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日本語教科書『できる』とハンガリーの中等教育における異文化間コミュニケーション教育
日本語教育国際研究大会ICJLE2018年8月4日
ブダペスト商科大学佐藤紀子
目次
• 問題提起
• 背景
* ナショナル・コア・カリキュラム
* 中等教育修了試験エーレッチェーギ
• 日本語教科書『できる』
• 高校教師に対するインタビュー調査の結果
• 課題
• 結論と提案
2
『できる1』2011年・『できる2』2012年
3
問題提起
異文化間能力、異文化間コミュニケーション能力の育成は
教材を開発することで実現できるのか
4
ナショナル・コア・カリキュラム Nemzeti Alaptanterv (NAT)現代外国語教育の目的
2003年改訂版
• コミュニケーション言語能力育成
*教育・公的・専門分野での
言語運用力の育成
*異言語・異文化に対する
積極的な態度やモチベー
ションの形成
*生涯学習のための自立学習
能力の育成
*言語能力:4技能
(聞く・話す・読む・書く)
-CEFRを反映-
2012年改訂版(2018改定案)
• コミュニケーション能力育成
(言語・社会言語・談話能力)
言語能力:6技能 (読む・聞く・
話す・相互作用・書く・仲介)
• 学習言語上の教養と異文化間能力の育成
• 他教科学習への学習言語の統
合的活用
• ICTの活用能力育成• 自立学習のための言語学習ストラテジーの形成
-CEFRにほぼ整合-5
ハンガリーの中等教育における日本語教育
6
CEFR
ナショナル・コア・カリキュラム
現代外国語教育
評価システム
教科書教師学習者
外国語中等教育修了資格試験Érettségi nyelvvizsga
• 2種類(2005年~):中級試験B1・上級試験B2
(日本語:実際は?)
• CEFR準拠(レベル判定・問題作成基準)
• 試験問題作成者:
中級筆記:教育局(全国統一試験)
中級口頭:各教育機関の教師
上級筆記・口頭:教育局(全国統一試験)
• 問題形式・評価基準・出題テーマ:中上級共に全外国語
共通
*日本語独自基準:字数と漢字のみ 7
『できる1』2011年(A2)・『できる2』2012年(B1)2012年:「美しいハンガリーの本」コンテスト
教科書部門で最高賞受賞
8
ハンガリー中等教育機関2018年現在国際交流基金ブダペスト日本文化センター調査・佐藤聞き取り
(カッコ内数字2015年)
9
中等教育機関数 11校(8校)
正規科目(第二外国語) 7校
クラブ活動 4校
『できる』使用校 9校
正規科目 7校
クラブ活動 2校
中等教育学習者数 314人(267人)
内訳 正規科目 167人
クラブ活動 147人
中等教育機関教師数(延べ人数) 18人(12人)
日本語母語話者 7人
『できる』の特徴
10
対象者:中等教育以上の学習者
レベル:
『できる1』(A1~A2)『できる2』(A2~B1/B2)
ハンガリー語母語話者向け(日本語・ハンガリー語併記)
CEFR準拠
レベル基準
Can-do
異文化間
コミュニケーション
能力育成
教室活動
フィールドワーク
自立学習
異文化間コミュニケーション能力育成の過程
1.知識
見える文化
見えない文化
2.対比
3.態度
• 観察・発見
• 解釈・関連付け
• 自文化と学習文化の共通点
と違いの気づき
• 自文化の内省(基準・価値
観・態度)
• ステレオタイプの回避
• 評価の調整・一方的な評価の
保留
• 異文化の尊重・寛容
• 仲介
• 他者との対話力11
『できる』 課の構成
12
1.Can-do目標
2.異文化クイズ
3.会話・テキスト
4.文法練習問題
5.Can-doタスク
6.お持ち帰りタスク:自立学習
7.異文化コラム「万華鏡」
課の目標設定:産出・理解・表記『できる1』1課「じこしょうかい」:Can-do目標
• 初対面で自己紹介ができるよ
うになります。
• 相手の自己紹介がわかるよう
になります。
• 趣味について話せるようにな
ります。
• ひらがなが読めるようになり
ます。書けるようになれます。
13
Cando目標:日ハ文化・産出(言語運用力)『できる1』21課「ドーラの高校訪問」:テキスト1
Cando目標
・デモンストレーションができるようになります
・ハンガリーの学校行事について紹介できるようになります
・学校の紹介ができるようになります
テキスト1
「木村さんたちがドーラの学校を訪問します」
(着付けのデモンストレーション)
14
Cando目標:日ハ文化・産出(言語運用力)『できる1』21課「ドーラの高校訪問」:テキスト2・3
テキスト2
「アノニムス高校の廊下で」
(ハンガリーの学校行事について紹介)
テキスト3
「れいかが自分の学校についてハンガリーの友達に紹介します」
(学校紹介)
15
言語運用力(社会言語能力・ストラテジー能力・談話能力)
『できる2』30課「学校新聞:テキスト
16
記事を書く協働作業
ハンガリーの民族衣装についての記事
新聞記事の依頼
知識の導入・内省(基準・態度)・文化の対比・気づき:『できる1』1課「じこしょうかい」:異文化クイズ
「ハンガリーの人は初対面の人にどのように挨拶をしますか。日本の人はどうすると思いますか。一番適当だと思うものに印をつけなさい。」
(ハンガリー人?日本人?
いつ・どこで・だれが・だれに・なんのために?)
一人の人間に複数の文化
17
文化の対比・発見・内省:『できる1』21課「ドーラの高校訪問」:異文化クイズ
この高校の教室とあなたの教室を比べてみましょう。どんなところが違いますか。
18
文化の対比・内省・発見・発信『できる2』30課「学校新聞」異文化クイズ
日本人にとって、ハンガリーには不思議なことがいっぱいあります。あなたはハンガリーのことをどれだけ説明できますか。(1) 「名前の日ってなんですか。」(2) 「どうして申込書に「母親の名前」が必要なの?」(3) 「スペイン語とイタリア語はよく似てるけど、ハンガリー語は何語に似てる?」
他にも、外国の人にとって不思議だと思われるものがないか、探してみましょう。
19
発見・解釈・関連付けの技術『できる2』30課「学校新聞Candoタスク:談話能力
テーマ「ハンガリーのでんとうてきな行事」
・まず、ハンガリーのでんとうてきな行事をいくつかしょうかいしなさい。
・次に、あなたの好きな行事を一つえらんでしょうかいしなさい。
・最後に、でんとうてきな行事について、あなたの考えをかきなさい
20
言語と文化の仲介:『できる1』20課「ブダペスト観光」 CandoタスクCando目標達成をチェック(フィールドワーク)
21
市場で通訳
お持ち帰りタスク:ハンガリーの民話を日本語で紹介
体験談:
ハンガリーと日本の挨拶の違い
自文化発見の技術:産出・発信:『できる2』33課「料理」:Candoタスク
ハンガリーの伝統的な料理について書きなさい。
テーマI「ハンガリー料理について」ハンガリー料理について、れきし、道具、材料などについて書いてください。
テーマII「食文化について」おいわいや、おまつりの時に食べる食事について教えてください。いつ、どんな時に、だれと、何を食べますか。その習慣は今でもありますか。これからどうなると思いますか。それについてあなたはどう思いますか。
22
発見の技術:産出・発信『できる2』33課「料理」:自立学習
「日本や世界のいろいろな国の食事のマナーについてしらべて、ハンガリーと同じところやちがうところをさがしなさい。それから、
それについてポスターを作りなさい。」
23
ステレオタイプの回避:個人的体験『できる1』1課「じこしょうかい」:異文化コラム
(原文:ハンガリー語)
様々な日本人の存在
「・・・私が日本に到着して成田空港でホストファミリーを待っている間、他の
人達を見ていました。どこにいる日本人もお辞儀をして互いに挨拶をしてい
ました。日本のホストファミリーに会った時、私もお辞儀をして挨拶しようとし
ましたが、大変驚いたことにホストファザーが笑顔で手を差し出しました。こ
れを真似てホストマザーに手を差し出そうとすると、彼女はお辞儀をして挨
拶をしました。・・・」 24
日本語日本文化の多様性:発見・解釈関連付けステレオタイプの回避
『できる2』31課 関西べん
25
日本語日本文化の多様性:発見・解釈関連付けステレオタイプの回避
『できる2』31課 関西べんCandoタスク「ハンガリーの方言についてはなしなさい」
26
ステレオタイプの回避:日本人の多様性『できる』47課ことば:異文化コラム(個人の体験)
私は日本人ですが、父は日系アメリカ人、母は中国生まれの日本
人です。父とも母とも日本語で話しますが、私が子どもの頃は父
の親戚達がたくさん遊びに来て、家の中でよく英語を聞いていまし
た。中学校に入って英語の勉強を始めたとき、「これで大好きなお
じさんたちと話せる」と思いましたが、その後、英語圏で働いたり
勉強したりするチャンスは一度もありませんでした。それから中国
にはいつか一度行きたいと思っていたので、大人になってから中
国の仕事を見つけました。母が覚えている唯一の中国語は「Da
de xi gua」だったのですが、それが「大きい西瓜」という意味だった
と知って、母に電話で伝えました。私にとって、英語も中国語もけ
して母語ではありません。流暢にも話せませんし、きれいな表現も
知りません。けれども、英語や中国語のことを考えた時、自分自
身の存在がとても豊かになるように思えるのです。 27
批判的文化アウェアネス:解釈・発見・関連付け『できる2』30課「学校新聞:自立学習
「日本人とのコミュニケー
ションや、日本の映画・ア
ニメで気が付いた日本人
の変わったところを書き
だしなさい。それについ
て、日本人の友達の意
見を聞きなさい。」
28
批判的文化アウェアネス:知識・態度の育成『できる』45課「ごかい」:異文化クイズ
• 誕生日のパーティで次のような態度を取った人についてどう思うか。A~C.
• 期待されるふるまいは文化によって異なります。評価を下す前に、どうしてその人がそのような態度を取ったのか相手の身になって考えてみましょう!
29
批判的アウェアネス:解釈と関連付けの技術評価の調整・一方的な評価の保留
『できる』45課「ごかい」:テキスト(DIE分析)
30
批判的文化アウェアネス:態度・発見とインタラクションの技術育成評価の調整・一方的な評価の保留
『できる』45課「ごかい」:Candoタスク(DIE分析)
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批判的アウェアネス:多面的な知識『できる』45課「ごかい」:異文化コラム:個人の体験と解説
日本人は他人の前で家族や恋人など身内の話をするとき、身内のことはあまり褒めず、謙遜したり、敢えてけなしたりする傾向にあります。たとえば、自分の子どものことを「いい息子さんですね」と褒められても、「そうなんですよ。とても素直ないい子で」と肯定すると、自慢しているようにとられてしまうので、「そんなことないですよ」と否定する人が多いです。また、日本語には「けんかするほど仲がよい」という言い回しもありますが、自分の恋人のことを褒められたときも、相手のことを少しだけけなすと、「仲良しだな」と思われたりすることもあります。以前、自分の子どものことについて、ハンガリー人の同僚に「もう、うちの子は頭が悪くて何をやってもだめ」と大げさに言ってしまったら、その同僚に、「大変ね」と本気で同情されてしまって、びっくりしました。褒めや謙遜の仕方は異文化間で異なり、そのために誤解や摩擦もおきやすいです。異文化間で誤解が起こったとき、頭から相手のことを「おかしい」と決め付けるのではなく、相手の文化背景なども理解できるようになるといいですね。
32
高校教師へのインタビュー調査結果
2018年2月~6月
33
調査の方法
• 半構造化インタビュー
• ライフストーリーインタビュー / 対話的構築主義アプローチ (桜井2002)
• 調査期間:2018年2月~6月
• インタビュー協力者7校8名
(+1名文書のみで回答)
• インタビュー時間:45分~1時間(1名のみ2時間)
• 使用言語:日本語(1名のみハンガリー語)
• 質問紙は事前に提示
• 録音
• 信頼関係(1名のみ初対面、和やかな雰囲気)34
インタビュー調査協力者8人(9人)・7校/11校
35
インタビュー協力者(延べ18人中) 合計 8人(9人)
1.教育機関での日本語教師歴 3年 1人
6年 2人
10年 3人
20年以上 2人
2.日本語教師資格保有者 6人
3.CEFRについて聞いたことがある 6人
4.日本語母語話者 3人
調査協力校の教科書使用状況7校内訳
36
教科書名 学校数
できる 2
できる+副(みんなの日本語) 1
できる+みんなの日本語+まるごと
+Japanese For Young People
1
みんなの日本語+副(できる) 1
まるごと(クラブ活動) 1
元気+まるごと(クラブ活動) 1
合計(できる使用校) 7(5)
インタビュー調査項目(異文化間コミュニケーション能力ICCC・異文化間能力ICC)
1.ハンガリーの中等教育において、ICCC/ICC育成のために
教師は現場でどのような活動をしているか
(教室内・教室外・自立学習)
* 何を * どのように教えているか
* どのようなタスクを与えているか
2.ICCC/ICC育成のために、 『できる』はどのように使わ
れているか
3.教師は、 ICCC/ICC育成の際に何が難しいと感じているか
4.教師研修で取り上げてほしいことは何か
5.ネット世代の高校生に対して、どのようなICCC/ICC教育の
可能性があるか
37
『できる』使用成果
1.両文化の気づき・対比を毎日の教室活動で取り入
れている(『できる』使用校)
2.日本の日(講演会・日本文化体験)を生徒自身が
企画・出演者との交渉・準備・実行し、地域住民や校
内で日本語・日本文化の仲介活動をしている。
38
課題1.自文化の内省(基準・価値観・態度)や、評価の調整・一方的な評価
の保留のための具体的な可視化された装置(なぜそうなのかという問い
等)が『できる1』には少ないので、ベテラン教師やコミュニケーション論を
専攻した教師以外は、態度や評価に関連する問いかけにつながりにく
い。
2.テキスト・異文化クイズにある多くの「見えない文化」が教師に見えに
く。
その結果:
3.教材の目的は異文化コミュニケーション育成であるにも関わらず、現
場では、テスト・卒業試験を目指して、テキストの語彙・表現・文法教育
が中心となり、「内省」「評価の保留」というステップが二次的なものに
なっている。
「まずは、語彙・表現・文法項目習得!」
「45分授業では、時間がない!」
「試験に出るから、文化項目・議論の練習」39
結論と提案
1.ICCC育成を目的とする教材はあったほうがよい
『できる』は役立っている!
2.教材だけでなく、教師用のICCCリスト・ICCC育成
マニュアルも必要
3.定期的な教師研修会が必要:
教案作成、授業の実際
ICCCとは何かを母語で講義
4.定期的な教師同士の情報シェアがあるとよい:
どんな授業やイベントをしているか
どのように教えているか40
参考文献1
• 桜井厚(2002)『インタビューの社会学』せりか書房
• 佐藤紀子(2016) 「ヨーロッパ 5 カ国中等教育修了資格試験日本語科目における口頭試験
の比較 」 『 ヨーロッパの日本語教育における評価基準の共有にむけての可能性と課題−大
規模言語試験の分析からの考察 』ヨーロッパ日本語教師会 pp.32-43.
https://www.eaje.eu/media/0/myfiles/cefr/dainibu-full.pdf
• 佐藤紀子・セーカーチ・アンナ(2009)「CEFRに基づく日本語教科書とは?-対話に基づく
異文化間コミュニケーション能力を養う日本語教育を目指してー」『第13回ヨーロッパ日本語
教育シンポジウム報告・発表論文集』、ヨーロッパ日本語教師会 pp.211-218
• 佐藤紀子 、織田智恵、近藤裕美子 スルツベルゲルー三木佐和子、東伴子(2016)「ヨー
ロッパにおける中等教育修了資格試験日本語科目全体の比較」『 ヨーロッパの日本語教育
における評価基準の共有にむけての可能性と課題−大規 模言語試験の分析からの考察 』
ヨーロッパ日本語教師会. https://www.eaje.eu/media/0/myfiles/cefr/dainibu-full.pdf
pp.6-31
41
参考文献2
• ヒダシ・ユディット・セーカーチ・アンナ・佐藤紀子(1998)「日本語教育と文化」 『第3回ヨー
ロッパ日本語教育シンポジウム報告・発表論文集』、ヨーロッパ日本語教師会 pp.72-78
• 松浦依子(2011)「ハンガリー教材作成プロジェクト」『CEFRに基づいた日本語教育実践とJF
日本語教育スタンダード活用の可能性』、国際交流基金パリ日本文化会館 pp. 141-152
• 松浦依子・宮崎玲子・福島青史(2012)「異文化間コミュニケーション能力のための教育とそ
の教材化について」『日本語教育紀要』第8号、国際交流基金 pp. 87-101
• 若井誠二(2009)「エーレッチェーギ」『ハンガリー日本語教育シンポジウム2008論集』ハンガ
リー日本語教師会・国際交流基金 pp. 80-87.
• Byram, M. (1997). Teaching and Assessing Intercultural Communicative Competence,
Multilingual Matters LTD.
• Lázár, I., Huber-Kriegler, M., Lussier, D., Matei, G. S. & Peck, C. (eds.) (2007). Developing and
assessing intercultural communicative competence, European Centre for Modern Languages.
42
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