CiRA Newsletter Vol.2 (Japanese)

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CiRAサ イ ラ

Contents[特集]均一で、安全なiPS細胞作りに挑む・・・・・・・・・・・ 1中畑龍俊副所長インタビュー ・・ 4戸口田淳也副所長インタビュー・・・ 5

ランドスケープ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6CiRAで働く人々 ・・・・・・・・・・・・・・・ 6iPS細胞 何でもQ&A ・・・・・・・・・・ 7CiRAアップデート ・・・・・・・・・・・・・・ 8iPS細胞研究基金ご支援のお願い 8編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

Vol.22010年7月22日号

京都大学再生医科学研究所の実験室で、山中伸弥教授(現iPS細胞研究所長)の研究グループがマウスiPS細胞の作製に成功し、論文発表したのは2006年8月のことです。以来、世界中の多くの科学者がこの新しい多能性幹細胞の研究に取り組み始め、様々な体の細胞を使って様 な々方法によるiPS細胞の作製成功が報告されています。臨床応用に最も適した作製方法を見出すことが、標準化に向けた第一歩です。「研究者が一様に目指しているのは、誰もが再現可能な方法で安全なiPS細胞を効率的に作製する方法の確立です。」と、沖田圭介講師は言います。iPS細胞は4つの因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を皮膚などの体細胞

に導入することによって得られる人工の多能性幹細胞で、様々な細胞に分化する多能性と、ほぼ無限に増え続ける増殖性を併せ持つ細胞です。iPS細胞を、病気の原因解明、薬の効果や副作用、毒性の検査、薬剤探索、そして将来的には、細胞移植を用いた再生医療に利用することが期待されています。しかし、これらの可能性の実現までには、越えなければならないハードルがいくつもあります。iPS細胞技術の標準化はその一つです。世界中どこでも、同質のiPS細胞を使って研究や臨床応用が行われるようにするためには標準的なiPS細胞の基準を決める必要があります。そこに至る前段階として、沖田講師は最適なiPS細胞の作製方法を研究しています。

均一で、安全なiPS細胞作りに挑む

ニュースレター

京都大学 iPS細胞研究所Center for iPS Cell Research and Application [CiRA]

京都大学吉田キャンパスの一角(病院構内)に4月に設立されたiPS細胞研究所(CiRA=サイラ)。古都を南北に流れる鴨川や比叡山を望む研究棟では、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の医療応用に向けて様々な研究が行われています。今号では、CiRA初期化機構研究部門の3人の講師へのインタビューをもとにiPS細胞技術の標準化に向けた取り組みの一端を紹介します。

特集

一般の方対象CiRAシンポジウム2010(無料)「iPS細胞研究の最前線」開催のお知らせCiRAは一般の方々を対象とするシンポジウムを、下記のような概要で開催します。皆さまのご参加をお待ちしております。日  時 平成22年10月2日(土)午後2時-午後4時30分場  所 ベルサール新宿(東京都新宿区西新宿6-13-1) 新宿セントラルパークシティ内 住友不動産新宿セントラルパークビル1階プログラム 講演(山中伸弥教授、高橋淳准教授、長船健二准教授)および質疑応答参加申込方法 下記のウェブサイトのフォームか、ファックスまたは往復ハガキに必要

事項(氏名、住所、メールアドレス、電話番号、FAX番号)や講演者への質問をご記入の上お申込みください。

申込用サイト http://www.cira.kyoto-u.ac.jp住  所 〒606‐8507 京都市左京区聖護院川原町53 京都大学iPS細胞研究所 シンポジウム申込係あてFAX番号 (075)366-7024  電話番号 (075)366-7000※ご記入いただいた個人情報は、当シンポジウムに関する範囲外では使用しません。

様々な作製方法

「iPS細胞の作製方法は、初期化を誘導する因子を体細胞に導入する際に用いる、ベクター(運び屋)の種類や導入する物質によって分類できます。最初にiPS細胞を樹立した際には、レトロウイルスを使いましたが、今では他のウイルスやプラスミドを用いる方法や、タンパク質や化合物を用いる例が報告されています。」と沖田講師は説明します。レトロウイルスをベクターに利用した場合には、導入した遺伝子が体細胞の染色体に入り込むことがわかっています。染色体上には、人の体の設計

図となる遺伝子が含まれていますが、ウイルスが運んできた遺伝子の入り込み方によって、働かなければいけない遺伝子が機能を失ったり、機能してはいけない遺伝子が働き始めることがおこります。そのような遺伝子の異常が細胞のがん化の原因になると考えられるため、そういったことが起こりにくい因子の導入方法の開発が進んでいます。沖田講師も2008年にプラスミドと呼ばれる環状DNAを用いてマウスiPS細胞の作製に成功したことを報告しました。「レトロウイルスを用いない方法は、

がん化の危険性は下がりますが、同時に樹立効率が下がるのも課題だ」と沖田講師は指摘します。iPS細胞を薬剤探索や毒性試験な

どに使う場合には、安全性は大きな問題ではありませんが、細胞移植を伴う臨床応用の際には、細胞のがん化の原因を取り除くことは重要です。適切なベクターの選択の他にも、がん遺伝子として知られるc-Mycを使わない方法の確立、細胞培養に用いる培養液の安全性の確保など、安全なiPS細胞の作製方法の確立には、まだまだ解決すべき問題があるのです。

02 京都大学 iPS細胞研究所 2010年7月22日号

最先端研究開発支援プログラム「iPS細胞再生医療応用プロジェクト」内閣府が世界のトップを目指した先端的研究を推進するために、平成21年度に創設したプログラムで、30件の研究課題が採択されました。山中伸弥教授を中心研究者とする「iPS細胞再生医療応用プロジェクト」もその一つで、5年間で50億円が配分されます。このプロジェクトの達成目標は、iPS細胞に立脚した再生医療を実現するために、「iPS細胞技術の標準化」を行うことです。多種多様な作製方法によるヒトiPS細胞を評価し、世界標準となるiPS細胞技術の確立を目指しています。CiRAの研究者たちが研究を推進し、臨床応用水準の細胞制御技術を確立することが期待されています。内 閣 府 サ イト http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/index.html日本学術振興会サイト http://www.jsps.go.jp/j-first/index.html

プラスミドレトロウイルス 脂質二重膜

mRNARNA

DNA

DNA導入遺伝子が組み込まれたDNA

タンパク質

ウイルスを用いた作り方 プラスミドを用いた作り方

理想的なiPS細胞作製方法が確立されたとしても、できたiPS細胞の均一性や安全性を確認するためには細胞の評価技術も必要です。「同じ両親から生まれた兄弟でも、外見や性格に違いが見られるように、同じ体細胞から同じ方法で作製し、同じ条件で培養しても、個々のiPS細胞には個人差があります。」と高橋和利講師は説明します。例えば、Aさんから提供してもらった

皮膚細胞からiPS細胞を作ると、いくつかのiPS細胞の株(細胞の集合体)ができます。このiPS細胞の元となった皮膚細胞はAさんから提供されたものなので、細胞の遺伝的な性質は同じです。ところが、これらのiPS細胞の株ごとの性質を比べてみると、分化しにくかったり、特定の細胞に分化しやすいというような株間に性質の違いが見られることが分かってきています。「均一なiPS細胞ができるような培養条件を世界中の多くの研究者が模索しています。」と高橋講師は言いま

す。「患者さんから作られたiPS細胞と健常者のiPS細胞を比較した場合、その違いは病気のせいか、それともその人の個性なのかを区別する必要があるのですが、均一化できる培養条件があれば、病気以外に起因する個性は排除できるかもしれないのです。」均一なiPS細胞ができれば、研究

ツールとして非常に有効なものになることが期待できます。さらに、iPS細胞の安全性評価の第一歩として、「iPS細胞から体細胞に分化させたときに、未分化な細胞が残っていないかを確認する方法の確

立に取り組んでいる。」と高橋講師は言います。完全に分化しきれていない細胞を体内に移植すると、その残った未分化な細胞が腫瘍を作る原因になります。「いまは培養室で簡単に安全性が評価できる方法を開発しようとしていますが、これだけでは不十分で、サルなどを用いた動物試験も必要です。安全性の確認には、いくつものステップを踏む必要があります。これらの実験は、臨床応用を目指すには不可欠な研究です。地味な研究ですが、自分がやらなければと思って取り組んでいます。」

「iPS細胞の標準化」とは何を意味するのでしょうか?標準化を定義することは容易ではありませんが、簡単に言うと、一定基準を満たす性質を有した均一なiPS細胞を作るための条件と考えられます。この標準化のためには、前述の「様 な々作製方法」と「均一性と安全性」という課題が深くかかわってきます。標準化の条件は基礎研究や臨床研究といった用途によっても変わり、その確立が重要と中川誠人講師は説明します。「iPS細胞(技術)が標準化されることにより、世界中の研究者によって行われている研究結果に統一性が出てくることになります。また、結果的に研究スピードが上がることに

なるでしょう。」現在、日本では標準化に向けて、文部科学省、厚生労働省、経済産業省のiPS細胞研究プロジェクトを担当する代表的研究者が連携してiPS細胞作製技術の比較評価に取り組み始めています。いずれは標準化について

国際的な場で議論されるでしょうが、当面は、研究者が独自にこの技術を進展させていくことになると中川講師は言います。「CiRAがこういうiPS細胞を使うと良いとか、これが標準になるのではないか、と率先して発信していくことが重要だと思います。」

03京都大学 iPS細胞研究所2010年7月22日号

良いマウスiPS細胞(緑色に光る未分化な細胞が残っていない)

悪いマウスiPS細胞(緑色に光る部分が未分化な細胞)

(写真提供 : 京大 大貫茉里さん)

培養室で細胞を観察する中川講師

均一性と安全性

iPS細胞の標準化とは?

中畑教授の研究グループは、どのようなことを研究しているのですか? 私たちのグループは、疾患特異的iPS細胞(患者さんから採取した細胞からiPS細胞)を樹立しています。それらをさらに患部の細胞に分化させ、疾患モデル(病気の状態を再現した細胞)を作ることが、一番大きな使命です。そして、これを用いて病気の原因を明らかにしたり、薬の開発に利用することを目標にしています。いかにiPS細胞を使って病気の状態を再現するか、今は、その辺に苦慮しながら進めています。

具体的には、どのような病気のiPS細胞を樹立しつつあるのですか? 最初に着手したのは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーです。骨格筋が壊れてしまうことが原因として知られる筋ジストロフィーのなかでも一番多いタイプで、10歳くらいから歩けなくなり、20歳くらいになると呼吸器をつけて生活することになるという病気です。この病気を何とかしたいと思い、2年前に、この病気の患者さんからiPS細胞を作りました。今は、そのiPS細胞を骨格筋に分化させて、この骨格筋が壊れるのを防ぐ新しい薬を見つけようと研究を進めています。 2番目は、CINCA症候群(慢性乳児神経皮膚関節炎症候群)の患者さんからiPS細胞を作りました。この疾患は稀な自己炎症性疾患で、CIAS1という遺伝子異常でおこる病気です。患者さんの正常な線維芽細胞と異常な線維芽細胞からiPS細胞を作りました(注1)。このiPS細胞を白血球の一種であるマクロファージに分化させて、病気が再現できるか研究しています。 3番目はコストマン症候群(重症先天性好中球減少症)で、好中球が生まれつきほとんどないという病気です。好中球が作られる経路の途中で細胞の分化が止まってしまいます。HAX1という遺伝子異常が原因ということが分かってきていますが、この遺伝子の異常がどのように病気を引き起こすのかはわかっていないので、今回作られたiPS細胞から好中球を作り、どこで障害が起こるか詳しく調べたいと思っています。 その他にも疾患特異的iPS細胞を用いた研究の計画があります。十数種類の疾患の患者さんから、線維芽細胞をいただく予定で、今年度は、いろいろな種類のiPS細胞が樹立できると思います。

細胞移植に向けた研究としては、どのようなことを行って

いるのですか? まだ遠い将来ですが、iPS細胞を細胞移植に応用することを考えています。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、ジストロフィンというたんぱく質が作れないので、筋肉が作りにくくなっています。MDXマウス(注2)にiPS細胞から分化させた骨格筋細胞を移植すると、ジストロフィンが作られて、筋肉が作られます。再生の道筋は分かっているのですが、正常のヒトiPS細胞を(マウスに)移植しても、種が違うので拒絶されてしまいます。そこで、NOGマウス(注3)というヒトの細胞を

受け入れやすいマウスを使って、正常なヒトiPS細胞由来の骨格筋をNOGマウスに移植する実験も(京大医学部附属病院の)小児科と一緒に行っています。 また、ファンコニ貧血の患者さんからもiPS細胞を作る予定です。ファンコニ貧血は、血液をうまく作れない病気です。患者さんの細胞からiPS細胞を作り、遺伝子変異を修復した後、血液細胞を作り移植することを将来の展望として考えています。

iPS細胞を用いた薬の探索や治療法開発に、どれくらいの期間がかかるのでしょうか? CiRAでは、京都リサーチパークのラボで、創薬スクリーニングシステムを構築していて、スクリーニング用のロボットがあります。CINCA症候群の正常細胞由来iPS細胞、異常細胞由来iPS細胞から分化したマクロファージに化合物を作用させて、異常細胞由来のマクロファージを抑える薬を探すという研究が間もなく始まります。着 と々疾患特異的iPS細胞を用いて、再生医療や、病態再現モデル、新しい薬の探索、治療法の開発などに向かって進んでいます。

副所長としての抱負を教えてください。 研究者はオリジナルな仕事をすることが大事です。世界をリードするような研究を進めてもらわないといけません。CiRAの主任研究者は若い人が多いので、彼らをこれから育てるのが大事で、若い人が活躍できる場を作り出したいと思っています。

注1:CINCA症候群の患者さんには、正常遺伝子をもつ細胞と異常遺伝子をもつ細胞がモザイクに見られるケースがあります。

注2:MDXマウスとは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの病態モデルマウスで、ジストロフィンというたんぱく質の遺伝子が欠損している。

注3:NOGマウスとは、重度複合免疫不全マウスの1系統で、マウス体内で多様なヒト細胞が分化・増殖できる。

04 京都大学 iPS細胞研究所 2010年7月22日号

中畑教授は、CiRA臨床応用研究部門の部門長として、患者さんの体の細胞から作られたiPS細胞を用いた研究を牽引しています。現在どのような病気の研究に、どのように取り組んでいるかを伺いました。

中畑龍俊副所長インタビュー

患者さんのiPS細胞を用いた研究から医療応用へ

05京都大学 iPS細胞研究所2010年7月22日号

CiRAでの戸口田教授の役割は何ですか? CiRAのゴールの一つはiPS細胞を用いた再生医療ですが、そのための道筋をつけることが私の役割だと思っています。私自身が現在行っている細胞を用いた再生医療の研究は、すでに臨床応用研究の段階に進んでいますが(注1)、これは、体性幹細胞を用いて行っているもので、iPS細胞を用いたものではありません。しかし、今取り組んでいる臨床研究で蓄積されたノウハウを生かして、iPS細胞から分化細胞ができたときに、すぐに臨床研究に進めるように基盤を形成するのが、副所長としての役割だと考えています。

CiRAでは、どのような研究プロジェクトを計画されているのですか? iPS細胞をヒトに応用するためには、前臨床試験として動物を用いた実験を行うことが必要であり、多くはマウスが使用されています。しかし、マウスの実験から得られたデータのみでは、ヒトへの応用の安全性などを確認することは難しいですし、だからと言って全ての実験でサルを使うわけにはいきません。そこで中型の動物であるイヌやウサギのiPS細胞を樹立して、CiRA内外の研究者に配布して、前臨床試験に使えるようにすることが、現在取り組んでいるプロジェクトの一つです。iPS細胞を移植してがんができないかどうかを確認するには、2年間の寿命しかないマウスで行うには限界があるので、安全性の検証という点からもこれらの動物を用いて実験をすることは意味があると思います。また、イヌにも筋ジストロフィーや血友病がありますので、そのような病気への治療法の開発という意味もあります。 もう一つのプロジェクトは、病気の原因を解明し、薬の開発に繋げることです。疾患特異的iPS細胞を樹立する研究は、中畑先生の臨床応用研究部門が中心になって進めていますが、骨や軟骨の病気で、難治性の病気の薬を開発するためにiPS細胞を用いて行いたいと思います。骨の病気だとFOP(進行性骨化性線維異形成症)という、刺激を与えられると筋肉が骨に変化する病気があります。骨ができないようにする薬を探すプロジェクトを計画しています。 また、中畑先生のグループと共同でCINCA症候群の研究も進めています。この病気は、骨端線と呼ばれる部位の軟骨細胞が増えすぎて骨が肥大化するものです。病気の原因である分子はわかっているのですが、なぜ軟骨細胞が増えるのかはまだわかっておらず、軟骨細胞の増加を抑制

する薬を探すことを計画しています。 3つ目のプロジェクトとして、iPS細胞を用いてがんの研究を行いたいと思います。がんと言っても、肉腫という骨や筋肉にできるがんを研究しています。非常にまれな病気で、子供に発症することが多いです。そういう骨や筋肉にどのようにがんができるか、どういう治療をすればいいのか、iPS細胞を使った研究で、がん幹細胞(注2)と接点になるような何か糸口が発見できないかと思っています。

CiRAと再生研との連携について、どのようにお考えですか? 再生研は、発生などの基礎医学において優れた研究が行われており、iPS細胞から特定の細胞を誘導する技術を開発する基盤となる研究を行っている専門家がいます。また細胞を使って病気を治すには、細胞を移植した後で、うまく組織をつくることが必要ですが、そのために細胞が生きやすい環境を作る人工材料などを一緒に混合して移植したりする医工学という領域の研究が行われていま

す。移植された細胞がうまく機能するには生体の組織システムとのやりとりが重要であり、特に他人からの細胞移植が将来的には考えられますが、そのためには免疫反応とか、細胞移植を受ける身体の反応も大事で、そういうことを研究している人もいます。このような意味で、iPS細胞研究を基礎から応用までサポートできる体制が再生研にはあると思います。有機的に連携することで、再生医療の応用は間違いなく加速できると思うので、連携のプラットフォームを作っていくべきだと考えています。

副所長としての抱負を教えてください。 個人的な意見として、将来、iPS細胞の研究は大きな一つの学問として、広く展開する可能性があると思います。現在はiPS細胞に特化した研究を展開するのが使命ですが、将来的には、幅広い研究領域を含んだ研究が展開できる研究所になればいいと思っています。

注1:戸口田教授の研究グループは、2007年に厚生労働省の承認を得て、骨や軟骨などに分化できる間葉系幹細胞を患者さん自身から採取し、増殖させ、人工骨と一緒に、壊死した骨に移植する臨床研究を行っています。このような細胞を用いた再生医療により、新たな骨が再生され、病気を治すことが期待されています。

注2:がん幹細胞とは幹細胞の性質をもったがん細胞のことです。近年、ごく少数のがん幹細胞が、がんの発生・進行に重要な役割を果たしているという仮説が提唱されています。

学内連携を活用して研究の加速化を図る戸口田教授は、CiRA増殖分化機構研究部門長を務めると同時に、京都大学再生医科学研究所(以下、再生研)の教授として活躍しています。iPS細胞研究や再生研との連携について伺いました。

戸口田淳也副所長インタビュー

北岡さんの一日は長い。平日は早朝から夜遅くまで、仮説を証明するための実験プランを組み、その実験を行い、データを解析し、 井上准教授や仲間とディスカッションを交わしています。週末にも、細胞の世話に余念がありません。北岡さんのような研究員(注1)

は、このような忙しい日 を々送り、研究結果を論文にまとめて発表するのが仕事です。『不思議だな、何故こうなるのだろう?』と思うことを追求するのが好きで研究者の道を選んだと北岡さんは言います。現在の彼女の研究テーマは、所属する井上グループのテーマでもある筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症メカニ

ズムの解明や治療薬の開発をすることです。「研究はトライ&エラーの繰り返しで、うまく行くケースは1%程度。思うように実験が進まずフラストレーションを抱えることもあります。特に、iPS細胞を使った神経変性疾患の分野は競争が激しく、別のグループから論文が先に出るのではないかと不安になるときもあります。」それでも、知的好奇心を満足させることを仕事にしていることに対し、恵まれているとも感じていて、それゆえに社会貢献につながるような研究をする必要があると思っていると北岡さんは話します。「失敗の回数が多いほど、うまく行った時の喜びもひとしお。」成功した瞬間

の喜びがハードな研究の仕事を続ける原動力になっているようです。

注1:研究員とは、一般的に博士号取得後、研究職についている人です。

?山中伸弥京都大学教授が2007年にヒトiPS細胞を樹立して以来、iPS細胞技術に関する様々な特許が世界各国の研究機関や企業から出されており、その数はどんどん増え続けています。CiRAで生み出された様々な発明についても特許出願を行い、世界各国の特許庁において審査を受けている状況です。iPS細胞技術に関連する特許

の第一号は、4つの因子(Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc)によるiPS細胞作製法に関する京大(山中教授)の日本特許で、2008年9月に認められました。また、2009年11月にはc-Mycを除く3つの因子によ

るiPS細胞作製法および分化誘導法についての京大の2件の特許が、それぞれ日本で認められています。海外では、iPierianという米国企業による特許が、2010年2月に英国で認められています。特許を取得した人(特許権者)

は、自分の采配で、その特許を誰に、どのように使わせるかを決めることができます。例えば①自分だけが独占して使い誰にも使わせない、②特定の人や企業にのみ独占的に使ってもらう、あるいは③不特定の人や企業に非独占で広く使ってもらうなど、特許権者の意志で自由に選択することができます。

京都大学ではiPS細胞関連特許を研究機関や企業が広く使えるように③を方針としています。京大が特許を取得することで、国内外の営利団体による独占を防ぎ、iPS細胞技術の研究開発を安心して行い、これにより研究開発が加速され、この技術を一日でも早く医療に役立てることができるものと期待しています。

06 京都大学 iPS細胞研究所 2010年7月22日号

iPS細胞関連特許の概況

ランドスケープ

成功の瞬間を求めるハードワークな研究員

CiRAで働く人々

CiRAで働く人々の仕事を紹介するこのコラムの第2回目は、研究員の仕事を紹介します。井上治久准教授グループの研究員・北岡志保さんにお話を伺いました。

第一号の特許証

北岡志保さん

?

07京都大学 iPS細胞研究所2010年7月22日号

iPS細胞 何でもQ&AiPS細胞について、いろいろな疑問に回答するコーナーです。みなさまからのご質問をお待ちしています。連絡先はP.8の「発行」をご覧ください。

いつ頃iPS細胞技術の医療応用が実現するのですか?

iPS細胞の医療への応用は大きく分けて2つ考えられます。1つは創薬で、2つめは再生医療です。創薬への利用では、iPS細胞を用いて病気がおこる仕組みを調べ、その病気を防ぐような新しい薬の成分を探したり、新

しく開発された薬の毒性試験に利用されることが考えられています。細胞移植治療による再生医療の実現までには、安全なiPS細胞の樹立方法や、作製されたiPS細胞株の評価や選抜、そして目的の細胞に確実に分化させる方法など、様々な段階での研究が必要です。このような再生医療には多くの期待が寄せられていますが、安全に実施できるまでには、まだまだ多くのハードルを越えることが必要です。CiRAでは、iPS細胞を用いた研究の成果が一日も早く病気の治療に結びつくように、研究者やスタッフが努力していま

す。しかしながら、まだいつ頃までに医療応用が実現するかという質問にお答えするのは困難な状況です。

iPS細胞を用いた治療は、どこで受けられるのですか?

現在までに、iPS細胞を利用した人間の病気やケガの治療は、世界中で一例も実施されていません。これまで、基礎研究の一環として、疾病を再現したモデル動物を用いた治療実験などで効果が示された例がありますが、ここから人間の治療に結びつけるには、上記の回答で示した通り、様々な段階の研究が必要です。また、ごく少数の人 を々対象とした臨床研究が可能になるためには、日本では治療法の安全性の確認・審査基準となる臨床研究指針を国が策定する必要がありますが、現在、厚生労働省の審議会で議論されている最中です。人間を対象とした治療に結びつくにはまだまだ時間が必要と言えます。

ヒトES細胞等から生殖細胞を作製する指針とは何ですか?

マウスなどを用いた動物実験では、ES(胚性幹)細胞やiPS細胞が生殖細胞にも分化し、ES細胞やiPS細胞に由来する子孫を残すことができることが示されています。そのようなことから、ヒトES細胞やヒトiPS細胞からも理論上では生殖細胞が作製できると考えられます。日本では、倫理的な観点から、生殖細胞の作製に繋がる研究については、2001年に策定された文部科学省の研究指針において禁止されていました。しかしながら、実験動物を用いた基礎研究の進展状況や生殖細胞の分化過程の研究の進展による不妊症研究等への有用性などが検討された結果、従来の指針の改正(注1)や新たな指針策定(注2)が行われ、2010年5月に施行されました。これにより、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞、ヒト組織幹細胞(体性幹細胞)から生殖細胞を作製する研究が一定の要件下で認められることになりました。具体的な実施要件としては、研究に用いる細胞の提供者が生殖細胞研究への利用を認めていることや、作製された生殖細胞から受精卵を作らないことなどが求められており、一定のルール下で実施することになっています。

注1:文部科学省「ヒトES細胞の使用に関する指針」(全部改正)、「ヒトES細胞の樹立及び分配に関する指針」(一部改正)注2:文部科学省「ヒトiPS細胞又はヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針」(新たに策定)

CiRA研究棟のオープンラボで実験する研究スタッフ

 iPS細胞研究には、国から多大なご支援をいただいており、教職員一同心より感謝申し上げます。日本発の画期的な技術であるiPS細胞に関する研究を推進し、一日も早い医療応用を実現するためには、優秀な人材の確保と共に、研究所の安定的な運営が必要です。みなさまのご支援をお願い申し上げます。ご寄附のお申し込みは、下記にご連絡をいただくか、ホームページをご覧ください。

iPS細胞研究基金事務局 TEL.(075)366-7000  FAX.(075)366-7023 〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町53京都大学ホームページ http://www.kikin.kyoto-u.ac.jp/forwhat.htmlCiRAホームページ http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/about/fund.html

編 集 後 記

 5月8日に開所式を終え、ほっと一息ついたのもつかの間、CiRAでは一般の方対象のシンポジウムの準備が始まりました。初めての東京開催になります。今回は、普段研究棟ギャラリーに設置している展示パネルを持ち込んだりする予定です。大勢のみなさまのご参加をお待ち申し上げます。

iPS細胞研究基金へのご支援のお願い

発 行

2010年7月22日発行 第2号発行・編集 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)  〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町53 TEL:(075)366-7005 FAX:(075)366-7024 Eメール:cira-pr@cira.kyoto-u.ac.jp http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/

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2010/6/28-302010年度第1回iPS細胞樹立・維持培養実技トレーニングをCiRA研究棟で開催しました。

2010/6/18山中伸弥教授が、財団法人稲盛財団による京都賞先端技術部門の受賞者に選出されました。

2010/5/29 京都大学大学院医学研究科に進学を希望する学生らを対象に、CiRA説明会・見学会を開催しました。

2010/4/19山下潤准教授(京大再生医科学研究所兼務)の研究グループの 山水康平研究員らは、血管の分化

過程において、どのように動脈と静脈の特徴を獲得するのかを明らかにしました。本論文は米国科学誌「The Journal of Cell Biology」に掲載されました。

2010/4/16クヌート・ウォルツェン前オンタリオヒトiPS細胞研究所マネージャーが、初期化機構研究部門の助教に就任しました。カナダから来日し、主任研究者として新しいiPS細胞の樹立方法の開発を目指しています。

2010/4/15高橋和利講師が東京テクノ・フォーラム21の先端科学技術研究に取り組む若手科学者に贈られるゴールド・メダル賞を受賞しました。

CiRAアップデ-ト

2010/5/8 CiRAの竣工式・開所式が開催されました。川端達夫文部科学大臣をはじめとする省庁関係者、研究者、患者団体代表、寄附者の方々、学内関係者、メディアなど約350人が参加しました。開所記念式典では、山中所長は、10年間の達成目標として、基盤技術の確立および知財確保、再生医療用iPS細胞バンクの構築、前臨床試験から臨床試験、難病や希少疾患の患者さん由来iPS細胞による治療薬開発を挙げています。

CiRA正面玄関で招待者と学内関係者によるテープカットの模様

ギャラリーで説明を聞く招待者

ウォルツェン助教