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67 1 .橿原市新沢地区の民俗調査 2018年度の夏期集中の「民俗学実習 3 」として、 8 月28日(火)~31日(金)に奈良県橿原市新沢地 区で民俗調査を行った。同地区の調査は、昨年の12月 2 日(土)にも、「民俗学実習 2 」の一環として 行っていた。前号の『古事』の実習報告に記したように、同地区北越智町にお住まいの元・天理大学附 属天理参考館学芸員の吉田裕彦氏が地区誌の編纂を依頼され、それに協力する形で、実習地としたもの である。調査には「民俗学実習 3 」の受講生と、受講済みの専攻生有志 2 名が参加した。 民俗調査の準備として、春期の「民俗学実習 1 」の授業で前年度の「民俗学実習 2 」のレポートを読 み、各自の興味のあるテーマを分担して発表し、さらに関連する文献や映像資料に目を通した。その後、 各自が希望する調査内容を整理し、主に年中行事を調査するA班と、主に神社祭礼や仏教行事を調査す るB班の二班を編成した。 調査は合宿で行い、宿舎として新沢地区公民館を特別に利用させていただいた。館長の堀野威氏には さまざまに便宜をはかっていただいた上、調査があることを地区内に周知していただた。さらに話者の 手配についても大変お世話になった。 調査会場と話者は下記の通りである。このほか、臨時に話を聞かせていただいたり、当初の予定の以 上にお集まりいただいたりしたため、ご氏名が十分うかがえなかった方がいる。あしからずご了解いた だきたい。 28日(火)午後 A班 新沢地区公民館 岡本博義(観音寺町東観音寺) B班 古作会館    中川徳雄・中川治彦(観音寺町古作) 29日(水)午前 A班 新沢地区公民館 梅本長美・増田治夫(川西町) B班 話者宅     弓場忠司(観音寺町西観音寺) 午後 A班 話者宅     岡本光生(観音寺町西観音寺) B班 薬師堂     宮田喜好・﨑山照子・﨑山冨幸ほか(光陽町) 個人 話者宅     竹村匡弥 30日(木)午前 A班 北越智集会場  吉村仁志・安田悦子・吉田裕彦(北越智町) B班 巡見      川西町・天満神社(高田市根成柿)・一町ほか 午後 A班 新沢地区公民館 中川博之(一町萩の本) 古事 天理大学考古学・民俗学研究室紀要 第23冊 2019(平成31)年 3 月31日 pp.67~71 2018年度民俗学実習報告 橿原市新沢地区の民俗調査と神戸市長田神社の追儺式神事調査 齊藤純・丸山泰明・2018年度民俗学実習班

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1 .橿原市新沢地区の民俗調査

 2018年度の夏期集中の「民俗学実習 3」として、 8月28日(火)~31日(金)に奈良県橿原市新沢地

区で民俗調査を行った。同地区の調査は、昨年の12月 2 日(土)にも、「民俗学実習 2」の一環として

行っていた。前号の『古事』の実習報告に記したように、同地区北越智町にお住まいの元・天理大学附

属天理参考館学芸員の吉田裕彦氏が地区誌の編纂を依頼され、それに協力する形で、実習地としたもの

である。調査には「民俗学実習 3」の受講生と、受講済みの専攻生有志 2名が参加した。

 民俗調査の準備として、春期の「民俗学実習 1」の授業で前年度の「民俗学実習 2」のレポートを読

み、各自の興味のあるテーマを分担して発表し、さらに関連する文献や映像資料に目を通した。その後、

各自が希望する調査内容を整理し、主に年中行事を調査するA班と、主に神社祭礼や仏教行事を調査す

るB班の二班を編成した。

 調査は合宿で行い、宿舎として新沢地区公民館を特別に利用させていただいた。館長の堀野威氏には

さまざまに便宜をはかっていただいた上、調査があることを地区内に周知していただた。さらに話者の

手配についても大変お世話になった。

 調査会場と話者は下記の通りである。このほか、臨時に話を聞かせていただいたり、当初の予定の以

上にお集まりいただいたりしたため、ご氏名が十分うかがえなかった方がいる。あしからずご了解いた

だきたい。

28日(火)午後 A班 新沢地区公民館 岡本博義(観音寺町東観音寺)

        B班 古作会館    中川徳雄・中川治彦(観音寺町古作)

29日(水)午前 A班 新沢地区公民館 梅本長美・増田治夫(川西町)

        B班 話者宅     弓場忠司(観音寺町西観音寺)

     午後 A班 話者宅     岡本光生(観音寺町西観音寺)

        B班 薬師堂     宮田喜好・﨑山照子・﨑山冨幸ほか(光陽町)

        個人 話者宅     竹村匡弥

30日(木)午前 A班 北越智集会場  吉村仁志・安田悦子・吉田裕彦(北越智町)

        B班 巡見      川西町・天満神社(高田市根成柿)・一町ほか

     午後 A班 新沢地区公民館 中川博之(一町萩の本)

古事 天理大学考古学・民俗学研究室紀要 第23冊2019(平成31)年 3月31日 pp.67~71

2018年度民俗学実習報告

橿原市新沢地区の民俗調査と神戸市長田神社の追儺式神事調査

齊藤純・丸山泰明・2018年度民俗学実習班

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        B班 常門会館    前田昌善・弓場好彦・松尾彰(一町)

31日(金)午前 全員 新沢地区公民館 武村具幸(高取町 小嶋神社宮司)

 調査は、それぞれ予定した内容の聞き取りを行ったが、宮座やトンド、初午、盆行事、秋祭り、農作

業など、興味深い話をうかがうことができた。

 聞き取りによると、トンドの形の多くは逆三角錐の朝顔型で、これは御所市を中心に広がっている独

特の形なのだが、新沢地区では、一部、通常の形のものもあるという。また、祭礼に「十二振り」と

いって12個の提灯を三段に吊るした竿が出るのだが、このような提灯も御所市を中心に広がっていて、

橿原市になると、新沢地区より東では見られないという。日常生活でも、東方の橿原市八木地区よりも、

西方の御所市方面とのつながりが強く、次のようなエピソードをうかがった。

 新沢地区の川西町で昭和 9(1934)年に生まれた話者の思い出だが、子供の頃、当地の藁を材料にし

た薦こも

編の副業が盛んで、製品は御所の町に売りに行った。薦は子供でも編むことができ、一緒に売りに

行ってもらい、小遣い稼ぎをしたもので、当時、こんな歌をよく歌っていたという。

 「ここから御所までいちもんめ、一文の銭でも貯めといて、帰りになんか買うて帰ろ」

 「いちもんめ」というの「一里」すなわち 4㎞のことで、御所までの距離だという。少しでもお金を

貯め、御所に行った帰りに買い物をして来ようという意味だそうである。

 このように、新沢地区は橿原市であるものの、むしろ御所市の経済圏や文化圏の東端という印象が強

い。新沢地区から東の八木方面へ行くためには、千塚古墳群のある丘陵地帯を越えなければいけないの

だが、そのいくつかの峠には、狐や狸が出たり、幽霊が出たりといった世間話が語られている。新沢地

区の人々の抱く世界観の一端がうかがえるようで、興味深いことであった。

 民俗調査の成果は、秋期の「民俗学実習 2」の時間を利用して整理した。その作業は、各自が聞き

取ったことをレポートとして提出し、それを話者ごとにまとめる。そして聞き取った内容を比べ合わせ、

遺漏や間違いがないかを点検する。さらに話者ごとに担当を決めてまとめなおすというもので、最終的

に整った内容の調査報告を作成し、再度レポートとして提出を求めた。

 こうしてできた調査報告は、副本をとって吉田氏に提供し、昨年同様、地区誌編纂に役立てていただ

くはこびである。

 なお、調査に参加した専攻生有志は、関心のあるテーマで独自の聞き取り調査も実施した。そのなか

の 4年次生は、この調査で得たデータを卒業論文に活用した。今後も、実習を卒業研究に生かすことが

できればよい、と願うものである。

 お世話になった吉田裕彦氏・堀野威氏・話者の皆様に感謝を申し上げます。 (齊藤純)

樫原市新沢地区調査参加者

齊藤純・丸山泰明(以上、専攻教員)

 石橋瑞樹・奥春樹・川口拓輝・河野悠大・佐藤渚・鈴木啓仁・竹原祐槻・中谷直生・中西一希・正城

理子・畑中彩希(以上、受講生)

佐々木天・寺尾翼(以上、専攻生有志)

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【参考文献】

橿原市史編纂委員会編 1987『橿原市史』本編 下巻 橿原市

2 .神戸市長田神社の追儺式神事調査

 2018年度の秋学期の授業である「民俗学実習 2」では、兵庫県神戸市長田区に所在する長田神社で毎

年 2月 3日に行われる古式追儺式神事を見学した。

 関西では、 2月 3日を中心に、多くの神社やお寺において鬼が現れる年中行事が催される。中でも長

田神社の追儺式は歴史的な由緒もある行事であり、兵庫県の重要無形民俗文化財にも指定されている。

 一般の家庭で行われる節分の豆まきがそうであるように、鬼は災いの象徴として追い払われるもので

ある。家庭では、多くの場合、父親が鬼に扮し、炒った豆を投げつけられて家の外に追い払われる。神

社やお寺の年中行事においても、災厄の象徴として鬼が退治され追い払われるものが多い。

 しかし、長田神社の追儺式では、鬼は追い払われ退治されるわけではない。神々の使いであり、神の

代理として災厄を祓い清め、良い年を迎えるために踊る鬼である。このような鬼が追い払われない年中

行事は、兵庫県に多いという。

 行事を見学する上での事前学習として、毎週行われる通常の授業では、鬼が現れる年中行事について

写真 1 新沢地区公民館で聞き取り

写真 2「首吊り坂」新沢地区東部丘陵の峠の一つ。ここにあった一本松で狐が憑いたり、狸が砂を降らしたりしたという。

写真 3 長法寺本堂

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の論考を読み、学習した。まず、学生が自分たち自身により、長田神社の追儺式を含めた鬼の現れる年

中行事の民俗に関する論考を探し集めてもらった。次に集められた論考を、「修正会・修二会の民俗」

「古代国家の年中行事」「アジアとの比較」「来訪神」の四つのグループに分けた。その上で、学生各自

が論考を読んで発表を行い、内容について検討・議論して、鬼の民俗についての知識・理解を深めた。

  2月 3日は午後12時に長田神社の社前に集合した。行事が始まるまでの神社の境内を見て回った。特

に、長田神社の摂社である楠宮稲荷社の信仰は心を打つものであった。楠宮稲荷社の御神木である樟に

は、神の化身である赤えいが宿るとされる。楠宮稲荷社は、腫れ物、特に痔に効くとされ、絵馬には赤

えいが書かれている。いくつか絵馬の願いを読んでみると、痔の治癒を願うものもあったが、家族など

の親しい人の病気治しを祈る絵馬が多く見受けられた、住所からは広い地域から信仰を集めていること

がうかがわれた。

 行事は午後 1時から始まる。すでに午前中のうちに須磨海岸で身を清めた男性たちが、神社の拝殿に

上がって参拝した後、お面をかぶり鬼に扮する。鬼は、一番太郎鬼、赤鬼、青鬼、姥鬼、呆助鬼、そし

て大役鬼といわれる餅割鬼、尻くじり鬼の 7匹である。鬼は拝殿の前に設けられた舞台で右手に松明を

持って踊る。最初は鬼の数が少ないが、演目を重ねる度に鬼の数は増えていく。松明は麦藁でできてお

り燃えるのが早いので、踊りながら次々と取り替えられる。燃えさしの松明は厄除けとして、参拝者た

ちが頒布を受けて家に持ち帰る。そして次の年にふたたび参拝し一年前の松明を収め、新しい松明をも

らい受ける。

 演目の合間には、鬼の元に人々が集まる。頭を撫でてもらうことによって、厄除けをし、幸せを願う

のである。見学の時から、親子連れ、特に未就学児ぐらいまでの年齢を連れてきている家族が多いこと

が気になっていたのだが、それは鬼に頭を撫でてもらうためだった。小さい子たちは、何もわからない

まま頭を撫ででもらう子もいたが、鬼のお面の形相を恐れてか、泣きわめく子や、親の手を振りほどい

て逃げ出す子もいた。

 当日は、時折小雨が降りながらも、おおむね曇り空であったが、終盤に近づくと本降りの雨に変わっ

ていった。午後 5時を回り、いよいよ餅割鬼と尻くじり鬼が餅を割る演目となる。夕方になって冷え込

み、雨も降る中、行事の最後に餅を割る役を務める餅割鬼の体からは湯気が上がっていた。焦らしなが

らも、最後にとうとう餅割鬼が餅を斧で割ると、人々の間から歓声が上がった。そして鬼が下がって行

事は終わる。

 行事は長時間にわたったので学生たちも疲れたようだった。小雨が降る中、後ろの見学者の邪魔にな

るので傘をさすこともできず、雨に打たれながらの見学は身にこたえただろう。そんな状況にも関わら

ず、常に最前列で行事を見続けた熱心な学生がいたことを、ここに記しておきたい。

 長田神社の追儺式はもちろんのこと、樟宮稲荷社の赤えいの絵馬も含めて、この長田神社での見学を

通じて学生たちは、災いを恐れ幸福を願う行事や信仰のあり様を実感できたはずである。 (丸山泰明)

長田神社追儺式神事参加者

 齊藤純・丸山泰明(以上、専攻教員)

 石橋瑞樹・奥春樹・川口拓輝・河野悠大・佐藤渚・鈴木啓仁・竹原祐槻・中谷直生・中西一希・正城

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写真 4 踊る赤鬼

写真 5 鬼に頭を撫でられる子供

理子・畑中彩希(以上、受講生)