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研 究 論 文(R) 日本生産管理学会論文誌 Vol.8, No.2, 2002. 制約理 論(TOC)に よる生 産 シ ステ ムマネ ジメ ン トに関 わ る 論考 と適 用効 果 の検証 A theoretical consideration and implementation study on production system management based on the "Theory Of Constraints". 北海道工業大学 黒地則夫 三上行生(株)日 本能率協会マネ ジメン トセンター 村上悟 Hokkaido Institute of Technology Norio Kurochi, Koki Mikami JMA Management Center Ltd Satoru Murakami 要約 本論では変動型市場経済環境における生産 システ ム ・マネ ジメン トへのTOC (制約 理論) 方 法論 の適 用 につ い て論 考 し、 そ の効 果 を検 証 す る。 また、安定成長型の生産事業環境下で普及してきた 在来 生 産 管理 手 法 、 た とえばMRP法 やJIT法 よびIE手 法 との比較 ・相関性 についても考察す る。 キ ー ワ ー ド TOC、CCR、DBR、MRP、 ERP、SCM、CM、 スルー プッ ト、バ ッファー 1.は じめに 近年約20年 間にわた り構造的 な経営環境の変化 に遭遇 し深刻な体質改善に迫 られ た米国の生産業界 が新 たな経営管理方法を模索導入 し、劇 的な甦生と 復興を果たした過程で制約理論(TOC)が 大きく 寄与 している。本紙ではそのTOCの 概 念と方法論 について論考 し、加 えて我国の生産企業への試行 導 入を実施 し適用効果の考察 と検証 について記述す る。 2.TOCの 発展趣 緯 製造業における生産計画手法としてMRP法 が幅 広 く使用 されてい る。MRP法 はあらか じめ策定 し た短/中 期生産計画に基づ く所要資材の網羅的生産 管理 方式 として威力 を呈 し、1960年 代後期に米国 生産管理学会 よ り公 開されて以来瞬 く間に全世界へ 普及 した。MRP法 においては製品の全ての構成部 品が階層的に定義 され 、複数種の製 品にまたがる所 要計画が策定 され る。個別製 品には明確 に単位生産 原価が割付け られその総和で企業全体の経理 ・会計 構造が構成 されている。MRP法 は無 限負荷山積み 法 を前提とす る為生産工程中に仕掛品が生 じ易 い、 あるいは大規模 なデータ処理を必要 とし小刻 みな計 画変更には不向きであるな どの問題点 も指摘 されて いた。 しか し経営環境が右肩上が りの成長にある場 合には棚卸品も時間の経過によって消化 される為大 きく問題視 されなかった。また製品単位の原価設定 が可能な為現場で個別 に費用管理 を遂行す ることが 可能であ り、分業化や規模拡大に有効 であった。 と ころが市場の成長が鈍化す るにつれ、分業化 された 生産組織が個別 に生産性 向上活動 を遂行す る一方で 企業総体 の棚卸が増加す る傾向 とな りキャッシュフ ローの悪 化と金融 コス トの増大が顕在化す るように なった。 日本の産業界ではいち早 くこの問題への取 組みがなされJITな どの生産管理手法が創出 され て短納期 ・低コス ト生産 を促進 させた。米国産業界 では1970年 代末期には高度成長型の ビジネス環境 が終焉 し抜本的な体質変換 が求 められ た。1980年 代初頭 から産官学一体 となった産業復興活動の中で TOC(rheory of Constraints)が 草の 用実績 を重ねやがて米国産業の救世主 と脚光を浴び るに至った。初期のTOCはOPTと い うパ ッケー ジソフ トの中に組込まれた形 でデ ビュー した。それ を導入 した企業が劇的な収益性改善結果を呈 し、 口 第11回 全国大会 にて発表 受 付2001年2月26日 受 理2002年1月31日 ―19―

研究論文(R) - J-Stage

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研究論文(R) 日本生産管理学会論文誌 Vol.8, No.2, 2002. 3

制約理論(TOC)に よる生産システムマネジメン トに関わる

論考と適用効果の検証

A theoretical consideration and implementation study on production system

management based on the "Theory Of Constraints".

北海道工業大学 黒地則夫 三上行生(株)日 本能率協会マネジメントセンター 村上悟

Hokkaido Institute of Technology Norio Kurochi, Koki Mikami

JMA Management Center Ltd Satoru Murakami

要約 本論 では変動型市場 経済環境 にお ける生産

システ ム ・マネ ジメン トへのTOC (制約理論) 方

法論 の適用について論考 し、その効果を検証する。

また、安定成長型の生産事業環境下で普及 してきた

在来生産管理手法、た とえばMRP法 やJIT法 お

よびIE手 法 との比較 ・相関性 についても考察す る。

キー ワー ド TOC、CCR、DBR、MRP、

ERP、SCM、CM、 スルー プッ ト、バ ッファー

1.は じめに

近年約20年 間にわたり構造的な経営環境の変化

に遭遇し深刻な体質改善に迫られた米国の生産業界

が新たな経営管理方法を模索導入し、劇的な甦生と

復興を果たした過程で制約理論(TOC)が 大きく

寄与している。本紙ではそのTOCの 概念と方法論

について論考し、加えて我国の生産企業への試行導

入を実施し適用効果の考察と検証について記述する。

2.TOCの 発展趣緯

製造業における生産計画手法としてMRP法 が幅

広く使用されている。MRP法 はあらかじめ策定し

た短/中 期生産計画に基づく所要資材の網羅的生産

管理方式 として威力を呈し、1960年 代後期に米国

生産管理学会より公開されて以来瞬く間に全世界へ

普及した。MRP法 においては製品の全ての構成部

品が階層的に定義され、複数種の製品にまたがる所

要計画が策定される。個別製品には明確に単位生産

原価が割付けられその総和で企業全体の経理・会計

構造が構成されている。MRP法 は無限負荷山積み

法を前提とする為生産工程中に仕掛品が生じ易い、

あるいは大規模なデータ処理を必要とし小刻みな計

画変更には不向きであるなどの問題点も指摘されて

いた。しかし経営環境が右肩上がりの成長にある場

合には棚卸品も時間の経過によって消化される為大

きく問題視されなかった。また製品単位の原価設定

が可能な為現場で個別に費用管理を遂行することが

可能であり、分業化や規模拡大に有効であった。と

ころが市場の成長が鈍化するにつれ、分業化された

生産組織が個別に生産性向上活動を遂行する一方で

企業総体の棚卸が増加する傾向となりキャッシュフ

ローの悪化と金融コストの増大が顕在化するように

なった。日本の産業界ではいち早くこの問題への取

組みがなされJITな どの生産管理手法が創出され

て短納期 ・低コスト生産を促進させた。米国産業界

では1970年 代末期には高度成長型のビジネス環境

が終焉し抜本的な体質変換が求められた。1980年

代初頭から産官学一体となった産業復興活動の中で

TOC(rheory of Constraints)が草の根的な適

用実績を重ねやがて米国産業の救世主と脚光を浴び

るに至った。初期のTOCはOPTと いうパッケー

ジソフトの中に組込まれた形でデビューした。それ

を導入した企業が劇的な収益性改善結果を呈し、口

第11回 全国大会 にて発表

受付2001年2月26日 受理2002年1月31日

―19―

コ ミで普及が始 まった。1980年 代初期にTOCの

概念 と方 法論 が公 開 される と[1][2][3]、 米国

生産管理学会 でMRPに 代わる生産管理方式 として

関心 を集め定例論題 として扱われ るようになった。

現在 では収益向上を 目指す経営ツール としてSCM

やERPパ ッケージの中に取入れ られている。MR

P法 は出現以来数年間で全世界へ普及 したがTOC

の普及速度は きわめて緩やかである。 日本へ は米国

でのデ ビュー後十数年 を経 過 した1997年 に稲垣公

夫お よび園川隆夫 らによって紹介 され ている[4]。

TOCが 米国産業の復興の秘密兵器であったかの ご

とく比喩 もな されている。その後 、我国では(株)

日本能率協 会マネ ジメン トセ ンターが企業向け普及

活動 を推進 してい る。最近では小林英三がTOC手

法の詳細 な解説 ・紹介を行 なってい る[8][9]。

3.TOC概 念 の要点

3.1全 体収益重視の生産マネ ジメン ト

TOCは 企業内で全組織 が個別に生産効率向上を

目指す事を批判する。部分組織の生産性 向上は必ず

しも企業総体 の収益向上 に至 らない としている。T

OCで は組織 内の特定ジ ョブ工程(CCR)を 摘出

しその進捗に合わせて(Drum)全 ての生産工程 を

進行 させ る。 この特定化 された工程の生産効率の最

大化 に徹 し他の工程は従属 させ るa全 生産工程に生

じる生産の揺 らぎや偶発的生産 トラブルへ対処する

為の仕掛 りをCCRの 直前 と出荷工程の2カ 所に設

定す る(Buffer)。CCRは 生産需要量 を満た さな

くかつ生産能力の一番低い工程が設 定される。CC

Rの 前工程 は上述Bufferの 在庫量が適正値 となる

よ うに コン トロール され る(Rope)。 その為 に非C

CRの ロッ トサイズ と搬送 ロッ トサイズはそこが新

たなCCRと な らない限度まで最小化 され る。CC

Rの 生産性 向上に寄与 しないいかな る活動 も企業総

体の不必要な棚卸 を発生 させ収益 を低下 させ るにす

ぎない。 全生産 工程 中の仕掛 りは上述Buffer(工

程バ ッファー)と 最終工程 の後に納期調整 用に置か

れる製 品在庫(出 荷バ ッファー のみである。つま

り、上述 ドラム とロープ とバ ッファーの三要素(D

BR)がTOC生 産マネジメン トの骨格を構成する。

この結果CCRの 前工程はCCRか らのプル型生産

形態 とな り後工程はプッシュ型生産形態 となる。

3.2ス ルー プッ ト会計

通常、製造業では個別製品毎の単位 原価に よって

収益管理がな され る。 単位原価 の中には固定費がロ

ーデ ィングの形 で割付け られている。 この方法では

総投資額や人件費 が個別製品に必ず しも正確 に割付

け られない。 この問題を緩和す る方策 として、間接

費用要因をコス トドライバ として設定 し個別製品へ

比例配分す るABC(activity basedcosting)法

もあるが依然 と して厳密な解決策ではない。TOC

では製品の単位原価の存在 自体を否定 している。変

種変量生産環境において は単位原価の設定の不正確

さが企業経営の指針を誤 らせ る危険性を指摘 してい

る。TOCで は個別製品の生産経営指標 は売上高か

ら資材費のみを差 し引いた値をスループ ッ トと定義

し生産事業計画にお ける意志決定の重要指標 として

使用す る。標準原価法における棚卸には仕掛品およ

び完成在庫品の資材費 と直接人件費お よび間接経費

の割付分が含まれてい る。TOCに おける棚卸には

資材費 しか計上 され ない。その為発生 した固定費の

計上が棚卸 として、たとえば翌期へ繰 り延べ され る

よ うな不合理 な事態は生 じない。

3.3生 産計画 と収益マネジメン ト

TOCに おける生産計画 と収益マネジメン トはス

ループ ッ トを最大化するよ うに実施 され る。企業全

体 のスノレープ ッ トを一義的 に支配す るのはCCRで

ある。つま りCCRの スループ ッ トを最大化するよ

うにプ ロダク トミックスや受注時の採算検討 を実施

する。収益の評価 は個別製 品のスループ ッ トの合計

値 と企業全体の固定費 との差額で判断する。収益向

上方策手順 は、最初にスループ ッ トの増加(売 上げ

増加 または資材費削減)、 次いで総投資の削減、そ

の後に固定費の削減 とな る。CCRの 生産能力増強

が優先的に行 われ、新たなCCRの 出現 を検出 し、

付随す るBufferの 移設、Ropeの 張 り替 えが行わ

れ る。CCRが 存在 しなくなった時は企業の生産規

模 自体がオーバーキャパ シテ ィであり受注拡大策 あ

るいは生産規模 の縮小策 を講 じなければならない。

この場合、CCRが 企業 の生産機 構ではなく対峙す

―20―

る市場にあると見な され る。受注拡大方策 を見いだ

す為 にはまず企業の内外部環境や個別 の戦略および

商品企画な どの広範 な分野にまたが る事象要因を洗

い出す。次いでその中で互いに対立す る要因を摘出

してその対立関係 を解消するブ レークスルー を見い

だす思考過程の展 開手法 も用意 され てい る[4]。

3.4プ ロジェク トマネ ジメン ト

新商品開発や 生産基 地新設 などのプロジェク トの

進捗マネ ジメ ン トにもTOCが 効果 を挙げてい る。

プ ロジェ ク トマネ ジメン トの方法 としてPERTが

知 られ てい る。PERTで は矢印経路(ア ロー)記 号

と結合点(ノ ー ド)記 号で作業の進行関係 を示す。

各結合点における最早結合点時刻 と最遅結合点時刻

を算 出 し、各作業の全余裕 を求める。 この全余裕 の

最小点 を結ぶ作業経路をク リティカルパスと定義 し

てプ ロジェク トの進行 を管理す る。TOCで はこの

PERTの ク リテ ィカルパス法をさらに発展 させて

いる。ク リテ ィカルパス法に於 ける計画時間にはば

らつ きや不測の遅れ要因を含 んでいる。TOCで は

この計画時間 中の全てのマージンを除去 し、別途プ

ロジェク ト全体にバ ッファー を設ける。 このク リテ

ィカルパ スへ他 の作業が合流す る点には合流バ ッフ

ァー(FB)を 設けて クリティカルパ スを保護す る。

さらにプロジェク ト内で同一 リソースが異なる作業

間で重複使用 され る際(マ ルチタスク)に はその リ

ソー スが時間的 に重複 しな いように進度調整 を行 う。

上記 マルチタスク過程の直前にもFBを 設置 して保

護す る。 これ らのFBを 結ぶ経路 をクリテ ィカルチ

ェー ンと称 してク リティカルパスに代わる管理の対

象 とす る。 この クリティカルチェーン方式の採用に

よ り工場建設プ ロジェク トな どで大幅に期間短縮が

達成 され た事例が報告 されてい る[4][5]。

4.TOCの 効用に関す る考察

4.1生 産 システム ・マネ ジメ ン トへの効用

TOCの 主眼は企業総体の収益追求にあ り、特定

の生産工程 に全生産組織が一元的に連動す る。生産

活動の指標 を与えるのは僅か2カ 所に設置 され た在

庫であ り、収益性の評価指標 は売上高 と資材費のみ

であ る。 いずれも明確で簡便 な行動指針 を与える。

高度成長経済環境の中で生産組織を多岐に分業化し

個別に生産性を高めてきた企業が不確定な生産環境

へ移行してその収益性に問題を生じている際に適用

すれば実効成果を生み出す事を期待できる。TOC

の真価を引き出す為にはCCRを 正確に設定せねば

ならない。完全バランス状態の生産機構の場合やC

CRが 生産組織内をめまぐるしく動き回る場合には

CCRを 意図的に設定する応用展開的な適用手法も

示唆されている[7]。 全生産組織中にボトルネッ

クはあってもCCRが ない場合には企業の受注戦略

を見直さねばならない。CCRの スループット増加

に寄与する受注を得ることにより利益を確保できる。

さもなければ生産規模の縮小を決断せねばならない。

TOCは 単なる生産改善活動にとどまらず企業の経

営戦略策定の為の意志決定ツールとして大きな威力

を発揮する。TOCの 概念構成を図1に 示す。

図1TOCの 概念構成

4.2生 産ビジネス環境との整台性

収益性を高めるための方策として生産資源をすべ

て最大効率で稼働しかつ全生産工程を完全にバラン

スさせる生産システムを考えてみる。ここで個々の

工程の生産効率にバラツキやゆらぎが生じることを

完全に回避する事は至難である。これらのばらつき

やゆらぎによって工程間のバランスが崩れ結果的に

組織全体の生産効率が机上計算値から逸脱し、仕掛

かり在庫量の滞積など所定の成果を達成できなくな

る。TOCに おいては生産工程のアンバランス性

に着目し、制約要因工程を生産システム全体のコン

トロール ・ドライバーとして使用する。成長型の生

産ビジネス環境においては上述の仕掛かり在庫量は

翌期の生産所要量へ繰り越すことが出来るためさほ

―21―

ど大きな問題 として顕在化 しない時期 もあった。 し

か し変動型の生産 ビジネス環境においては仕掛か り

在庫量はそのまま不 良資産 となる。 この観 点からT

OCは 変動経済市場型の経営環 境への移行によ り生

じる原価構造 の変化 に帰因する問題点、つま り個別

組織業績の向上や仕掛 り経費の翌期繰 り越 し問題な

どの修復 に寄与す る方法論 として評価できる。

4.3在 来生産管理方 式 との比較 ・相 関

TOC生 産システム ・マネ ジメン トの在来方式 と

の主要な相違点は、生産システ ムにおける制約条件

の定義 と工程管理、製品原価の定義およびプ ロダク

ト・ミックスの決定法等 にある。TOCに 於ける制

約 工程(CCR, Capacity Constrained Resource)

は生産所要量を満たせない工程に対 して設定 される。

在来の生産管理 システムにおいてボ トルネ ックとい

う類似 の工程の定義がある。 ボ トルネ ックとCCR

の対比は図2で 説明される。図2に 示すR1,R2,

図2ボ トルネ ック とCCR

およびR3は 在来生産管理システムにおけるボトル

ネックである。通常CCRは 一カ所の最大のボトル

ネックに設定される。しかし故障の頻度や故障時の

ダメージの大きさから次位以下のボトルネック、あ

るいは非ボトルネックの中から設定されることもあ

る。在来生産管理法では個別製品について資材費と

固定費と間接費を配賦した値を製造原価と定義して

いる。TOCで は直接費用の個別製品への割り付け

の正確性を否定する。また間接費の配賦も恣意的に

なり製品原価が歪んでしまうと主張している。その

製品原価を基準に策定されたプロダクトミックス計

画に大きな意志決定の誤りを生じさせる、つまり製

品間の損得勘定は可変的要素のみで比較するべきで

あるとしている。TOCに おいて個別製品の収益評

価にスループットという指標を用いる。製品の販売

に必要な変動費を売上げ高から差し引いた値である。

変動費には資材費と個別製品の販売に必要な変動費

(販売直接経費)が 含まれる。狭義には売上高マイ

ナス材料費とされる。在来の生産管理法にも個別製

品に一般固定費の配賦を行わずに、売上高から購入

資材費と直接労務費と変動間接費の配賦分を差し引

いた値を貢献利益と定義して収益評価に用いる方法

がある。この直接労務費と変動間接費の配賦を行う

ことはTOCの スループットの概念との相違点にな

るが、もしこの部分を無視したとすると両者は同一

の指標となる。生産計画を策定する際に個別製品の

製造原価会計を用いる場合とTOCに おけるスルー

プット会計を用いる場合に顕著な相違が現れる。表

1に示す生産条件の事例に於けるプロダクトミック

ス問題について在来生産管理方法とTOCと の評定

結果の相違を検証すると以下のようになる。

表1生 産条件の事例(1)

表1に 、製 品(P1-P4)の 販 売価格単価(円)、

販売可能個数(個/月)、 また各製品の生産工程(1

-3)の 製品別所要加工時間(分/個)が 示 されて

いる。表 中の材料費は各製品用の購入資材単価 であ

り、加 工費は各製品の所要加工時間に全生産 システ

ムの総経費 をローデ ィングとして配賦 した値(円/

個)で ある。またこの事例 に於ける各工程 の月間保

有工数 を9600分/月 とす る。 この生産システム

において各製品の需要 を全数満たす為 には工程1で

73時 間、工程2で241時 間、工程3で90時 間

の月間工数不足 を生 じる。 この事か ら工程2が 最大

のボ トルネ ックであ りかっCCRで ある と見なす。

標準原価法においては各製品の製造原価(資 材費+

加工工数xロ ーデ ィング)を 算出 し、売価 との差 を

―22―

個別製品の単位製造利益 として利益の大きい順にボ

トルネ ック工程 の生産数量 を割 り付 ける。 この場 合

には製品別生産優先順位 は、P4,P2,P3,P

1と なる。次いで、今仮 に前述のごとく直接労務費

と変動間接費の配賦を行 わない貢献利益の各製品の

単位製造工数比率を式(1)に 示す評価指標 とする。

F、S、M、Tは それぞれ貢献利 益効率、売価 、資

材費 、単位 加工時間 とし、iは 製品種別番号 とす る。

…(1)

する と、製品別生産優先順位は、P3,P4,P2,

P1と なる。 さらに各製 品のスル ープ ッ ト(Si

-Mi)をCCR工 程の所要工数(Ci)に 対す る

スル ープ ッ ト効率(TFi)を 式(2)で 求める。

…(2)

この場合の生産優先順位 は、P1,P2,P3,P

4と なる。総 利益(TP)を 式(3)で 求める と図

3の ごとくとなる。 ここで、OEは 総経費である。

…(3)

図3評 定尺度別損益試算

試算結果は、製品個別の標準原価を評定値として

プロダクトミックスを行った場合の生産システムの

損益は約29万 円であるが、貢献利益を尺度とする

と約31万 円に、さらにスループット効率を尺度と

すると約87万 円の利益が得られる。評定法の違い

により一方では損失になるが他方では利益となる場

合も確認される。このように、在来方法では計画段

階で事業機会を逸しかねない状況がTOCに よれば

回復される可能性を与える。TOCに よるプロダク

トミックス計画の算出方法は在来の線形計画法(L

P法)[8]に よる最適化問題解析方法と類似して

いる。LP法 は数学的素養を必要とし解が求まらな

いケースも存在するが、TOC手 法は概念的なモデ

ル化手法を取り入れておりそれを習得すれば必ず近

似的最適解を与える。上述の事例(1)はCCR工

程が他の工程の資源能力と十分な優位差があるため

明確な評定結果を示している。一方実際の生産条件

においてはCCRが 複数存在(ダ ブルネック)し た

り、あるいは工程内で動き回る場合がある。この場

合にはシステム内の工程調整を施してCCRを 明確

に特定出来るような処置が必要となる。表2に ダブ

ルネックの事例を示す。

表2生 産条件の事例(2)

事例(2)に おいて、需要は週間値を示、各工程 の

保有工数は2400(分/週)で あり他 の数値 の単

位は事例(1)と 同一で ある。 この事例 においては

工程1、 工程2、 工程3が 互いにその能力面で接 近

している。つま り需要 を全て満たすフル生産を行 う

場合には、週間で、工程1で 約22時 間、工程2で

約28時 間、工程3で 約21時 間お よび工程4で 約

5時 間の工数不足を生 じる。この場合の工程2をC

CRと 設定 してスループ ッ ト効率 を尺度 とす る生産

順位 を求める とP3,P4,P2,P1と な る。 こ

こで第三順位 のP2の 生産を実施す る段階で工程1

に閉塞現象が生 じる。第三順位 の生産品 目をP1と

すれば上記の問題は解決 されるが、工程2を フル稼

働 させ ることが不可能 になる。TOCで は生産能力

にシステムの統計的な変動 として生 じる不安定性を

考慮 している。在来の生産管理法では全 く考慮 しな

いか、あるべ きでない としてい る。表3に おいて全

生産能力(Production Capacity)は 実効生産能力

(Productive Capacity)と 保 護 生 産 能 力

(Protective Capacity)、 お よび余 剰 生 産 能 力

(Excess Capacity)か らなっている[8]。 保護生

産能力はシステムの変動へ の対応 に使 用され る。T

OCに おける非CCRは いかなる不測の事態に際 し

―23―

てもCCRの 稼働効率 を妨げる事は許 されない。一

方、非CCRの 効率は生産システム総体のスループ

ッ トに影響 をお よぼ さない。従 い、非CCRに は上

述保護生産能力また余剰生産能力 を有す ることが要

求 され る。 さもなけれ ば非CCRが 時にはCCRと

なるよ うな不安定なシステム となる。

表3生 産能力

4.4在 来生産工学手法との連携

CCR工 程では生産量を生産能力に近い値に設定

する。CCR工 程のフル稼働が管理指標となる。非

CCR工 程は、CCR工 程のフル稼働のサポートに

専念し自身の生産効率の良否を問わない。非CCR

工程の保有する保護生産能力と余剰生産能力がCC

R工程への従属するための包容力として活用される。

非CCRの 包容力が不足している場合に前述のダブ

ルネックが生じる。CCRの 分析と検出には伝統的

IE手 法の活用が効果的となる。TOCの 適用に際

してはまず従来までの部分最適化指向から脱却し生

産システム全体のワークフローを正しく把握し分析

評価せねばならない。ここでIE手 による工程分析

がシステム・ワークフローの掌握と分析 ・評価の有

効なツールとなる。工程中の制約条件の摘出には各

工程の能力と負荷の関係を正しく算出せねばならな

い。ここではタイムスタディ手法が有効である。タ

イムスタディにより各生産工程の生産能力時間を測

定すると同時に、問題点を見いだしその解決を計る

有効な情報を得ることが出来る。ストップウオッチ

を用いて工程の時間測定を行うことは古めかしい手

法と軽んじられる傾向もあるがTOCに おいてはこ

のような伝統的IE技 法の堅実な実施を重要視して

いる側面もある。個別の生産工程には設備などの生

産性能規格に対して、実生産においては各種のロス

要因が作用する。図4に これらのロス要因の典型例

を示すがこれらをタイムスタディによって正確に検

出し、机上の定格値を正しく補正して実効的な管理

指標を確保することが重要である。

図4生 産能力 とロスタイム

4.5TOC生 産情報システム構成

TOCシ ステムは制約要因を中心 として全システ

ムのコン トロールを行 うが在来の生産管理システム

方法論 と排他的 に対立す るものではない。資材調達

におけるMRP法 や主ライ ンへ流れ込む部品の支流

管理へ のJIT法 の適 用な どが有効であ る[8]。

図5は 在来の生産管理 システ ムを融合 させてCM

(Costraints Management、 制約管理 、[9])を

実行す るTOC生 産情報 システム構成の一例である。

図5TOC生 産情報システムの構成例

5.TOCの 適用実施事例

5.1問 題の背景

日本で本格的にTOCを 導入した先駆事例の一つ

に山梨日本電気(株)大月工場が挙げられる。同工場

は光通信デバイスを製造している。光通信装置は世

界的な高度情報化社会の進展の影響で活発な市場環

境の中にある。バックボーンからアクセスまでの通

信ネットワーク応用形態が多様化し、通信規制の撤

廃または緩和の影響から厳しい競争原理が浸透しつ

つある。この結果最新の技術開発成果を多様な商品

―24―

を短期間に市場へ投入することが不可欠となってい

る。光デバイスは通信装置内で電子信号と光信号と

の変換を行なう機能を担い、光半導体と高速電子回

路および光導波路などの最先端技術からなる。その

生産性の巧拙が最終製品の市場投入の支配要因とな

つている。光デバイスは装置生産会社へ出荷される。

装置生産会社からは多種多様の生産要求が押し寄せ、

厳しい生産リードタイムの短縮要請が殺到している。

大月工場では工場内の生産組織を機能別に分割配置

しある期間内の生産要求を該当品種毎に一括処理し

て生産指示を発令していた。各生産現場では継続的

に生産性改善活動を実施してきた。しかし個別の努

力が工場全体の成果に結びつかないケースが多々あ

った。工場内での旺盛な生産改革活動とは裏腹に繰

越し生産高、生産リードタイム、工程間のアンバラ

ンス、工程内仕掛り、部材欠品等の生産性指標が期

待通りに向上せず却って悪化の傾向を示していた。

5.2TOC適 用の経緯

上述のごとき問題に陣吟する大月工場は1996

年後半から米国大手企業の類似問題の解決事例清報

に着目しその導入を決意した。同工場内に直接製造

部門、生産計画や物流を含めた間接部門などの全部

門から選出された導入促進タスクチームが編成され

た。また問題点分析や改善方策探索の客観性を高め

る為に社外からTOC推 進コーディネータを迎え入

れた。最初に全工程の綿密な作業分析が行われた。

各工程のロットサイズ別の製造能力とリードタイム

がその前後の搬送工程も含めて実測、分析された。

その結果自動試験工程に着目した。この工程では複

雑な特性試験の手順がプログラミングされた専用自

動機により、光部品と電子回路部品の組立て直後に

光/電 気特性試験が行われる。同自動試験器の処理

能力は24P/1バ ッチで4Hと なっている。一方

その前工程のHIC工 程では400P/ロ ットであ

り、そのLTは6日 を越えていた。そこでCCRを

自動試験工程に設定しその直前にバッファーを配置

した。自動試験器はバッチジョブの開始と終了時点

にのみオペレータの作業を必要とする。その作業者

には他の工程との兼務が割当てられ、作業の切替え

や休息時間などにより自動機が待機している事もあ

った。CCRの 稼働率向上のみがスルー プ ット増加

に寄与す るとい うTOCの 原則に従い専任 オペ レー

タを配置 しその休息時間 も自動機の無人運転時間内

に設けた。バ ッファーサイズは最初大きめ(自 動試

験工程の3日 分)に 設定 し、前工程のロッ トサイズ

を小 さくかつLTの 短縮 を計る為の作業改善活動 を

展開 した。最終的には前工程 のロッ トサイズを24

Pと し、その結果CCRの 移動が生 じない ことを確

認 してバ ッファーサイズを4ロ ッ ト相 当分まで縮小

した。前工程では数千点の電子回路部品が使用 され

ているがそのABC分 析値 からCレ ベルの部 品約千

点をダブル ビン方 式化 しその発注 と在庫管理 を製造

現場 に一任 した。そ こでは透明な部品箱を組 立開始

卓近辺に配置 し目視で在庫量 を把握 し規定値 に達 し

た時に定量発注を行 う。 この結果欠品な どの トラブ

ルが顕著に消滅 しそれまでの統括 資材管理 方式に基

づ き設置 されていた 自動倉庫が解体 され撤去 され た。

5.3初 期効果 の確認 とTOC適 用 の展開

CCRの スループ ッ ト効率を高める生産改善を試

行 した結果繰 り越 し生産高 と生産LTの 大幅削減お

よび短縮が認 め られた。増加 の一途にあった生産残

高 も解消できた。更に次の段階としてCCRと して

認識 された 自動試験 装置の増設投資の合理性が明確

とな り実施 した。するとCCRの 設定の見直 しが必

要 とな り再度全工程 の分析を実施 した。その結果前

工程にあるサブア ッセ ンブ リ工程に新たな改善の必

要性 を認めた。そ こでは電子回路 と光送信(E/O)

お よび光受信(O/E)の 三工程がそれぞれ互いに

分離 した製造工程で加工 され ていた。 この部分のス

ループッ ト改善を 目指 して設計過程 まで遡 及した生

産方式の改編 を提起 し実施 した。つま り各ブロック

の構成を小規模化 して光半導体チ ップ部品 と電子回

路(LSI)を 同一基板上 に組 上げてい くハイブ リ

ッ ド式構造 とした。そ して新たな工程分析結果に基

づいてCCRを この総合組み立て工程に設定 しそこ

に設置 したバ ッファーによ り全工程の集 中管理を実

施 した。その結果TOCの 導入以前 と比較 して生産

リー ドタイムを30%に 縮小、棚卸 し保有 日数を3

7.5%に 削減、生産能力を約400%に 増加 させ

る等 の効果 を確認 した(図6)[6]。

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図6生 産 リー ドタイムの短縮

5.4適 用事例に関する考察

TOCは 全工程を特定化した唯一の工程に従属さ

せることから、一見 トップダウン指向をイメージさ

せる。しかし適用事例では積極的なボトムアップ活

動が生じている。集中化された管理ポイントがどの

部門からも理解し易いので他部門間にまたがる生産

協調活動が意欲的に展開され組織の垣根を越えて経

営マインドを共有する新しいモチベーションを生じ

た。本適用事例ではシステムの評価尺度にリードタ

イムを取り上げた。伝統的IE手 法には生産性の評

価尺度として労働生産性、設備生産性、原材料生産

性などがある。リードタイムの向上は棚卸し効率、

資金の停滞、収支、および金利負担の軽減をもたら

し、さらにマーケティング活動を有利に展開出来る

ことから製造業の業績向上に直接的効果をもたらす。

適用事例の現場ではその後該当現場周辺から経営組

織や分身会社に至るサプライチェーン全体への適用

拡大につながった。即ち単なる生産性改善のみでな

く事業経営総体の刷新を引導した効果が認められた。

6.結 言

TOCは 組織の拡充と分散化が構造的にコスト回

収を先送りする体質をまねいた企業の経営体質甦生

へのブレークスルーを示す構図を呈している。一方

では商品戦略自体の刷新や複数の制約要素を抱える

場合、あるいは制約要素自体に不安定性がある場合

などその適用ノウハウを注意深く吟味せねばならな

レ側面もある。しかしシステム検討の参画者全員が

システム全体 を見通す機会 を得 られ るため、適用事

例にも示 され る如 く、企業内全組織にわた り経営マ

イン ドを共有す る方 向へ引導す る効果が認 め られる。

謝辞

貴重な情報提 供とご指導を頂いたNECAmerica

lnc.,稲 垣公夫氏、 日本電気(株)森 本芳隆氏、赤

沢和彦氏に深 く謝意 を表 します。

参考文献

[1] E. M.Goldratt, RE. Fox, The Race,

North River Press Inc., 1986

[2] E. M. Goldratt, The Goal, 2nd edition,

North River Press Inc., 1992

[3] H. W. Deamer, Goldratt's Theory of

Constraints, ASQ Quality Press, 1997

[4] 稲垣公夫、TOC革 命 、JMAM、1997/6

[5] 稲垣公夫、クリティカルチ ェーン革命、

JMAM, 1998/4

[6] 黒地則夫、三上行生、赤沢一彦、村上 悟、

制約理論 (TOC) に よる経営革新、第11

回 日本生産管理学会全 国大会講演 論文集

pp185-188、2000/3

[7] 加藤治彦、竹之内隆、村上 悟、

TOC戦 略マネジメン ト、JMAM、1999/4

[8] 小林英三、制約理論 (TOC) についての

ノー ト、ラ ッセル社、2000/7

[9] James E Cox, Michael S.Spensar,

小林英三訳、制約管理ハ ン ドブック、

ラッセル社、1999/11

著者略歴

黒地則夫: 昭和38年 北海道大学工学部卒業、

北海道工業大学工学部教受 工学博士

三上行生: 昭和49年 北海道工業大学工学部卒業

北海道工業大学工学部教授 学術博士

村上 悟: 昭和58年 東京経済大学卒業

(株) 日本能率協会マネジメントセンタ

経営教育開発本部ディレクタ

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