リチウムイオン電池電極の密着 性、バインダー分布評価 ·...

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26・東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011)

●リチウムイオン電池電極の密着性、バインダー分布評価

1.�リチウムイオン電池電極のバインダー分布と密着性評価

 リチウムイオン電池は、モバイル機器用電源から大型の移動用電源まで、幅広い用途を目指して材料の研究開発が進められている。電池の長寿命化、高容量化のために電極材料の研究開発が進められているが、一方で、電池の性能は、電極と集電箔との密着性や、活物質の結着に用いられるバインダーの電極内での分布状態といった電極の製造条件にも依存すると考えられる。集電箔と電極合剤との密着性が低ければ、電極の巻き取り時における活物質の欠落といった製品の品質低下につながる可能性がある。また、電極製造のスループット向上のために、電極の乾燥速度を変更した際に、電極内でのバインダーの分布状態に変化が生じ、結果として、電極と集電箔の密着性が変化する可能性もある。このような観点から、電極と集電箔との密着性評価および、電極内でのバインダー・組成分布評価の手法について紹介する。

2.正極合剤の密着性評価

 電極の密着性評価には、切削法を応用した。電極の密着性評価に用いた試料は、市販電極サンプルAとサンプルB、Cの3検体である。サンプルB、Cは、バインダー乾燥工程を変更したものであり、サンプルCでは乾燥速度を上げて、電極の作製を行った。切削法を用いた密着性評価の原理を以下に示す。

図1 切削法の測定原理

 切削段階ではアルミ集電箔側から、ダイヤモンドナイフにより切削を行う。集電箔の剥離後は切削刃を水平に

移動させ、その時にかかる水平加重が密着性の指標となる。切削法を用いることで、剥離段階における荷重変動から密着性を定量的に評価することが可能である。切削法を用いて評価したバインダーの密着性は、サンプルB、C < サンプルAの順となった。

図2 各試料の切削時の加重プロファイル

3.電極バインダーの分布評価

 正極のバインダーには、PVdFなどのフッ素系樹脂が用いられており、その深さ方向の分布評価には、EPMA(Electron Probe MicroAnalyzer)を用いたF元素のマッピングが用いられる。以下に、密着性評価に用いたサンプルB、CのEPMAによるF元素のマッピング結果を示す。

図3 �試料のSEM観察とEPMAによるF元素のマッピング結果

 EPMAを用いたバインダー分布評価においては、分布状態を可視化できるメリットがあるものの、観測領域が100ミクロン程度と小さく、平均的な傾向を得るためには、複数断面についての観察が望ましい場合がある。また、正極の活物質にはCoを用いる場合が多いが、CoとFの信号が重畳するため、低濃度にしか含まれないバインダーを正確に定量することが難しい。そこで、ここでは、NRA:Nuclear Reaction Analysisを用いてF元素の定量

リチウムイオン電池電極の密着性、バインダー分布評価

構造化学研究部 青木 靖仁

東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011)・27

●リチウムイオン電池電極の密着性、バインダー分布評価

評価を行い、バインダーの分布評価を行った。NRAは、プローブ径が2mmφ程度であり、Coの妨害もないことから、より平均的で高精度なF元素の定量が可能である。 NRAを用いたF元素の定量について、以下に原理を示す。高エネルギーイオンと原子核との核反応の結果放出されるα線、γ線、共鳴散乱イオンを検出することで、軽元素(H~ P)の高感度定量分析が可能である。F元素に対しては、以下の核反応が知られており、試料に高エネルギーイオンを照射した際に放出されるγ線を観測することで、F元素の定量が可能である。

19F + H+ → α+γ+16O

 NRAを用いたバインダーの深さ方向分布評価事例を以下に示す。サンプルCについての、γ線スペクトルを図4に示す。測定は、電極の表面、中央、集電箔側の3点について実施した。

図4 サンプルCのγ線スペクトル

 ₆MeV付近にF元素由来のγ線が検出されており、検出強度から各部位のF元素濃度が算出できる。サンプルA、B、Cの評価結果を図₅に示す。密着性の高かったサンプルAは、B、Cと比較して電極内のバインダー濃度が高く、均一に分布している。サンプルB、Cでは、電極表面から集電箔側にかけて、バインダー濃度が低下する傾向が確認された。 密着性評価では差異を検出することができなかったサンプルBとCについても、バインダーの濃度分布には差が認められる。乾燥速度を上げたサンプルCにおいては、バインダーが電極の表面付近に局在しており、集電箔側での濃度が減少していることがわかる。

4.ラマン分析を用いた電極の組成マッピング

 正極には、活物質やバインダー樹脂以外にも、カーボンブラックが導電助剤として使用されている。ラマン分析を用いることで、各成分の組成分析が可能であり、電極断面についてスペクトル測定を実施すれば、電極の深

さ方向での「元素分布」ではなく「化合物分布」の評価が可能である。ラマンマッピングによる組成分布の評価結果を図₆に示す。 図₆では、カーボンブラックのバンド強度をモニターすることで、電極内における導電助剤の分布を可視化した。今回の系では、低結晶性炭素のみが導電助剤として用いられているが、高結晶性炭素が含まれる場合は、低結晶性炭素とのスペクトル形状の違いを利用して、それぞれの分布評価を行うことが可能である。

図5 NRAによる正極のバインダー分布評価

図6 �ラマンイメージングによるカーボンブラックの分布評価

5.まとめ

 平均的で定量的な評価手法を適用することにより、正極において、バインダーの濃度分布と密着性に関連が見出された。今後は、負極についても同様の評価手法を適用し、電極の製造工程にかかわる問題解決のための分析手法を提案していきたいと考えている。

■青木 靖仁(あおき やすひと) 構造化学研究部第2研究室 研究員。  略歴:㈱東レリサーチセンターでラマン分光法・顕微赤外分光法の測定・解析に従事。 趣味:サイクリング。

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