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1.緒 近年, 高齢者の白髪染めにとどまらず, 性別を問わ ず幅広い年齢層にわたって脱色や染毛によって毛髪の 色を変える習慣が広まった. 一方で, それに伴う毛髪 や頭皮の損傷さらに染毛剤等による健康被害への認識 も高まり, 毛髪への損傷の小さい染毛方法や人体に害 のない新規な染毛方法も開発されてきているが, まだ まだ十分には普及していない. カラーリング剤の種類には, 着色剤を毛髪表面に被 覆して着色する一時染毛料, 酸性浴中で正に荷電した ケラチンタンパクの末端アミノ基と負に荷電したスル ホン酸基を有する酸性染料とのイオン結合により着色 する半永久染毛料, 酸化染料が毛髪中に浸透し, 酸化 重合により生成した不溶性色素が毛髪中に定着するこ とで着色する永久染毛剤などがある 1) . 永久染毛剤に よる処理の際には過酸化水素による毛髪のメラニン色 素の酸化分解と酸化反応による色素の生成とが同時に 行われ, 一方, 脱色剤は染色を行わずに酸化剤を用い て毛髪の色を明るくする. 毛髪の脱色は, メラニン色 素の共役π電子系を酸化分解することにより行われる. メラニン色素は毛髪の毛皮質と毛髄質に含まれ, その 含有率は 3%以下と言われている. その色調は, 2 種 類のメラニン色素, すなわち黒褐色系の真メラニン (ユウメラニン) と黄赤色の亜メラニン (フェオメラ ニン) の数や大きさによって決定される. 黒褐色毛の 場合にはフェオメラニンは微量にしか含まれず, ユウ メラニンの数が多く, 形も大きい 2) . 脱色剤の種類には, アルカリ剤を用いずに酸化剤の みで毛髪を脱色する1剤式, アルカリ剤を主成分とす る第1剤と酸化剤を主成分とする第2剤とを使用時に 混合する2剤式, ならびに前記2剤式の第1剤および 第2剤と脱色補助剤 (過炭酸ナトリウム) を主成分と する第3剤とを使用時に混合する3剤式がある 2) .一 般に, 酸化剤として過酸化水素が使用されている. 過 酸化水素は, 吸着性有機ハロゲン (AOX) を生じな いプロセスへの移行のため製紙業, 繊維加工において ( ) 25 387 日本家政学会誌 Vol. 59 No. 6 387392 (2008) ブリーチ剤を用いた毛髪の脱色における 配合成分の効果 子, 梁 (奈良女子大学生活環境学部, 奈良女子大学大学院人間文化研究科) 原稿受付平成 19 年 10 月9日;原稿受理平成 20 年2月2日 The Effects of Components in Bleaching Agents on Hair Bleaching Masako MAEKAWA and Sunmi YANG Faculty of Human Life and Environment, Nara Women’s University, Nara 6308506 Graduate School of Human Culture, Nara Women’s University, Nara 6308506 Bleaching of human hair with three types of commercial bleaching agents was studied. The bleach- ing effects on human hair differed depending on which component, an oxidizing agent, an alkali, or so- dium percarbonate, was used. The effects of pH on color difference, tensile strength and surface morphology of the hair were then studied by adding sodium hydroxide into the hydrogen peroxide aqueous solution. It was revealed that bleaching effects increased when the pH level was more than 9; however, the tensile strength decreased and the surface morphology deteriorated with increasing pH levels. Furthermore, it was suggested that bleaching with sodium percarbonate caused greater color differences and less damage than hydrogen peroxide bleaching with alkali. (Received October 9, 2007; Accepted in revised form February 2, 2008) Keywords: bleach 脱色, human hair 毛髪, bleaching agent ブリーチ剤, alkaline agent アル カリ剤, sodium percarbonate 過炭酸ナトリウム, tensile strength 引張り強度.

Ò æ ½ N ; M h ß E w d í t S Z ùR ü w ® L

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1. 緒 言

近年, 高齢者の白髪染めにとどまらず, 性別を問わず幅広い年齢層にわたって脱色や染毛によって毛髪の色を変える習慣が広まった. 一方で, それに伴う毛髪や頭皮の損傷さらに染毛剤等による健康被害への認識も高まり, 毛髪への損傷の小さい染毛方法や人体に害のない新規な染毛方法も開発されてきているが, まだまだ十分には普及していない.カラーリング剤の種類には, 着色剤を毛髪表面に被覆して着色する一時染毛料, 酸性浴中で正に荷電したケラチンタンパクの末端アミノ基と負に荷電したスルホン酸基を有する酸性染料とのイオン結合により着色する半永久染毛料, 酸化染料が毛髪中に浸透し, 酸化重合により生成した不溶性色素が毛髪中に定着することで着色する永久染毛剤などがある1). 永久染毛剤による処理の際には過酸化水素による毛髪のメラニン色素の酸化分解と酸化反応による色素の生成とが同時に行われ, 一方, 脱色剤は染色を行わずに酸化剤を用い

て毛髪の色を明るくする. 毛髪の脱色は, メラニン色素の共役π電子系を酸化分解することにより行われる.メラニン色素は毛髪の毛皮質と毛髄質に含まれ, その含有率は 3%以下と言われている. その色調は, 2 種類のメラニン色素, すなわち黒褐色系の真メラニン(ユウメラニン) と黄赤色の亜メラニン (フェオメラニン) の数や大きさによって決定される. 黒褐色毛の場合にはフェオメラニンは微量にしか含まれず, ユウメラニンの数が多く, 形も大きい2).脱色剤の種類には, アルカリ剤を用いずに酸化剤のみで毛髪を脱色する1剤式, アルカリ剤を主成分とする第1剤と酸化剤を主成分とする第2剤とを使用時に混合する2剤式, ならびに前記2剤式の第1剤および第2剤と脱色補助剤 (過炭酸ナトリウム) を主成分とする第3剤とを使用時に混合する3剤式がある2). 一般に, 酸化剤として過酸化水素が使用されている. 過酸化水素は, 吸着性有機ハロゲン (AOX) を生じないプロセスへの移行のため製紙業, 繊維加工において

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日本家政学会誌 Vol. 59 No. 6 387~392 (2008)

ブリーチ剤を用いた毛髪の脱色における配合成分の効果

前 川 昌 子, 梁 善 美*

(奈良女子大学生活環境学部, *奈良女子大学大学院人間文化研究科)

原稿受付平成 19 年 10 月9日;原稿受理平成 20 年2月2日

The Effects of Components in Bleaching Agents on Hair Bleaching

Masako MAEKAWA and Sunmi YANG*

Faculty of Human Life and Environment, Nara Women’s University, Nara 630‒8506*Graduate School of Human Culture, Nara Women’s University, Nara 630‒8506

Bleaching of human hair with three types of commercial bleaching agents was studied. The bleach-ing effects on human hair differed depending on which component, an oxidizing agent, an alkali, or so-dium percarbonate, was used. The effects of pH on color difference, tensile strength and surfacemorphology of the hair were then studied by adding sodium hydroxide into the hydrogen peroxideaqueous solution. It was revealed that bleaching effects increased when the pH level was more than 9;however, the tensile strength decreased and the surface morphology deteriorated with increasing pHlevels. Furthermore, it was suggested that bleaching with sodium percarbonate caused greater colordifferences and less damage than hydrogen peroxide bleaching with alkali.

(Received October 9, 2007; Accepted in revised form February 2, 2008)

Keywords: bleach 脱色, human hair 毛髪, bleaching agent ブリーチ剤, alkaline agent アルカリ剤, sodium percarbonate 過炭酸ナトリウム, tensile strength 引張り強度.

塩素系漂白剤に代わって, 多くの分野で汎用されている酸化漂白剤であるが, その反応機構についてはまだ明らかにされていない部分も多い3).一方, 毛髪の脱色処理によって毛髪ケラチン自体も酸化の影響を受け, 毛髪から溶出するタンパク質量が増え4), 切れ毛も増加し, 頭皮へのダメージも無視できないことが指摘されている5). 本研究では, 生活科学的立場から毛髪脱色剤の作用に関する基礎的知見を得るために, 市販ブリーチ剤を用いて毛髪の脱色処理を行い, 含有成分の違いによる脱色効果を比較した.また, 主要な酸化剤成分である過酸化水素にアルカリ剤を添加して脱色効果と強伸度, 表面形状の変化に対する処理液の pHの影響を検討した. さらに, 脱色補助剤として過炭酸ナトリウムの添加効果についても検討した.

2. 実 験

� 試 料化学処理歴のない 20 代女性の黒褐色の毛髪を実験

に供した. 毛髪の前処理には, 非イオン性界面活性剤ポリオキシエチレンラウリルエーテル (ナカライテスク�) とエチルアルコール (和光純薬工業�試薬特級) を用いた.市販脱色剤として, 1 剤式 (L社製), 2 剤式 (H社

製と KB社製), 3 剤式 (KO社製) の4種を用いた.また, 酸化剤として過酸化水素 (三徳科学�の試薬特級 (30%)) と過炭酸ナトリウム (ResearchChemicals Ltd.) を用いた. pH調整には水酸化ナトリウム (ナカライテスク�試薬特級) を用いた.

� 実験方法1) 前 処 理毛髪を3cmに切りそろえ, 1%のポリオキシエチレンラウリルエーテル溶液に1分間浸漬し, 脱イオン水で6分, エタノールで5分, 蒸留水で6分連続してすすいだ. その後, 20℃, 65%RHで 24 時間乾燥して保存した.2) 市販ブリーチ剤による脱色市販の1剤式ブリーチ剤原液 (10ml) に毛髪 0.1 g

を5分から1時間の所定の時間, 浸漬処理した. 2 剤式および3剤式ブリーチ剤は, 取り扱い説明書に従って混合した乳化液 (10 g) に毛髪を所定の時間, 浸漬し処理した. その後, 蒸留水で2分間, 5 回の繰り返し洗浄を行い, 20℃, 65%RHで乾燥保存した.

3) 酸化剤を用いた脱色前処理した毛髪 0.1 gを, 浴比 1:100, 過酸化水素濃度 1.76mol/dm3 (6%), 40℃で1時間の処理を行い, これを標準処理条件とした. pHは 5~10.3 の範囲で, 所定の時間, 脱色処理した. 脱色処理後, 蒸留水で5分間の洗浄を3回繰り返し, その後, 20℃,65%RHで乾燥保存した. 過炭酸ナトリウムを用いた脱色も標準条件に準じて行った. 過炭酸ナトリウム濃度は 0.01~0.5mol/dm3とした.4) 脱色効果の評価未処理および脱色処理した毛髪を束 (3 cm) にし

て, 分光式色差計 (日本電色工業 � SE-2000) を用いて, 国際照明委員会 (CIE) の L*a*b*表色系の L*,a*, b*を C光源 10°視野で測定し, 脱色処理前後の明度差�L*, 赤色度差�a*, 黄色度差�b*から, 次式により色差�E*(ab) を求めた.

�E*(ab)= (�L*)2+(�a*)2+(�b*)2� (1)5) 強伸度の測定万能引張り試験機 (カトーテック KES-G 1) を用いて, 毛髪の切断時の伸度, 強度, 仕事量を測定した.毛髪サンプルは標準状態で調整したものと, 10 分間蒸留水に浸漬したものを使用した. 引張り速度は0.01 cm/sで行った.6) 表面形態の観察導電性両面テープで毛髪を試料台に固定し, イオンスパッター装置 (JEOL LTD., JFC-1100) を用いて表面に 15 nmの金をコーティングした後, 走査型電子顕微鏡 (JEOL LTD., JSM-T300) を用いて加速電圧 10-15 kV, 倍率 1,500 倍で毛髪の表面観察を行った.

3. 結 果

Fig. 1は, 1 剤式, 2 剤式 (2 種), 3 剤式の3タイプの市販ブリーチ剤を用いて5分から1時間毛髪の脱色処理を行い, 処理前後の毛髪の L*, a*, b*の値から, (1) 式により色差�E*(ab) を求め, 処理時間に対してプロットしたものである. 図から明らかなように1剤式を用いた場合では1時間処理してもほとんど色差がなかったのに対し, 2 剤式では (A) および(B) のいずれを用いた場合も1時間処理で�E*(ab)が 10 程度に達し, 3 剤式を用いた場合では�E*(ab)が 35 にも達している. 通常, 市販品1剤式は酸化剤のみ, 2 剤式には酸化剤とアルカリ剤, 3 剤式には酸化剤とアルカリ剤のほかに無機過酸塩を混合して使用

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される. これらを用いて使用量, 繰り返し処理回数や放置時間によって脱色度を調節する. 3 剤式は脱色作用が大きいため, 処理時間は5分または 10 分間であり, 最長でも 20 分程度で使用するよう指示されている. これら脱色剤の pHを測定したところ, 1 剤式は3.15, 2 剤式は 9.86 または 9.90, 3 剤式は 11.2 であった. このことから分かるように, Fig. 1に示す脱色剤のタイプによる効果の相違の主要因の一つは pHであると考えられる. そこで, 試薬過酸化水素を用いて毛髪の脱色効果に対する処理液の pH の影響を調べた(Fig. 2).Fig. 2において,pH9あたりまでは�E*(ab)に大きな変化が見られないが, pH9以上では, 小さな pHの増加とともに�E*(ab) は急激に増大した.pH 11 で脱色処理した毛髪は洗浄時に容易に切断し,毛束状での色差の測定が不可能であった.次に, 引張り試験機を用いて応力-ひずみ曲線を測

定し, 切断時の伸度, 強度および仕事量を求めた. 引張り試験は, 毛髪を標準状態で調整したものと 10 分間蒸留水につけて調整した湿潤状態のもので行った.いずれの結果とも切断強伸度の変化の傾向は同じであったが, 湿潤状態での測定結果のばらつきが小さかったので, 以下に湿潤状態での測定結果を示す.Fig. 3は, 過酸化水素で脱色処理した毛髪の, (1)切断伸度, (2) 切断強度, (3) 切断仕事量と処理液のpHの関係を示す. 図において, pHの増大にともなう切断伸度の変化は小さいが, pH9以上ではわずかに増加する傾向が見られる (Fig. 3 (1)). 一方, 切断強度の変化は, pH9あたりまでは小さいが, それ以上の pHでは明らかに低下している (Fig. 3 (2)).pHが大きくなると強度が低下することは, 上述したように, pH9以上では小さな pHの増加とともに色差が急激に増大したことと符合している.次に走査型電子顕微鏡を用いて, 毛髪のアルカリ処理と過酸化水素脱色液の pHの相違による毛髪表面の変化を観察した. 得られた SEM像を Fig. 4に示す.未処理のみの毛髪 (A) と比較して, pH 10 に調製した水中で処理した毛髪 (B) では表面の変化は明白でなかった. しかし, pH 10.5 に調製した水中で処理した毛髪ではキューティクルの脱落が一部に観察される(C). 一方, pH9に調製した過酸化水素水溶液中で

ブリーチ剤を用いた毛髪の脱色における配合成分の効果

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Fig. 1. Relation between color difference of bleachedhair and bleaching time with commercialbleaching agents

● one component type, ▲ two components type A, △ twocomponents type B, □ three components type.

Fig. 2. Effects of pH of bleaching bath on color dif-ference of human hair bleached with hydro-gen peroxide aqueous solution (H2O2 , 1.76mol/dm3, 40℃, 1 h)

Fig. 3. Effects of pH of bleaching bath on (1) elonga-tion percentage, (2) tensile strength and (3)work at break (wet condition)

処理した毛髪も大きな損傷は観察されない (D). しかし, pH 10 に調製した過酸化水素水溶液中で処理した毛髪ではキューティクルの脱離と剥離が観察された(E). さらに, pH 10.5 に調製した過酸化水素水溶液中で処理した毛髪の SEM像では, キューティクルの脱離と剥離がいっそう進行しているのが観察された(F).次に, 3 剤式ブリーチ剤の第3剤成分である無機過

酸塩の効果を調べるために, 種々の濃度の過炭酸ナトリウムを用いて毛髪を脱色し, 過炭酸ナトリウム濃度

と色差の関係を示す (Fig. 5). 図から明らかなように過炭酸ナトリウム濃度の増加とともに色差も増大する. 過炭酸ナトリウムは水に溶解して過酸化水素を生成する. Fig. 5 における過炭酸ナトリウム最大濃度0.5mol/dm3から生成する過酸化水素濃度は 0.75mol/dm3である. これは本研究における標準条件の過酸化水素濃度の 1/2 以下であるにもかかわらず, 1時間の処理で�E*(ab) は 10 以上になった. 本実験の濃度範囲において, 過炭酸ナトリウム処理液の pHは 10.3~10.7 程度であった.

4. 考 察

過酸化水素はきわめて弱い酸であり, 水溶液中で(2) 式のように解離する. その解離指数は 11.66) である. ゆえに過酸化水素単独水溶液ではほとんど酸化作用を示さない. 過酸化水素による漂白で, 漂白に寄与するのはペルヒドロキシイオン (HOO-) であり,溶液にアルカリを加えると (3) 式のように HOO-イオン濃度が増加する7).

H2O2���H++HOO- (2)H2O2+OH-���H2O+HOO- (3)

Fig. 2において pH9以下では脱色による色差に大きな変化はないが, pH9以上では pHが大きくなるにつれて色差が急激に大きくなった. これはペルヒドロキシイオン濃度の増加が主要因であると考えられる.一方, 生成したペルヒドロキシイオンは (4) 式のように酸素分子を遊離して自己分解する傾向にあり,この際生成した酸素分子は漂白に有効ではなく8), 逆に毛髪を損傷することが報告されている2).

2HOO-���O2+2OH- (4)そこで, 分解の程度は過酸化水素処理浴の pHに表れると考え, 処理浴の pHの経時変化を調べた (Fig.6). 図から明らかなように, pHが9以下の処理液では時間が経過しても pHに大きな変化はみられないが,pH 9.5 以上では幾分 pHが大きくなる傾向が認められ, 10.5 以上ではこの傾向は顕著であった. この結果は Fig. 4において過酸化水素存在下で, pH 10 および 10.5 で処理した毛髪表面にキューティクルの脱離や剥離などの損傷が見られたことと符合する.大浦らは, 過炭酸ナトリウムの漂白作用について数多くの研究を行った9)~15). すなわち, 過炭酸ナトリウムの分解と漂白力におよぼす pHの影響9), 分解速度と漂白速度の関連11) などについて調べた. また, 過酸化水素, 過炭酸ナトリウムなどの酸化還元電位を測定

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Fig. 4. Scanning electron microscopy (SEM) of unal-tered and bleached hair

(A) Untreated, (B) pH 10, (C) pH 10.5, (D) H2O2/pH 9, (E)H2O2/pH 10, (F) H2O2/pH 10.5.

Fig. 5. Relation between sodium percarbonate con-centration (PC) in aqueous solution and colordifference of the human hair bleached in thebath (1 h, pH 10.3-10.7)

し, 炭酸イオンの共存が過酸化水素の酸化還元電位に影響することなく, これら酸素系漂白剤はいずれも類似した酸化還元電位をもつことを明らかにした12). しかし, これらの水溶液においても pHの影響は大きく,これら酸素系漂白剤の自己分解や漂白力と pHの関係はそれぞれで特徴的であることを示した. 過炭酸ナトリウムは水溶液中で炭酸ナトリウムを解離するため,過酸化水素をアルカリ剤の添加により活性化する必要はない. しかし, 過酸化水素の場合と同様に, 生成した HOO-イオンを安定に保つことが望まれる. 大浦らは過炭酸ナトリウムの水溶液中での自己分解に及ぼす要因として, 温度, 濃度, pH, 共存する金属などを挙げているが, 中でも pHの影響は過酸化水素のそれとは異なることを示している. 過酸化水素単独の場合は pH9以下では自己分解はほとんど見られず, pH10 以上では pHの増大とともに分解速度が増大する.一方, 過炭酸ナトリウムの分解は pH7付近から始まり, pHが高くなるにつれて分解速度は急激に増大し,pH 10 付近で極大を示した後, 急激に減少することを示し, これは過炭酸ナトリウム溶液中に共存する炭酸ナトリウムの作用によるものであるとしている. 炭酸は水溶液中で2段解離し, その解離指数は 3.9 および10.3 であり, 水溶液中での炭酸イオンおよび炭酸水素イオンの存在率は, 水溶液の pHに依存する. 炭酸水素イオンの存在率がほぼ 0%, 炭酸水素イオン炭酸は 100%となる pH 12 以上において, 過酸化水素の自己分解速度が小さくなることを示し, 炭酸水素イオンが過酸化水素の分解に対して触媒的に働くのに対して,

炭酸イオンには自己分解を促進する作用はなく, むしろ抑制効果があることを示唆している14). 従って, 市販ブリーチ剤に第3剤として過炭酸ナトリウムを用いることは, 炭酸ナトリウムを解離して過酸化水素濃度を高め, また pHを高くすることによってペルヒドロキシイオンの解離を促進する効果を示すとともに, 炭酸イオンによる過酸化水素の自己分解抑制効果を期待することができると考えられる. 先に, 過酸化水素,アルカリ剤, 過炭酸ナトリウムを混合して用いる市販3剤式ブリーチ剤処理液の pHは 11.2 であったことを述べた. この pHでは処理液中の炭酸水素イオンの濃度は低く, 炭酸イオンの濃度が高いと考えられ,pH 10 付近における処理よりは毛髪の損傷が小さいと考えられる. また, 過酸化水素にアルカリのみを加えて pH 11 で処理した毛髪は容易に切断し, 毛束を作製することが出来なかったと先に述べた. 一方, 市販3剤式ブリーチ剤で1時間処理した毛髪では色差が30 以上であったにもかかわらず毛束の作製が可能であり, 切断強度の低下は 20%程度であった. これは,3 剤式ブリーチ剤に毛髪の損傷を抑制する成分が配合されていることが主要因であると考えられるが, 炭酸イオンによる過酸化水素の自己分解抑制効果も一因であると推察される.

5. 結 論

3種のタイプの市販ブリーチ剤の脱色効果を調べた.また, それらの配合成分の効果を明らかにするために,試薬過酸化水素水溶液にアルカリを添加して毛髪の脱色を行い, 脱色効果および毛髪の損傷について検討した. また, 過炭酸ナトリウムの脱色効果を調べた結果,以下の知見を得た.1. 市販ブリーチ剤の脱色効果は, 製品の成分により大きく異なる. 主に酸化剤過酸化水素のみからなる1剤式のものの脱色効果は非常に小さいが, アルカリ剤を添加する2剤式の効果は大きく, さらに無機過酸塩を配合する3剤式の効果は顕著である.2. 試薬過酸化水素を用いた毛髪の脱色において,pH 5-9 付近では処理した毛髪の色差にほとんど変化が見られないが, pH9以上では色差が著しく増大する. これは解離したペルヒドロキシイオンの濃度が高くなったためであると考えられる. しかし一方で,pH 9.5 以上では毛髪の切断強度は低下し, 表面の損傷が観察される. この傾向は pH 10 以上では一層顕著となる.

ブリーチ剤を用いた毛髪の脱色における配合成分の効果

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Fig. 6. Change of pH of breaching bath for humanhair with the treating time

3. 市販3剤式ブリーチ剤の第3剤である過炭酸ナトリウムの添加は, 過酸化水素濃度を増大させ, かつ漂白浴の pHを大きくすることにより高い脱色効果を示す. pHが 11-12 では, 解離して生じた炭酸イオンにより過酸化水素の自己分解を抑制する効果が表れると考えられる.

卒業研究として本研究の実験および文献収集等を担当された月安貴子氏および神田いずみ氏に感謝します.

引 用 文 献1) 安永秀計:毛髪の染色, 繊維学会誌, 60 (11), P-536‒P-573 (2003)

2) 鬼頭直志, 加藤 行:脱色・脱染剤のメカニズムと最近の開発動向, Fragrance Journal, 29 (8), 46-54(2001)

3) Dannacher, J., and Schlender, W.: The Mechanism ofHydrogen Peroxide Bleaching, Text. Chem. Color., 28(11), 24-28 (1996)

4) 井上敬文, 伊藤真由美, 木澤謙司:パーマおよびブリーチ処理で毛髪から溶出するタンパク質の電気泳動分析,J. Soc. Cosmet. Chem. Japan, 35, 237-241 (2001)

5) 野上昭子:毛髪の損傷に関する研究 (第2報) 脱色剤による損傷, 大阪樟蔭女子大学論文集, 19, 71-76(1982)

6) 日本化学会 (編):『化学便覧 (基礎編) Ⅱ』, 丸善, 338(1988)

7) Coons, D. M.: Bleach: Facts, Fantasy, and Fundamen-tals, J. Am. Oil Chem. Soc., 55, 104-108 (1978)

8) Ney, P.: Aktivatoren und Stabilisaoren fur diePeroxidbleiche, Text. Praxis, 29, 1392-1402 (1974)

9) 大浦律子, 吉川清兵衛:過酸化系漂白剤の漂白効果(第1報) 過炭酸ナトリウムの分解と漂白力におよぼす pHの影響, 家政誌, 36, 497-502 (1987)

10) 大浦律子, 吉川清兵衛:過酸化系漂白剤の漂白効果(第2報) 過酸化水素系漂白剤の分解と漂白力におよぼす無機ビルダーの影響, 家政誌, 37, 183-188(1986)

11) 大浦律子, 吉川清兵衛:過酸化系漂白剤の漂白効果(第3報) 分解速度と漂白速度の関連, 家政誌, 38,497-501 (1989)

12) 大浦律子, 吉川清兵衛:過酸化系漂白剤の漂白効果(第4報) 酸化剤の酸化還元電位, 家政誌, 40, 207-212 (1989)

13) Ohura, R., Katayama, A., and Takagishi, T.:Decoloration of Natural Coloring Matter with SodiumPercarbonate, Text. Res. J., 61, 242-246 (1991)

14) 大浦律子:過炭酸ナトリウムの色素漂白の機構について その (1) 過炭酸ナトリウムの漂白剤としての特性,染色工業, 41, 557-565 (1993)

15) 大浦律子:過炭酸ナトリウムの色素漂白の機構について その (2) 過炭酸ナトリウムによる染料の退色機構,染色工業, 41, 584-593 (1993)

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