#32 Repeat

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shishi編集メンバーによるニューヨーク滞在記

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shishiNo.32

Repeatby Keisuke Tsubono

1

 繰り返し、ということについてたびたび考える。反復。

再現。やり直し。2度目に訪れたニューヨークで、3週間

の滞在のあいだ、何度もそのテーマに行きあたった。マン

ハッタンという街は、完全に幾何学的なグリッドによって

2028 のブロックに区切られている。ブロックには直方体の

ビルが垂直に立ち、ビルの表面には無数の四角い窓があり、

ビルとビルのあいだにはまったく隙間がない。だから、街

全体が巨大な直線と四角に埋め尽くされている。幾何学的

であるということはパターンがあるということであり、パ

ターンがあるということは反復があるということだ。何度

も何度も、水平に、垂直に、四角を増殖させていく。あま

りに整然と並んだ格子のなかを歩いていると、ふと、その

直線がぐにゃりと歪んだり崩れ去ったりする様子を想像し

てしまう。そして実際にそういう崩壊があったときのイン

パクトを、思い出しもする。ワールド・トレード・センター

の跡地には、また新たな建物がつくられていく。直線が伸

びていく。反復。再現。やり直し。

 ブルックリン美術館からほど近いアパートで暮らす日本

人&インド人夫婦の息子の、5歳の誕生日パーティーに誘っ

てもらった。男の子の友達の家族や、アパートの住人たち

が自由に出入りする。子供たちはおもちゃで遊び、大人た

ちはベランダで焼かれたソーセージやバケツで冷やされた

ビールを片手に談笑する。泣き声や笑い声があちこちで響

く。部屋の天井には色とりどりの風船がいくつも浮かんで

いる。と、金髪の男の子が青い風船を手に取っ手ベランダ

に出てくる。風船を風になびかせて喜んでいるうちに、うっ

かり握りしめていた紐を手放してしまい、風船は青空の彼

方へと消えていく。泣き出してしまう男の子。母親がその

子の頭を撫でて、「部屋のなかに同じのがあるわよ」と言っ

てなぐさめると、男の子はむくれた顔のまま、「同じのはな

いんだ」と答える。同じことはない。似ていても違う。2

年前に来たニューヨークと、今いるニューヨークも、似て

いるようで少しずつ違う。タイムズ・スクエアのビジョン

広告の内容やブロードウェイ公演のプログラム。明らかに

上昇した物価。ユニオン・スクエアで連日のように繰り返

される、オキュパイ・ウォール・ストリートのデモ。T シャ

ツにジーンズを履いた長髪の男性がプラカードを掲げて、

公園の階段に座る若者たちに聞いて回っていた。「なんでオ

バマは変わっちまったんだと思うかい」。街も時間も、繰り

返しながら変化する。5歳の誕生日と6歳の誕生日が、少

年にとって、きっと全然違うものになるように。

3

 書店の無料イベントに連日足を運んだ。だいたい毎晩、

マンハッタンやブルックリンのどこかの本屋で、作家たち

の朗読や対談なんかが行われている。特にインディペンデ

ント系の書店では、作家と客の距離が近い。即席のイベン

トスペースに用意されたクッキーをつまみながら、作者が

読者と親密に話したりしている。こういう文化はとても良

いなあと思う。本離れや大型書店の過度の商業主義はアメ

リカでも深刻だけど、ニューヨークの地下鉄で分厚いペー

パーバックを抱えて読んでいる人の数は、東京の電車より

も多いような気がする。ブック・コートという雰囲気の良

い書店でミーガン・バーグマンという作家の朗読があった

後、イベントを熱心に聴いていた作家志望の青年と、小説

やエッセイを書くことについて話し合った。デイビッドと

名乗った青年は、「構造がとにかく大事なんだ」と言った。「た

とえばモチーフの反復。はじめのセンテンスを最後にもう

一度繰り返すとかね。君も文学を勉強してるんなら、ニュー

ヨークについてでも何か書いてみなよ」。わかったやってみ

るよと僕は答えた。「とにかく書くことだよ。うまくいかな

かったら何度でもやり直せばいいんだ」と、デイビッドは

言った。思えば自分は、2年前のニューヨーク渡航調査を

通じて書いた論文の、やり直しをしようとしているのだっ

た。あのとき集め損ねた資料、行き損ねた場所、会い損ね

た人。もちろん今回の滞在でも、やり残したことは山ほど

あって、でもそれについては、またもう一度やり直す気で

いる。滞在最後の休日、コニー・アイランドの遊園地に向

かう地下鉄のなかで、アフロ・アメリカンの陽気な男性に

話しかけられた。「F ラインにはどこの駅で乗り換えればい

いのかな」。乗り換えっていうか、次がラスト・ストップだ

よ。「なんだよ、ラストってのはクールだな、そりゃスター

トってことだからな。やり直しだ!」と言って彼は笑った。

その晩、僕はニューヨークについての文章の書き出しを決

めた -- 繰り返し、ということについてたびたび考える。反

復。再現。やり直し。

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KEISUKE TSUBONO

坪野圭介

東京都生まれ。東京大学院博士課程所属。スティーヴン・ミルハウザーなどの

現代アメリカ作家を中心に、都市と幻想文学について研究している。

shishi 編集メンバー。

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