作性能の評価を行うと ともに,今後の積層型静電アクチュエータの応用の 展望を示す. 2. 積層型静電アクチュエータ 本研究室において開発している積層型静電アクチ ュエータは,導体の両面を絶縁体で被覆した 2 本のリ ボンから構成されている.このリボンには電極にな る厚い部分とヒンジになる薄い部分を持たせた構造 をしている.このリボンを紙バネのように交互に折 り込むことでアクチュエータを製作する.2本のリ ボンの間に電圧をかけると,奇数層と偶数層の電極 がそれぞれ正と負に帯電し,隣接する電極同士が静 電力により引き合う.これによりアクチュエータは 積層方向に収縮する. 図 1 リボンの折り込み方法と 積層型静電アクチュエータの構造 アクチュエータ全体のストロークは各層のストロ ークの和になる.電極間距離を変えずに,積層数を増 やすことで,発生力を保ちつつストロークを増やす ことができる構造になっている. 3. アクチュエータのシミュレーションモデル 3.1 静電力 積層型静電アクチュエータは図 2 のように平行板 コンデンサを積層させた構造になっている.電極間に 働く静電力は式 1 のように表される. ここでV は印加電圧, は真空中の誘電率, d は電 極間隔,t は誘電体の厚さ, は電極部分の誘電体の 比誘電率, は電極間の流体の比誘電率,S は電極の 面積である. 図 2 アクチュエータに働く静電力 3.2 バネ力 電極にはヒンジや電極の変形に対応する力が働く. この力は電極間の距離に依存しており,2 つの相を持 つバネのように振る舞う.1 つ目の相(駆動領域)はヒ ンジの変形による力であり,アクチュエータの収縮は この領域で起こる.2 つ目の相(過負荷領域)は電極の 変形による力であり,電極間距離がある程度以上離れ るとこの相になる. 図3 バネ力の2つの相 積層型微細静電アクチュエータの動作評価 ○鈴木隆介(東工大) 実吉敬二(東工大) 䣔䣕䣌䢴䢲䢳䢴䣃䣅䢴䣋䢴䢯䢶 ᪥ᮏ兑兀儧儬Ꮫ➨䢵䢲ᅇグᛕᏛ⾡ㅮ₇凚䢴䢲䢳䢴ᖺ䢻᭶䢳䢹᪥䢴䢲᪥凛

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1. はじめに

我々はロボットの人工筋肉への応用を目的とし

た積層型静電アクチュエータの研究を行っている.

ロボットへ応用するためにアクチュエータに求

められる性能は,大きな発生力,ストローク,駆動速

度である.従来の静電アクチュエータはミクロスケ

ールにおける駆動速度に優れているため,プリンタ

ーで微少量のインクの吐出や,プロジェクターのマ

イクロミラー制御に用いられてきた.しかし,ミク

ロスケールではストロークや発生力が小さくなっ

てしまうことから,ロボットの人工筋肉のようなマ

クロスケールにおける応用は行われていなかった.

本研究で扱う積層型静電アクチュエータは,微細

な静電アクチュエータを集積化することでストロ

ークと発生力の改善を図ったものである.今回の報

告ではアクチュエータの収縮時間についてシミュ

レーションと測定を行い,動作性能の評価を行うと

ともに,今後の積層型静電アクチュエータの応用の

展望を示す.

2. 積層型静電アクチュエータ

本研究室において開発している積層型静電アクチ

ュエータは,導体の両面を絶縁体で被覆した2本のリ

ボンから構成されている.このリボンには電極にな

る厚い部分とヒンジになる薄い部分を持たせた構造

をしている.このリボンを紙バネのように交互に折

り込むことでアクチュエータを製作する.2本のリ

ボンの間に電圧をかけると,奇数層と偶数層の電極

がそれぞれ正と負に帯電し,隣接する電極同士が静

電力により引き合う.これによりアクチュエータは

積層方向に収縮する.

図 1 リボンの折り込み方法と

積層型静電アクチュエータの構造

アクチュエータ全体のストロークは各層のストロ

ークの和になる.電極間距離を変えずに,積層数を増

やすことで,発生力を保ちつつストロークを増やす

ことができる構造になっている.

3. アクチュエータのシミュレーションモデル

3.1 静電力

積層型静電アクチュエータは図 2 のように平行板

コンデンサを積層させた構造になっている.電極間に

働く静電力は式 1 のように表される.

ここでV は印加電圧, は真空中の誘電率,d は電

極間隔,t は誘電体の厚さ, は電極部分の誘電体の

比誘電率, は電極間の流体の比誘電率,S は電極の

面積である.

図 2 アクチュエータに働く静電力

3.2 バネ力

電極にはヒンジや電極の変形に対応する力が働く.

この力は電極間の距離に依存しており,2 つの相を持

つバネのように振る舞う.1 つ目の相(駆動領域)はヒ

ンジの変形による力であり,アクチュエータの収縮は

この領域で起こる.2 つ目の相(過負荷領域)は電極の

変形による力であり,電極間距離がある程度以上離れ

るとこの相になる.

図3 バネ力の2つの相

積層型微細静電アクチュエータの動作評価 ○鈴木隆介(東工大) 実吉敬二(東工大)

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日本ロボット学会第30回記念学術講演会(2012年9月17日〜20日)

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3.3 空気抵抗

電極と同じ面積の 2 枚の平行円板として近似し,極

板間に働く空気抵抗を式 2 のように求めた.[1]

ここで, は空気の粘性率, は極板面積, は電極の相

対速度である.

極板が近づいた時の空気抵抗を考える.実際には極

板は平行ではないため,極板に挟まれた空気は側方か

ら容易に逃げることができる.そのため,電極間隔 が

ある定数 以下のとき,空気抵抗は電極の速度にのみ

依存するよう式を修正し,シミュレーションを行った.

計算時には,空気抵抗による反発力が静電力の 10 倍

未満に収まるよう, とおいた.

{

-式

3.4 その他の条件

シミュレーションに用いたモデルでは,計算の簡単

のため電極同士の衝突を完全非弾性衝突としてい

る .Eular 法を用いてシミュレーションを行っ

た.Box-Muller 法で生成したガウス分布に従う乱数を

用いて,初期電極間隔のばらつきを表現した.

4. アクチュエータのバネ特性測定

シミュレーションのバネ力を計算するためには,予

めアクチュエータのバネ定数を求めておく必要があ

る.そのために行った測定とその結果について述べ

る.

4.1測定方法

測定したアクチュエータは,電極部分が 0.5mm 角,

積層数 135 層のものである.微小な負荷と変位の関係

を測定するために天秤と光てこを用いた(図 4).最初

に,アクチュエータを天秤の一方の皿に固定し,アク

チュエータが自然長のときに天秤が水平になるよう

にもう一方の皿に重りを載せた.この状態から,皿に

重りを載せていったときのレーザスポットの位置を

記録し,負荷とアクチュエータの伸びの関係を測定し

た.

図 4 天秤と光てこ

4.2 測定結果

図 5 にアクチュエータのバネ特性の測定結果を示

す.3.2 で示したような駆動領域と過負荷領域の 2 つ

の相が現れている.

図 5 アクチュエータのバネ特性

表 1 アクチュエータのバネ定数とその比

駆動[N/m] 99.11

過負荷[N/m] 275.2

バネ定数比 2.78

5. アクチュエータの収縮時間測定

4 で測定したアクチュエータの収縮の様子を,高速

度カメラを用いて観察した .観察には FASTCAM

SA5(Photron 社製)を用いた.1024px×1024px の分解能

において 7000fps での撮影が可能である.

図 6 FASTCAM SA5

測定したアクチュエータの片方の端のアルミ板は

プラスチック製の箱の天井に貼り付けてあり,もう一

方のアルミ板には導電性両面テープで銅線を貼り付

けてある(図7).この銅線は直径が30umと細く,銅線の

質量や剛性によるアクチュエータへの負荷や動作へ

の影響は無視できる.このようにアクチュエータを天

井からぶら下げた状態で収縮させ,その様子を観察し

た.

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図 7 測定したアクチュエータ

印可電圧は 430V,アクチュエータにかかる負荷は

電極取り出し用のアルミ板と導電性両面テープの重

さによるもので,合計 17mg である.この負荷がかか

った状態でのアクチュエータの長さが 5.3mmであり,

電極板の厚さ を除いた 1 層あたりの電極間隔

は になる.収縮時の長さは 4.2mm であった.

6. 結果

表 2 にアクチュエータの収縮時間の測定値と計算

値を示す.

表から分かるように収縮時間は測定値の方が計

算値よりも時間がかかっている.このずれの原因と

して,後述のように電極間隔のばらつきが考えられ

る.また,モデルでは無視をした,電極とヒンジの摩

擦力も原因と考えられる.

表 2 シミュレーションとの比較

測定値[ms] 18

計算値[ms] 9.41

7. 考察

ここでは,電極間隔が収縮時間に及ぼす効果を計

算し,前章の計算値と測定値のずれの原因を探る.

7.1 初期電極間隔の影響

初期電極間隔が広がると,電極間に働く静電力は

弱く,完全に収縮するまでのストロークも大きくな

る.すなわち,初期電極間隔は収縮時間に大きな影響

をもたらすと思われる.

図 8 は電極間隔を から まで変化させ

たときの収縮時間を計算したものである.

電極間隔が小さいとき,収縮時間は直線的に増加

する .しかし , 付近から急激に収縮時間が延

び, 以上では完全収縮しなくなった.

図 8 初期電極間隔の効果

7.2 初期電極間隔のばらつきの影響

初期電極間隔には製作過程で生じたばらつきがあ

る.ばらつきがあることで,最初に狭い電極間が収縮

し,隣接した電極間は広がることが予想される.層に

よる収縮速度のばらつきによる,アクチュエータ全体

の収縮時間への影響を計算した.

ばらつきはガウス分布に従うものとし,平均間隔の

5%,10%,20%,40%,80%の分散をもたせたものについ

て収縮時間を計算した.アクチュエータの全長が一定

になるように電極間隔を分布させている.統計誤差を

減らすため,各点について 5 回計算を行った.

図 9 初期電極間隔のばらつきの影響

図 9 はその計算結果をプロットした物である.予想

とは逆に、ばらつきが増えるに従って収縮時間が減

少している傾向が読み取れる.ばらつきが増えたため,

初期状態において電極板が両隣から受ける静電力が

相殺されず,大きな加速度を持ったことが原因ではな

いかと考えられる.

7.3 収縮時間の測定値と計算値のずれ

収縮時間を測定したアクチュエータの電極間隔

に誤差があった可能性がある .しかし収縮時間が

18ms となるときのアクチュエータの全長は測定値

より 0.9mm 長い 6.2mm である必要があり,電極間隔

の誤差だけで収縮時間のずれを説明することはで

きない.また,ばらつきが大きいときに早く収縮する

0

5

10

15

20

25

30

0 10 20 30

収縮時間

[ms]

電極間隔[um]

9

9.1

9.2

9.3

9.4

9.5

0 20 40 60 80 100

収縮時間

[ms]

初期電極間隔のばらつき[%]

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結果を示しており,電極間隔のばらつきが測定値と

の差を生み出したのではないといえる.

8. 結論

製作したアクチュエータの収縮時間を測定し,シミ

ュレーションによる計算値と比較したが,測定値より

も小さくなった.

収縮時間への影響として,電極間隔が収縮時間に

及ぼす効果を計算した.収縮時間は初期電極間隔が

大きくなるほど長くなり,一定の値を超えると完全

収縮しないことが分かった.

初期電極間隔のばらつきが大きくなるほど収縮時

間が小さくなる傾向が見られた.

測定値と計算値のずれの原因を特定するには至ら

なかったが,今後電極とヒンジの摩擦力の影響を調

べることで,その影響を評価する.

電極間隔が小さいアクチュエータを製作すること

によって発生力,収縮時間ともに改善することがで

きるといえる.今後は,発生力とストロークの関係に

ついても測定と計算をすすめ,さらなる動作性能の

評価につなげたい.

参 考 文 献

[1] 畑良幸:“積層型静電アクチュエータを用いた魚型ロボ

ットの開発”,2005 年度 東京工業大学 修士論文

[2] 松原吉彦, 実吉敬二:“積層型微細静電アクチュエ

ータの自動折込機の開発”, 第 29 回日本ロボット

学会学術講演会

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