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1 2014 1 10 PGSE-NMR 法による拡散測定の有機電解質への応用 (第二版) Applications of Diffusion Measurements to Organic Electrolytes by PGSE-NMR (Version 2) 早水紀久子(Kikuko Hayamizu) 1.はじめに 2.拡散とは(古典的なアプローチ) 3. PGSE-NMR で測定する自己拡散係数 4.リチウムイオン二次電池用有機電解液の自己拡散係数 4.1 単一溶媒の有機電解液の自己拡散係数 4.2 無限希釈領域での有機電解液の自己拡散係数 4.3 二液混合有機電解液の自己拡散係数 4.4 種々のリチウム塩を溶解した有機電解液の自己拡散係数 5.イオン伝導度とイオン拡散係数の相関関係 5.1 無限希釈度への外挿 5.2 単独溶媒の有機電解液のイオン解離 5.3 二液混合系有機電解液のイオン解離 5.4 六種類のアニオンを溶解したリチウム塩有機電解液のイオン解離 6. イオン液体 EMImTFSA の拡散係数と物理化学パラメータ 7. Li/Li 対称セルを用いた電圧印加時のイオン移動の in-situ 観測 8.むすび

PGSE-NMR 法による拡散測定の有機電解質への応用 …diffusion-nmr.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/06/...O のファンデルワールス体積V は20.6 Å3 と報告されているので、V

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2014 年 1 月 10 日

PGSE-NMR 法による拡散測定の有機電解質への応用

(第二版) Applications of Diffusion Measurements to Organic Electrolytes

by PGSE-NMR (Version 2)

早水紀久子(Kikuko Hayamizu)

1.はじめに

2.拡散とは(古典的なアプローチ)

3. PGSE-NMR で測定する自己拡散係数

4.リチウムイオン二次電池用有機電解液の自己拡散係数

4.1 単一溶媒の有機電解液の自己拡散係数

4.2 無限希釈領域での有機電解液の自己拡散係数

4.3 二液混合有機電解液の自己拡散係数

4.4 種々のリチウム塩を溶解した有機電解液の自己拡散係数

5.イオン伝導度とイオン拡散係数の相関関係

5.1 無限希釈度への外挿

5.2 単独溶媒の有機電解液のイオン解離

5.3 二液混合系有機電解液のイオン解離

5.4 六種類のアニオンを溶解したリチウム塩有機電解液のイオン解離

6. イオン液体 EMImTFSA の拡散係数と物理化学パラメータ

7. Li/Li 対称セルを用いた電圧印加時のイオン移動の in-situ 観測

8.むすび

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1.はじめに

パルス磁場勾配 NMR(PGSE-NMR)法による拡散現象の測定法については均一系を中心

にした入門編「PGSE-NMR 法による拡散現象測定の手引書」を 2004 年にインターネットで

公開し多くのアクセスを得ている。最初のうちは条件の設定に手間取ったが、経験を積ん

で、測定メニューを揃え均一系であれば容易に拡散測定ができるようになったので、2013

年 11 月に改訂版を作成し、少し複雑な系の測定法と解析法を追記した。拡散測定を始めよ

うとする方は参考にしていただきたい[1]。本稿では PGSE-NMR 法で測定した自己拡散係数

D をどのように解析するか、どのような現象がわかるか等についてリチウム電池用有機電解

液を中心に述べたい。電解液は溶媒とリチウム塩から構成され、溶媒和、イオン会合とイ

オン解離などの現象があるが、系全体としては均一系として考えられる。すなわち、拡散

している成分(粒子)が単一の自己拡散係数 D(温度に対しては敏感であるが、測定条件

に依存しない物理定数)で記述できる系である。このような系の拡散定数の数値データを

「リチウム電池用電解液の自己拡散係数と関連するデータ集 (第 1部) リチウム電池用有機

電解液」で 2012 年 9 月インターネット公開した [2]。これは論文発表した電解液の拡散係

数の数値データを編集したものである。解説を加えて 77 ページに及ぶ分厚いものになって

しまった。本書ではもっとコンパクトな入門書を目指しているが 35 ページになってしまっ

た。データの数値などの詳細は上記のデータ集を参照していただきたい。また拡散係数の

測定精度と問題点をイオン液体 EMImTFSA の拡散測定を例にして詳述してインターネット

でアクセスできるようにした[3]。

NMR 法によって多くの系で拡散現象の測定は可能である。高分子、バイオ、界面活性剤

を含む系、膜、多孔性物質などにおける小さな分子(水、イオン、有機化合物、ガス等)

の拡散など広範囲の分野で研究対象になっている。事実、“Diffusion”と”NMR”をキーワード

にして検索すれば驚くほど多くの文献があらわれる。私はそれを広く概論するつもりはな

く、私の測定したリチウム電池用有機電解液の実験結果を中心に説明したい。電気化学の

パラメータとイオンの自己拡散係数については「電気化学会誌:測定と解析のてびき」に

解説してある[4]。高分子電解質とゲル高分子電解質は均一系ではないが、イオンや溶媒、

また高分子鎖が拡散する。ポリエチレンオキサイド(PEO)系については高分子論文集に纏

めてあるので、興味をお持ちの方は参考にしていただきたい[5]。リチウム電池用実用電解

液(EC-DEC-LiPF6系)の輸送ダイナミクスについては最近の電気化学特集号に記述した[6]。

本稿ではイオン液体の拡散係数と粘性率、イオン伝導度などの相関を EMImTFSA を例に

して追加、記述する。

安全性の観点から無機固体伝導体を用いた全固体リチウム電池の研究開発が行われ、硫

化物系固体の中で動くリチウムイオンの測定を最近手掛けるようになった。その挙動は複

雑で、電解液で培った拡散測定の原点を実験的に確かめつつ遂行している。地球環境と省

エネルギー対策としてリチウム二次電池は多用されている。性能が高く安全な電解質の要

望は高いが、現段階で有機電解液に代われる電解質はまだ開発途上の段階にある。ここで

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述べる電解液の解析方法と基本的特性は電池・キャパシタ等における電解液の研究開発に

有用であろう。

2. 拡散とは(古典的なアプローチ)

大学時代の物理化学の教科書には必ず拡散方程式が書いてあり、拡散方程式は基本的な

概念である。理論的研究は非常に広範囲で奥が深い。NMR で観測する拡散現象については、

共同研究を長年にわたって行ってきた Prof. William S. Price (University of Western Sydney,

Australia) が執筆し 2009 年に出版した本 [7] および 2012 年に 65 歳の若さで世を去った

New Zealand の Sir Paul Callaghan が癌の闘病中に書き上げた本 [8] を参考書としてあげ

たい。粒子が拡散障壁のあるような空間を拡散する”制限拡散“について理論と実験が詳

しく記述されている。ここでは PGSE-NMR 法によって観測される均一系における拡散係数

を理解するために必要なことを簡単に書いておく。

拡散方程式を導くためには液体に濃度勾配があると仮定する。1855 年に Fick は拡散の第

一法則を見出す。即ち一次元での流れ sixは濃度勾配に比例する。

x

cDs i

iix

ここで Diが拡散係数(diffusion coefficient)と定義された。時間変化を取り込んだ Fick の拡

散第二法則は

)(2

2

x

cD

t

c

となり初期条件が t = 0 で x = 0、c = c0 とすると

DtxeDt

c

c 4/2/1

0

2)(

x 軸でプロットすれば Gauss 曲線になる。時間 t の間に粒子が一次元的に動く平均距離2x

は 2x =2Dt

で与えられる。三次元で考えれば平均移動距離(mean square displacement)ΔR= Dt6 とな

る。

球形の粒子が粘性率 の均一な媒体中を温度 Tの時に平均速度一定で拡散する時の自己

拡散係数 D は有名な Stokes-Einstein の式で記述される。

src

kTD

(1)

ここで粒子の半径は rsで与えられ、拡散半径あるいは Stokes 半径といわれている。 k はボ

ルツマン係数、 は粘性率である。古典式では c = 6 とされている。

定数 c の大きさは溶媒と粒子の相互作用に依存する。拡散する粒子の大きさと媒体を構成

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する物質の大きさの比較から、理論的には c = 6(stick boundary condition)と c = 4(slip

boundary condition)とされ、大きな粒子が小さな分子サイズの均一の媒体中を拡散する場合

が c = 6 であり、逆に小さな粒子が大きなサイズの粒子で構成される媒体を拡散し、拡散粒

子と溶媒との相互作用が小さい時 c = 4 になると解析されている。実験的には c の値は必ず

しも 4 と 6 の間にあるとは限らない。

Stokes-Einstein 式の物理的な意味は明快である。拡散半径 rsの粒子が粘性率 の媒体中

で拡散する時、粒子サイズと粘性率が小さいほど拡散は速くなり、また温度が上がれば拡

散は速くなるという非常にわかりやすい式である。自己拡散係数 D は単位時間に単位断面

積を通過した物質量として定義されるので、SI 単位で m2s

-1(10-4

cm2s

-1)である。純水の自

己拡散係数は 30oC で 2.55×10

-9 m

2s

-1、粘性率は 0.874 mPas(cP)であるので c = 6 として Stokes

の拡散半径を計算した。

][109.0][1009.1])[1055.2(])[107973.0(6

][303])[10380.1(

6

10

1293

123

nmmsmPas

KJK

D

kTrs

即ち H2O の拡散半径は 1.09 Å となる。もし c = 4 とすれば rs = 1.64 Å となる。参考まで

に H2O の O-H 間距離は 0.958 Å(平衡距離)である。(数値は D の値を除いて全て化学便覧)。

また H2O のファンデルワールス体積 V は 20.6 Å3と報告されているので、V = (4/3)r3 から

計算すると r =1.70 Å となり、この値を rs とするならば cは僅かであるが 4 より小さくな

る。さらに一般化して広く有機化合物を対象にするためには rs の見積もりが必要になる。

分子軌道法(MO 法)の計算からファンデルワールス体積 V の算出法が提案され、原子や

原子グループに対する値が示されている[9,10]。また系統的に MO 法を用いて基準になる基

本骨格の化合物のファンデルワールス体積を求めて分子の種類を拡張するために原子や原

子グループの寄与を加算してゆくと、興味のある有機分子のファンデルワールス体積が計

算できる。有機分子は必ずしも球形でない。ファンデルワールス体積 V からファンデルワ

ールス半径 r を見積もり、拡散半径の目安とする仮説は厳密でないという議論もあるが、実

際に Stokes-Einstein 式を使って溶液内での分子の拡散現象を説明する時に有用である。ファ

ンデルワールス半径 r は単純に

3 4/3 Vr

として計算できる。分子の形を無視しているが、実験結果から分子の並進運動を解析する

には有効なパラメータである。中性の有機分子だけではなく、イオン類、特にリチウム電

池で使われているアニオンと溶媒、イオン液体のカチオンのファンデルワールス体積とフ

ァンデルワールス半径については元三菱化学の宇恵 誠博士の論文が参考になる[11-13]。初

期には拡散係数の測定は色素を入れてその広がり方を検出する方法や、現在は同位体元素

を挿入して検出(Tracer diffusion)する方法などで行われ、拡散の概念としては考えやすい。

3. PGSE-NMRで測定する自己拡散係数

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PGSE-NMR で測定する拡散現象では、濃度勾配とか温度勾配というような概念ではなく、

ランダムな Brown 運動をしている NMR 活性核種の並進運動の速さを測定すると考える。

即ち分子が磁場勾配を横切って移動する現象を観測する[1]。重心が移動する現象を測定す

るので特別な相互作用がない場合,同一分子のどのシグナル、どの核種 (例えば BF4の11

B-

と 19F-NMR)を測定しても同じ拡散係数になる。磁場勾配を照射して拡散係数を測定するた

め、色素や同位体元素などを混入しないので、測定系を乱すことなしにデータが取得でき

る無侵襲・非破壊の測定法である。

PGSE-NMR で測定するための基本的なパルス系列は原理を含めてすでに「手引書」に記

述してある[1]。ここでは、最も基本的な Hahn のスピン‒エコ‒ (spin-echo、SE) 系列にパル

ス磁場勾配 (pulse field gradient, PFG) を挿入した PGSE(pulse gradient spin-echo)のパルス

系列を説明のために再度書いておく。

このパルス系列で拡散現象を考える場合に重要な物理的なパラメータは 2 個の PFG の間隔

である。第 1 の PFG で印をつけた核が 時間後に第 2 の PFG で検出される。即ち対象核

種が拡散した時間を意味する。自己拡散係数 D を持つ核種が時間 の間に移動した平均移

動距離 <R2> は 3 次元方向でとれば

DR 62

となる。 の可変範囲は T2(T2が極端に短い場合は stimulated echo (STE) パルス系列、[手

引書]参照)によって制約を受け、実際に測定する立場からは、 を長くすると感度が減少

する。また極端に短い 値の設定時には装置のハードでの制約があり、信頼性のあるデー

タの取得が難しくなる。通常は = 10~300 ms である。また観測可能な拡散係数は 10-8~

10-13

m2s

-1 の範囲であるので、拡散距離は m (10-6

m) のオーダーである。Stokes-Einstein

式には、どの位の距離をどの程度の速さで拡散するかという概念は含まれていないが、NMR

の測定から時間の長さと拡散距離について明確な情報を得ることができる。ただし、拡散

している核の数やイオンが荷電しているかどうかについて明確にするのは難しい。均一系

では観測時間並びに PFG の大きさに関係なく D は一定値になる。

一般有機溶媒についての信頼性の高い拡散測定結果は文献検索をしてみても少なく、極

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く最近の文献として種々の有機溶媒を 1% (w/w)で H2O、アセトン、ベンゼンなどに溶解し

て PGSE-NMR で D を測定し、拡散現象を溶媒と溶質の分子サイズで説明した論文が見つか

った。298K における有機溶媒の D は 0.8 ~ 510-9

m2s

-1であるが有機溶媒中の H2O の拡散

係数は 3~1010-9

m2s

-1である[14]。

自己拡散係数は分子が重心を移動する速度に対応するので、分子間相互作用なしに拡散

すれば、同じ分子はどのシグナルを測定しても単一の拡散係数をもつ。化学シフトによっ

て分離したシグナルの拡散係数は独立に観測可能である。最近必要があって測定した

CH3OH(高純度)の自己拡散係数は 30oC の時、メチルシグナルが 2.82 10

-9 m

2s

-1で OH シ

グナルが 2.79 10-9

m2s

-1 になりわずかな差がある。微量の H2O が含まれているかどうか

は明白でないが、分子間相互作用(水素結合)の効果が拡散係数の測定から研究できる。アル

コール-H2O 系は分子間相互作用を研究するうえで基本的な系である[15]。

4. リチウムイオン二次電池用有機電解液の自己拡散係数

ここからは我々のリチウム電池用有機電解液の測定データを中心に拡散係数を用いて電

解液を解析した話について述べよう。今までに拡散測定を行った核種は 1H、2

H、7Li、11

B、13

C、 19F、31

P、23Na などである。最近話題の 23

Na の拡散は NaCl 水溶液では簡単に測定で

きるが、球対称性が小さくなると T1, T2がともに短くなって苦労が多いようである。NMR

サンプル管はシゲミ製の対称型ミクロ試料管 BMS-0005J を用い、液の高さは最大で 5 mm、

高温測定の時には対流効果を少なくするために液高 3 mm にした。2004 年以降の測定は

JEOL 製の 20T-multi プローブ、1H 周波数 270 MHz で行っている。コンソールは JEOL

GSH-200 + Tecmag Galaxy & MacNMR から Tecmag Apollo-NTNMR へ 2002 年に変更したが、

データの連続性に何らの問題はない。

4.1 単一溶媒の有機電解液の自己拡散係数

可逆水素電極基準で見ればリチウムは、-3.045Vの標準電極電位を有しており、金属リチ

ウムを負極に用いるリチウム電池や、グラファイト層間化合物を負極に用いるリチウムイ

オン電池には有機電解液が用いられている。水溶液系の電解液は還元分解されて水素発生

するため利用する事ができない。しかしながら、リチウムイオン電池に用いられる有機溶

媒は揮発性や引火性があるので、安全性向上の研究も盛んに行われており、ポリマー電解

質、不燃性溶媒等の添加などが検討されているが、現在市販されているリチウムイオン二

次電池あるいはリチウム一次電池では、有機電解液をベースにしているのが現状である[6]。

そのために、溶媒の種類、リチウム塩の種類(アニオンの種類)などリチウム電池用有機

溶媒の性能について膨大な量の R&D が行われている。我々は有機電解液の基本的な性質を

明らかにすることを目的として、電解液溶媒、リチウムイオン、アニオンの D を 1H、7

Li、19

F または 11B(アニオンはフッ素あるいはホウ素を含む)NMR で同時にしかも独立して測

定している。

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有機溶媒の誘電率は重要なファクターである。誘電率が大きい溶媒は塩を高濃度まで溶

解できると同時にイオン解離度を上げることができるが、粘度が高いのでイオン移動には

不利に働く。イオン伝導度は解離したイオン数とイオン移動度の積で決まるので、イオン

伝導度をあげるためには、解離したイオンの数が大きく、さらにイオン移動も速くするこ

とが必要である。リチウム電池の分野では誘電率が高い溶媒(粘度も高い)を「イオン解

離促進溶媒」、誘電率は小さいが粘度の小さい溶媒を「低粘度溶媒」として、両者を混合し

て実効的な溶媒としている。これらの溶媒は引火性や揮発性があるので、多種類の添加物

を加えて安全性の高い実用電解液が作成されている。実際にはリチウムイオン電池のサイ

ズ、使用目的、出力、電極材料に応じて個別に設計されている。詳しくは最近の総説を参

照してほしい[6]。

ここでは基礎的なデータを取得することを目的に、先ず溶媒の種類に注目した。1990 年

代に電解液の候補として使われている有機溶媒にリチウム塩として安定で扱いやすい

lithium bis(trifluoromethanesulfonyl)amide (LiN(SO2CF3)2、慣用名:Li-TFSA、Li-TFSI、Li-NTf2、

Li-Tf2N 等) に固定してリチウム有機電解液として検討した。先ずは純液体の自己拡散係数

D を測定し、更に各種の有機電解液の成分の個別(1H; 溶媒、

7Li; リチウムイオン、

19F;

TFSA アニオン)の D を 30oC で測定した[16,17]。 図1にリチウム電池で使われている純溶

媒の 30oC における拡散係数の測定値を 1/ (25

oC の文献値)でプロットした(但し EC は融

点の関係上 40oC の値である)。

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5

0

5

10

15

20

25

30

35

H2O

CH3OH

DEC

NMP

GBLGVL

EC

PC

BC

DOx

DMC

DME

THF

1/ (cP)

DG

TG

D (

10-1

0 m2s-1

)

図1.純溶媒の自己拡散係数 D と粘性率との相関

溶媒はリチウム電池の分野ではよく知られているが念のため化合物名を書いておく。

EC (Ethylene carbonate), PC (Propylene carbonate), BC (Butylene carbonate), GBL

(-Butyrolactone), GVL (-Valerolactone), NMP (N-Methyl-2-pyrrolidinone), DME

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(1,2-Dimethoxyethane), DG (Diglyme), TG (Triglyme), DEE (1,2-Diethoxyethane), DOx

(1,3-Dioxolane), THF (Tetrahydrofuran), PE (Ethyl propionate), DMC (Dimethyl carbonate), DEC

(Diethyl carbonate)。 図 1 には H2O と CH3OH(CH3の値)のデータを付け加えた。

Stokes-Einstein 式 (1) における実験データ D と 1/ の直線関係はほぼ成り立つことがわ

かる。H2O は粘性率のプロットからはずれる様である。このプロットでは溶媒分子の形な

ど詳細は考慮してないので個別の議論はしない。(1) 式では c と rs がパラメータになってお

り、幾つかの溶媒に対して、MM2 などで計算されたファンデルワールス半径を代入すると

c は 3.3 から 3.6 の範囲になり 4 には届かない。c を単に定数として考えれば、古典的な理

論式である Stokes-Einstein式は実験を説明している。第 6章のイオン液体の章で再度述べる。

有機電解液を(1)式に基づいて解析してゆくことにする。

リチウム電池用の有機電解液において、溶媒の Dsolvent は 1/ に比例すると仮定して、

Dsolventで DTFSAと DLi をプロットして図 2 に示す。溶媒は全部で 17 種である。

0 5 10 15 20

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

DGTeG

PG

DEC

GBL

NMP

GVLTG

EC

PC

BC

THFDEE

DMC

DOx

EPDME

TFSA (19

F NMR)

Li (7Li NMR)

DL

i and D

TF

SA (

10-1

0 m2s-1

)

DSolv

(10-10

m2s

-1)

図 2.Li-TFSA を含む有機電解液におけるリチウムと TFSA の Dionを溶媒の Dsolventでプロ

ット。3 つの D は同一サンプルに対し測定した値、塩濃度は 20V %~0.25 M の範囲

有機電解液において、同じ電解液中では溶媒が常に最も速く拡散し、アニオン、リチウ

ムの順番になる。即ち

Dsolvent > Danion > DLi

誘電率の小さな EP や DOx を除いて、この順番は多くの溶媒においてリチウム塩の種類、

温度によらず成り立つ。ファンデルワールス半径 (nm) は後述の表1に与えられているが、

Li が 0.076 で TFSA は 0.327、溶媒で GBL (0.268)と PC (0.276) の値が報告されている。大

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まかにみれば半径の大きさは

TFSA > 溶媒 >> Li

であり Stokes 半径からはリチウムの拡散が最も速くなると予想されるので、D の大きさの

順番は説明できない。

我々は Stokes-Einstein 式に基づいて新しい実験パラメータ R を提案した。すなわち

solv

s

solvrc

kTD

ion

s

ionrc

kTD

から

solv

s

ion

s

ion

solv

r

r

D

DR (2)

R 値は溶媒を基準にしたイオンの拡散半径である。この値を溶媒の拡散係数でプロットして

図 3 に示す。

1 10

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

Supplementary

solvents

main solventsglymes

DEE

DMC EP

DOx

DME

THF

DEC

NMP

GBL

GVL

EC

BC

PC

PG

TeG

TG

DG

Rio

n(Dso

lv/D

ion)

Dsolv

(10-10

m2s

-1)

RTFSI

RLi

図 3.R 値(=Dsolv/Dion)を溶媒の拡散係数 Dsolvでプロット

イオン解離促進溶媒(BC、EC、PC、GBL など)では RLiは 2 付近であり、これは Li イオ

ンが平均して少なくとも 2 個の溶媒分子を引き連れて拡散することを意味している。リチ

ウムイオンが溶媒和することすでによく知られている。計算化学の手法からは 4 個の溶媒

和が提案されているが、拡散という動的な条件下で拡散測定の時間尺度(ms オーダー)で

は PC、GBL などでは 2 個の溶媒分子が Li と一緒に移動する。当然のことであるが、バル

クの溶媒分子と交換していることは明らかである。一方 RTFSIは 1.1 付近でファンデルワ

ールス半径の比に近い値であり、溶媒和の現象はみられない。グライム類は高分子電解質

で最も重要なポリエチレノキサイド(PEO)の同族化合物でモデルとして扱われている。グ

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ライムの繰り返しユニット n: (-CH2CH2O-)nの数と相互作用する Liの数に関する詳細につい

ては数多くの論文があるが、ユニットの数を 50 まで増やした場合について NMR の拡散係

数から解析した結果については我々の論文を参照して欲しい[18]。

溶媒の拡散係数の大きい低粘度溶媒(低粘度 + 小さい誘電率、DEC、DMC、DME など)

の系では RLiと RTFSI は共に大きな値となり、その値は類似している。これはイオン解離が

小さく Li とアニオンがイオン対を形成したままで拡散するためとして説明できる。この場

合 に も 溶 媒 和 の影 響が 見 ら れ る 。 その 中で DEC ( Et-CO-O-CO-Et ) と DME

(Me-O-CH2CH2-O-Me)はイオン解離能があるので、リチウム電池用電解液に混合して多用

されて、4.3 章の混合系のところで詳細に述べる。PGSE-NMR 法によって、溶媒、アニオン、

リチウムイオンの拡散係数が独立して観測できたこと、そのことによって溶媒和、イオン

解離などが明らかになった。リチウム電池設計上の重要なパラメータであるリチウムイオ

ン輸率は電気化学的測定法で観測される。PGSE-NMR からは DLi/(DLi+Danion) としてパラメ

ータ化できるので、従来の電気化学的なリチウムイオン輸率と併せて検討することができ

る。

4.2 無限希釈領域での有機電解液の自己拡散係数

電解液ではイオン伝導度は最も大切なパラメータであり、NMR が与える D との相関につ

いて明らかにしなければならない。イオン伝導に関する研究の歴史は長く、理論的な取り

扱いは無限希釈の状態で均一の媒体中の点電荷からスタートする。第 5 章で拡散係数とイ

オン伝導度について述べるが、ここでは無限希釈領域での拡散係数の一般的性質について

測定結果を述べる。我々は有機電解液溶媒に PC と GBL を用い、リチウム塩は LiBF4 と

LiTFSA として、4 種類の電解液を調製し、徐々に希釈して、1H、19

F、7Li-NMR で溶媒、ア

ニオン、リチウムイオンの自己拡散係数を 30oC で測定した[19]。図 4 に横軸は濃度 c の平

方根として GBL と PC 溶媒の電解液の構成成分の D をプロットした。

塩濃度が増すにつれて粘性率が上がることは経験的に広く知られている。塩濃度の増加

に伴って全成分の D が粘性率の増加に反比例して小さくなっており、この現象は

Stokes-Einstein 式の関係から説明できる。絶対値は異なるものの、溶質のアニオンが異なっ

ても、溶媒の D の濃度依存性は類似している。同様に特筆すべき現象として、リチウムの

D もアニオンの種類には影響されずに塩濃度に対して類似した値をとる。アニオンの TFSA

と BF4 はイオンサイズが異なる上に、BF4 はイオン間の相互作用が大きいために、Danion は

アニオン種によって異なった挙動を示す。TFSA に比べると BF4 の D は塩濃度の増加に伴

って著しく減少する。アニオン・カチオンを問わず、c1/2に対してプロットした D は直線近

似が広い濃度領域で可能であり、無限希釈度における D0を与える。

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11

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

20

30

40

50

60

70

80

90

BF4

TFSA

(a)

Li

GBL

TFSA

BF4

D /[1

0-11 m

2 s-1]

c1/2

/[M1/2

]0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

10

20

30

40

50

60

BF4

TFSA

(b)

Li

TFSA

BF4

PC

D /

[10-1

1 m2 s-1

]

c1/2

/[M1/2

]

図 4.無限希釈領域における溶媒、アニオン、リチウムの自己拡散係数を塩濃度の平方根で

プロット。 ▲(リチウム)、■(BF4) ●(溶媒) と△(リチウム)、□(TFSA)〇(溶媒) (a) GBL

溶媒系、(b) PC 溶媒系

図 5 に同一サンプルで同時に測定した Dsolvent、Danion、DLiを Dsolventに対してプロットした。

PC の粘性率は GBL の粘性率の 1.5 倍であることから、Dsolventの範囲は偶然にも継続して見

える。PC と GBL は図 3 の RLi値のほぼ同じ値を示しているので溶媒和の現象、イオン解離

の割合も類似していると考えられる。Li と TFSA の D は溶媒の D に比例するが、 BF4では

塩濃度が小さいときに際立って大きな D となる。イオンサイズから大きな拡散係数は説明

できるので、塩濃度が増加すると BF4はイオン会合があると解釈してよいのであろう。

30 40 50 60 70 80

20

30

40

50

60

70

80

BF4

TFSA

Salt Concentration

Li

TFSA

BF4GBLPC

Dio

n /

[10-1

1 m2s-1

]

Dsolvent

/ [10-11

m2s

-1]

図 5.溶媒の拡散係数でリチウムとアニオンの拡散係数をプロット。

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12

溶媒分子の拡散半径を基準にした R 値を図 6 に示す。溶媒が GBL か PC かに無関係で塩

濃度に依存せず、RLi は実験誤差以内で平均値 2.25 になる。TFSA においても濃度依存性は

小さく、GBL 溶液の方が RTFSAは大きくなる傾向がある。アニオンのファンデルワールス半

径について後述の 4.4 章 種々のアニオンの項の表1にデータを載せてある。TFSA と GBL

のファンデルワールス半径比は 1.22、TFSA と PC の半径比は 1.18 であり、PC の方が小さ

いので PC の RTFSA が小さくなってもよいであろう。BF4 はサイズが小さく、単純にファン

デルワールス半径で計算すると 0.85(GBL)と 0.82(PC)になる。塩濃度とともに RBF4 が

大きくなることは BF4のイオン会合を示唆している。

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

1.0

1.5

2.0

2.5

PC

GBL

GBL

PCBF

4

TFSA

Li

R (

Dso

lvent/D

ion)

c (M)

図 6.無限希釈領域における R 値

4.3 二液混合有機電解液の自己拡散係数

一般に混合系の化学はまだ広く解明されていないように思われる。単独溶媒の性質と混

合系になった時の物性とは当然相関があり、相互作用によって新たな物性が発生すること

が個別に研究されている。有機溶媒混合系の拡散係数も測定されているが、相互作用の詳

細は明確化されていなように思える。我々が日常的に用いている工業製品では多くの場合

多様な成分を混合、添加することにより優れた性能を達成している。リチウムイオン電池

用有機電解液でも試行錯誤のうえ多くの混合系が電極やセパレータの材料に適用するよう

に探索されている。現在のところ、リチウム二次電池の有機溶媒は EC-DEC-LiPF6系が基本

構成となり、種々の目的で少量の多様な添加物(Additive)を加えて電池のサイズ、使用目

的など個別に設計された実用化電解液が作製されている。その詳細は電気化学会誌の特集

号[6]に述べてあると同時に数値データも公表した[2]。ここでは発表してある研究論文

[20,21]に基づいて簡略に述べるに留める。

EC-DEC-LiPF6 系の特徴を明確にするために PC-DME (1,2-Dimethoxyethane)-LiTFSA 系と

PC-DEC-LiTFSA 系について述べる。EC は室温で固体(mp 39 oC)であり、類似した物理定

数を持つ PC の方が扱いやすい。純液体の粘性率 (mPas) は PC(2.51)、DEC (0.63)、DME

(0.42)であり、実際に NMR で測定した範囲では EC と PC の相違は極く僅かであった。

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13

先ずはリチウム塩を含まない混合溶媒(DME-PC 系と DEC-PC 系)において 30 oC で混合割

合を変えて測定した時の各々の溶媒の拡散係数を図 7 に示す[20]。

0 20 40 60 80 100

5

10

15

20

25

30

5

10

15

20

25

30

PC

DME

Mol% of PC

DME

PC

PC

DEC

D (

10-1

0 m2s-1

)

DEC

PC

図 7.二液混合系で相互の割合を変えたとき(上図 DEC-PC 系、下図 DME-PC 系)の各々

の溶媒の拡散係数と PC、DEC、DME の化学構造、リチウム塩はドープしていない。

DME-PC 二液混合系(下図)では DME と PC の拡散係数は全混合比において異なり、DME

の方が拡散係数は常に大きい。一方 DEC- PC 二液混合系(上図)では純粋な DEC と PC は拡

散係数に大きく相違するにもかかわらず、DEC と PC はほぼ同じ拡散係数を示す。単一溶媒

からなる電解液のデータからは DME-PC 混合系と比べて DEC-PC 系が特異的な系には見え

ないが、個々の溶媒の拡散係数では同じ値になることは驚くべきことである。化学構造か

らは PC が環状構造で DEC が鎖状構造であるが -O-CO-O- を共通してもつことが二液混

合系での均一性、言い換えると局所構造において均一性があるためと思われる。二液混合

電解液における溶媒、リチウムイオン、TFSA の D の挙動を図 8 に示す

5

10

15

20

0 20 40 60 80 100

5

10

15

20

(a) DEC-PC system

D / 1

0-10 m

2s-1

DEC

PC

TFSA

Li

D / 1

0-10 m

2s-1

(b) DME-PC system

Mol% of PC

DME

PC

TFSA

Li

O O

O

OO

O

OO

PC

DEC

DME

図 8.二液混合系電解液における構成成分

の拡散係数 D を PC のモル%でプロット。

(a) DEC-PC 系と(b) DME-PC 系

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14

PC の割合が増えるとすでに報告されているように,粘性が大きくなることが図 7 の D から

もわかる。即ち,拡散係数においても PC の割合の増加とともに、全ての構成成分の D は小

さくなる。DEC-PC 系電解液で DEC と PC の D がほぼ同じ値になることは、リチウム塩を

ドープしても溶媒構造が影響されないことがわかる。

溶媒和の挙動を明らかにするために、Rionを図 9 に示す。DEC-PC 系では RLiは 2.5 から 2.3

へと PC の割合が増えるにつれて僅かに減少し、RTFSAは 2.2 から 1.3 へと大きく変化する。

DEC 100%の時に RTFSAが大きな値になることはイオン会合が大きいことを示唆し、図 2 に

示されている傾向と一致する。PC の割合が増えるにつれて、イオン会合が減少してゆくこ

とが明確に示されている。一方DME-PC系では RLiは PCが 60%付近で極小値をとるが、RTFSA

の変化は小さい。DME 100%であっても RTFSA は比較的小さな値になることで、イオン解

離があると考えられる。図 2 からも明らかなように、DME の単独溶媒であっても、イオン

解離能は見られる。リチウムとアニオンの R-値から溶媒和やイオン会合についての情報は

得られるが、イオン会合はイオン伝導度と深く関連するので、第 5 章で詳細に述べよう。

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

0 20 40 60 80 100

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

Mol% of PC

RLi(DEC)

RLi(PC)

RTFSA

(DEC)

RTFSA

(PC)

(b) DME-PC

Rio

n

RLi(DME)

RLi(PC)

RTFSA

(DME)

RTFSA

(PC)

(a) DEC-PC

Rio

n

現在リチウム二次電池には EC-DEC-LiPF6が主として用いられている。この塩は H2O に対

して鋭敏に反応して HF を発生する可能性があるので水分管理は重要である。この電解液系

については英文の論文[21]に加えて日本語で解説しているので、そちらを参照してほしい[6]。

EC-DEC-PF6系においても EC と DEC の拡散係数が類似した値をもち、安定した溶液構造を

とることが示されている。

4.4種々のリチウム塩を溶解した有機電解液の自己拡散係数

リチウム塩としては、LiCl(非水系有機溶媒に難溶)、LiClO4、CH3COOLi など無機塩が

一般的である。しかしリチウム電池で実際に使われている LiBF4、LiPF6 などと、新しく登

図 9.Rion(=Dsolv/Dion)を PC の

モル%でプロット

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15

場したアニオンを含むリチウム塩が多数あり、ここで取り上げるアニオンの化学構造と略

称を一覧表に示しておく(2004 年当時[22])。現在も新規なアニオンが合成されている。有機

溶媒に溶解性がよいこと、イオン解離度が高いことが新規リチウム塩開発の重要なポイン

トである。

アニオンの基本的な性質を表1に示す。我々はアニオンの性質を明らかにするために、個

別の塩の電解液の研究を行った。

表1 アニオンの基本的な性質

省略名 分子量 ファンデルワールス

半 径 (nm) [11,12]

正式名 塩分子式 注

BF4 87 0.227 Tetrafluoroborate LiBF4

PF6 145 0.254 Pehexafluorophosphate LiPF6

SO3CF3 176 0.267 Trifluorosulfonate LiSO3CF3

BOB 187 0.287 Bis(oxalateborate) LiBC4O8

TFSA 280 0.327 Bis(trifluoromethanesulfonyl)amide LiN(SO2CF3)2

BETA 380 0.362 Bis(pentafluoroethanesulfonyl)amide LiN(SO2C2F5)2

Li 7 0.076 Lithium Li+

GBL 86 0.268 -Butyrolactone C4H6O2 溶媒

PC 102 0.276 Propylenecarbonate C4H6O3 溶媒

リチウム電池用の電解質(電解液、高分子ゲル、高分子)ではリチウム移動が速い事が

重要である。電気化学的な測定からリチウムイオンの可動の割合をリチウム輸率と定義し

てその値が大きいことが望ましい。一方でリチウムイオンはアニオンに比べると移動度が

小さいので、大きなサイズのアニオンを合成して相対的にリチウムイオンが動きやすくす

る方向での努力がなされ、実際に数多くの有機アニオンが合成された。我々が研究発表し

た 2 価のリチウム塩(Li2B12F12)も新規な塩である(2009 年 [23])。拡散係数の測定から、

B

F

F

F

F P FF

F F

FF

S

O

O

O

F

F

F

B

O

O O

OO

O

O

O

NS S

O

O O

O

F

F

F

F

F

F

NS S

O

O O

O

F

F

F

F

FF

F

F

F

F

BF4

PF6

BOBSO3CF

3

TFSA TFSA

N(SO2CF

3)2

BETA

N(SO2C

2F

5)2

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アニオンの役割を明らかにするために、表 1 の 6 種類の異なったアニオンのリチウム塩を

GBL に溶解し、0.1M、0.25M、0.5M、0.75M の4点の濃度で 30oC で拡散係数を測定した。

溶媒(GBL)、アニオン、Li の D を塩濃度でプロットして図 10 に示そう。

図 10.溶媒(GBL)、アニオン、リチウムの自己拡散係数の濃度依存性

この図からわかることは

a. 同じ電解液では拡散係数の大きさは GBL > アニオン> Li

b. 塩濃度が大きくなると拡散係数は小さくなる。

c. GBL および Li の自己拡散係数はアニオンの種類に対し依存性は少ない。

図 10 において、驚くべきことに、電解液中ではリチウムの拡散係数は対アニオンの種類

に依存しないことである。特に、塩濃度が小さい時には著しい。この結果は全く予期して

いなかったことであり、アニオンのサイズはリチウムイオンの易動度と無関係であること

が明確に示された。二価のリチウム塩でも同様である。

一方、アニオンはリチウムイオンとは異なり、濃度が低い時 (0.1M) にはアニオン拡散は

BF4~PF6 > CF3SO3~BOB > TFSA > BETA

となり分子量の小さい方から大きい方、ファンデルワールス半径の小さい方から大きい方

へと並ぶ〔表 1 参照〕。濃度が大きく (0.75M) なると、

PF6 > BF4 > TFSA > CF3SO3~BOB~BETA

となり単純にアニオンサイズだけで論じられない。ここでも BF4は塩濃度が大きくなると拡

散が遅くなる。

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

2x10-10

4x10-10

6x10-10

8x10-10

1x10-9

Anion

Li

GBL

D (

m2s-1

)

Concentration (M)

BF4

PF6

CF3SO

3

BOB

TFSA

BETA

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17

電解液の粘度は溶媒の拡散係数に相関するので、溶媒の拡散係数を横軸にしてアニオン

とリチウムの拡散係数をプロットして図 11 に示す。溶媒の拡散が速くなればイオンの拡散

も速くなるという傾向が明確に示されている。注目すべきことはリチウムイオンの自己拡

散係数はほぼ同じ線上にプロットされる。即ち、実験誤差内でリチウムイオンの自己拡散

係数と溶媒の自己拡散係数は直線関係にあり、アニオンの種類に依存しないことである。

この実験結果は無限希釈領域で GBL と PC の両方の溶媒において、LiBF4と LiTFSA のリチ

ウムイオンの D はアニオンに無関係(図 4 と図 5)と一致している。すなわちリチウムイオン

の拡散速度を決定するのは溶媒の拡散速度であるといえる。

図 11 電解液中の Li イオンとアニオンの D を溶媒の D でプロット

アニオンの特徴を明らかにするために、新しくパラメータ RRanion を導入する。既に述べ

たように RLi=Dsolvent/DLiはリチウムイオンまわりの溶媒和と Ranionを参照すればイオン会合

の目安を与える。即ち RLi Ranionの時にはイオン会合の寄与が大きい。アニオンの挙動を

解析するために表 1 に示したアニオンサイズ(ranion)により規格化したパラメータ RRanion を

定義する。

solventanion

anionsolventanion

rr

DDRR

/

/ (3)

また NMR が与えるリチウム輸率 tLi

(NMR)を次のように定義する。

anionLi

LiLi

DD

DNMRt

)( (4)

4x10-10

5x10-10

6x10-10

7x10-10

8x10-10

1x10-10

2x10-10

3x10-10

4x10-10

5x10-10

6x10-10

7x10-10

diluted

Li+

Anion

BF4

PF6

Dio

n(m

2s-1

)

Dsolvent

(m2s

-1)

in GBL

BF4

PF6

TFSA

BOB

BETA

CF3SO

3

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18

これらの実験パラメータを塩濃度でプロットして図 12 に示す。

2.0

2.5

1.0

1.5

2.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

0.3

0.4

0.5

LiBF4 LiTFSA

LiPF6 LiBETA

LiBOB LiCF3SO

3

(a)

RL

i

(b)

RR

an

ion

(c)

C/[M]

t L

i+

図 12. 種々のリチウム塩の(a) RLi、(b) RRanion、(c) tLiを塩濃度でプロット

溶媒 GBL はイオン解離溶媒であるので溶媒和能は大きい。RLiはアニオンによって僅かに変

わるが、実験誤差範囲以内で変動しないと考えている。RRanion では塩濃度に関係なく PF6、

TFSA、BETA が類似した値を与える。塩濃度が大きくなると RRanion も大きくなり、BF4 や

CF3SO3ではイオン会合を示唆している。これらの塩に対して RLiは顕著な濃度依存性を示し

ていない。アニオンのイオン会合にリチウムカチオンの寄与は小さいのではないか。リチ

ウムイオン輸率ではアニオンのサイズが大きい塩が大きな値をもつ傾向を示している。な

お BOB は 11B-NMR(シャープなシグナルである)で拡散係数を測定したことを付け加えて

おく。(つぶやき:2003 年以前の拡散測定ではバラツキが大きかった。)

5. イオン伝導度とイオン拡散の相関関係

電気化学について物理化学の教科書に書かれていることから始める。電気化学の専門家

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19

でない私の記述は電解液の拡散測定に関連した内容に限定されるので深く知りたい方は比

較的新しい教科書を参照してほしい[24]。また我々は電気化学と NMR を結びつける解説を

「手引き」として電気化学会会誌に書いている[4]。

電解液の研究はイオン伝導度の測定から始まるといえるくらいイオン伝導度は重要な物

理量である。NMR の拡散定数から得られるイオン拡散が参照するイオン伝導度は,観測周

波数を 1MHz から 1Hz まで変化させインピーダンスを測定する方法(AC 法、Alternative

Current method)で得られる値である。価数が一価のイオンを取り扱う場合は、イオン伝導

度は電荷をもつイオンの総数(アニオンとカチオンの数の総和)とイオンの平均移動速度

の積として定義される。一方 NMR では電荷をもつ孤立イオンと、イオン対を形成している

中性イオンとの識別ができない。また実際問題として NMR 測定では電荷があるか、イオン

会合しているかに関係なく,イオン数については明確にわからない。

拡散係数 D とイオン伝導度との関係は古典的な Nernst-Einstein の式で与えられる。この

関係式は希釈電解液の理論から導かれている。価数が一価のイオンを取り扱う場合は、カ

チオンとアニオンの拡散係数を D+と D-とすると、観測温度 T におけるイオン伝導の理論計

算値は

)(2

DDkT

neNE (5)

となる。ここで n は単位体積当りのイオン数、e は電荷素量、k はボルツマン定数である。

厳密には無限希釈度へ外挿した時に成立する式である。希釈状態でのイオンの運動を記述

するものであり、電池で使うような濃厚溶液では常に付加的なパラメータが必要である。

ここでは NE を NMR からカチオンとアニオンに対して独立して求められた D を用いて計

算したイオン伝導度 NMR として取り扱うこととする。NMR は計算上、溶液中、単位体積

に含まれる全てのイオン数、即ち電気化学的に不活性なイオン会合をしているイオン対を

含む、全イオン数を考慮しているため、常にインピーダンス法から求めたイオン伝導度 AC

より大きくなる。ここで NMR とAC の関係を近似すれば以下のようになる。

ACACNMR )1( (6)

電気化学的にAC 法で観測するイオン伝導度 ACは電圧のバイアスに応答し得るイオンの

み測定の対象となっていることから、結果的に電気化学的に不活性なイオン対の伝導への

寄与は見かけ除外されてしまう。完全なイオン解離状態では =0 になりNMRとACは一致

することが予想される。式中の α はイオン解離の割合を意味するが、電気化学で定義する

イオン解離定数とは厳密な意味で異なる。イオン解離定数は化学平衡にある系において定

義され、α は NMR 法による拡散係数とインピーダンス法によるイオン伝導度の比であり、

動的なパラメータの実験値から計算されたものである。

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20

5.1無限希釈度への外挿

ここで非常に重要な問題が提起される。すなわち NMR で測定する拡散係数とインピーダ

ンス法(AC 法)で測定されるイオン伝導度とを直接比較してよいものであろうか? この点

を明確にするために、我々は電気化学の理論式の原点に戻ることにした。すなわち

Debye-Hückel の点電荷間のイオン相互作用から実証することである。イオン伝導に関する

古典理論式への実証と高濃度領域への拡張式の提唱は水溶液系・非水溶液系を問わず相当

数の研究例が発表されているが、リチウム電池用有機電解液系での研究例はみつからなか

った。4.3 章で述べたように、我々は実験的にアニオン、リチウム、溶媒の拡散係数および

イオン伝導度の測定値を無限希釈度へ外挿した。上述のように電解液には 2 種類の溶媒と 2

種類のリチウム塩を組み合わせた。すなわちGBL-LiBF4、GBL-LiTFSA、PC-LiBF4、PC-LiTFSA

系の 4 種類である。 Debye-Hückel の式と関連など電気化学についての詳細は我々の原論文

を見ていただきたい[19]。イオン伝導度の無限希釈領域での挙動を図 13 に示す。

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.85

10

15

20

25

30

35

40

45

GBL-LiBF4

GBL-TFSA

PC-LiBF4

PC-TFSA

/

[104 S

m2 m

ol-1

]

c1/2

/[M1/2

]

0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 0.105

1015202530354045

図 13. 無限希釈領域での 4 種類の電解液の当量イオン伝導度の塩濃度依存性。

直線は Kohlrausch の式 cSobs 0 で無限希釈度へ外挿した。図 13 の窓に測定値

が直線になる部分を示してある。塩濃度 c が充分に小さい時には Kohlrausch の関係は成り

立つことがわかる。

NMR の D から(5)式を用いて計算した当量イオン伝導度(NMR)と電気化学的に測定し

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21

た当量イオン伝導度(AC)を同じグラフにプロットしよう。図 14 に 4 つの有機電解液に

対してNMRから求めた当量イオン伝導度 NMR と電気化学測定の当量イオン伝導度 AC

の無限希釈度付近でのプロットを(a) LiBF4 をリチウム塩として溶媒は PC と GBL 並びに

(b) LiTFSA をリチウム塩として溶媒は PC と GBL を示す。これらのプロットから無限希釈

度へ外挿すれば NMR と AC が実験誤差内で一致することがわかる。拡散係数に関しては

高濃度域からの直線外挿によって、得られる D0の正当性が立証されたこととなり、次の関

係式が得られる。

000

20 )( ACNMR DD

RT

F

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

1x10-3

2x10-3

3x10-3

4x10-3

5x10-3

(a) LiBF4

Calculated from DLi and D

BF4

GBL-LiBF4

PC-LiBF4

Equiv

ale

nt

Ion C

onducti

vit

y [

S m2m

ol-1

]

c1/2

[M1/2

]

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

1x10-3

2x10-3

3x10-3

4x10-3

(b) LiTFSA

Calculated from DLi and D

TFSA

GBL-LiTFSA

PC-LiTFSA

Equiv

alen

t Io

n C

onduct

ivit

y [

S m2 m

ol-1

]

c1/2

[M1/2

]

図 14 無限希釈領域における NMR と AC を塩濃度でプロット

Nernst-Einstein 式 (5) は有機溶媒系であっても、無限希釈度へ外挿すれば成立することが実

験的に証明できた。また NMR で観測する有機電解液中でイオンが拡散の時間尺度とイオン

伝導度の測定にかかわる時間尺度がほぼ同じであるといえよう。

前述のように NMR では解離した電荷をもつイオンと会合して中性のイオンを見分ける

ことが出来ない。イオン会合とイオン解離の交換時間は NMR の時間尺度よりは速く、平均

の D 値が観測できる。一方イオン伝導度は解離して電荷をもつイオンを対象にした測定で

あるが、アニオンとカチオンを見分けられない。濃厚溶液については有効な電気化学の理

論式が導出されていないが、 Nernst-Einstein 式においても、イオン解離の割合というパラ

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22

メータを取り込めば、イオン伝導度とイオン拡散係数とはほぼパラレルにの扱うことがで

きることを無限希釈度領域で示そう。(6)式を用いて計算したα(イオン解離の割合)のイ

オン濃度依存性を図 15 に示す。

0.1 1

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1.0

LiTFSA

LiBF4

PC-LiTFSA

GBL-LiTFSA

PC-LiBF4

GBL-LiBF4

De

gre

e

of

Dis

so

cia

tio

n

c1/2

[M1/2

]

図 15 無限希釈領域におけるイオン解離の割合のイオン濃度依存性

誘電率の大きい PC と GBL を溶媒にして無限希釈度への外挿値ではα=1(=0)に近づ

いても、塩濃度が少し大きくなるとイオン会合は進むことがわかる。リチウム電池用には

1M 付近の濃度の電解液を用いるが、イオン解離の割合が 0.6 付近になることは理解できる。

塩濃度が大きくなると LiTFSA の方が LiBF4よりイオン会合は低く抑えられることは明白で

ある。

5.2 単独溶媒の有機電解液でのイオン解離

4.1 で述べた 16 種の有機電解液のイオン伝導度の測定値[16,17]に対して、DLi と DTFSA の値

を基に計算したσNMR からイオン解離の割合を求めた実験結果を図 16 に示す。(a) は横軸

に溶媒の拡散係数をとり、(b)の横軸は純液体の誘電率である。溶媒の拡散係数(粘性率の

逆数に比例)に着目すれば図 2 と比較できる。

イオン解離促進溶媒ではイオン解離の割合は大きいがイオン移動度(溶媒の拡散係数に比

例する)は小さく、DMC などではイオン移動度は大きいがイオン解離は小さいことがわかる。

グライム同族系列の TG、DG、DME 溶媒ではリチウムイオン解離に類似の相互作用機構が

あることを示唆している。横軸に純溶媒の誘電率をとってイオン解離の割合をプロットし

た図 16(b)では溶媒の種類分けが明確にできる。イオン解離溶媒系列、グライム同族系列、

低粘度溶媒系列で、NMP、THF は独自の性質をもつ溶媒として知られている。前述のよう

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23

にイオン伝導度もイオンの拡散係数も塩濃度に依存するので、イオン解離の割合は同一の

サンプルを測定して求めている。

5 10 15 20 250.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0 20 40 60

(a)

NMP

GVL

DMCDOx

DEE

THF

EP

DME

DGTG

GBLPC

BC

Degre

e of

Dis

socia

tion

Dsolvent

(10-10

m2s

-1)

(b)

THFTG

DG

DME

DMCDOx

GVL GBL BC PC

NMP

Dielectric constant

図 16 単独溶媒系における解離の割合を(a) Dsolventと (b) 純溶媒の誘電率でプロット

Rionから描いた LiTFSA のカチオンーアニオン相互作用のスキームとイオン解離の割合は

よく一致している。すなわち誘電率の大きな溶媒が Li イオンの周りで溶媒和すれば解離の

割合は大きくなる。誘電率が小さく溶媒和ができないような溶媒ではイオン解離も小さい。

この時 Li と TFSA がイオン会合したまま一緒に拡散し、Rionは Li でも TFSA でも類似した

値になる。

5.3 二液混合系有機電解液でのイオン解離

4.3 章で述べた LiTFSA をドープした DME-PC 系と DEC-PC 系のイオン伝導度を PC の割

合で図 17(a)にプロットした。

0 20 40 60 80 1000

2

4

6

8

10

12

14

DEC

DME

PC

(a)

/

mS

cm

-1

Mol % of PC

DME-PC

DEC-PC

0 20 40 60 80 1000.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

(b)

PC

Deg

ree

of

Dis

soci

atio

n

Mol% of PC

DME-PC

DEC-PC

DME

DEC

図 17.二液混合有機電解液の(a)イオン伝導度と(b)イオン解離の割合を PC のモル%でプロット

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24

DME-PC 系では 40% 付近、DEC-PC 系では 60% 付近に最大値がある。NMR のイオンの拡

散定数から計算したイオン伝導度と実測値との比から(6)式を用いて計算したイオン解離の

割合を図 17(b) に示す。DME および DEC 単独でのイオン解離は小さいが、PC の割合を増

やしてゆくことによりイオン解離は著しく向上することがわかる。図 17(a)と比較すると低

粘度溶媒の役割は明快である。DME および DEC 単独でのイオン解離は小さいが、PC の割

合を増やしてゆくことによりイオン解離は著しく向上することがわかる。図 17(a)と比較す

ると低粘度溶媒の役割は明快である。

5.4 6 種類のアニオンを溶解したリチウム塩有機電解液のイオン解離

4.4 章で述べたように 6 種類のアニオンの GBL 溶液におけるイオンの拡散係数(NMR)

と電気化学測定によるイオン伝導度との相関を検討した。図 18(a) に各々の電解液のイオ

ン伝導度を塩濃度の平方根でプロットした。

0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.95

10

15

20

25

30 (a)

ob

s /[S

cm

2m

ol-1

]

C1/2

/[M1/2

]

LiPF6

LiBF4

LiBOB

LiTFSA

LiBETA

LiSO3CF

3

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.80.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1.0

(b)

Degre

e of

Dis

socia

tion

LiBOB LiPF6

LiTFSA LiBF4

LiBETA LiCF3SO

3

C/[M]

図 18.6 種類の異なったアニオンのリチウム塩を溶解した GBL 溶液における (a)イオン伝

導度と (b)イオン解離の割合を塩濃度でプロット

LiBF4と LiSO3CF3を除く 4種のリチウム塩の電解液では c1/2に対するイオン伝導度のプロッ

トは直線に近い。(6)式から求めたイオン解離の割合を図 18(b)に示した。イオン伝導度と同

様に、LiBF4 と LiSO3CF3 を除く 4 種のリチウム塩のイオン解離の割合は実験誤差を考慮す

れば、GBL 溶液中では大きく異なることはない。

5.イオン液体 EMImTFSA の拡散係数と物理化学パラメータ

イオン液体はアニオンとカチオンのみによって構成される電解液でイオン伝導度を観測

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25

できる。各種の応用が模索され非常に多くの研究が行われている。私もアニオンとカチオ

ンの拡散係数を測定しデータを論文として発表している。イオン液体はリチウム系有機電

解液に比べると粘性が大きく、拡散係数は電解液より小さい。大きな粘度をもつイオン液

体は、温度を低くしても流動性の高い液体で粘度、イオン伝導度、拡散係数はなめらかな

温度依存性を示す。しかしながら低温領域で注意深く測定すると、見かけの拡散係数は観

測時間が短くなると速くなる。その時、イオン内の分子構造によって異なる 1H シグナルの

拡散定数を測定すると、拡散係数は実験誤差よりの大きな分子構造依存性を示す[3]。実験

的には確かであるが、分子間相互作用が長距離の移動現象の拡散にまで及ぶという実験結

果は学会や学術誌で理解を得るのが難しいのが現状で、そのような研究例が増えれば認知

度があがるであろう。ゲル電解質、高分子電解質、固体無機電解質など構造をもつ電解質

(自発的な流動性を持たない)のイオン拡散は、有機電解液中のイオン拡散解析の延長上

にある複雑系である。イオン液体において、Stokes-Einstein 式や後述の Nernst-Einstein 式に

よる解析でイオン伝導度、粘性率等のほかにアニオンとカチオンの拡散係数が重要な役割

を果たしていることを実験的に示そう。 イオン液体のうちポピュラーな

1-ethyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)amide (EMImTFSA) を取り上げる。略

称は任意であるので、EMIm を emi、emim、C2mim 等、TFSA を TFSI, NTf2、Tf2N、TF2N

と様々である。この測定の経験から「拡散係数の測定精度」[3]を執筆した。EMImTFSA の

化学構造、分子式、MW などを示しておく。

拡散係数、イオン伝導度、粘度、密度などの物理定数は試薬の純度、微量の水分などでわ

ずかに変化するので、ここでは論文発表した値を用いる[25,26]。リチウム塩をドープしたイ

オン液体でのリチウムの拡散係数は有機電解液中のリチウムイオンの拡散係数よりおよそ

1桁小さい。

カチオン EMIm(1H-NMR)とアニオン TFSA(

19F-NMR)の拡散係数の温度依存性をアレニウス

プロットして図 19 に示す。イオン液体ではほとんどの場合、カチオンの拡散係数の方がア

ニオンの拡散係数より大きくなる。

アレニウスプロットにおいて粘度のきわめて小さい系を除いて多くの場合直線にはならず

上に凸の曲線になる。このような場合には Vogel-Fulcher-Tammann(VFT)で Fitting を行

う。

))/(exp( 00 TTBDD (7)

N N+

CH3

CH

2

CH3

H

H H

N SS

O

O

O

O

O

O

F

F

F

F

F

F

[C6H

11N

2] [C

2F

6NO

6S

2] MW=111.17+312.14=423.31 RN: 174899-82-2

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26

ここで D0, B, T0 は Fitting parameter である。

図 19. EMImTFSA の拡散係数のアレニウスプロット

Arrhenius プロットが直線にならない時に、3 個のパラメータをもつ VFT 式は広範囲に適用

され、各々のパラメータの物理的意味を論じている場合もある。またすこし変形した式の

形も提案されている。

実際にパラメータを計算する時には、D と T(絶対温度)の相関を自然対数 ln(D)と T の関

係にしてプロットする。(7)式は )/()ln()ln( 00 TTBDD となり、 )3/(21 pxppy

の式で非線型 Fitting (Non-linear curve fit) によって、3 個のパラメータ p1, p2, p3 を求める

ことができる。初期値は適切に設定した方がよい。VFT のパラメータ 3 個により任意の温

度の D 値が計算できるメリットは大きい。EMImTFSA の VFT パラメータを表 2 に示してお

く。

表 2. EMImTFSA の拡散係数の VTF fitting parameters

p1 D0 (m

2s

-1)

(ep1)

p2(B)(K-1)) p3(To) (K) R

2

EMIm

-16.35 7.93 × 10-8

1503 92.7 0.99926

TFSA

-15.10 2.76 × 10-7

2190 56.5 0.99863

EMIm と TFSA の拡散係数からモル伝導率(molar conductivity, 電解液の場合、当量伝導

度ということが多い)を求める。 z=1(一価)であるので、

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27

])[(][][314.8

][)10649.9()( 12

11

1242

scmDDKTmolJK

sAmolDD

RT

zFNMR

電気化学では長さは cm の単位になっている。F はファラデー定数である。

一方電気化学的に求めたイオン伝導度 [Scm-1

] からモル伝導率を求めるためには

密度ρ[gcm-1

] と 分子量 MW(EMIm+TFSA)から

MWimp

図20にNMRから計算したモル伝導度 NMR とイオン伝導度と密度から計算したモル伝導度

imp の温度依存性を示す。荷電をもつイオンだけを対象にしたイオン伝導度からの Λimpは

荷電の有無に無関係な ΛNMRよりは小さくなる。

図 20. 拡散係数とイオン伝導度から計算したモル(当量)伝導度の温度依存性

拡散係数と粘性率との関係について述べよう。すでに述べてある Stokes-Einstein の関係式を

再度記しておく。

src

kTD

(1)

ここで、D と は実験値、k はボルツマン定数であるので、D を kT/π でプロットすれば

勾配は crs の逆数になる筈である。実際にプロットして図 21 に示す。明らかに直線性が得

られ、crs 値は勾配から EMIm と TFSA で各々0.8327 nm と 1.3232 nm になる。MO 法の

van-der-Waals体積から求めた rsはEMImとTFSAにおいて0.303 nmと0.329 nmであるので、

c 値はそれぞれ 2.8 と 3.8 になる。一般にカチオンの c 値の方が小さくなる。またリチウム

イオンをドープした系の考察から TFSA は Li に 2 配位、FSA は 3 配位していると考えられ

る。

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28

図 21 EMImTFSA の拡散係数を kT/πでプロット

スピン-格子緩和時間 T1 の温度変化では T1 の極小値がしばしば測定され、イオンのフリ

ップ時間c(10-8

~10-11

s)を求めて、イオンの分子回転運動について論文では論じているが、こ

こでは述べない。

6. Li/Li 対称セルを用いた電圧印加時のイオン移動の in-situ 観測

リチウム二次電池では閉回路時において正極/負極間に…正極/負極間に 3~4 V の電圧が

常に掛かった状態であり、電解液も印加電圧の影響を大きく受けることが推察される。そ

こで、実際のリチウム二次電池の充放電作動時のモデル実験として電圧を印加した時のイ

オン移動挙動を測定することを試みた[27]。

図 22 (a)Li/Li 電極についたセルと電圧印加時のイメージ、及び(b)in-situ 測定に用いた(b)

パルス系列

リチウムイオンの溶解・析出を行うことの出来るノンブロッキング電極として両極に金属

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29

リチウムを用い、電解液に LiTFSA の 0.5 M PC 電解液を用いたモデルセルを作製した(図

22)。電圧印加時に拡散現象を測定する方法として NMR の世界では Electrophoretic NMR(電

気泳動 NMR、ENMR)という研究分野があり、主に水溶液系で研究されている。ENMR 法

では電圧印加すればイオンは直ぐに電圧の大きさに比例して泳動すると仮定してパルス系

列を設定している[28]。従来の NMR 測定には多くの問題があると我々は考えている。セル

は自家製で図 21(a)に示す。またパルス系列を 21(b)に示す。電圧印加できるプローブとアン

プは日本電子製である。

静電場の印加方向と磁場勾配の照射方向はともに外部静磁場方向である。先ずは NMR 用

のセルを用いて行った電気化学的測定の結果を図 23 に示す。NMR 測定に先だってクロノ

アンペロメトリー測定を行い、電圧を印加した時の電流値を時間軸でプロットした。(a)は

初期段階で定電流になるまでに電極で観測しておよそ 0.1 s (100 ms)の時間がかかる。言い換

えると電圧を印加してからイオンドリフトが始まるまでには、拡散測定のパラメータΔに

相当する時間が必要である。定常状態での電流値を印加電圧でプロットした図 23(c)での直

線性は良好であることから、NMR 用に作製したセルは電気化学的にみて良好といえる。

図 23 図 22(a)のセルを用いたクロノアンペロメトリーの結果。(a)と(b)は時間軸で電流値を

プロット、(c)は印加電圧と定常電流値の関係。

電場印加のない時に拡散係数 D をエコーシグナルの大きさ(E)の減衰から求めるときの

Stejskal の式

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30

))3

(exp( 222 DgE (8)

はよく知られている(拡散測定の手引き[1]参照のこと)。定電圧を印加した時に、電場の下

でドリフトするイオンのドリフト速度を とすると、

))3

(exp()cos( 222 Dggv

S

SE

o

v (9)

で表され、 Sv と S0 は各々が電場のある時とない時のエコーシグナルの大きさである[16]。

実際の測定時には (8) 式を用いて ln(E)を )3

(222 Dg でプロットすると直線が得られ

見かけの Dapparentが求まる。リチウムイオンと TFSA の見かけの Dapparent(Li)と Dapparent(TFSA)

を印加電圧 2V、図 22(b)の遅延時間 tDCを変化して測定した結果を図 24 に示す。

実際に測定すると遅延時間が長くなるにつれて、エコーシグナルの減少が速くなり、確

かにイオンの移動速度が速くなっていることが実感できる。Dapparent(TFSA)は遅延時間 tDC

が 0.4 s 付近では一定値になるが Dapparent(Li)は一定値に達するまで長い時間がかかる。これ

は Li/Li 電極の特性で実際のリチウムイオンの溶解・析出速度と関係する可能性がある。リ

チウムイオンの溶解・析出を伴わない(キャパシタ的な振る舞いを行う)ブロッキング電

極である Pt/Pt電極ではアニオンとカチオンにこのような大きな相違は観られなかった[29]。

いずれにしてもクロノアンペロメトリーで観測した電流値一定に達する時間と比べるとバ

ルクの状態を反映する NMR で観測するときには遥かに長い遅延時間が必要である。PC を

溶媒とした電解液では 3.5V 以上の電圧を印加すると電解液が分解することがわかっている。

また拡散測定のように繰り返し電圧を掛けると Li 電極の表面が荒れてデンドライドができ

ることは我々の予備実験からわかっていたので、in-situ 測定は注意深く能率的に行った。遅

延時間を 0.4 s に固定して、印加電圧を上げながら見掛けの拡散係数 Dapparentを溶媒、リチ

ウムイオン、TFSA アニオンについて測定して図 25 に示す。明らかに溶媒の D は変化が小

さく、リチウムイオンが最も大きくドリフトし、TFSA アニオンもドリフトすることがわか

る。アニオンのドリフトは電解液の電荷の中性を保つためには必要な動きである。

図 24 電圧印加後に拡散

測定を始めるまでの遅延時

間に依存したリチウムイオ

ンとアニオンの見かけの拡

散係数

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31

図 25. 遅延時間 0.4sの時の印加電圧とリチウムイオン、TFSA(TFSI)と溶媒の Dapparent

図 23 および図 24 の Dapparentは (8) 式でプロットして求めた値であり、理論的には正当でな

い。そのため(8)式に従ってドリフト速度を計算した。その時プロットを図 26 に示す。

0 1x109

2x109

3x109

4x109

5x109

-2.0

-1.5

-1.0

-0.5

0.0

0 2x108

4x108

6x108

8x108

1x109

1x109

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

(a)

ln(E

)

2g

2(/3)

(b)

A=E/exp(-g

2D(/3))

cos-1

(A)

g

このようにして求めたドリフト速度の遅延時間依存性と電圧依存性を図 27 に示す。

図 26 電圧印加 2V、tDC=0.2 s の時のリ

チウムのエコーシグナルの減衰。

(a)は (8) 式によるプロットで見かけの D

を求めた。

(b)は (9) 式に基づくプロットで D は電圧

印加しない時の値を用い

))3/(exp(/ 222 gEA である。

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32

図 27 のドリフト速度は図 24 と図 25 の見かけの拡散係数から計算している。Li/Li 電極を用

いた in-situ 測定では、リチウムイオンは TFSA より遥かに高速で電解液中を移動すること、

溶媒は電圧印加によって大きくは加速されないことなどがわかる。これは電圧印加のない

静的な状態の電解液の拡散とは異なっている。

但し、電圧印加の測定で正確な再現性を得ることは難しい。遅延時間に対しても、印加

電圧に対しても、測定データの傾向(大きくなるとか小さくなる)は再現するが、物理定数と

しての再現性を得ることは難しい。何がファクターになっているのかがまだわかっていな

いが電極表面が影響していると我々は考えている。特に電圧印加を繰り返し行うと、徐々

に電圧印加効果は小さくなり、同じ Dapparentの値を得るために遅延時間も長くする傾向にあ

る。ここでは述べないが両極を白金電極でリチウムイオンの溶解・析出を伴わない(キャ

パシタ的な振る舞いを行う)セルで測定をしていると、同じ設定条件でも Dapparent が小さ

くなり、データの再現性を得ることの難しさは Li/Li 電極と同じであった[29]。イオンが流

れるという現象の解明は将来の重要な研究課題である。

8. むすび

リチウム電池用有機電解液の研究は全て相原雄一博士との共同研究で行われた。彼がサ

ンプル条件の設定、サンプル調製、イオン伝導度測定など重要なファクターを担当した。

また PGSE-NMR 測定や解析については Prof. W. S. Price との共同研究でおこなわれた。我々

3 人は愉快で楽しい共同研究仲間であり、Price さんがオーストラリアに帰国してからも信

頼関係は継続している。電解液探索ではイオン伝導度の向上が重要な指標になっている。

イオン液体の物理化学データ(イオン伝導度、粘性率、密度等)は関 志朗博士の確かな測

図 27. ドリフト速度を(a) 2V 印加

時の遅延時間と(b) 遅延時間 0.4s

の時に電圧でプロット

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定から取得されたものである。拡散係数測定から明らかになったこととして、リチウムの

拡散係数が最も小さく(=リチウム輸率が小さい)、アニオンの移動がイオン伝導度を決め

ているといえよう。しかしながら第 7 章で述べたように Li/Li 電極をつけて、リチウムイオ

ン、アニオン、溶媒のドリフト拡散を測定すると、リチウムイオンはアニオンと比べて速

く移動することがわかっている(関 志朗博士と胸をワクワクさせながら行った共同研究)。

電解質の評価はセルを作ってテストしないとわからない面が確かにあるが、セルの中で何

が起きているのかをミクロの眼で考察するためには NMR は有効で重要さを増すものと私

は信じている。

本稿作成にあたって、相原雄一博士、関 志朗博士、齋藤守弘博士から電気化学、リチ

ウム電池、電解液などについて貴重なコメントをいただいた。

リチウム二次電池は携帯電話、ノート PC、電気自動車、航空機などで今後も重要性が増

大するであろう。安全性という観点から電解質の研究は重要であり、固体電解質(無機伝

導体や高分子電解質)、ゲル電解質、イオン液体などが候補として上げられているが、実用

的には有機電解液を超える電解質は確立されていない。電極材料やセパレータなどに適合

する電解質の探索の時に、ここで示した有機電解液のデータは参考になると期待している。

従来から NMR といえば構造解析のための分析方法と一般に認識されている。確かに NMR

は化学構造をはじめとして、物質構造解析には強力であり、感度向上にともない、観測可

能な核種も多くなり,広い分野で不可欠な分析手段になっている。同時に NMR は時間に依

存するような現象を捉えるために重要な手法であり、特に PGSE-NMR 測定によって得られ

る自己拡散係数は分子やイオンの移動を的確に解明できる。

高い磁場勾配の PFG プローブと電極付の PFG プローブを製作してくださった日本電子

グループの池田武義氏、国領憲治氏にお礼申し上げます。また NMR 装置のメンテナンスを

して下さる歴代の筑波担当の方々にはお世話になっています。よい NMR 装置があるから、

よいデータが取得できると日ごろから考えています。

文献

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http://www.ribm.co.jp/RDsupport/diffusion.html からアクセス。

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用有機電解液 早水紀久子 http://www.ribm.co.jp/RDsupport/diffusion.html からアクセス。

[3] PGSE-NMR 法によって測定する自己拡散係数のデータ精度(追加版)-イオン液体、特

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