物質基本粒子の質量 - Koide Phys · 2008-02-11 ·...

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MASS & MIXING

物質基本粒子の質量— クォークとレプトン —

大阪大学 小出義夫

1 クォークとレプトン

物質は分子の集合体として理解されています.その分子は原子から構成されています.さらに

その原子は原子核とそのまわりを回っている電子とから構成されています(図1).原子核は,

陽子と中性子とから構成されます.かっては,陽

子・中性子・電子などを,物質を構成する究極の

単位と考え,「素粒子」と呼びました.

 ところが 50年代後半に入ると,素粒子の新し

い仲間が次々と発見されて数が増えてきました.

そして,強い力で相互作用を行う素粒子,陽子・

中性子・パイ中間子・ケイ中間子などは,「クォー

図1 原子と原子核

ク」と呼ばれる3つの基本粒子 (u, d, s)の組み合わせで作られているということが分かってきまし

た(1964年,ゲルマンとツヴァイクによる).さらに,1974年には,第 4番目のクォーク cの存

在が明らかとなり,その後,クォークの仲間はどんどん増えました.現在では,クォークは 6種類

存在することが知られています(表1).

クォークはいつも強い力で互いに結合する性質を持っているのに対して,一方,強い力で結合

することのない素粒子レプトンと呼ばれる粒子(電子やニュートリノ)にも更なる仲間が存在す

ることが知られ,現在では,表 1 に示されるように,6種の仲間(これらをまとめて「レプトン」

と呼ぶ)が知られています.現在では,これら「クォーク」と「レプトン」が物質の究極的基本粒

子であると考えられています.

表 1 クォークとレプトン:知られているその仲間

荷電 Q の値は,陽子の荷電を +1と定義したときの値.また,粒子名の記号の後の( )内の数値

は,MeV単位での質量値を表す.

荷電 Q 第1世代 第2世代 第3世代

クォーク +23 u (2.33) c (677) t (181000)

−13 d (4.69) s (93) b (3000)

レプトン 0 νe ( ?) νµ ( ?) ντ ( ?)

−1 e− (0.511) µ− (105.7) τ− (1777)

図 2は,これら基本粒子の質量をMeVを単位1 としてグラフにプロットしたものです.横軸は

「世代数」(「家族数」とも呼ばれる)であり,世代数 nが増加するにつれ質量も加速度的に増加し1「電子ボルト eV」とは,微視的世界で用いられるエネルギーの単位であり,ここに用いられた 1 MeVとは 1 eV

の 100万倍,すなわち,1 MeV= 106 eV の関係があります.

1

ています.今のところ,n = 3までのクォークとレプトンしかその存在は知られていませんが,ま

だまだクォークとレプトンは増え続けるのでしょうか? そもそも「世代」の起源は何なのでしょ

うか? 

ニュートリノの質量については,このグラフには描かれていません.このグラフにプロットし

た一番軽い粒子「電子 e−」の質量は,0.51 MeV であるのに対して,一番重いと推定されている

ニュートリノでも 0.05 eV 以下(すなわち電子の質量の 1億分の1以下)と推定されています2.

なぜ,ニュートリノだけが,他の基本粒子に比べてこんなに小さな質量値を持つのでしょうか?

 ところで,表 1 で,クォークでは (u, d),

(c, s), (t, b) と,また,レプトンでは

(νe, e−), (νµ, µ−), (ντ , τ

−) と,2つの基

本粒子をペアで並べて書きましたが,これ

は,「弱電相互作用」と呼ばれる反応で,必

ずこれらが対になって関与するからです.

ところが,反応の性質からは同じ仲間と分

類されているにもかかわらず,質量につい

ては,図 2に見るように,大きくその値の

差が開いています.(特に,世代数が大きく

なるにつれて!)これはどうしてでしょう

か? この原因探求も重要な研究課題と

なっています.

1 2 3

100

102

104

Families (Generations)

Mas

s [M

eV]

e

ud

c

t

τb

s

µ

図 2 基本粒子の質量(MeVを単位として)

2 ニュートリノ振動の謎

電気的に中性のニュートリノはどうやってそれを「見る」のでしょうか? 電気的に中性の粒子は,

観測装置にその飛跡を残しません.実は,荷電レプトン (e−, µ−, τ−)が関与した反応から,ニュート

リノの名称 (νe, νµ, ντ ) を決めているのです.例えば,パイ中間子 π+の崩壊 π+ → µ+ +νx から創

られたニュートリノビーム(それを νxとしましょう)を中性子 nに衝突させると,νx+n → µ−+p

(p は陽子)なる反応によりミュー µができます(ミューは荷電粒子なので,検出器にその飛跡が

写る)が,一方,νx + n → e− + pの反応は起きません.従って,この νx は 荷電レプトン µ の相

棒 νµ であると命名されます.(もし,電子 e−が観測されれば,νxは νeであると命名されます.)

これはニュートリノビームの走る距離が短い場合ですが,長距離を走るときにはいささか奇妙

なことが起きます.例えば,太陽では核融合反応が起こっていて,放出されるニュートリノは νe

であることが理論的にはっきり分かっています.ところが,このニュートリノが地球に到達して

2現在でもニュートリノの質量は,どのニュートリノが一番重いのかすら分かっていません.現在のところ,大気

ニュートリノの観測データおよび K2K実験(図 4参照)から |∆m232| = |m2

3 − m22| ≅ 2.7 × 10−3 eV2,また,太陽

ニュートリノおよび原子炉ニュートリノ実験から ∆m221 = m2

2 − m21 ≅ 8.0 × 10−5 eV2, という質量の 2乗差の値が分

かっているだけで,各mi (i = 1, 2, 3) の具体的な値はまだ測定されていません.

2

物質と反応するときには,到達したニュートリノの数に比べて,発生する電子の数が少ないこと

が知られています.最初 νe だったものが,走っている内に,νµ に化けてしまったからと考えら

れています.この現象は「ニュートリノ振動」と呼ばれ,νe → νµ だけでなく,νµ → ντ などの

現象が実験的に確認されています.この実験には,日本の神岡にある観測施設「スーパーカミオ

カンデ」(図 3)が大きな研究成果を上げて世界をリードし続けています.

図 3  ニュートリノ実験で活躍するスーパー

カミオカンデ(概念図)

飛来するニュートリノを,直径 39m 高さ 41m の巨

大な水タンクの中で捕らえます.この装置は岐阜県

神岡町の鉱山採掘跡の地下 1000mのところにありま

す.( http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp より転載)

図 4 ニュートリノ振動を探る「K2K」実験

KEK(筑波,図6)から発射されたニュートリノビー

ム νµ を神岡で捕らえて,νµ が消えた確率を測定

します.筑波から神岡へと言っても,むろん地球は

平面ではないので,図のように,ニュートリノは地

下深くを貫いて神岡に到達することになります. 

(http://www.kek.jp/ja/activity /jpns/k2k.html より

転載)

図5 ニュートリノ振動: νµ → ντ

ニュートリノは,生成時および検出時には νµ または ντ

のどちらかの顔を見せる.自由運動中は ν2 と ν3 の混合

状態にあり,その比率を刻々と変化させながら運動する.

すでに述べたように,(νe, νµ, ντ )という名称は,ニュートリノを「弱い相互作用」と呼ばれる

反応を利用して生成したり,検出したりするときの「状態」の名称です.一方,ニュートリノが

自由に空間を運動しているときには,ニュートリノはそれぞれm1, m2, m3という定まった質量

を持った「状態」として運動します(それを (ν1, ν2, ν3) と呼ぶことにしましょう).つまり,3種

のニュートリノは,(νe, νµ, ντ )という顔と (ν1, ν2, ν3) という顔との2つの顔を持っているのです.

そして,その 2つの世界にズレが起こったとき(すなわち,ν1 = νe, ν2 = νµ, ν3 = ντ ではないと

き)に,「ニュートリノ振動」という現象が起こります.νa (a = e, µ, τ)の状態に νi (i = 1, 2, 3) が

3

どれだけ混合しているかその割合を Uaiと書き,それを

U =

Ue1 Ue2 Ue3

Uµ1 Uµ2 Uµ3

Uτ1 Uτ2 Uτ3

(1)

と並べて書いたものを,牧・中川・坂田の「混合行列」(1962年)と呼びます.(混合のない場合は,

Ue1 = Uµ2 = Uτ3 = 1 となり,残りのUaiはゼロでとなります.その場合はニュートリノ振動は起

きません.)最近のニュートリノ振動の観測データ3 は,この混合行列 U の形として

U =

2√6

1√3

0

− 1√6

1√3

− 1√2

− 1√6

1√3

1√2

(2)

を示しています.ニュートリノの混合がこのようなきれいな数式の形になることについて,さま

ざまな仮説が提案されていますが,数学で言う「離散対称性」なるものから理解しようという試

みが有力になりつつあります.

3 世代混合の謎

実は,クォークでも同様な混合現象が観測されています.(ただし,クォークでは,ニュートリ

ノ振動のような現象は起きません.その混合の係数は別の現象の観測から得られます.)その混合

行列 V は小林・益川行列(1973年)と呼ばれています.この行列 V の各成分の大きさは

|V | =

0.974 0.227 0.004

0.227 0.973 0.042

0.008 0.042 0.999

(3)

であることが実験から知られています4.クォークでの混合行列の形は,ニュートリノのときと違っ

て,簡単な数値の関係では表せそうにもありません.ほかにも,クォークとレプトンとで混合パ

ターンの大きな違いがいくつも見られます.このような違いがどこから来るのか,おおいに興味

ある課題となっています.

3ニュートリノ振動の観測から,混合の大きさだけでなく,先の脚注2で紹介した「質量の 2乗の差」の値も得るこ

とができます.ニュートリノの質量はあまりに小さいので,現在のところ,この方法が唯一のニュートリノ質量を測定

する手段となっています.4一般には,この行列要素の値は,実数である必要はなく,複素数であっても構いません.実験からもそのことが確

認されています.この虚数部分の値は,CP の破れ(粒子・反粒子反転と空間反転の非対称性)に関係しているので,

これもまた,実験的にも理論的にも,重要な研究課題となっています.V の測定には,筑波で行われている BELLE実

験(図6)が大活躍をしています.

4

図 6 KEK(高エネルギー加速器研究機構)

ここで,小林・益川行列の測定に活躍する BELLE実験

が行われています. 写真に見えるリング状の施設の下に

地下トンネルがあり,そこに設置されたパイプの中を,

電子とその反粒子(陽電子)が互いに逆方向から走って

きて衝突反応を起こします.このリングの全長は 3 km

あります.(http://www.kek.jp/ja/about/ index.html

より転載)

4 質量スペクトルの謎

観測されている荷電レプトンの質量値me = 0.5109982 ± 0.0000004 MeV, mµ = 105.658369 ±0.000009 MeV, mτ = 1776.99+0.29

−0.26 MeV, は,

me + mµ + mτ =23

(√me +

√mµ +

√mτ

)2 (4)

という式(1982年)を驚くべき精度で満たすことが知られています.実際,me, mµの観測値を

代入して mτ を (4)式から計算すると,mτ = 1776.97 MeVという値が得られます.この予言値は

mτ の観測値に 5桁の精度で一致します!しかし,この公式の理論的導出にはまだ課題があり,25

年経った現在でもこの公式の理論的根拠は謎となっています.

クォークの質量については,現在まだ実験誤差が大きいものの,それでもその数値はかなりの

精度で分かってきています.そこには規則性らしきものがいくつか提案されています.例えば,荷

電Q = 2/3を持ったクォーク間では,mu/mc = mc/mtが比較的よい精度で成立しています.し

かし,それは意味のある関係式なのか,それとも単なる偶然の関係にしかすぎないのか,どちら

とも断定でません.このことは,先に紹介した (4)式の関係についても言えます.(ただ,(4)式は,

あまりに精度よく成立するので,何か偶然を超えた意味のあるものではないかと考える人が多い.)

他にも,クォーク混合の値とクォーク質量の関係としていくつかの経験則や理論が知られていま

すが(各々を紹介すると切りがないのでここでは略す),今のところ,個別の部分についての規則

性で,それらが統一理論の中で,本当に意味を持つのかどうかはまだ分かっていません.

歴史的に見ても,質量の規則性を探ることは物質構造の統一的解明に大きな手がかりを与えて

くれて来ました.しかし,クォークとレプトンにおける問題の難しさは,「質量」の問題だけでな

く,「混合」の問題も同時に探って行かねばならないということにあります.例えば,質量につい

てのある法則性を唱えたとしても,混合が起こると,その影響で,せっかく唱えた質量について

の法則性は変化してしまいます.質量と混合の両方を統合する形で,法則が見つけ出されねばな

りません.しかも,クォークとレプトンの両方に関して普遍的に成立する法則でなければなりま

せん.3世代のクォーク・レプトンの存在が知られてもう 30年(最後のトップクォークが発見さ

れてからでも 12年)経ちました.さすがに,少しずつ謎が解けつつあるようです.今後の更なる

5

実験的・理論的発展に期待したいものです.

著者紹介  こいで よしお

大阪大学招聘教授として,大学院理学研究科素粒子理

論グループに加わり,クォークとレプトンの統一理論

の研究に従事.詳しくはホームページ http://koide-

phys.com/ を.あるいは,Webで「Koide formula」と

検索してみてください.

「うちゅう」2007年 9月 Vol.24, No.6, pp.4–9 (発行:大阪市立科学館友の会)

(実際の印刷物ではレイアウトがこれとは異なります.また,語句に一部修正があります.)

6

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