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余市岳および阿女鱒岳周辺河川水の化学組成と水素・酸素安定同位体比
Chemical compositions and hydrogen and oxygen stable isotope ratios of river water samples
around Mt.Yoichi and Mt.Amemasu
大森一人・鈴木隆広・林 圭一
Kazuto Ohmori, Takahiro Suzuki and Keiichi Hayashi
キーワード:余市岳,阿女鱒岳,地熱開発,河川水,化学組成,水素・酸素安定同位体比Key words: Mt. Yoichi, Mt. Amemasu, geothermal development, river water, chemical composition, hydrogen and oxygen stable isotope
Ⅰ はじめに
余市岳を中心とした赤井川村東部の余市川水系上流部(第1図 A)および札幌市西部の豊平川水系上流部(第2図 B)は道内でも有数の地熱開発有望地域である(NEDO, 1988 ; NEDO, 1995).従来,地熱資源開発を目的とした調査は特定の地域の地熱資源のみを対象として行われており,それぞれの地熱地域を包括した広域的な熱水系の研究は行われていない.そこで当研究所では,平成27年度から「広域熱水系モデルの構築と
地熱資源の持続的利用に関する研究」を開始し,当該地域において地質学,地球物理学的,地球化学的な手法による調査を行い包括的な広域熱水系モデルの構築を進めている.本稿では,広域熱水系モデルの構築に必要な表層水
の基礎水質データを取得するため,余市岳周辺(余市川水系,豊平川水系)の河川水の主要溶存イオン濃度分析および水素・酸素安定同位体比分析を行った結果を報告する.
北海道地質研究所報告,第89号,53‐58,2017
第1図 調査領域図(国土地理院の電子地形図25000を使用).A:余市川水系.黒丸および番号は試料採取位置を示す.
Fig. 1 Location of Survey area. A : Yoichi-gawa River system. Black circles and numbers indicate sampling positions.
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Ⅱ 試料採取・分析手法
河川水の採水地点を第1図に示す.当該地域の河川は余市岳を分水嶺とし,余市川水系と豊平川水系に大別される.本研究では比較的降雨の影響が少なく,河川の水量と水質が安定すると考えられる秋季に限定し,主要な本流河川を中心に,その枝沢と枝沢からの流入水が十分に混合したと考えられる下流の地点を選定し
た.2015年10月に余市川水系から57試料,2016年10月に豊平川水系から23試料を採水し,現地では水温,pH,電気伝導度,酸化還元電位の測定を行った.試料中の主要溶存イオンである Na+(ナトリウムイ
オン),K+(カリウムイオン),Mg2+(マグネシウムイオン),Ca2+(カルシウムイオン),Cl-(塩化物イオン),SO4
2-(硫酸イオン)については,試料を0.2�mのメンブレンフィルターでろ過した後,イオンクロマトグラ
第2図 調査領域図(国土地理院の電子地形図25000を使用).B:豊平川水系.黒丸および番号は試料採取位置を示す.
Fig. 2 Location of Survey area. B : Toyohira-gawa River system. Black circles and numbers indicate sampling positions.
第3図 �D-�18Oの相関図.Fig. 3 Cross-plot of �D-�18O in Yoichigawa and Toyohiragawa river system.
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フ法(サーモフィッシャー製:DIONEX ICS-1100, 2100)を用いて分析を行った.また重炭酸イオン(HCO3
-),炭酸イオン(CO3
2―)については,指示薬にメチルオレンジとフェノールフタレインを用い,滴定溶液として0.1M-HClと0.1M-Na2CO3を用いた滴定法によって求めた.水素・酸素安定同位体比(�D・�18O)については,波長スキャンキャビティリングダウン分光法(PICCARO社製:L1102―i)を用いて分析を行った.
Ⅲ 結果および考察
現地測定の各項目と水素・酸素安定同位体比の結果を第1表に示す.pHは余市川水系,豊平川水系の本流はともに6.8~
7.7と中性域であったが,余市川水系である轟中の川の最上流部に位置する枝沢(No.5およびNo.40)は pH3.6
~4.7と酸性の沢水が存在することが明らかとなった.また電気伝導度について余市川水系は4.02~7.37mS/mであるのに対し,豊平川水系は上流部(No.67)や,胡桃沢川(No.69),湯の沢川(No.71),滝の沢川(No.79)などの枝沢との合流地点で23.4~37.4mS/mと高い値であった.
水素・酸素安定同位体比は,余市川水系の �Dは―80.3~―72.8‰,�18Oは―12.7~―9.8‰の範囲内であるのに対し,豊平川水系の �Dは―81.8~―76.2‰,�18Oは―13.4~―11.7‰とやや軽い値であった.しかし水素・酸素安定同位体比の相関図(第3図)上では,どちらの水系も天水の同位体比領域(一柳・田上,2016)にプロットされた.水系間の同位体比の違いがみられた要因として,採取年が異なることや,標高が約1500mの余市岳の東西で降水環境が異なることなどが起因したためと考えられる.各水系の本流と流量が多い枝沢の採水地点の主要溶
存イオン濃度を第2表に,主要溶存イオン比によるトリリニアダイアグラムを第3図に示す.余市川水系の主要溶存イオン濃度は,概ね豊平川水系のものよりも低い値を示すが,前述の酸性の沢水が流入する No.5
では SO42―が22.8mg/Lと他よりも高い値であった.今
回は酸性水の湧出箇所および成因を特定出来なかったが,さらなる現地調査と比較することで,それらを明らかにできる可能性がある.一方,豊平川水系の主要溶存イオン濃度はCa2+,SO4
2―
ともに,余市岳水系と比較し高い値であった.この原因として前述の胡桃沢川や湯の沢川などの枝沢には,
第4図 主要溶存イオン比のトリリニアダイアグラム.Fig. 4 Trilinear diagram of chemical compositions.
余市岳および阿女鱒岳周辺河川水の化学組成と水素・酸素安定同位体比(大森一人・鈴木隆広・林 圭一) 55
Ca-SO4型の自然湧出泉が存在することが知られており(NEDO, 1988),それらが寄与しているものと考えられる.
Ⅳ まとめ
余市岳および阿女鱒岳周辺の河川(80地点)について,現地水質調査ならびに水素・酸素安定同位体比分析,主要溶存イオン濃度分析を行った結果,以下のことが明らかとなった.
1)余市川水系には pH4程度の酸性の沢水が存在する.
2)豊平川水系のなかには電気伝導度および主要溶存イオン濃度がほかよりも高い値を示すものがあり,この原因としていくつかの枝沢に存在する自然湧出泉の寄与が考えられる.
3)水素・酸素安定同位体比はどちらの水系も天水領
域下にプロットされたが,豊平川水系は �D,�18Oともにやや軽い傾向を示した.
Ⅴ 謝辞
本研究を行うにあたり,豊羽鉱山株式会社,赤井川村役場,小樽市役所の方々には,現地調査などでご協力いただきました.記して感謝申し上げます.
引用文献
一柳錦平・田上雅浩(2016):日本全域における降水の安定同位
体比 ―2013年集中観測の結果より―,日本水門科学,
46.2.123―138
新エネルギー総合開発機構(1988):豊羽地域.地熱開発促進調
査報告書.12
新エネルギー・産業技術総合開発機構(1995):阿女鱒岳地域.
地熱開発促進調査報告書.36
56 北海道地質研究所報告,第89号,53‐58,2017
第1表 余市岳および阿女鱒岳周辺の河川水の現地測定結果および水素・酸素安定同位体比Table 1 Field measurement and �D and �18O results of river waters in Mt. Yoichi and Amemasu
余市岳および阿女鱒岳周辺河川水の化学組成と水素・酸素安定同位体比(大森一人・鈴木隆広・林 圭一) 57
第1表 続きTable 1 Continued.
第2表 余市岳および阿女鱒岳周辺の河川水の化学組成Table 2 Chemical compositions of river waters in Mt. Yoichi and Amemasu
58 北海道地質研究所報告,第89号,53‐58,2017
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